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不死者のタナトフォビア〜ある英雄譚の終わり〜  作者: 小坂 輝光
2章 大いなる善行と些細な悪行
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9. ハリー・バーグマン著『文字通り魔術的に邪魔者を消す方法』

『魔力は耳糞と似てる――とある高名な魔法使いの発言である。


 魔力には大きく分けて二つの種類が存在しており、それぞれ水性と油性と称される。この二つは常に体内を循環し、ある程度は自分の意思で動きをコントロールできるという性質では一致している。


 水性は文字通り水のような性質を持っており、指先から木の枝に浸透させ、水鉄砲のように撃ち出せる。この原理を利用する者を一般に魔法使いと呼ぶ。

 対して油性は水性魔力よりも重く粘性があり、木の繊維にも浸透しないため、剣などの武器の表面をコーティングするようにして使う。この際、熱や雷に耐えられる強度を確保する必要性から鉄製の武器が一般的に使用される。この原理を利用するのもは剣士と呼ばれる。魔法使いと剣士は総じて魔術師と称される。


 魔力の利用は放出だけに留まらない。体内を循環する魔力をコントロールすることで身体能力を飛躍的に高めることもできる。これは両方の種類の魔力で行えるが、油性の方が重く一箇所に長時間集めやすい性質であるため、剣士はこれを容易に行うことができる』


「ふーん」と唸りながらフレッドはページを適当に捲る。


『魔力は一度体外に出ると、瞬く間に特定の物質や事象に変化する性質を持っている。そのため、雷を飛ばしたり、剣に炎を纏わせるということが可能なのである。

 魔法は体外に出た時に何に姿を変えるかは大きく、雷、水、土、火、風の五つに分類できる。これらは先天的に決定され、通常、一人の人間が扱えるのは一種類に限る。

 この五分類はあくまで非常に大まかな分類であり、一重に水属性と言っても、ある者は熱湯に、ある者は氷に変質する。一方でこれら五分類該当しない魔法も極めて稀だが確認されている。


 事項では回復魔法が存在し得ない学術的論拠と、それに付随して、回復魔法の実在の有無に関する宗教的議論の歴史について取り上げる』


「おい」


 いきなり頭上から声が降ってきて、フレッドは顔を上げた。見ると、箒を手にしたマルクが不機嫌を隠さない様子でこちらを見下ろしている。


「何さ?」

「うちは立ち読み禁止だ」

「見てよ、座ってる」


 胡座をかいたフレッドは、潔白を誇るように両腕を広げた。その一本取ったと言いたげな、自信に溢れた表情は相手をゲンナリさせるのに、この上ない。


「はぁ、もう出てってくれ。今日は店を閉める」

「え、昼時だよ? それにまだ半分も読めてない」

「読みたいなら買え。買わないなら帰れ」

「じゃあ……買うよ」


 渋々、フレッドは本を手にして立ち上がった。出費は不本意だが、どうしてもこの魔法教練の本が必要だった。というのも、フレッドは魔法を扱うのがそれ程得意ではない。厳密には魔法の威力を調整するのが苦手だ。

 だから彼が戦った後は、いつもトマト農家が発狂した後のようになる。この街にキーラが居ない以上、過度に証拠が残るやり方は避けたい。


「六千フロル」

「はいはい」


 カウンターでマルクと向き合ったフレッドはポケットから取り出したクシャクシャの千フロル札を五枚、カルトンに置き、次に反対のポケットから小銭を根こそぎ取り出して、乱雑に置く。それを見たマルクが面倒くさそうに舌打ちをしながら、指で小銭を弾いて計算する。


「五十フロル足りない」


 そして顔を上げ、心底不愉快そうに言う。


「え、また?」

「俺の台詞だ。キッカリ払わなきゃ売らねえぞ」

「うーん……ツケにできない?」

「駄目だ。ゴネる気ならつまみ出すぞ」

「頼むよ!」


 フレッドは両手をカウンターに叩き付けた。大きな音がなり、マルクの表情が露骨に歪む。


「今すぐ手を退けろ……」

「こっちも簡単に引く訳にはいかない」


 静かな声で言いながら、ゆっくりと右の掌をマルクに向けた。怪訝そうに視線を向けたマルクが顔を歪める。


 掌には五十フロル硬貨が埋まっていた。


「ジャジャーン! 今日はありまーす! ビックリした!? 嬉しいでしょ!」


 ◇◆◇◆


 「ああー! 少しふざけただけなのに!」


 フレッドは鼻を右手で押さえ、家の扉を身体で押し開けた。勢いよく吹き出す鼻血が右手の隙間からボタボタと溢れる。


「アリーヌ! チリ紙持ってきて!」


 視線を上げると、ソファーに座っていたアリーヌが振り返る。彼女は明らかに困惑し、頬を引き攣らせている。よく見ると、彼女の対面にも人の姿がある。同じくこちらを見る老人が恭しく頭を下げた。


