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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界の“果て”

西山の大魔女と、私 ~これがホントのスローライフですよ!?~

作者: もりの奈佳



 ()導国(どうこく)

 森と魔法の王国だ。“旧大陸”と呼ばれる、この大陸の西方に広がっている。

 この国のさらに西方に、深~い森がある。人呼んで「聖魔(せいま)の森」。


 森の中ほどは、山に囲まれた盆地(ぼんち)だ。


 盆地の中ほど、じめじめした森の中を横切るように、一筋(ひとすじ)の川が流れている。おおよそ北東から南西に流れる、その川の右岸(うがん)――北西側――に、いま私はいる。



 ここに、古びてなお美しい、白亜(はくあ)の洋館がある。手入れの行き届いた、大きなお屋敷である。

 そこが(わたくし)の職場だ。そして、私の()宿(しゅく)先でもある――――



 ◇


 私の朝は早い……と思う。よそ様がどうかは知らない。

 夜が明けてすぐ、部屋の窓から()()す。それで目が覚める。


 今日も静かだ。辺りに響くのは、小鳥と虫の鳴き声だけ。

 異常はない、何よりだ。



 では……極力音を立てないよう、静かに体を起こして、さっさと仕事着に着替える。


 この時間、お屋敷の主は隣の部屋にいる。おそらく、まだ寝ておられる。でなければ、魔導書を読み込んでおられる。

 どちらにせよ、用もないのにお邪魔すべきではない。


 着替えて、寝具を(たた)んだら部屋を出る。階段を降りれば1階だ。

 身支(みじ)(たく)を済ませ、台所へ向かう。



 朝の献立(こんだて)は、山型食パンのトーストにベーコンエッグ、生野菜の和え物(サラダ)、コーンスープ、そして果物(フルーツ)だ。

 味付けや量は時々変えている。野菜や果物も、季節に合わせて変わる。

 だが、毎朝これだ。

 毎朝同じものを食べることで、その日の調子がよく分かるんだとか。



 ……繊細なのか(にぶ)いのか、よく分からないお人だ。



 盛りつけまで終わって、さあテーブルへ……というところで、2階から足音が響く。とてとて……と、いつになく軽やかな音だ。

 そして、金髪碧眼の美少女が、階段を降りてきた。


 マリア・リオンハート。このお屋敷の(あるじ)にして、私の(やと)(ぬし)だ。


「おはようございます、お嬢様」

「おはようリーナ、今日はいい日ですね」


 マリアお嬢様がにっこり微笑まれた。彼女はあまり夜更かしをなさらない。そして早起きだ。

 とはいえ、朝からここまでご機嫌うるわしいのも、珍しいもので。


「……何かございましたか?」

「まだ朝だというのに、西の空に虹が出ていましたよ。何年ぶりでしょうねぇ。 ……貴女(あなた)も一緒に見ます?」


 なるほど、虹か。いいね、色鮮やかで。

 まあ、故郷では“凶兆”と教わったけれど。もったいない見方だ……。


「朝ごはん、冷めますよ。よろしいので?」

「たまにはいいでしょう。それと、虹の外側にうっすらと、もう一本見えていましたね。あれは何といったか……」


 なんと。それは是非見たい。


副虹(ふくこう)ですか?」

「それです!」

「承知しました。どちらへ参りましょう?」


 お嬢様の後についていく。歩きながら、少し考え込んでおられるようで。


「ん~、2階の廊下からも見えましたが……やはり私の部屋からが見やすいかと」

「また散らかしておられるのでは?」

「失敬な! 足の踏み場くらいはありますよ !! 」

「それは……ないと困るやつです」


 …………………

 ……………

 ……



 ◇


 お嬢様の部屋にお邪魔する。

 やはり、部屋中に分厚い本が積み上げられている。家具一式と、1人分の幅の通り道を残して。

 ただし、物量を考えれば、むしろよく整理されている。いつもの光景だ。


 そんな本の山々をスルスルと抜けて、お嬢様が窓際に寄られた。


「リーナ、あれです! さっきより、はっきり見えますよ !! 」


 どれどれ……


「おわぁ……こんな綺麗なん、初めて見た」

()が出てますよ、リーナ」


 いや~、仕方ないでしょう。

 上が赤・下が紫で、どこも欠けていない虹。

