4. この岩の上に
「まずは事務所が必要になります」
テーブル越しに向かい合ったアリーヌが真剣な瞳でフレッドを見た。
二人は片付けを済ませた後、初めて出会った公園からほど近いカフェで朝食を取っていた。
「事務所?」
「はい、そうです。マルティアの冒険者ギルドは潰れてしまったので、この街の冒険者は自前で事務所を構えています」
フレッドはカリカリのバケットを齧りながら肩をすくめた。
「でもお金がないよ」
「私はまだ十万フロルほど貯金があります。これは本当に最後のお金なのでその後の出費を考えて……使えるのは五万までです」
「じゃあ、五万フロルの物件を探すの? 大丈夫、それ?」
「正直、だいぶ厳しいと思います。……フレッドさん、杖二本持ってますよね? 一本質に入れませんか?」
「だ、ダメだよ、これは大切なんだ!」
フレッドは顔を顰め、ポケット越しに杖を押さえる。
「いっそさ、あの家を使ったら? 持ち主は居ないし」
「ダメですよ。あの家には戻れません」
「それならどうするのさ?」
「まずは不動産屋に行ってみましょう。もしかしたら良心的な価格で家を貸してくれるかも」
◇◆◇◆
チャーノフは鏡の前に立ち、一度咳払いをした。鏡に映った自分を見ながらポマードで固めた薄い髪を撫でつけ、ピョンと両端が跳ねたカイゼル髭を指で撫でる。
寝不足で頭が若干ボーっとしていたが、部屋の外からは既に慌ただしい社員達の声が漏れ聞こえていて、嫌でも肩に力が入る。
「おはよう、諸君。やあ、おはよう。……諸君、おはよう」
鏡に向かって何度か笑みを作ってみせる。数十年の間繰り返したその笑みは達人の早撃ちのように素早く滑らかだ。
チャーノフは来客用ソファーに乱雑に掛けられている茶色のジャケットを羽織り扉の方に歩む。
ドアノブを回すと扉越しでも十分に喧しかった社員達の声が夏場の蝉の鳴き声のように鼓膜を刺激した。だが煩わしくはない。何故ならこれは、この音は、他ならぬ金が生まれる音なのだから。
「やぁ諸君、おはよう!」
執務室の扉を後ろ手に閉めながら、チャーノフは広い事務室全体に響き渡る声量で溌剌に朝の始まりを告げた。
「「おはようございます! 支配人!」」
全ての事務員が作業を中断して、チャーノフに挨拶を返す。綺麗に揃った女性事務員達のアルトはさながら聖歌隊のようだ。
「さぁ、仕事に戻りたまえ! 今日もバンバン稼ぐぞ!」
チャーノフが指揮者のように両手を振り上げると社員達は一斉に手元の仕事に視線を戻した。
それを確認してから、チャーノフは執務室に戻り王座のように椅子に腰を下ろす。そして既に積み上げられている書類の束の一部を手元に取り寄せた。
『マルティア土地会社』の一日はいつもこうして始まるのだった。
◇◆◇◆
「サン・ベイグ通り五の二十七……売れたのか、あのボロ屋敷」
独り言を呟きながら、淡々と書類を処理していく。独り言は退屈な仕事を繰り返す中で自然と身に付いた癖だった。
しばらく書類仕事を続けていると、事務室の騒音に混じって乱暴な足音が聞こえることに気が付いた。
すぐに扉が乱暴に開かれ、チャーノフは顔を上げる。顔を真っ赤に紅潮させた中年の女性職員が暴走機関車のように目の前みで突っ込んできた。
疲れか怒りのせいか彼女は肩で息をしていて、髪を結い上げて剥き出しになった額には青筋が浮いている。
「何だ、トラブルかね?」
口を開くと自然に口元が僅かに緩む。最高責任者に相応しくない態度と自覚しているが、トラブルは退屈な業務における数少ない刺激の一つなのだ。
「三番応接室のお客様が接客に不満があるとのことでして、上の人間を呼べと」
「部長の君で対応できないのか? 何があった?」
一部の社員はこうやって役職をすっ飛ばして直にチャーノフに相談に来る者もいる。無礼だとは思わない。むしろ社員と距離が近いのは彼にとっては好ましいことなのだ。
「物件を五万フロルで貸せと言って聞かないんです」
「ご、五万フロル?」