 ◇◆◇◆


「ああ、美味しいです」


 老人は差し出され紅茶に口を付け、ホクホクとした笑みを対面の二人に向けた。


「よかった」

  

 鼻にティッシュを詰めたフレッドが笑みを返す。


 老人はタキシードを着込み、長い煙突のようなシルクハットを手にしている。服は下ろし立てのようにパリッとしていて、口髭や頭頂部の禿げ上がった髪は綺麗なシンメトリーに整えられている。老人からは几帳面さと気品が漂っていたが、同時にどこか草臥れた印象も併存していた。バリスと名乗ったその老人は、曰くある名家に使える執事らしい。


 フレッドが屋敷に戻るほんの少し前に、依頼があって尋ねてきたそうだ。


「それで、早速本題に入りたいのですが」

  

 小柄な上に背中の曲がった老人が二人を見上げるように見る。


「この絵を見て頂きたいのです」


 老人は言いながら幾重にも折られ分厚くなった紙を取り出し、卓上で広げた。


 フレッドとアリーヌの眼前にたちまち、少女が現れた。それは十歳くらいの幼い少女が椅子の上で指を揃え、ちんまりと座っている絵だった。少女は肩に掛かるくらいの赤毛で、瞳も燃え盛る火のように赤い。そして真紅のドレスに身を包んでいる。

「可愛らしい」あらかじめ用意していた月並みな感想を述べようとしてフレッドは口を噤む。


 少女は整っていながらも、特徴的な顔付きをしていた。何より目を引いたのはその瞳だ。燃えるような朱色の瞳は切れ長で細い眉も相まり、睨みつけられているかのような気の強い印象を受ける。

 他にも、硬く結ばれた感情の見えない口元や、白い絹のような肌なども手伝って、少女は理知的であるとか、優美といった表現の方が適当であると感じた。


「この方は?」

「彼女はイザベラ嬢。私のご主人様のご息女にあたります」


 老人が紙についた皺を手で延ばす。その手付きはどこか紙の中の少女を愛でるかのようでもある。


「彼女が二日前から行方不明になりまして、お二方に探して頂きたいのです」


 老人が力強くも懇願するかのような、そんな声で言う。


「任せて下さい!」


 アリーヌが力強く叫び、老人とフレッドがビクリと身をすくませた。

 考えることも、詳細を聞く必要もない。この依頼は絶対に受けるべきだと、アリーヌは直感的に判断したようだ。


 老人が驚いていたのはほんの一瞬で、彼はすぐに頬を緩ませた。


「ありがたい。本当にありがたい」


 黙祷するかのように目を瞑る老人の瞼の端に光る物が浮かんでいる。


「お礼は、お嬢様を見つけてからにしてください」


 老人を安心させるためになるべく優しく、自信に満ちた声で彼女は語り掛ける。


「ああ、本当になんと礼を言ったらいいか……。それで詳細なのですが……」

「ちょっと待った!」


 真横で突然フレッドが大声を上げた。彼はそのまま呆気に取られているアリーヌの腕を強引に掴み、老人に断りもなく席を立った。

 アリーヌそんなフレッドの様子に気圧され、大人しく席を立った。


 ◇◆◇◆


 フレッドはソファー席から階段を挟んで向こう側の執務机の、更に奥にある洗面所にアリーヌを引っ張り込んだ。


「どうしたんですか?」


 と、困惑しながら訪ねるアリーヌに、両手を向けながら、フレッドは一度深呼吸する。

 

 言いたいことは山程ある。しかし、それらは現在フレッドの頭の中をビンゴマシーンさながらに混ざり合いながら回転している最中であり、結論を出すにはまだ時間が必要だった。


