西山の大魔女と、私 ~これがホントのスローライフですよ!?~
魔導国。
森と魔法の王国だ。“旧大陸”と呼ばれる、この大陸の西方に広がっている。
この国のさらに西方に、深~い森がある。人呼んで「聖魔の森」。
森の中ほどは、山に囲まれた盆地だ。
盆地の中ほど、じめじめした森の中を横切るように、一筋の川が流れている。おおよそ北東から南西に流れる、その川の右岸――北西側――に、いま私はいる。
ここに、古びてなお美しい、白亜の洋館がある。手入れの行き届いた、大きなお屋敷である。
そこが私の職場だ。そして、私の下宿先でもある――――
◇
私の朝は早い……と思う。よそ様がどうかは知らない。
夜が明けてすぐ、部屋の窓から陽が射す。それで目が覚める。
今日も静かだ。辺りに響くのは、小鳥と虫の鳴き声だけ。
異常はない、何よりだ。
では……極力音を立てないよう、静かに体を起こして、さっさと仕事着に着替える。
この時間、お屋敷の主は隣の部屋にいる。おそらく、まだ寝ておられる。でなければ、魔導書を読み込んでおられる。
どちらにせよ、用もないのにお邪魔すべきではない。
着替えて、寝具を畳んだら部屋を出る。階段を降りれば1階だ。
身支度を済ませ、台所へ向かう。
朝の献立は、山型食パンのトーストにベーコンエッグ、生野菜の和え物、コーンスープ、そして果物だ。
味付けや量は時々変えている。野菜や果物も、季節に合わせて変わる。
だが、毎朝これだ。
毎朝同じものを食べることで、その日の調子がよく分かるんだとか。
……繊細なのか鈍いのか、よく分からないお人だ。
盛りつけまで終わって、さあテーブルへ……というところで、2階から足音が響く。とてとて……と、いつになく軽やかな音だ。
そして、金髪碧眼の美少女が、階段を降りてきた。
マリア・リオンハート。このお屋敷の主にして、私の雇い主だ。
「おはようございます、お嬢様」
「おはようリーナ、今日はいい日ですね」
マリアお嬢様がにっこり微笑まれた。彼女はあまり夜更かしをなさらない。そして早起きだ。
とはいえ、朝からここまでご機嫌うるわしいのも、珍しいもので。
「……何かございましたか?」
「まだ朝だというのに、西の空に虹が出ていましたよ。何年ぶりでしょうねぇ。 ……貴女も一緒に見ます?」
なるほど、虹か。いいね、色鮮やかで。
まあ、故郷では“凶兆”と教わったけれど。もったいない見方だ……。
「朝ごはん、冷めますよ。よろしいので?」
「たまにはいいでしょう。それと、虹の外側にうっすらと、もう一本見えていましたね。あれは何といったか……」
なんと。それは是非見たい。
「副虹ですか?」
「それです!」
「承知しました。どちらへ参りましょう?」
お嬢様の後についていく。歩きながら、少し考え込んでおられるようで。
「ん~、2階の廊下からも見えましたが……やはり私の部屋からが見やすいかと」
「また散らかしておられるのでは?」
「失敬な! 足の踏み場くらいはありますよ !! 」
「それは……ないと困るやつです」
…………………
……………
……
◇
お嬢様の部屋にお邪魔する。
やはり、部屋中に分厚い本が積み上げられている。家具一式と、1人分の幅の通り道を残して。
ただし、物量を考えれば、むしろよく整理されている。いつもの光景だ。
そんな本の山々をスルスルと抜けて、お嬢様が窓際に寄られた。
「リーナ、あれです! さっきより、はっきり見えますよ !! 」
どれどれ……
「おわぁ……こんな綺麗なん、初めて見た」
「素が出てますよ、リーナ」
いや~、仕方ないでしょう。
上が赤・下が紫で、どこも欠けていない虹。
その上、外側にもう1本の虹。色が薄く、上が紫・下が赤になっている。これが副虹だ。
副虹自体が珍しいのに、こちらも欠けたところがない。これはもう“万が一”、1万回に1回ぐらいの珍しさなのだ。