地価高騰の著しいこの街では、五万フロルでは鶏小屋だって借りられるか怪しい。
「私は警備員に追い出させるべきだと思います」
「い、いやそれはダメだ。お客様に手荒な真似をするなど言語道断だ。私に任せてくれ」
チャーノフは立ち上がり、女性職員の後に続いた。
◇◆◇◆
二人は客間があるフロアの一室、第三応接室の扉の前に立った。すると、顔を顰めながら女性職員が扉に人差し指を向ける。
「ここですよ」
「そうか、後は私に任せて。君は戻ってなさい」
チャーノフは手が空いている時は、クレーム処理を日頃から率先して行っていた。
トップがクレーム対応をすれば客からしてもその状況だけで溜飲が下がるし、面倒事を引き受ければ部下からの信頼も集められるからだ。言うならばコストパフォーマンスに優れている。
そして何より、直情的で愚かな人間を見ているのは数字の羅列と向き合うよりも遥かに愉快だ。
チャーノフは顔にスッと笑みを張り付けてからドアノブを回した。
「ああ! これはどうも! アリーヌです!」
扉を開けるなり修道服を着た少女が立ち上がり握手を求めてきた。驚いてチャーノフは手を握る。やけにそそっかしい印象を受ける少女だ。それに修道服なのも謎だ。
「こ、これはどうも。私はガストン・チャーノフです。この会社の支配人を勤めております。何やら我が社のサービス提供にご不満があるとお聞きしました」
「いえいえ! 不満なんかありません! ね、フレッドさん!」
少女が椅子に腰掛けたままの少年を見た。物腰の柔らかそうな少年は鷹揚に頷いてみせた。
「お客様、もしよろしければですが、もう一度条件について私と話し合いませんか? もしかしたら力になれるかもしれません」
「ええ、ぜひぜひ!」
「では……手を離しても?」
「あ、すみません!」
チャーノフは少女の対面のソファーに腰掛けた。その時に、目の前のテーブルに広げられた資料にサッと目を通す。どの物件も流石に五万フロルというアホな価格ではないが、値段に対して好条件の物件ばかり揃えられている。日頃から社員には条件の悪い物件を先に捌くように指導しているので、コッテリと搾られたようだ。
「これらの物件では、ご満足いただけませんでしたか?」
「ええ、そうですね……ちょっと高過ぎます」
「予算は五万フロルをご希望ですね?」
「はい、それが限界です」
面と向かって言われては吹き出しそうになる。五万フロルでは頭金にもならない。コイツらは馬鹿だ、しかも相当な。
「お客様、ところでどのような理由で物件をお探しで?」
「自宅兼事務所にしたいと思ってます」
「事務所?」
「はい、実は私達冒険者パーティーを立ち上げたんです」
面白いを通り過ぎて頭が痛かった。この時代に冒険者家業が成り立つ訳がない。対面の二人をチラリと見る。少女は不安で引き攣った顔を、愛想笑いのドーランで隠している。その横の少年は……ずっとニコニコしていてキモい。
正直、チャーノフも彼女らの歳の頃は冒険者に憧れていた。だがそれは魔物が存在していたからだ。結局チャーノフには魔力も甲斐性もなく、数年の兵役義務を終えてからは冒険者ではなくビジネスの道に進むことになったが……
「あのー、どうしましたチャーノフさん?」
「ああ、失礼! 考え事を……ところで冒険者とは何をするのですか?」
「はい! 人助けをしたいと思ってます。困り事を解決して、対価にお金を頂きます」
「ほう……それは殊勝な。若いのに素晴らしい心掛けですね」
チャーノフが言うと、少女は嬉しそうに頬を赤らめた。その顔が少しだけ、親権を元嫁に奪われた娘に重なった。あの子も、目の前の少女と同じ年頃だ。
……彼らは確実に失敗するだろう。だが、ここで、こんな些細な事で躓いて終わらせてしまっていいのだろうか。若者に、自分のように悔いを残したまま人生を歩ませていいのだろうか。否、いい訳がない。
冷徹であるべき商売人のチャーノフは、この日珍しく情に絆された。
「実は一軒だけ――」
「フレッドさん! 今です!」