「おかしいと思わない?」

 

 頭の中が纏まらないので、仕方なくアリーヌが自主的に疑問に辿り着くことに期待する。


「何がですか?」

「だからさ……そのさ、変だよ。なんか変なんだよ」

「私はそのなんかが何か聞いてるんです」

 

 アリーヌの語気が少し強くなる。あの可哀想な老人を疑うフレッドに嫌悪感すら覚えているようだった。


「……そうだ! 普通さ、僕達みたいな最近始めたばかりの、それも二人だけで細々やってる冒険者に大事なご令嬢の捜索なんか頼むかな? もっとそのー、探偵とか警察とかに行くよ」


 フレッドは何とかそれらしい疑問点を纏め、アリーヌに投げ掛けた。すると彼女は、目を瞑り腕を組んで何やら考えるように低く唸った。もどかしい時間が少しの間流れた後、アリーヌはカッと目を開き、そして不安な程に晴れやかなに表情をフレッドに向けた。


「フレッドさん、考えてみて下さい。フレッドさんが挙げたような然るべき機関には既に連絡済みなんですよ。お嬢様のご両親が全力で捜索しているのに関わらず、あの執事さんは私達を頼ってるんです。それは何故か? 単純です。そのお嬢様を娘のように可愛がっているからです。だからこそ、居ても立っても居られずに私達を頼ったんです」


 アリーヌは得意気に人差し指を立てながら、諭すように滔々と持論を語った。


「い、いや、それはおかしいよ……」


 反論をしようとしたが、すぐに言葉に詰まった。だが決して効果的な反論が浮かばなかった訳ではない。


『今時冒険者をやってる奴らは犯罪でも何でもやるクズばかりだ』


 フレッドの脳内で数日前の、ラルスコックの言葉が蘇っていた。ラルスコックが語った冒険者像が一般的であるなら、あの老人が冒険者を頼るのは不自然だ。危険だし、世間体も悪い。仮に頼るにしても二日程度の行方不明では性急すぎる。

 

「何ですか? 言いたいことがあるならハッキリ言って下さい」

 

 だが彼女には、その共通認識が根本から抜けている。


 悩むフレッドの肩に、ポンとアリーヌの手が乗った。その手を困惑気味に一瞥してからアリーヌの顔に再び視線を戻すと、彼女は憐れむような表情を浮かべていた。


「フレッドさん。幸運を期待する人間から幸せは逃げていきます。ですが幸運を疑う人間には、そもそも幸せは訪れないのです」


 アリーヌの手がフレッドの肩の上で二度、ポン、ポンと跳ねた。


「戻りましょう」


 アリーヌは静かに諭すように呟くと、それで話は終わったとばかりに、フレッドから視線を外し、元の人当たりのよさそうな笑みを浮かべながら、洗面所を後にした。

 

 ◇◆◇◆


「――ということです」


 老人は重苦しい声でこの場に来た理由を言い終わると、アリーヌは目の端に浮かんだ涙をハンカチで拭った。どうやらハンカチだけでは涙を抑えきれないようで、透明な筋が頬を伝っている。


 テーブルの上には封筒が置かれている。中に入っているのは着手金であり、金額で言うと五万フロルある。老人曰く、この金は老後のための資金を切り崩した物らしく、聞いてもないのにそれを涙ながらに述べ、アリーヌから更に水分を奪った。

 老人はこの他に成功報酬として百万フロル払うと言ったが、それはアリーヌが固辞し、成功報酬は十分の一になった。


「バリスさん! 私達が絶対に、ご令嬢を見つけ出します!」


 アリーヌが胸に手を当て、今一度、今度はより力強い声で宣言する。こうなるともう、フレッドに止める余地はない。


「おお、ありがとうございます。本当に、本当に」


 老人は感謝のあまりに言葉に詰まった様子で答えた。


「ところで!」


 アリーヌが力強い声はそのままに、呟いた。


「ご令嬢は具体的に、どこで行方不明になったんですか? マルティアのどの辺ですかね?」

 

 老人が目を丸くして「いいえ」と小さく首を横に振る。


「ご息女様が行方不明になったのはマルティアではありません」

「え? なら、どこですか?」

「マルティアからそれほど離れていない、『ルーユ』という小さな街です。彼女はそこで行方不明になりました」

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