 その上、外側にもう1本の虹。色が薄く、上が紫・下が赤になっている。これが副虹だ。


 副虹自体が珍しいのに、こちらも欠けたところがない。これはもう“万が一”、1万回に1回ぐらいの珍しさなのだ。



 名残(なごり)()しいが……虹見物もそこそこに、1階へ戻る。朝ごはんだ。


 できたてホヤホヤから、(かす)かな(ぬく)もりになったけれど、問題はない。

 “冷めても美味しい物”こそが、本当に美味しいものだ。


「「いただきます」」


 2人そろってお箸を手に取り、まずはサラダから頂く。

 そして食事中は、貴重な会話の時間でもある。まあ、身内だけなら、だが。


「お嬢様、本日のご予定ですが……午前は休み。午後はシトリー様をお招きして、お茶会……でしたよね?」

「そうそう、息抜きは大事ですから。もちろん彼女の、ね」

「全くその通りですね」


 シトリー様とは、教会の偉い人だ。そんなお方を屋敷に招くお嬢様も、これまた偉い人だ。

 シトリー様の正式な役職名は忘れた。まあでも、司教補佐・兼異端審問官・兼なんとか……といった感じで。

 要は働きすぎなのだ。


 原因は最高神さまのご意向にある。

 世界のさらなる発展を目指して、彼女は異世界人――略して“異人”――たちの力を借りることにした。

 しかし、色々あって、異人たちは一部の都市に集中している。当然、現地の大きな組織……教会や冒険者組合(シーカーズ・ユニオン)などが、その対応に追われている。

 シトリー様も担当者の1人、というわけだ。


 まあでも、集まる先が“都市”なら、まだマシなほうだ。

 もしもその先が、“始まりの村”――勇者ものの冒険小説にありがちな辺境――だったら?



 ……考えただけでゾッとする。



 ◇


 マリアお嬢様は“西山(せいざん)の大魔女”といわれる、有名な魔法使いだ。

 だが、それ以外にも薬師、錬金術師、魔物使い……と、実に多くの顔をお持ちだ。


 頭部はいつも1つ! だが。



 まあ無理もない。そもそも、ご自身で


「ふむ……100年は生きていますからね」


(おっしゃ)る人外種だ。そんなに長いこと、健康に生きていれば、多芸になりそうでしょう?

 あと、見た目はあてにならないものだ……。



 もちろん、人外種の中でもかなり上位の存在だ。並の魔物は100年も生きられない。

 運良く100年生き残れても、人類社会に溶け込むのが大変だ。それをあっさりやってのけた、ヤバいお嬢様である。


 そして、訳あって滅びた種族の、最後の生き残りでもある。婚約者がおられたそうだから、そこでも高位の存在だ。

 世が世なら、私の首はとっくに飛んでいただろう。もちろん物理的に、だ。

 なお、お相手は結婚する前に……とのこと。だから”お嬢様”。


「滅びた、というと……どの種族です?」


 昔、(じか)にそうお(うかが)いしたことがある。


「教えるわけないでしょう……」

「でしょうね。失礼いたしました」


 相手と場合にはよるけれど……私が彼女でも、まず教えないだろう。そういう立場の人なのだ。



 ◇


「「ごちそうさまでした」」


 食べ終わったところで、お嬢様に()く。


「ところでお嬢様、仕事着が新しくなっておりましたが?」

「ええ、それはプレゼントです。日頃の感謝を込めて……」

「それは……ありがとうございます。で、これ、どちらでお求めに?」

「私自ら6時間かけて縫いました。どうです、かわいいでしょう?」


 どや顔がかわいい……ところ、申し訳ないけれど。これ、異人が言うところの“ミニスカメイド服”では?

 どこで覚えた…… !?


「デザインはいいんですが……その、丈が短すぎませんか? これで動き回るのはちょっと……」

「なら動かなくてもいいかと。よく似合ってますよ」

「私あなたの護衛も兼ねてる……はずなんですけどね?」

「あら、自分の身くらい、自分で守れますよ?」

「……でえぇ~いッ !! 」


 思わず主の右手を取り……背負(しょ)って投げたバカは私です。何とでも言えばいい。


「急に投げ飛ばして、申し訳ありません……で、守れましたか?」

「生意気言ってすみませんでした」


 と言いつつ、無傷のお嬢様。起き上がろうとする彼女の右手を、軽く引っ張る。

 とっさに受け身、取れるようになったんですね……。

 ぶん投げた日々(スローライフ)賜物(たまもの)かな?