アリーヌが突然人差し指を向け、それを合図にフレッドが飛び掛かかる。チャーノフは突っ込んできたフレッドごと、後ろに倒れ込む。
「動くな!」
馬乗りの状態になったフレッドが叫ぶ。喉元には杖が突き付けられた。
「な、何の真似だ!」
「すみません、チャーノフさん。これも大義の為です」
アリーヌが扉を塞ぐように寄り掛かる。その表情が妙に精悍なのが腹立たしい。
「命が惜しいなら、僕達に物件を渡せ」
「こ、固定資産を強盗するアホがあるか!」
「フン、難しい言葉で煙に撒こうとしても無駄だよ」
「このバカ! せっかく物件を紹介しようとしてたのに!」
二人が不意に目と口をあんぐり開け、互いに顔を見合わせた。
「「え」」
そして同時に間抜けな声を漏らす。
「退け! 大家を紹介してやるからとっとと失せろ!」
◇◆◇◆
『ボンバの食料品店』
背の高い建物が立ち並ぶ金融街の一角に、その店はあった。昔ながらの商店らしい趣の建物は元来が古めかしい上に、周りを真新しい作りの建造物に囲まれているせいで有閑夫人に混じった田舎女のように余計に老けて見える。
アリーヌはもう一度、手元のポスターに目を遣った。アヘンをたらふく吸ったミミズが伸びてるような読ませる気のない文字だったが、間違いなく目の前に掲げられている看板と一致している。ボンバの意味もわからなかったが、ここで間違いない。
アリーヌは一息に店の扉まで大股で歩み、その勢いのままに扉を押し込む。
鈴の音のように軽やかなドアベルの音が頭上で鳴った。店の中は薄暗く、店内に滞留していた春先の冷気が逃げ場を求めるようにアリーヌの下を通り過ぎた。
その埃っぽい臭いに鼻をヒクつかせながら、店の中に足を踏み入れる。
「あのー」
意を決して、声を出す。だが、店内を一通り反響しただけで返事はない。
何となく壁を覆うように設置された食品棚に目を向けた。何かの瓶詰めや酒類だけが所狭しと並べられたその棚からは、まるで生気を感じられない。薄暗く冷たい室内の雰囲気のせいで缶詰売り場は棺桶の並んだ墓地のようだ。
「何か用か?」
棚に気を取られていると正面から声が聞こえ、アリーヌは身を竦ませた。
先程まで誰もいなかったカウンターの向こうに白い髪の少年がいつの間にか佇んでいた。白いボブヘアーの幼なげなその少年は、かろうじて声から男性であると判断できた。白い肌の上に白いシャツと灰色のベストを着て、黒いリボンタイを締めた少年はまるで写真越しに見ているかのようだ。
「何か、用か?」
少年は片眉を下げると、一言一言を強調する高圧的な喋り方で再度そう尋ねてきた。
「そのー、えっとですね……」
「寄付ならしねえし、聖書も買わない。敬虔な人間が見たいなら他を当たりな」
「い、いえ、そういうのじゃありません!」
「なら何だ?」
少年からの視線は刃物のように鋭く、その小柄な体躯から想像できない程の圧力を発している。
「え、えっと私は……」
アリーヌは恐る恐るカウンターに近づき、チャーノフから貰ったポスターを少年に渡した。
少年は手にした紙を広げ、目を細めて文字を声に出して読み上げる。
「ブ……ボ……汚ねえ字だな。何で読むんだ」
「ボンバの食料品店です。この店……ですよね?」
「……そうだ」
少年は顔を上げ「で?」と雑に続きを促す。
「チャーノフという人からその紙を貰ったんです。実は私、家を貸してくれる方を探してまして、ここに力になってくれる人が居ると言われたんです」
「ガストン・チャーノフ? あの髭野郎が俺を頼れと?」
「は、はい!」
チャーノフの名を出した途端、少年の警戒心が明確に薄らいだ。
「借りたいって言うなら、貸してやってもいい」
「ほ、本当ですか!」
「ああ、断る理由はないからな」
思いもしない程に呆気ない承諾にアリーヌは喜びで一杯になったが、すぐに一番の問題が残っているのを思い出した。
「その……家賃について相談がありまして」
「いくら払えるんだよ?」
少年がカウンターに肘を付けながら溜息混じりに問うと、アリーヌは申し訳なさそうに、上目遣いで少年を見た。
