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第弐話 BSU

三吉中佐が何を言っているのか理解できず、思考が停止する。

 「……え?」

 「だからね、君のお父さん殺したの、神じゃなくて人間だよ。」

死亡通知書には間違いなく『神の襲撃から命を賭けて仲間を救った』と書かれていたはずだ。

 「いや、でも神に……」


 「死亡通知書にもそう書いてあったのか。まああくまで僕個人の憶測に過ぎないんだけどね。」

今まで感じたことのない気持ち悪さが、全身の血管を通って、破裂しそうになる。


 「憶測……?」

 「根拠ならいくつかあるよ。神の襲撃があったあの日、僕は彼を一度も()()()()()こととかね。」


 「そんな……事が……」

 「僕も犯人を追ってるんだけど、なかなか尻尾を見せなくてね。でも大丈夫、僕は君の味方だ。」

父の死因は名誉の戦死ではなく、人間による他殺? こんなこと、あって良いはずがない。


 「……ありがとうございます、中佐。」

回らなくなった脳味噌を何とか整理して、ありきたりな台詞を口にする。

 「じゃあね。あ、あとさっきの『健康に悪そうな匂い』ってやつ、僕も同感だよ。」


三吉中佐がそう言い残し、後ろ手を振りながら去っていく。

吐き気と目眩(めまい)が収まらず、今朝の朝食を吐き出してしまった。



いくぶんか気分が落ち着いて、何とか寮に辿り着こうと壁伝いに廊下を進んでいく。

 「おい君、随分と顔が青いが大丈夫か?」

顔を上げると、先程の入隊式で、俺の左側に立っていた金髪の女性が心配そうにこちらを見つめていた。

 「いや、大丈夫だ。」

 「……そうか。」

こんなこと、どう話せば良いかの見当も付かない。とにかく今は一人になりたい。


何とか412号室に辿り着いて、カードキーを差し込むが、扉が開いていくのが余りにも鈍重(どんじゅう)に感じられた。



一日の始まりを告げる鐘が鳴る。この部屋で目覚めるのは初めてだが起き上がる気になれない。何とか二足歩行に切り替え、支度を始める。

 

散らばった衣服を履き替え、味のしなくなった自動配給の飯を食べる。惰性で洗面所に向かい顔を洗う。


ふと、鏡に映った顔をみるとそこには腑抜けた顔の男が立っていた。


 「……だめだ、こんなんじゃ父さんに顔向け出来ない。」

両手で頬を何度か叩いていると意識がはっきりしてくる。


今日は朝から技術研修がある。遅れるわけにはいかないので、身だしなみを整えて部屋を出て廊下を進む。


中央の準備室に行くと、同じ大隊に所属する予定の新兵が10人ほど道具の整備をしていた。


自分のロッカーを探し当て、扉を開き中身を確認していると、一人の青年が近づいてきて言った。

 「もしかして、同じ大隊の人?」

ここは一つの大隊用にある空間なのだから当然だろう。

 「……ああ、そうだね。」

 「良かったー! いやー、独りで心細かったんだよ!!俺はエドワード。よろしくな!」

人を疑うことを知らないような、純粋な顔で笑いかけ、手を差し出してくる。

 「黒木蓮だ。よろしく。」

固い握手を交わし、ロッカーに向き直る。

 

 「あれ? これどうやって付けるんだ?」

エドワードがロッカーから取り出した円盤状の機器をくるくる回している。

 「それは背中に付けるんだ。こうやって――」

 「ああ!付いた付いた!ありがとう!やっぱ良いやつだな、蓮。」

 「どういたしまして。」

本で読んだ知識が役に立ってなによりだ。

 「ところで、これなんだ?」

 「……俺も分からない。」

本には具体的な使用方法は書かれていなかった。後の研修で分かるだろう。


そのとき――

 「「!?」」

何の前触れもなく、けたたましいサイレンが鳴り響き、準備場全体が驚愕に包まれる。


 『第三支部に通達、第三支部に通達、居住区Cブロックにて「大洪水」の前兆を確認。今すぐ対処、人民救助に当たれ。繰り返す――』

ザーザーというノイズ音の後、施設内に設置されたスピーカーというスピーカーから、非常事態を知らせる放送が鳴り響く。


バンッという音と共に、勢い良く扉が開く。

 「お前ら! サイレンは聞こえたな!? 今から救助活動に向かってもらう。指揮はこの私、ゴルドが取り行う!!」

ゴルド大佐が現れ、大隊を先導する。しかし、まだ技術研修すら参加していない新兵には厳しいのではないかと思うが火急のことだ、仕方ないのだろう。

 