「私も精進しないと、ですね。胸を借りるつもりで頑張りますよ!」

「……いろいろ逆では?」

「今どこを見て言いましたか」


 胸です。私に貸せるほどの()はない……


「失礼いたしました」


 頭を下げてから、一言。


「脚を凝視なさるのが悪いのです。お返しですよ?」

「ごめんなさい……」


 で、またタンスの肥やし(つまらぬもの)が増えてしまった……


「あ、今日はそれ着ててくださいね。シトリーちゃんにも見せないと!」

「嘘でしょ……」



 頭から(ツノ)が生えそうだ――



 ◇


 屋敷の裏口から、2人で外に出る。そこには、マリアお嬢様が使役する魔物たちが……


「みゅ!」

「みゅみゅい !! 」

「みゅいみゅい、みゅ~ !! 」


 大型のスライム――私達より背の高い半透明――が3匹、飛び掛かるような勢いでこちらに来た。

 ……めっちゃ怒ってるぅ~ !!


「ごめんなさい、お腹吹田でしょう? はい、ごはんですよ~」


 いや待て、これは甘えているのか? 3匹ともお嬢様にべったりだ。

 そして、ごはんと言いつつ、3匹に水が出される――などと茶化してはいけない。彼らの主食である。

 覚えた技とともに、ときには進化先すら変えるほど、大事なものだ。


「「「みゅみゅい~♪」」」


 美味(おい)しそうに飲むね、君たち……

 実際、彼らに出された水は、それぞれ中身が違う。淡い水色の子は氷水、白い子は薄めた最高級回復薬(マルチ・ポーション)だ。

 そして、真っ先に跳んできた赤茶色の子は、赤土に水を混ぜた泥を丸呑みしている。


 ……そう、ただの水じゃあない。


貴方(あなた)の分もありますよ、お()で」


 お嬢様が、お屋敷の角の向こうに呼びかける。すぐにもう1匹、暗い黄緑色のスライムが寄ってきた。お嬢様が見つけた新種だ。


「どうぞ~」


 透き通った水が出された。この子ゴクゴク飲んでますが……これ、回復薬の失敗作です。猛毒ともいう。


「てけり、り~♪」


 そしてご機嫌な一言。強い。

 あと、独特な鳴き声で……スライムも奥が深い。


「は~、みんなかわいい。幸せ……」


 この子たちを、プチスライム――人間の頭ぐらいの大きさ――からここまで育て上げた、お嬢様のスライム愛。()して知るべし……。



 私? ちょっと怖いですね……この主が。



 気を取り直して、お茶会の準備をした。といっても、生け花やお菓子の用意だから、ほとんど仕上げみたいなものだ。

 外も中も、掃除は昨日済ませた。さすがに一晩で(ちり)が積もるとか、食尽樹(トレント)が生えてくるとか、そんなことはない。


 で、お昼は少なめに頂いて。

 自分とお嬢様の身だしなみを整えて、客間を出る。玄関先で1人、その時を待つ。

 ……つもりだったのに、ついてきたよこの人。


「あの、お嬢様? 私ども使用人は主を支える者であって、主と一緒にスッ(ころ)ぶ人ではありませんよ??」

「まあまあ、シトリーちゃんはお友達ですから」


 扉の向こうで、カッ、カッという足音が近づいてきた。お越しですね。


「ごめんくださ~い」


 ノック音に続いて聞こえた、女性の声。中性的で威厳があり、でも若さを感じさせる……などと要らんことを考えていたら、


「どうぞ~」


 お嬢様が(こた)えていた。それウチのセリフ!!

 そして扉が開く。白い修道服に身を包んだ女性が、こちらへ歩いてきた。


「お邪魔します……お久しぶりです~、マリアちゃん!」

「ようこそシトリーちゃ……わぷ、ちょっ、急に抱きつかない!!」


 こちらが教会の偉い人(シトリーさま)だ。

 威厳、一瞬で吹っ飛びましたが……


「リーナイさんもお久しぶりです」

「ご無沙汰しております」


 お嬢様を抱きしめたまま、彼女は一礼した。

 ……どちらかにしましょうよ?