「今手元にあるのは五万フロルだけです」
言い切ってから全身に鳥肌が立つ気味の悪い感覚を覚えた。ここで断られれば、いよいよ後がないのだ。
少年はすぐには返事せずに値踏みするようにアリーヌの全身を見てから、鼻から息を吐く音と共に口を開いた。
「それでいい。毎月五万フロルで貸してやるよ」
「本当に!? 本当ですか!?」
アリーヌは興奮のあまりにカウンターに両手を突いて身を乗り出した。先程の挫折感の反動で一気に解放感が全身を駆け巡る。
「アリーヌです! よろしくお願いします!」
アリーヌは前傾姿勢の状態で押し付けるように右手を突き出した。
「マルク・カルスナーだ」
マルクはその右手を怠そうに掴み、二、三度乱暴に振ってからポイと投げ捨てた。
「これで契約成立ですね!」
アリーヌが微笑み掛けたが、マルクは仏頂面のまま無言でレジ横のカルトンを引き寄せてアリーヌの前に差し出した。
その素早い動作と威圧感に急かされているような気になって、アリーヌは急いで五万フロルを取り出してカルトンの上に置いた。
「これで契約成立だ」
カルトンの上の金を確認してからマルクはアリーヌの言葉を塗り替えるように今一度そう呟くと、「別に興味がある訳じゃないが」と余計な前置きをしながら疑問を口にする。
「家を借りて住むだけか?」
よくぞ聞いてくれた。アリーヌはそう叫ぶ代わりに、鼻腔を広げ荒く鼻息を吐いた。
「実は私には一人仲間が居まして、その人と一緒に冒険者業を始めるんです!」
「連れってのは、お前の背後にくっついてる奴のことか?」
「え?」
アリーヌが振り返る。すると間近に佇んでいた黒い影がサッと、後方に飛び退いた。
「気付くとは、流石は僕の宿敵だ」
日の光を背面に浴びた影、フレッドがクツクツと不敵な笑いを漏らす。何故だが彼は、この店に入る瞬間から、ずっとアリーヌの背後にピッタリと張り付いていたのだ。
「フレッドさん。貴方も、マルクさんに挨拶して下さい」
「嫌だね!」
「え?」
「それよりも!」と、フレッドはアリーヌに真っ直ぐ指を突き付けた。
「君は何を考えてるんだ! 場所もどんな家かも聞かずに勝手に決めちゃうなんて! しかもこんな奴から! こんな奴から!」
「そ、それは……」
それに関してはその通りだった。場の空気と高揚に飲まれて本当に重要な点を見落としていたのだ。先程まで影のように隠れていたフレッドが今は巨大な影となってアリーヌを覆っている。
「物件が見たいなら窓から見てみろよ」
アリーヌとフレッドは同時にマルクを見て、これまた同時に窓の方に向かった。
汚れて曇った窓の向こう、無数の人々が行き交う切間から赤い煉瓦壁の建物が見える。
「それだ」
背後から声が聞こえ、二人は同時に息を呑んだ。大きな煉瓦造りのその家は、家と言うより、小さな館と言えた。
その館が、この店と同様に近代的な建物に挟まれ、窮屈そうに佇んでいる。
普通に歩いていては気付かないような寂れた外観だが、一度意識してしまえば、何故今まで気付かなかったのか不思議に思える程の存在感がある。
「わー、凄い広くてよさそう」
フレッドが端的かつ簡潔に自分の気持ちを代弁してくれたので、アリーヌは首を何度か縦に振った。
「常識的な範囲内なら好きに使ってもらって構わないぜ。常識的な範囲ならな」
マルクが念を押すように呟く。アリーヌは振り返って、おもちゃを与えられた子供のように「はい」と興奮気味に頷いた。
ふと、横のフレッドが一歩前に出た。彼はそのままカツカツと音を立てながら、カウンターの方に歩み出す。
アリーヌは内心、嫌な予感を抱いた。マルクに好意的ではない彼が一体何を仕出かすか検討も付かない。
「僕はどうやら君を勘違いしていたようだ」
フレッドから飛び出しのは予想に反して暴言でも拳でもなく、右手だった。
「過去の諍いは水に流して仲良くしようじゃないか」
