ジャンク的世界の真実、ポップカルチャー、および彼女の精神的初期微動継続時間の自由研究
散歩道にて、宇宙人に遭遇した。別に散歩が好きなわけじゃない。行きたい場所は無いが家にはいたくない、そんな感じの気分だっただけ。寂しい夏休みにせめてもの抵抗を試みただけだ。
今日は快晴。嘘みたいに暑い。洋服がだんだんと汗で濡れるのを感じる。こんな中、足並み(いや、羽か?)そろえてみんみんやっている蝉には尊敬の念を禁じ得ない。
「あれは何?」
「あれは標識。えっと……何か特定のことを伝える模様、というか……」
「なるほどなるほど」
本当にわかっているのだろうか。
こいつは宇宙人だ。さっき道端で出会った。なぜ宇宙人だと分かるというと、私と全く同じ姿かたちをしているからである。まさか人生において私が私に出会うことになるとは思っていなかったので、少し驚いた。私が二人というのは少し気持ち悪かったりもする。
宇宙人は、私に街をいろいろ案内しろという。なんとも人使いのあらい奴だった。でも、一人散歩の夏よりは宇宙人と遭遇した夏の方が充実している気がしないでもなかった。
「あの白い車は何?」
「ああ、あれは救急車。急病人を運ぶ車」
「なるほどね」
「うん。それでいま通り過ぎたのが……」
「ベスパでしょ。生産終了した奴」
「えっ、まあ……うん」
この宇宙人は常識を知らないことがあるが、変なことを知っている。実に変な奴だ。ちなみに私は今ただスクーターだと紹介しようとした。
いろいろやっていたら、もう、お昼の時間だった。お母さんはご飯を用意してくれているが、今日は用事があるらしく、別に一緒に食べるわけでもない。だったら、こっそり昼ご飯を外で食べてもお咎めはないわけだ。近くの回転寿司に行くことにした。自分の小遣いを使うのは痛いが、宇宙人に食事をおごるという機会は、次いつあるのかわからない。
回転寿司は、やはり混んでいた。十五分ほど待たされ、やっと入れた。手続きをして、席に座る。その時、ふと、姿かたちが全く同じ人が二人いるというのは周りから変な目で見られるのではと思ったりした。聞いてみたところ、ほかの人には違う見た目に見えているらしかった。
「7皿までなら取っていいからね」
そう伝え、私も何か食べることにする。流れてくるものをなんとなくでとり、パッドからいつも頼んでいるタコとつぶ貝を注文する。なんとなくでとったネギトロを食べてみる。無難なおいしさだった。
ふと、宇宙人の方を見る。宇宙人は何も食べずに私を見つめていた。それも少しにやにやしながら。ちょっと気持ち悪い。
「好きなの食べていいよ」
「いや、私はご飯を食べないんだ」
「そうなの?」
「うん、私に実体はないからね。ただみんなが認識して、かつある程度の干渉ができるというだけ」
「……なるほど」
正直、よくわからなかった。
注文したものも来た。一人で黙々と食べる。片方が食べていないと、なんだか寂しかった。宇宙人は相変わらず私を見つめているようだった。
食べ終わり、皿を回収口に入れると画面の中でアニメーションが始まった。あたりはずれがあって、当たると景品のガチャポンがもらえるやつだ。今回のは、中のキャラクターが射的をするという設定らしい。ふと、宇宙人の方を見ると、画面にくぎ付けになっていた。キャラの動き一つ一つに、いちいち反応していた。結果、外れの文字が画面に出ると、「あー」などとため息を漏らしたりしていた。何がそんなに面白いのかはわからないが、面白そうで何よりと思った。
他に、図書館やら、スーパーマーケットやらを紹介し終わり、公園で一休みすることにした。公園なんて、久しぶりに来た。服は汗でびしょびしょになっている。宇宙人を見ると、汗一つ書いていなかった。やはり宇宙人のようだ。
野原を見渡せる、ベンチに座る。ちょっと息をつく。見ると、たくさんの子供たちが、わーわーとしている。無邪気である。となりの宇宙人を見ると、彼女も、興味深そうに子供たちを眺めていた。
「……あなたの住んでいるところにも、夏はあるの?」
なんとなく、聞いてみた。
「どうかなあ。何をもって夏にするかによるかもしれない」
あいまいな答えをされた。
「いつもより暑いときとか、ないの?」
そう聞くと、彼女は少し考えこんだ。
「うーん。気温という概念がないかもね」
「そうなんだ」
「我々たちは体がないからね。意識だけで存在している感じ。ただそこにある以上の何でもないし、なんとなくで生きている。自分が自分であると思うから存在している。そんな感じ」
「はあ」
よくわからなかった。あと、「我々たち」というのは変な日本語な気もした。
「わかんなくてもいいよ」
心の中を見透かされたようだった。少し恥ずかしかった。
「あ、でもね、今は夏休みみたいなものだよ」
「ふうん」
「地球に来たのも、そっちの世界でいうところの、旅行みたいなものなんだ」
「どれくらいを旅してきたの?」
「うーん、そちらの単位だと、88億光年くらいかな」
よくわからないが、果てしない長さだということが分かった。
「意識だけだと時間も距離もあってないようなものだからね」
「……時間はないのに夏休みはあるの?」
「なんとなくなのだよ」
話がかみ合っていない気がする。さっきから混乱してばかりだ。
まあいいか、とも思う。宇宙人のことなんて理解できるわけもないのだ。なんとなく、伸びをする。宇宙人も、私の真似をして伸びをした。