「衣装、可愛いですね。お似合いですよ」

「……恐縮です」

「そうでしょうそうでしょう、可愛いんですよウチのリーナは!」


 振りほどくのを諦めて、どや顔するお嬢様。


「お嬢様、その辺りで。ところでシトリー様、道中お疲れではありませんか?」

「いえいえ、お気遣いなく。今日も転移魔法陣ですから」

「それはそれで、お疲れでは……?」

「この距離なら余裕です、ご安心を。それに、万が一にも“空飛んでたら重装の翼竜(アーマードワイバーン)よろしく撃ち落とされました~”……となっては、たまりませんからね~」


 この辺りの森には、重装の翼竜という巨大な魔物が出る。

 ……といえば聞こえはいいが、要は“魔法で空飛ぶ激太り竜(デブドラゴン)”である。あの引き締まった(スマートな)翼竜(ワイバーン)――クチバシのある大コウモリ、みたいな姿――の、成長した姿だ。

 この大陸では「生態系の頂点」とされる強者でもある。敵? 風圧(ブレス)自重(しっぽバン)で吹っ飛ばせ。


 まあ、動きが遅いから……と、スライムなどに狙撃されなければ、だが。どうしてこうなった……

 そして、久々に仕留めた大物を食べよう!と跳ねたスライムが、急降下してきた翼竜の一突きで即死する……所までがお約束。


 この森、命に厳しすぎる。



「それにしてもマリアちゃん、よくこんな所に住もうと思いましたね……?」


とシトリー様。お嬢様は窓の外、スライムたちを指さして一言。


「それはもう、水がいいからですね。あの子たちの餌にも困りませんし、何より果物の出来がいい! 質の高い果物で(うるお)う、最高の生活がここに……ですよ!!」


 そう、たったそれだけの理由でここに住んでいる。ヤバいんよこの人……

 おかげ様で、私は毎回毎回、買い出しにすら苦労してるんですよね~。



「……おっと失礼、1つ忘れておりました」


と、シトリー様がお嬢様を解放して、扉を開けに向かった。私たちもついていく。

 扉の向こうにもう1人、修道服の女性がいた。シトリー様より、わずかに背が低い。


「お(ねえ)さま、お持ちしました……」

「もう……外では“補佐官(フェロー)”で通せ、と言ったはずです」

「あっ、ごめんなさい……」


 シトリー様の同行者、かつ妹さんらしい。落ち着いた高音で話している。


(せん)だってお伝えしていた、同行者です。ではホリー、自己紹介を」

「はい。書記官のホリーと申します、よろしくお願いいたします」

「マリア・リオンハートです。こちらは使用人のリーナ。こちらこそ、よろしくお願いしますね」


 お嬢様と一緒に頭を下げてから、一言。


「皆様、このまま立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」


 客間へ2名様、ご案内。



 ◇


「ではこちら、お土産です」


 席に着く前に、シトリー様がマリアお嬢様へ、紙袋を手渡した。


「ありがとうございます。 ……早速見ても?」

「もちろん、ご遠慮なく」


 紙袋の中から、梨が1つ。


「こ、これは……黄金の洋梨(ラ・オーロ)!?」


 出たな、お嬢様の大好物。世界一高級な梨といわれている。

 その実には、頬張ればシャクシャクと音が鳴る、たしかな食感がある。それでいて甘すぎず、薄すぎない果汁もたっぷり含まれている。

 噛むほどに味わい深い逸品(いっぴん)だ。

 王侯貴族か豪商でなければ手に入らない……って聞くけど、一体どこで?