フレッドの左手を腰に当て、上体を軽く仰け反らせながら右手を差し出す。その姿勢が若干上から目線で気になるが、とりあえず争いに発展しなかったことにアリーヌは胸を撫で下ろした。
出会って一日だが、フレッド・ロスという男がどんな人間かアリーヌは殆ど全て理解できた。言ってしまえば彼はロバで、怒っていても困惑していても、餌を垂らせばよく走る。
マルクは少しの間、差し出された右手をボッーと眺めてから、視線を上げてフレッドの顔を覗き込んだ。
「お前誰だ?」
◇◆◇◆
「本当に失礼な奴だ! 殴った相手を忘れるなんて信じられないよ!」
蠅のようにブンブンと小煩いフレッドを無視して、アリーヌは眼前の、赤く背の高い扉を見上げていた。古めかしい赤い煉瓦だけで作られたのっぺりとした倉庫のような館は不気味な威圧感を放っている。
マルクから預かった燻んだ色の真鍮の鍵を右手に強く握り締め、意を決して鍵穴に差し込んだ。手を捻ると「カチリ」と音が鳴る。
「開けますね」
アリーヌは自分に向かってそう呟いてから、ドアノブを捻った。
「わぁ、凄いや!」
館に入ってすぐ、人が十数人は寛げるような何もない広々とした空間が二人を出迎えた。その壮大な空間の無駄遣いをして尚、館内は広く、その先には二階に通じる幅の広い階段が空間を真っ二つに分けるように横たわっていた。
階段で分けられた右側のスペースには一人用の机が一つ配置されていて、左側のスペースには赤いソファーが二つ、背の低いテーブルを挟んで対に配置されていた。
その左右のスペースの奥には更に部屋があって、左側には広いダイニングが、右側には浴室とトイレがあった。当然のようにトイレは水洗である。
そのどれもが新品同様で陶器のように輝いている。
「本当に……凄いですね」
アリーヌは殆ど放心状態で館内をふらふらと散策してから、ポツリと呟いた。
陽を反射する埃、腐った床に虫とネズミの死骸の山、アリーヌが想像した光景は何処にも存在しない。
代わりにあるのは光沢を放つ家財や張り立てのように鮮やかな壁紙、繊細な装飾のなされた絨毯で、吹き抜けとなった二階部分の窓から差し込む陽光が、それらの一点一点を誇るかのように照らしている。
「アリーヌ! 寝室が四つもあるよ! 日替わりで色んな部屋で寝られるよ!」
フレッドの弾んだ声が階段を踏む軽やかな音と共に降りてくる。
「フレッドさん……この家……」
あまりにも都合がいい。アリーヌはそう続けようとしたが、それよりも早くフレッドがアリーヌの手を取った。
「本当にいい家だよね! 僕達にも運が回ってきたんだよ!」
先程の怒りは何処へやら、フレッドは嬉しいそうに目を輝かせている。
「で、でも変ですよ! こんな凄い家が五万フロルで借りられるなんて……」
「五万フロルで家を探すって言ったのは君だろ?」
「そうですけど……」
釈然としない様子のアリーヌに、フレッドは呆れたように首を左右に振った。
「君は考えすぎだよ。僕達は運がよかった。それだけだよ、それ以上でもそれ以下でもない」
「そう……ですかね?」
そうかもしれない。少しでもそう思った途端、不安に堰き止められていた喜びが溢れ出してきた。
「そうですね!」
「そうだよ!」
曇っていた視界が一瞬の内に晴れ、彼女の眼前に新しい未来への期待と興奮が一挙に広がった。アリーヌもまた、フレッド同様に、直列回路のような単純な構造の頭の持ち主なのだ。
「フレッドさん! ここから私達の新しい日々が始まります!」
アリーヌはフレッドの石炭のように黒い瞳を見つめながら、握られた手を一度放して、それから強く握り直した。
「この街で一番の冒険者になりましょう!」
アリーヌが満面の笑みをフレッドに向ける。フレッドも笑みを返した。最早、二人を止められるものは何もない。
「フレッドさん! 私、実はもうパーティの名前は決めてるんです!」
「へぇ、どんな?」
フレッドが興味深そうに首を傾げるを見て、アリーヌは大きく両手を広げ息を吸い込んだ。
「〈自由の剣〉です」
以前から決めていた名前だ。この名前がいい、この名前でなければ。