名残惜しいが……虹見物もそこそこに、1階へ戻る。朝ごはんだ。
できたてホヤホヤから、微かな温もりになったけれど、問題はない。
“冷めても美味しい物”こそが、本当に美味しいものだ。
「「いただきます」」
2人そろってお箸を手に取り、まずはサラダから頂く。
そして食事中は、貴重な会話の時間でもある。まあ、身内だけなら、だが。
「お嬢様、本日のご予定ですが……午前は休み。午後はシトリー様をお招きして、お茶会……でしたよね?」
「そうそう、息抜きは大事ですから。もちろん彼女の、ね」
「全くその通りですね」
シトリー様とは、教会の偉い人だ。そんなお方を屋敷に招くお嬢様も、これまた偉い人だ。
シトリー様の正式な役職名は忘れた。まあでも、司教補佐・兼異端審問官・兼なんとか……といった感じで。
要は働きすぎなのだ。
原因は最高神さまのご意向にある。
世界のさらなる発展を目指して、彼女は異世界人――略して“異人”――たちの力を借りることにした。
しかし、色々あって、異人たちは一部の都市に集中している。当然、現地の大きな組織……教会や冒険者組合などが、その対応に追われている。
シトリー様も担当者の1人、というわけだ。
まあでも、集まる先が“都市”なら、まだマシなほうだ。
もしもその先が、“始まりの村”――勇者ものの冒険小説にありがちな辺境――だったら?
……考えただけでゾッとする。
◇
マリアお嬢様は“西山の大魔女”といわれる、有名な魔法使いだ。
だが、それ以外にも薬師、錬金術師、魔物使い……と、実に多くの顔をお持ちだ。
頭部はいつも1つ! だが。
まあ無理もない。そもそも、ご自身で
「ふむ……100年は生きていますからね」
と仰る人外種だ。そんなに長いこと、健康に生きていれば、多芸になりそうでしょう?
あと、見た目はあてにならないものだ……。
もちろん、人外種の中でもかなり上位の存在だ。並の魔物は100年も生きられない。
運良く100年生き残れても、人類社会に溶け込むのが大変だ。それをあっさりやってのけた、ヤバいお嬢様である。
そして、訳あって滅びた種族の、最後の生き残りでもある。婚約者がおられたそうだから、そこでも高位の存在だ。
世が世なら、私の首はとっくに飛んでいただろう。もちろん物理的に、だ。
なお、お相手は結婚する前に……とのこと。だから”お嬢様”。
「滅びた、というと……どの種族です?」
昔、直にそうお伺いしたことがある。
「教えるわけないでしょう……」
「でしょうね。失礼いたしました」
相手と場合にはよるけれど……私が彼女でも、まず教えないだろう。そういう立場の人なのだ。
◇
「「ごちそうさまでした」」
食べ終わったところで、お嬢様に訊く。
「ところでお嬢様、仕事着が新しくなっておりましたが?」
「ええ、それはプレゼントです。日頃の感謝を込めて……」
「それは……ありがとうございます。で、これ、どちらでお求めに?」
「私自ら6時間かけて縫いました。どうです、かわいいでしょう?」
どや顔がかわいい……ところ、申し訳ないけれど。これ、異人が言うところの“ミニスカメイド服”では?
どこで覚えた…… !?
「デザインはいいんですが……その、丈が短すぎませんか? これで動き回るのはちょっと……」
「なら動かなくてもいいかと。よく似合ってますよ」
「私あなたの護衛も兼ねてる……はずなんですけどね?」
「あら、自分の身くらい、自分で守れますよ?」
「……でえぇ~いッ !! 」
思わず主の右手を取り……背負って投げたバカは私です。何とでも言えばいい。
「急に投げ飛ばして、申し訳ありません……で、守れましたか?」
「生意気言ってすみませんでした」
と言いつつ、無傷のお嬢様。起き上がろうとする彼女の右手を、軽く引っ張る。
とっさに受け身、取れるようになったんですね……。
ぶん投げた日々の賜物かな?