「神々へのお供え……の、お下がりです。といっても、食べ頃は明日ごろかと」


 そうだった……この2人、教会の偉い人だった。もうちょっと威厳(いげん)持ってもろて……


「何か?」

「いえ。ではお嬢様?」


 梨に見とれていたお嬢様が、我に返る。紙袋に戻して、こちらに渡してきた。

 ……6個入りでしたか。


「これは氷室へ。お願いしますね」

「承知しました」



 裏庭の氷室に梨をしまい、裏口に戻る。服の汚れは…なさそうだ。

 手を洗い、台所の温蔵庫へ。できたてのまま(・・)のお菓子と、白湯(さゆ)入りのポット・ティーカップを取り出す。客間へ戻ろう。

 ……やはり、何度体験しても慣れない。中身の時間を止めるという、魔法の温蔵庫……。



「お待たせしました」

「美味しそう……」


 客間に戻ると、ホリー様の熱い視線が……いやお茶()れなきゃ。


「それで、シトリーちゃん……そちらは何です?」


 シトリー様の椅子にもたれかかった荷物。それを見ながら、お嬢様が訊く。


「最近ハマっている楽器です。 ……あ、ありがとうホリー」


 布製らしい入れ物から、シトリー様が本体、ホリー様が小物を出す。本体は独特な形をした板から、細長い板が突き出している。

 この形は……


「ギターですか?」

「いえ、魔導(マナトリック)ベースです」


 声に出てた……。そしてあっさり答えたシトリー様。

 魔導ベース、ですか。言われてみれば、突き出た部分から太い弦が……4本。

 元になった楽器がありそうだな、これは。はて、何だったか?

 ……と、ここでお嬢様が手を打つ。


「あぁ、コントラバスですか!」

「はい。あの大きい弦楽器(デカブツ)です」


 ドゥ~ン……と、ベースを鳴らしながら、シトリー様が答える。

 渋い低音ですね。いい……


「あぁ~、あれがギターみたいに、指で()けるんですか!」

「そうなんですよ~。人類も捨てたものじゃないでしょう?」

「お姉さま、話の規模感(スケール)が……」


 2人が盛り上がってきたところに、ホリー様が一言。たしかに、楽器1つで見捨てられては困る。


「あら、本当ですね……」


 閑話休題。



「で、シトリーちゃん。楽器始めたのは……例の絵からですか?」

「はい、(サン)イサベルのあれです」


 この魔導国の首都は“聖イサベル”と言う。そこで、先月お披露目されたばかりの一枚絵が、話題を集めていた。

 お嬢様が「見たい」と言うので、私たちも先週見てきたところだ。



 ◇


 魔導国の内陸部。「聖魔の森」の、はるか東にも、大きな森がある。

 人呼んで、「出水(いずみ)の森」。その名の通り、森のあちこちで水が湧き、流れだす。その湧き水で育った森でもある。スライムの一大繁殖地としても名高い。


 そんな森の中に、木組みの街がある。街の名は“聖イサベル”、この国の首都だ。

 この街の大きな特徴は3つある。木組みの建物が続く街並み、豊かな緑、そして水路だ。特に、この“聖イサベルの水路”は味わい深い。


 この街では、大通りの両側はもちろん、裏路地の隅々にまで水路が張り巡らされている。といっても細いから、小舟すら入れない。物流ではなく、洗い物などの生活用水として使われているようだ。