「……どうして、地球に来たの?」
やることもないし、懲りずに話しかけることにした。理解できなくても別にいい。宇宙人と話せる機械などなかなかない。
「なんとなく、人間を調査したくなったから」
「ほう?」
「休みの時には、みんないろいろなところに調査をしに行くんだ。それで、休みが終わったら調査内容を話し合う」
「あー。自由研究みたいな感じ?」
「なにそれ」
「好きな題材を研究する宿題。小学生がみんな夏休みにやらされるんだよ」
「うーん。大体同じかもね」
なるほど、この宇宙人は自由研究をしに地球に来たのか。それは、なぜだかなんとなく腑に落ちる気がした。
「調べみてどう?いろいろ」
彼女は少し考えて、言った。
「いいところもあるし、悪いところもあるかな」
「ふうん、たとえば?」
「悪いところだと……口では平和を求める癖、みんな無意識に人を傷つけちゃったりするところ。このままじゃ戦争なんかなくなりっこないよ」
「そうなの?」
「みんなヒーローは悪を懲らしめるものだと思い込んでいるもの。世界は勧善懲悪じゃないのに」
なんとなく、分かる気がする。小学生のころなんか、嫌いな子の悪口を、正義の作戦会議と思って話していたふしがあったかもしれない。私は実力行使をするほど愚かじゃなかったが、そういう子もいた。そして、そういう行為の遠因は何かと言えば、やはり悪口なわけで。というわけで、今でも時々、その時のことを思い出しては、罪悪感にさいなまれる。
野原を走る子供たちを見る。彼らは、無邪気ゆえに、残酷だ。まあ、別に子供に限った話じゃないが。
「じゃあ、いいところは?」
「うんとね……みんな少しも合理的じゃなくて、バカみたいなことで悩んで、意味もないことをし続けているところかな」
「悪口じゃん」
「まあね。でも、だからこそうらやましかったりしなくもない」
「そういうものなの?」
「そういうものだよ」
そういうものらしい。よくわからなかった。
一休みを終えることにした。近くの自動販売機まで行って缶ジュースを買う。せっかくだから宇宙人のものも買ってやろうと思い、2本用意したところで、彼女はたぶん飲まないであろうことに気付いた。
「まあいいや、持ってて」
「はーい」
宇宙人に片方の缶を持たせ、私は自分のジュースを飲む。猛暑の中、炭酸飲料でのどを潤していると、なぜだかすごく夏を感じた。
「あっ」
そのとき、宇宙人が、何かに気付いた様子になった。
「どうしたの?」
「えっと、私、もうすぐで帰らなきゃ行けないみたい」
腕に何もつけていないのに、腕を見ながら言っていた。
それはともかく、なんだかやけに名残惜しそうだ。
「もうすぐってどれくらい?」
「えーと……あと一分くらい」
思ったよりもうすぐだった。
「えっと、じゃあね」
「うん、じゃあね」
なんだか変な終わり方だった。これでいいのだろうか。
……そういえば、一つ聞き忘れたことがあった。
「そういえばだけどさ、最後に質問していい?」
「いいけど、早くしないと」
「うん。えっとね」
別に大した質問ではないが、状況が状況なので、少しドラマチックな感じがする。
「どうして、私の姿になって、私と接触したの?」
最初から抱いていたけど、当たり前の疑問すぎて、聞きそびれていた。そんな感じの疑問だ。
「ああ」
宇宙人は、少しにやりとした。そして口を開く。
「それはね……」
瞬間、缶が地面に落ちた。
見ると、宇宙人はいなくなっていた。跡形もなかった。
変な奴だったな、と思う。
もう5時くらいだった。夏だから、まだ十分明るい時間だ。
缶を手に取ってみる。表面は結露して濡れていた。
プルタブに親指をひっかけ、力を入れる。中身が噴き出た。
一瞬、飛び出た水滴たちに太陽光が乱反射して、なかなかきれいだった。しかし、すぐに落ちてしまい、そのうちのいくつかは私の体を濡らした。
家に帰ろう、と思った。
ネギトロというのはネギの乗ったトロだからネギトロなのではありません。骨の間のマグロの肉をそぎ落とす行為を漁師間では「ねぎとる」という動詞で表現しており、そこが由来となったのです。
豆知識はさておき、今回も変なものを作りました。もう自分が変なものしか作れないことにうすうす気づいてきたので、次回は逆に何よりも変なものを作ってみようかという気にすらなっています。
今回、僕は「夏」というものを表現したかったのですが、正直宇宙人がメインになってしまいました。情景描写の訓練がまだ足りないようです。理想としては、邦楽最重要バンドにはっぴいえんどというバンドがありまして、彼らが作った「夏なんです」という名曲があるのですが、ああいう感じにしたかったです。ただ、この曲、日本最高峰の作詞家が作詞しておりまして、正直、どんなに頑張っても、足元にも及ばない気もします。かなりの名曲なので、聞いたことないよって人は興味があれば歌詞によく耳を傾けながら、聞いてみてください。
めずらしくあとがきにいろいろ書きました。もしここまで読んでくれた人がいて、少しでも小説が面白いと思ってくださったなら、僕はとてもうれしいです。面白いと思わなかった人には、謝っておきます。すいませんでした。精進します。なんにせよ、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。