「私も精進しないと、ですね。胸を借りるつもりで頑張りますよ!」
「……いろいろ逆では?」
「今どこを見て言いましたか」
胸です。私に貸せるほどの物はない……
「失礼いたしました」
頭を下げてから、一言。
「脚を凝視なさるのが悪いのです。お返しですよ?」
「ごめんなさい……」
で、またタンスの肥やしが増えてしまった……
「あ、今日はそれ着ててくださいね。シトリーちゃんにも見せないと!」
「嘘でしょ……」
頭から角が生えそうだ――
◇
屋敷の裏口から、2人で外に出る。そこには、マリアお嬢様が使役する魔物たちが……
「みゅ!」
「みゅみゅい !! 」
「みゅいみゅい、みゅ~ !! 」
大型のスライム――私達より背の高い半透明――が3匹、飛び掛かるような勢いでこちらに来た。
……めっちゃ怒ってるぅ~ !!
「ごめんなさい、お腹吹田でしょう? はい、ごはんですよ~」
いや待て、これは甘えているのか? 3匹ともお嬢様にべったりだ。
そして、ごはんと言いつつ、3匹に水が出される――などと茶化してはいけない。彼らの主食である。
覚えた技とともに、ときには進化先すら変えるほど、大事なものだ。
「「「みゅみゅい~♪」」」
美味しそうに飲むね、君たち……
実際、彼らに出された水は、それぞれ中身が違う。淡い水色の子は氷水、白い子は薄めた最高級回復薬だ。
そして、真っ先に跳んできた赤茶色の子は、赤土に水を混ぜた泥を丸呑みしている。
……そう、ただの水じゃあない。
「貴方の分もありますよ、お出で」
お嬢様が、お屋敷の角の向こうに呼びかける。すぐにもう1匹、暗い黄緑色のスライムが寄ってきた。お嬢様が見つけた新種だ。
「どうぞ~」
透き通った水が出された。この子ゴクゴク飲んでますが……これ、回復薬の失敗作です。猛毒ともいう。
「てけり、り~♪」
そしてご機嫌な一言。強い。
あと、独特な鳴き声で……スライムも奥が深い。
「は~、みんなかわいい。幸せ……」
この子たちを、プチスライム――人間の頭ぐらいの大きさ――からここまで育て上げた、お嬢様のスライム愛。推して知るべし……。
私? ちょっと怖いですね……この主が。
気を取り直して、お茶会の準備をした。といっても、生け花やお菓子の用意だから、ほとんど仕上げみたいなものだ。
外も中も、掃除は昨日済ませた。さすがに一晩で塵が積もるとか、食尽樹が生えてくるとか、そんなことはない。
で、お昼は少なめに頂いて。
自分とお嬢様の身だしなみを整えて、客間を出る。玄関先で1人、その時を待つ。
……つもりだったのに、ついてきたよこの人。
「あの、お嬢様? 私ども使用人は主を支える者であって、主と一緒にスッ転ぶ人ではありませんよ??」
「まあまあ、シトリーちゃんはお友達ですから」
扉の向こうで、カッ、カッという足音が近づいてきた。お越しですね。
「ごめんくださ~い」
ノック音に続いて聞こえた、女性の声。中性的で威厳があり、でも若さを感じさせる……などと要らんことを考えていたら、
「どうぞ~」
お嬢様が応えていた。それウチのセリフ!!
そして扉が開く。白い修道服に身を包んだ女性が、こちらへ歩いてきた。
「お邪魔します……お久しぶりです~、マリアちゃん!」
「ようこそシトリーちゃ……わぷ、ちょっ、急に抱きつかない!!」
こちらが教会の偉い人だ。
威厳、一瞬で吹っ飛びましたが……
「リーナイさんもお久しぶりです」
「ご無沙汰しております」
お嬢様を抱きしめたまま、彼女は一礼した。
……どちらかにしましょうよ?