 そんな“聖イサベルの水路”はすべて、ある一点から流れだしている。そう、街の中央付近にある「偉大なる噴水(おおいずみ)」だ。

 そして、噴水の周りが“大泉の広場”、さらにその周りは中心街となっている。


 広場の周りで、一際高い建物がある。この国最大の教会「聖イサベル大聖堂」だ。シトリー様とホリー様のお勤め先でもある。

 ……よくもまあ、木組みでこんな高いのを建てたものだ。

 問題の絵は、ここに奉納され、今も公開されている。


 名画家:ホアン・グレコの遺作『夢枕に立たれた4柱の女神』。縦横それぞれ、人間1人分の背丈を越える……という、油絵の大作だ。

 描かれたのは、ある劇場。前から3列ぐらいの客の後ろ頭と、舞台(ステージ)の上。そして、そこで庶民的な服を着て、見慣れぬ楽器を演奏する、4柱の神々だ。

 母なる最高神さまと、その娘たる女神3姉妹である。

 向かって手前右から、魔導ギターを弾く次女:獣神さま。

 こけしのような物を手に歌う三女:木神さま。

 魔導ベースを弾く長女:副神さま。

 そして、中央奥から3柱を見守りつつ、太鼓や銅鑼(どら)などの打楽器を鳴らす最高神さま……という絵だ。

 は~、ありがたやありがたや……


 そういう絵だから、かなり批判されている。たとえば、


「若いのの悪い遊びに神々を付き合わせるな、無礼すぎる!」

「そうだそうだ、こんなのはもはや冒涜だ!!」


とか、逆に若者側から、


「この作者無知すぎ、ギャハハ……バイオリンとかの弓でベース弾いてんのウケる~」

「そうそう、あとマイクとか増幅器(アンプ)とか知らねーの? どこのお爺ちゃん??」


とかね……。



 ◇


「私は好きですよ、あの絵。楽しそうじゃないですか」


 ホリー様が言い切った。


「同感です。神々に楽器に……皆さんモチーつを重く見すぎかと。お堅いものばかり見せられては、広まる信仰(もの)も広まらないでしょう?」

「そうですねぇ。賛否あるのは構いませんが……今後はああいう絵が増えればいいなぁ、とも思いますね~」


 すかさずお嬢様とシトリー様も同意する。


 人を襲い、神々に仇なす“魔人”一派が復活しつつある今、「若者の教会離れ」が問題になっている。

 ……いや、正確には「教会の世間離れ」か。今や聖職者になるのは、“()()の子”ばかり。世間(リアル)を知らぬまま、


「あらゆる人々を尊重せよ!」

「○○は教えに反する!」


なんて言うから(たま)らない。

 しかも善意からの言葉なのだ。悪意はないから責められない。始末が悪すぎる。

 盲信……恐ろしい子!


 ちなみに……異界はどうか知らないが、この世には神々が実在する。聖職者の不正はすぐバレるので、誰もやらない。そこは信じていい。



「……ところで皆様、あの中でやってみたい楽器はあります?」


 お茶をお渡ししながら、訊いてみた。


「急に話変えてきましたね」


 お嬢様ににらまれた。 ……すみません、しんみりした空気は苦手なもので。

 で、ドゥルドゥルドゥル~……とベースを鳴らしながら、シトリー様が一言。


「私はこれですね」

「「「でしょうね」」」


 違ったらびっくりですよ……


「で、そういう貴女は?」

「私はギターです」


 即答しておいた。歌うのと、人前で何かを表現することは苦手だが、手先の器用さには自信がある。


「意外ですねぇ……体動かすのお好きだから、打楽器(ドラムス)かと」

 シトリー様が言う。


「たしかに気にはなります。が、途中でぐちゃぐちゃになりそうで……」


 両手を別々に動かすのは“器用さ”だろう。だが、両手・両足をばらばらに動かすのは……もう“器用さ”ではなく“頭の良さ”ではないか?

 そして私は、頭の出来に自信がない。周りが賢い人ばかりなので、過小評価かもしれないが……。ドラムスだと、楽しむより苦しみそうだ。


「私、ピアノが気になります」


 あの絵に出てこない楽器を挙げるホリー様。この人自由だな……

 さて、最後は我らがマリア・リオンハートお嬢様。 ……み~んな、期待してるで~?


「私は……ギターですかね……?」

「な~んや、おもろな」

「ちょっ、リーナ!? なぜです? 素が出てますよ??」

「おっと、失礼いたしました」


 いっけな~い、お客様の前だった~。


「大丈夫、いいものを見ました……」


 なぜか親指を立てるホリー様。やりにくいな……



「……おっと、これを忘れてました! 私も歳ですかね」

「「「その顔で言わないでください」」」


 3人そろって、シトリー様にツッコんだ。まだお若いのに……

 で、シトリー様の手元に、また紙袋。中身が取り出された。丸く、赤みを帯びた木の実。割れ目のような1本線――


「……お尻です」

「「「桃でしょう!?」」」


 今度はホリー様にツッコミ。この人今わざと言ったな?


「……さて、こちら今朝採(けさど)れです。今いかがでしょう?」


 ということは、硬いやつですね。私は欲しい。だがマリアお嬢様はどうか……?