 「安心しろ! お前達の技術研修も同時進行だ!! 着いてこい!!」

 「「「はっ!!」」」

急いで円盤を取り付け装備の入った鞄を背負い、走り出す。


しかし、ここからCブロックまでは3kmほどの距離がある。歩兵では辛い距離だ。

 「その円盤は戦闘支援ユニット――BSUだ! 今手本を見せる!」

そういうとゴルド大佐がBSUのシステムを起動する。

 「――反重力形態起動」

 『……承認』

円盤状のユニットが変形を始め、鳥類の翼を模したデザインになると、大佐の体が重力に逆らい浮き上がった。


 「「「反重力形態起動!!」」」

新兵たちが、見よう見まねで必死にシステムを起動すると、翼が開き始める。

 「進め!!!」


凄まじい飛行速度だ。時速計を見ると200km/hを指し示している。どうやら空気抵抗などはカットされているらしい。


そのときふと、ユニットの音声出力部分から、誰かの泣き声が聞こえた。他の兵士たちは周りを気にする素振りを見せないので恐らく気づいていない。

ユニットの生存者を検知する機構の影響だろうか。


 「大佐! この下に生存者がいます! 救助の許可を!!」

 「隊の調和を乱すな、目的地はまだ先だ。真っ直ぐ進め。」

今一人で行って隊列に穴を空けるのが得策ではないことは分かっている。だがきっと父なら―――

 「っ……独断での行動、お許しください!!!」

なりふり構わず全速力で空を駆けていく。


 「おい! 待て!!」

 「どうしますか? ゴルド大佐。」

 「……エドワード、ミシェル、お前達と蓮の三人を一時的に第一小隊とする! 蓮を追え!!」

 「……感謝します!!」

エドワードとミシェルが蓮の後を追って航空を開始する。

 「よろしかったのですか? 彼らを行かせて。」

兵士の一人がゴルド大佐に疑問の目を向ける。

 「我々の役目は人命救助だ。それで十分だろう。」




大隊の真下にあった広大な森の上を、スピーカーから聞こえる声に神経を研ぎ澄ませながら飛んでいく。

 「いた……!!!」

上空から確認できる、森の空間の中に数人の子供達がいる。

 「大丈夫か!? ここは危ないからはやく離れよう!」

 「お兄さん助けてぇ! お姉ちゃんが私を庇って……!」

幼い少女が指をさした先には岩に足を挟まれ、苦しげに声を漏らす少女がいた。この子の姉だろう。恐らくは大洪水の余波の揺れで岩が転がってしまったと思われる。

 「っ……! 今助ける!!」


大岩の端を両手でしっかり掴み、 BSU(戦闘支援ユニット)の反重力機構の出力を最大にして持ち上げる。

 「ぐっ、ああぁぁぁ!!!」

歯を食い縛り、全力で持ち上げようとするも数ミリが限界だ。こうしている間にもこの子が危ない。


 「っ!?」

そのとき見えてしまった。視界の遥か彼方ではあるが木々を薙ぎ倒しながら進む大洪水の姿が。急がなくてはこの子達まとめて死んでしまう。

 「うおおぉぉぉっ!!!!」

まずい。このままでは―――



 「どりゃぁぁぁ!!」

 「ぐうぅぅぅ!!」

左右から聞こえてきたのはエドワードと女性の声だった。

 「エドワード!! そして……」

左側にいる女性は廊下を歩いていたときに心配してくれた人だが名前が分からない。

 「私はミシェルだ。よろしく!」

 「ミシェル…… ありがとう!! 行くぞっ!!!」

三人のBSU(ユニット)の出力を最大にして岩を辛うじて数センチ持ち上げる。

 「ああぁぁぁっ!!! 今だ! 抜けろっ!!」


岩に挟まれていた少女が何とか這い出す。全身出たことを確認すると、三人で目配せをして岩から手を離す。ドォォンという音と共に岩が地面に落ち着き安堵する。


しかし―――


 「!? 落ち着いてる場合じゃない!! 大洪水が!!」

先程よりずっと近づいてきた洪水は地面を飲み込みながら進んでくる。

 「不味いわね……」

 「なんとかして止めるぞ!!」

 「どうやって!?」

これは不味い状況だ。迫った洪水の塞き止め方の研修なんてやっていない。下手を打てば自分達は助かっても子供達は……

 「もうダメだ……」

打つ手はなく諦め掛けたとき―――


 「「「……は?」」」

洪水が止まったのだ。全てを飲み込まんとしていた濁流が、文字通り透明な壁に塞き止められたように静止した。


そして銃声のような音が何度も響き渡り、断末魔が聞こえた。


共鳴する断末魔と銃声の正体とは


お読みくださり感謝です。

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