「衣装、可愛いですね。お似合いですよ」
「……恐縮です」
「そうでしょうそうでしょう、可愛いんですよウチのリーナは!」
振りほどくのを諦めて、どや顔するお嬢様。
「お嬢様、その辺りで。ところでシトリー様、道中お疲れではありませんか?」
「いえいえ、お気遣いなく。今日も転移魔法陣ですから」
「それはそれで、お疲れでは……?」
「この距離なら余裕です、ご安心を。それに、万が一にも“空飛んでたら重装の翼竜よろしく撃ち落とされました~”……となっては、たまりませんからね~」
この辺りの森には、重装の翼竜という巨大な魔物が出る。
……といえば聞こえはいいが、要は“魔法で空飛ぶ激太り竜”である。あの引き締まった翼竜――クチバシのある大コウモリ、みたいな姿――の、成長した姿だ。
この大陸では「生態系の頂点」とされる強者でもある。敵? 風圧と自重で吹っ飛ばせ。
まあ、動きが遅いから……と、スライムなどに狙撃されなければ、だが。どうしてこうなった……
そして、久々に仕留めた大物を食べよう!と跳ねたスライムが、急降下してきた翼竜の一突きで即死する……所までがお約束。
この森、命に厳しすぎる。
「それにしてもマリアちゃん、よくこんな所に住もうと思いましたね……?」
とシトリー様。お嬢様は窓の外、スライムたちを指さして一言。
「それはもう、水がいいからですね。あの子たちの餌にも困りませんし、何より果物の出来がいい! 質の高い果物で潤う、最高の生活がここに……ですよ!!」
そう、たったそれだけの理由でここに住んでいる。ヤバいんよこの人……
おかげ様で、私は毎回毎回、買い出しにすら苦労してるんですよね~。
「……おっと失礼、1つ忘れておりました」
と、シトリー様がお嬢様を解放して、扉を開けに向かった。私たちもついていく。
扉の向こうにもう1人、修道服の女性がいた。シトリー様より、わずかに背が低い。
「お姉さま、お持ちしました……」
「もう……外では“補佐官”で通せ、と言ったはずです」
「あっ、ごめんなさい……」
シトリー様の同行者、かつ妹さんらしい。落ち着いた高音で話している。
「先だってお伝えしていた、同行者です。ではホリー、自己紹介を」
「はい。書記官のホリーと申します、よろしくお願いいたします」
「マリア・リオンハートです。こちらは使用人のリーナ。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
お嬢様と一緒に頭を下げてから、一言。
「皆様、このまま立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」
客間へ2名様、ご案内。
◇
「ではこちら、お土産です」
席に着く前に、シトリー様がマリアお嬢様へ、紙袋を手渡した。
「ありがとうございます。 ……早速見ても?」
「もちろん、ご遠慮なく」
紙袋の中から、梨が1つ。
「こ、これは……黄金の洋梨!?」
出たな、お嬢様の大好物。世界一高級な梨といわれている。
その実には、頬張ればシャクシャクと音が鳴る、たしかな食感がある。それでいて甘すぎず、薄すぎない果汁もたっぷり含まれている。
噛むほどに味わい深い逸品だ。
王侯貴族か豪商でなければ手に入らない……って聞くけど、一体どこで?
