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不死者のタナトフォビア〜ある英雄譚の終わり〜  作者: 小坂 輝光
2章 大いなる善行と些細な悪行
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13. ドレスコード

 ――セザールはラックから一着のブラックスーツを手に取ると、目の前で緊張した面持ちで背筋を伸ばす青年の横に並べた。


 「やはり、ご子息には黒のスーツが一番しっくりくるかと」


 営業用の落ち着いた、それでいてよく通る声で言う。


 「ええ、私もそう思いますわ」


 真横に立つ、青年の母親が嬉しそうに首を縦に振った。その瞬間、内心でホッと胸を撫で下ろす。これで十着目、ようやく婦人のお眼鏡に叶うスーツが見つかったのだ。


 「それでは身体の寸法を計らせて頂きまして、こちらと同じスーツをご用意いたします」

 「いつ頃完成するのかしら」

 「1ヶ月程で」

 「あら、早いこと。それと――」


 セザールは婦人の質問に次々と答えていく。二十四の時に独立して八年、この辺のやり取りは慣れたものだった。


 「またのご来店をお待ちしております」


 満足気に談笑する親子を、セザールは臍のあたりで手を組んでお辞儀して見送る。親子が通りの向こうに消えるのを見計らって溜息と共に肩の力を抜く。


 同時に沸々と満足感が湧いてくる。今日の午前の営業だけで新規の注文が三件も入った。今日はツイていると思う。きっと、レナは喜びつつ、忙しくなることに溜息を吐くことになる。


 セザールは壁掛け時計を見た。時刻は十二時を回ったところ、ちょうど昼飯時だ。


 セザールは入り口まで歩み、ドアノブに吊ってある『営業中』の看板を『準備中』にひっくり返し、そしてまた引き返す。


 途中、姿見鏡の前で立ち止まり身に纏う黒の三揃いに、ヨレがないか確かめる。セザールはこの作業を日に五十回はする。洋服屋の店主がだらしのない服装で接客するのは説得力に欠けるからである。


 それから鏡に顔を寄せ、中分けの黒髪を整え、最後に目尻を指で伸ばした。これをすると生まれつき人相を悪くしているタレ目が少しはマシになるような気がするのだ。


 一連のルーティンを終え、いよいよカウンター奥の扉を開け、その向こうにある我が家に入る。扉を開けてすぐの廊下は、独特の酸味のある香りが充満していた。


 セザールはすぐに昼食に好物のチーズが含まれていることに気付いた。幸運な一日は打って付けのメニューだ。


 念のため途中にある作業部屋にレナがいないことを確認してから奥のダイニングキッチンに向かう。


 入り口から顔だけ出して中を覗くと、扉側に背を向けてせっせと料理支度するレナの後ろ姿が見えた。


 音を立てないように慎重に背後に近づき、その大きな体を優しく抱きしめる。すると、レナは小さく悲鳴を上げ一瞬、体を強張らせたが、雪を手で握った時のようにすぐに緊張が溶けていく。


「ちょっと、驚かせないで」

「ごめんね。今日の昼食は何かな、レナ」

「チーズリゾット。大好きでしょ?」

「ああ、もちろん」


 セザールが微笑むと、レナも微笑み返してくる。


 レナとは結婚して十年目になる。だが、一目惚れしたその時と同じ感動を未だに味わっている。


「暑苦しでしょ? 離れたら?」

「そんなことないよ」


 レナはよく、こんな風に昔に比べてかなり恰幅がよくなったことを嘆いているが、セザールからすればそれは愛する対象が更に大きくなってくれただけであって嬉しいだけだった。


「ねえ、聞いてくれよ。今日は三件も注文が入ったんだ」

「あら凄い。それなら私も頑張らなくちゃね」


 セザールが注文を受け、レナが商品を縫う。そういうシステムで二人は洋服店を経営している。セザールには、レナの作る洋服が間違いなくマルティアで一番の品だという自信がある。


「今日はもう店を閉めて午後はどこかに出掛けよう。ほら、君が見たいって言ってた劇なんかいいんじゃない?」

「いいわね、じゃあ閉めちゃおっか」

 

 レナがイタズラを思い付いた子供のようにクスクスと笑う。その時、ジーっとノイズのようなチャイム音が二人の空間に割り込むように響いた。


「あら、お客さんかしら?」

「おかしいな」

「看板、ひっくり返した?」

「もちろん。ちょっと見てくるね」

 

 セザールは軽くキスをしてから離れ、廊下に出た。そして歩きながら軽く営業用の笑みを浮かべ、店の扉を開く。


「いらっしゃいま――」


 そして、扉の先の人物を見るなり、その笑みをスッと消した。


「なあ、店主さんよ。もっとカラフルなスーツは置いてないのか?」


 ラックに並べてあるスーツを物色していた男がこちらを振り向く。口の上にだけ短く髭を生やした、睨むような目の鷲鼻の男だ。


 男は赤い花柄のベストの上に、濃い赤紫のフロックコートを羽織っており、首には白いスカーフタイ巻いている。そして、頭にはコートと同色の山高帽が乗っている。派手でケバケバしく、この店の客に相応しくはない。


「俺も一着仕立ててもらいたいねえ」

「帰って下さい」


 セザールが静かに言い放つと、男が驚いたように目を丸くした。


「おいおい、それが久々に会った()()に対して言う言葉かよ。寂しいねえ」


 男がゆっくりと、だらしない足取りでカウンターに近づいてくる。


「仕事を持ってきたぜ」


 顔を寄せ微笑む男のスカーフをセザールは掴んで捻り上げた。


「コルネリオ。仕事の依頼なら他に回して下さい。私はとっくに殺しの仕事からは足を洗ったんです」

「お、おい。わかってる。だが、これはアンタに対する『ご指名』なんだよ」

「指名?」

「ああ、マルセルが直々にアンタに依頼だって」


 セザールは舌打ちをして、コルネリオの喉を押すようにして遠ざけた。彼は咳払いをしながら、よれたスカーフを直す。


「なあ、マルセル議長の直々の依頼なんだ。受けてくれなきゃ悲しむぞ」

「私にも生活があるんです。知ったことではない」

「三億フロル出すってよ」


 セザールの眉間に自然と皺が寄る。それを見て取ったコルネリオは口の端の楽しげに歪めた。


「……何故、そんな大金を?」

「北の連中……ほら、冒険者ギルドとかいう俺らの猿真似してる奴らがいるだろ? アイツらが協定を破って南部で仕事しやがった。で、議長はご立腹だ」

「つまり……ギルドの長を暗殺しろと?」

「いや、違う。仕事を奪って連中のメンツを潰せって話だ」


 コルネリオが長方形の、白紙の紙をカウンターに置く。


「この裏に描いてるのが目標の顔だ。仕事を受けるならひっくり返せ。よく考えろよ、三億フロルだ。一生遊んで暮らせるし、カミさんはもっと太れるぜ」


 セザールは紙の表面を指で撫でた。その冷たい感触が全身に馴染むの感じる。


「セザール、俺たち協会の恐ろしさを教えてやれ。北の連中に本物の『血の(オンプラント・)手形(ドゥ・サン)』を見せてやるんだ」


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