「たまにはいいですね、頂きましょう。あ、包丁はリーナにお任せを」

(かしこ)まりました」

「「ありがとうございます」」


 では早速……



「……ところで、この辺りは開発しないんです?」

「急ですね、お話が……」


 ホリー様とお嬢様が話し始めたのを、シトリー様が見守る。


「……すみません、ふと気になりまして。あと、聖イサベルは今、開発ブームなんですよ。」

「そういえばそうでしたね」


 ……おぉ、サクサク切れる。いい音するなぁ、この桃。


「ここの開発、ですか……いや~、きついでしょ……」

「ですよね……」

「お待たせしました、どうぞ」

「「「ありがとうございます!!」」」


 3人とも、美味しそうに食べている。ポリポリ……っていい音がする。

 うまく切れたようだ……。


「リーナ、そろそろあなたも座りなさい。ここ()いてますよ」


 ご自身の右隣の席を指すお嬢様。


「……お二方、よろしいですね?」

「「どうぞどうぞ」」


 彼女から、たしかな圧を感じた。


「恐縮です……ではお言葉に甘えて、失礼します」


 桃に夢中なホリー様……に代わって、シトリー様がお嬢様に話しかける。


「もしこの辺りを開発するなら、地名どうしますか~?」

「むぅ、考えたこともありませんね……。リーナ、何かあります?」


 桃おいs……無茶振りが来た!?


「ん~……“聖森中央(セーシンチューオー)”とか? どうでしょう……」

「なるほど~……川の向こうは“聖森南”ですかね?」

「そうなりますね」


 乗っかるシトリー様。

 ……歯ごたえあってジューシー。桃最高。


「む~、魔導国(ここ)では受けが悪そうな名前ですね…」


 口を尖らせるお嬢様。そしてホリー様は……


「ん……美味しい……」


 ポリポリと、桃を堪能している。

 何だこの時間……


「……っ!?」


と、ホリー様が急にうめき声を上げた。シトリー様が応じる。


「どうしました?」

「…おぼろげながら、浮かんできたんです。S17という数字が、急に頭の中に」

何進法(なんしんほう)ですか!?」


 ホリー様の返事に、お嬢様がツッコんだ……らしい。何のことか、よく分からないけど。


「あの~、2人とも? さっきから何の話ですかね~?」


 あ、よかった。私がおかしいわけではなさそうだ……



 ◇


 楽しいと、時間はすぐ過ぎていく。

 そろそろシトリー様とホリー様のお帰りだ。屋敷の外へ出て、門まで送っていく。

 4匹のスライムたちも寄ってきた。


「……かわいいです」

「そうですか……」


 ホリー様、お嬢様と同類らしい。シトリー様は真顔で応えていた。


「楽しい時間でした~。………話しすぎましたかね?」


 シトリー様がマリアお嬢様に微笑む。


「いえいえ、こちらこそ。よろしければ、また来てくださいね」

「はい、楽しみにしてますね~。ではまた」

「はい。お気をつけて」


 お2人の姿が見えなくなるまで、門の前で見送った。

 ……え? 「どうせ転移魔法陣で帰るのに」? それでもやるのが人情です。

 心って知ってる? 使うと便利だよ。


「……ところでリーナ、今日は散々、私を可愛がってくれましたね?」


 横のお嬢様から伝わる、たしかな圧。 ……いや、(ちゃ)うねん。


「割と自業自得でしたよね? 私こそ(あお)られたり()かされたり」

「むぅ、ああ言えばこう言いますね……」

「それは……私だって心ある人ですからね?」


 むくれる美少女、100歳超……


「……仕方ありません。ハグしてくれたら、許してあげます」


 この人、怒ってはいない。むしろめっちゃ甘えてくるやん……。


「あの……私が逆らえないの、分かってて言ってます?」

「んも~、こんな時だけ契約持ち出して~! いつもいつも見下しているくせに~!!」

「身長差は仕方ないでしょう! あと私、あなたの護衛ですからね!?」

「むむ~!!」

「分かりました、分かりましたから。とりあえず中に戻りましょう」

 …………………

 ……………

 ……



 山はある(物理)。けれど見せ場も、大した意味も、オチもない。

 これが、私たちの日常(スローライフ)だ――――



 お読みいただき、ありがとうございます。

 続きはございません。ご了承ください m(_ _)m



???「何なのだ、これは……」


 ですよね。何してるんでしょう、この人たち……



【追記】

 評価、リアクション等ありがとうございます m(_ _)m


・一部加筆/修正しました

(2025/06/21)



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