「神々へのお供え……の、お下がりです。といっても、食べ頃は明日ごろかと」
そうだった……この2人、教会の偉い人だった。もうちょっと威厳持ってもろて……
「何か?」
「いえ。ではお嬢様?」
梨に見とれていたお嬢様が、我に返る。紙袋に戻して、こちらに渡してきた。
……6個入りでしたか。
「これは氷室へ。お願いしますね」
「承知しました」
裏庭の氷室に梨をしまい、裏口に戻る。服の汚れは…なさそうだ。
手を洗い、台所の温蔵庫へ。できたてのままのお菓子と、白湯入りのポット・ティーカップを取り出す。客間へ戻ろう。
……やはり、何度体験しても慣れない。中身の時間を止めるという、魔法の温蔵庫……。
「お待たせしました」
「美味しそう……」
客間に戻ると、ホリー様の熱い視線が……いやお茶淹れなきゃ。
「それで、シトリーちゃん……そちらは何です?」
シトリー様の椅子にもたれかかった荷物。それを見ながら、お嬢様が訊く。
「最近ハマっている楽器です。 ……あ、ありがとうホリー」
布製らしい入れ物から、シトリー様が本体、ホリー様が小物を出す。本体は独特な形をした板から、細長い板が突き出している。
この形は……
「ギターですか?」
「いえ、魔導ベースです」
声に出てた……。そしてあっさり答えたシトリー様。
魔導ベース、ですか。言われてみれば、突き出た部分から太い弦が……4本。
元になった楽器がありそうだな、これは。はて、何だったか?
……と、ここでお嬢様が手を打つ。
「あぁ、コントラバスですか!」
「はい。あの大きい弦楽器です」
ドゥ~ン……と、ベースを鳴らしながら、シトリー様が答える。
渋い低音ですね。いい……
「あぁ~、あれがギターみたいに、指で弾けるんですか!」
「そうなんですよ~。人類も捨てたものじゃないでしょう?」
「お姉さま、話の規模感が……」
2人が盛り上がってきたところに、ホリー様が一言。たしかに、楽器1つで見捨てられては困る。
「あら、本当ですね……」
閑話休題。
「で、シトリーちゃん。楽器始めたのは……例の絵からですか?」
「はい、聖イサベルのあれです」
この魔導国の首都は“聖イサベル”と言う。そこで、先月お披露目されたばかりの一枚絵が、話題を集めていた。
お嬢様が「見たい」と言うので、私たちも先週見てきたところだ。
◇
魔導国の内陸部。「聖魔の森」の、はるか東にも、大きな森がある。
人呼んで、「出水の森」。その名の通り、森のあちこちで水が湧き、流れだす。その湧き水で育った森でもある。スライムの一大繁殖地としても名高い。
そんな森の中に、木組みの街がある。街の名は“聖イサベル”、この国の首都だ。
この街の大きな特徴は3つある。木組みの建物が続く街並み、豊かな緑、そして水路だ。特に、この“聖イサベルの水路”は味わい深い。
この街では、大通りの両側はもちろん、裏路地の隅々にまで水路が張り巡らされている。といっても細いから、小舟すら入れない。物流ではなく、洗い物などの生活用水として使われているようだ。
そんな“聖イサベルの水路”はすべて、ある一点から流れだしている。そう、街の中央付近にある「偉大なる噴水」だ。
そして、噴水の周りが“大泉の広場”、さらにその周りは中心街となっている。
広場の周りで、一際高い建物がある。この国最大の教会「聖イサベル大聖堂」だ。シトリー様とホリー様のお勤め先でもある。
……よくもまあ、木組みでこんな高いのを建てたものだ。
問題の絵は、ここに奉納され、今も公開されている。
名画家:ホアン・グレコの遺作『夢枕に立たれた4柱の女神』。縦横それぞれ、人間1人分の背丈を越える……という、油絵の大作だ。
描かれたのは、ある劇場。前から3列ぐらいの客の後ろ頭と、舞台の上。そして、そこで庶民的な服を着て、見慣れぬ楽器を演奏する、4柱の神々だ。
母なる最高神さまと、その娘たる女神3姉妹である。
向かって手前右から、魔導ギターを弾く次女:獣神さま。
こけしのような物を手に歌う三女:木神さま。
魔導ベースを弾く長女:副神さま。
そして、中央奥から3柱を見守りつつ、太鼓や銅鑼などの打楽器を鳴らす最高神さま……という絵だ。
は~、ありがたやありがたや……
そういう絵だから、かなり批判されている。たとえば、
「若いのの悪い遊びに神々を付き合わせるな、無礼すぎる!」
「そうだそうだ、こんなのはもはや冒涜だ!!」
とか、逆に若者側から、
「この作者無知すぎ、ギャハハ……バイオリンとかの弓でベース弾いてんのウケる~」
「そうそう、あとマイクとか増幅器とか知らねーの? どこのお爺ちゃん??」
とかね……。
◇
「私は好きですよ、あの絵。楽しそうじゃないですか」
ホリー様が言い切った。
「同感です。神々に楽器に……皆さんモチーつを重く見すぎかと。お堅いものばかり見せられては、広まる信仰も広まらないでしょう?」
「そうですねぇ。賛否あるのは構いませんが……今後はああいう絵が増えればいいなぁ、とも思いますね~」
すかさずお嬢様とシトリー様も同意する。
人を襲い、神々に仇なす“魔人”一派が復活しつつある今、「若者の教会離れ」が問題になっている。
……いや、正確には「教会の世間離れ」か。今や聖職者になるのは、“良え士の子”ばかり。世間を知らぬまま、
「あらゆる人々を尊重せよ!」
「○○は教えに反する!」
なんて言うから堪らない。
しかも善意からの言葉なのだ。悪意はないから責められない。始末が悪すぎる。
盲信……恐ろしい子!
ちなみに……異界はどうか知らないが、この世には神々が実在する。聖職者の不正はすぐバレるので、誰もやらない。そこは信じていい。
「……ところで皆様、あの中でやってみたい楽器はあります?」
お茶をお渡ししながら、訊いてみた。
「急に話変えてきましたね」
お嬢様ににらまれた。 ……すみません、しんみりした空気は苦手なもので。
で、ドゥルドゥルドゥル~……とベースを鳴らしながら、シトリー様が一言。
「私はこれですね」
「「「でしょうね」」」
違ったらびっくりですよ……
「で、そういう貴女は?」
「私はギターです」
即答しておいた。歌うのと、人前で何かを表現することは苦手だが、手先の器用さには自信がある。
「意外ですねぇ……体動かすのお好きだから、打楽器かと」
シトリー様が言う。
「たしかに気にはなります。が、途中でぐちゃぐちゃになりそうで……」
両手を別々に動かすのは“器用さ”だろう。だが、両手・両足をばらばらに動かすのは……もう“器用さ”ではなく“頭の良さ”ではないか?
そして私は、頭の出来に自信がない。周りが賢い人ばかりなので、過小評価かもしれないが……。ドラムスだと、楽しむより苦しみそうだ。
「私、ピアノが気になります」
あの絵に出てこない楽器を挙げるホリー様。この人自由だな……
さて、最後は我らがマリア・リオンハートお嬢様。 ……み~んな、期待してるで~?
「私は……ギターですかね……?」
「な~んや、おもろな」
「ちょっ、リーナ!? なぜです? 素が出てますよ??」
「おっと、失礼いたしました」
いっけな~い、お客様の前だった~。
「大丈夫、いいものを見ました……」
なぜか親指を立てるホリー様。やりにくいな……
「……おっと、これを忘れてました! 私も歳ですかね」
「「「その顔で言わないでください」」」
3人そろって、シトリー様にツッコんだ。まだお若いのに……
で、シトリー様の手元に、また紙袋。中身が取り出された。丸く、赤みを帯びた木の実。割れ目のような1本線――
「……お尻です」
「「「桃でしょう!?」」」
今度はホリー様にツッコミ。この人今わざと言ったな?
「……さて、こちら今朝採れです。今いかがでしょう?」
ということは、硬いやつですね。私は欲しい。だがマリアお嬢様はどうか……?
「たまにはいいですね、頂きましょう。あ、包丁はリーナにお任せを」
「畏まりました」
「「ありがとうございます」」
では早速……
「……ところで、この辺りは開発しないんです?」
「急ですね、お話が……」
ホリー様とお嬢様が話し始めたのを、シトリー様が見守る。
「……すみません、ふと気になりまして。あと、聖イサベルは今、開発ブームなんですよ。」
「そういえばそうでしたね」
……おぉ、サクサク切れる。いい音するなぁ、この桃。
「ここの開発、ですか……いや~、きついでしょ……」
「ですよね……」
「お待たせしました、どうぞ」
「「「ありがとうございます!!」」」
3人とも、美味しそうに食べている。ポリポリ……っていい音がする。
うまく切れたようだ……。
「リーナ、そろそろあなたも座りなさい。ここ空いてますよ」
ご自身の右隣の席を指すお嬢様。
「……お二方、よろしいですね?」
「「どうぞどうぞ」」
彼女から、たしかな圧を感じた。
「恐縮です……ではお言葉に甘えて、失礼します」
桃に夢中なホリー様……に代わって、シトリー様がお嬢様に話しかける。
「もしこの辺りを開発するなら、地名どうしますか~?」
「むぅ、考えたこともありませんね……。リーナ、何かあります?」
桃おいs……無茶振りが来た!?
「ん~……“聖森中央”とか? どうでしょう……」
「なるほど~……川の向こうは“聖森南”ですかね?」
「そうなりますね」
乗っかるシトリー様。
……歯ごたえあってジューシー。桃最高。
「む~、魔導国では受けが悪そうな名前ですね…」
口を尖らせるお嬢様。そしてホリー様は……
「ん……美味しい……」
ポリポリと、桃を堪能している。
何だこの時間……
「……っ!?」
と、ホリー様が急にうめき声を上げた。シトリー様が応じる。
「どうしました?」
「…おぼろげながら、浮かんできたんです。S17という数字が、急に頭の中に」
「何進法ですか!?」
ホリー様の返事に、お嬢様がツッコんだ……らしい。何のことか、よく分からないけど。
「あの~、2人とも? さっきから何の話ですかね~?」
あ、よかった。私がおかしいわけではなさそうだ……
◇
楽しいと、時間はすぐ過ぎていく。
そろそろシトリー様とホリー様のお帰りだ。屋敷の外へ出て、門まで送っていく。
4匹のスライムたちも寄ってきた。
「……かわいいです」
「そうですか……」
ホリー様、お嬢様と同類らしい。シトリー様は真顔で応えていた。
「楽しい時間でした~。………話しすぎましたかね?」
シトリー様がマリアお嬢様に微笑む。
「いえいえ、こちらこそ。よろしければ、また来てくださいね」
「はい、楽しみにしてますね~。ではまた」
「はい。お気をつけて」
お2人の姿が見えなくなるまで、門の前で見送った。
……え? 「どうせ転移魔法陣で帰るのに」? それでもやるのが人情です。
心って知ってる? 使うと便利だよ。
「……ところでリーナ、今日は散々、私を可愛がってくれましたね?」
横のお嬢様から伝わる、たしかな圧。 ……いや、違うねん。
「割と自業自得でしたよね? 私こそ煽られたり急かされたり」
「むぅ、ああ言えばこう言いますね……」
「それは……私だって心ある人ですからね?」
むくれる美少女、100歳超……
「……仕方ありません。ハグしてくれたら、許してあげます」
この人、怒ってはいない。むしろめっちゃ甘えてくるやん……。
「あの……私が逆らえないの、分かってて言ってます?」
「んも~、こんな時だけ契約持ち出して~! いつもいつも見下しているくせに~!!」
「身長差は仕方ないでしょう! あと私、あなたの護衛ですからね!?」
「むむ~!!」
「分かりました、分かりましたから。とりあえず中に戻りましょう」
…………………
……………
……
山はある(物理)。けれど見せ場も、大した意味も、オチもない。
これが、私たちの日常だ――――
お読みいただき、ありがとうございます。
続きはございません。ご了承ください m(_ _)m
???「何なのだ、これは……」
ですよね。何してるんでしょう、この人たち……
【追記】
評価、リアクション等ありがとうございます m(_ _)m
・一部加筆/修正しました
(2025/06/21)