第壱話 出発の刻
初回2話連続投稿です(2/2)
―――西暦5135年4月1日
16歳の立派な青年へと成長した蓮は、軍服を身に纏っていた。
「蓮、とっても似合っているわよ。」
軍からの手紙が届いてから約3年。成長した蓮に対して、母の顔には線が刻まれていた。
「ありがとう、母さん」
照れ臭そうに頭を掻く姿も、これが最後かもしれないと思うと目頭が痛い。
「顔を見せて、蓮」
母より背の伸びた蓮は少し膝を曲げ顔を近づける。3年の間に、見違えるほど強く、大きくなっていた。
「ありがとう、父さんにも顔を見せてあげて。」
「うん。」
部屋の奥の棚の上に、父の遺影が据えられている。窓から差し込んだ光が、ちょうど父の顔を明るく照らしている。
「……今、少し笑ったような気が……」
父の時はあの日、既に止まってしまって、もう動き出すことはないと思っていた。
「きっと、あの人も蓮を応援しているのよ……」
父を照らしていた光は、段々と左へ移ろっていった。
「蓮、あなたは神なんかに負けないわ。だってあなたは一人じゃない。私も、司さんもあなたの中にいる。いつでも見守ってるわ。」
涙を目に溜め、今にも溢れだしそうになるが、精一杯の笑顔を作って応える。
「分かってるよ。必ず、この家に帰ってきます。」
母があの日のように蓮を抱き締める。しかしそれはきっと―――
二人は抱擁を解く。まだこうしていたいが、そろそろ迎えが来る時間だ。
「いってらっしゃい!」
「いってきます!」
離れれば離れるほど、母の姿はみるみる内に小さくなっていくが、最後まで手を振り続けた。
あの家が完全に見えなくなったところで、迎えが到着するとの通知が端末機を鳴らした。
空を切って蓮の目の前に降りてきたのは、先端にプロペラの付いた、妙に古臭い小型の飛行機だった。
「オ乗リ下サイ。」
前方に取り付けられた、機体と不釣り合いなほど綺麗なスピーカーから聞こえてきたのは、人間ではなく案内用のAIの合成音だ。簡単な会話や乗り物の操縦が得意だと本に書かれていた。
「ああ。」
側面に取り付けられた扉のノブに手を伸ばすが、手を掛ける前に自動的に開いた。古いのか新しいのかどっちなんだと思いつつ、革の座席に乗り込む。
「ヨロシカッタノデスカ?」
まさかAI側から話掛けられると思ってはいなかったが、なんとか会話を続ける。
「……何が?」
「貴方ガ望ムナラ、オ母様ノ目ノ前マデ迎エニ行ク事モ可能デシタヨ」
たしかにそうだ。出来るだけ長く話をする為にはそれが一番だっただろう。
「……俺は怖かったんだ。母親に自分が飛んで行っちまうのを見せるのが。」
こんなことを人工知能に話しても意味がないとわかってはいたが、蓮は話し相手を求めていた。
「飛行機なんかで空に行くより、歩いて、地に足つけて、手振った方がいいと思ったんだ。」
「人間ノ感覚ハ難シイデスネ」
「……そんなもん、人間にだって分かんねえよ。ただ、そう思っただけだ。」
移動に特化した飛行機と人工知能のせいで、今まで過ごした故郷の景色が一瞬で流れていくのが寂しかった。
「残リ五分程デ到着シマス」
スピーカーの絶妙に機械的な声で目を覚ます。いつのまにか寝てしまっていた蓮は、ふと飛行機から身を乗りだし、下を眺める。
「おおー!! すごい眺めだ!!!」
飛行機の真下に広がっていたのは、端が見えないほど広い大きな施設と、無数の光だった。
「アレハ貴方ガコレカラ所属スル人類共同戦線――『HCB』ノ第三支部デス」
この広さでも支部なのか、と謎の感心を覚えつつ、同時に恐怖すら感じる。
今まで、出発のときですら感じてはいなかったが、実際目にしてしまうと流石に足がすくむ。
「到着シマシタ オ降リ下サイ」
ここは、小型飛行機の発着場のようだ。周りにもいくつかの飛行機が停められている。オイル漏れでもしているのか油臭い。
「オ気ヲツケテクダサイ」
人工知能には心はない。だがこうして話してみるとまさかと思ってしまう。
『人間の感覚は難しい』か。
「俺もお前が分からなくなったよ。」
結局は深層学習とプログラムの賜物なのだろうが、そう感じざるを得なかった。
「ソウデスカ」
「名前は……あるのか?」
「……機体番号363デス」
「そうか。363、覚えておくよ。」
取り敢えずこの油臭いところから早く離れたい。363に意味の無い別れを告げそそくさと歩き出す。
建物に大分近づいた俺は、立ち止まっていた。
「うーん、どうすればいいんだこれ?」
施設はもう目と鼻の先にあるというのに、3mはあろうかという分厚い壁と扉に阻まれ、建物に入ることが出来ない。いきなりここで詰むのはごめんだ。
「やあ、蓮君。どうしたんだい?」
突然声を掛けられ、後ろを振り向くと同じ軍服を着た男性が立っていた。
「……どなたですか?」
「おっと、これは失敬。僕は三吉大介、一応中佐をさせてもらっているよ。」
人の良さそうな顔をしていることと、信じられないくらい上の立場の人だというのは分かったが、なぜ名前を?
「失礼しました。三吉中佐。なぜ私の名前をご存知なのですか?」
「ああ、これまた失敬。実はね、僕は君のお父さんの同僚だったんだ。」
何か関係があるのかもとは思っていたが、まさか同僚の方にお会いできるとは。
「……そうだったのですか。父がお世話になりました。」
「いいんだよ、お世話になってたのは僕の方だしね。ほら、これあげる。」
「これは…… キーカードですか?」
長方形の妙にずっしりとした重みのあるカードを手渡される。
「それ、そこにスキャンしてごらん。」
分厚い金属の扉に掘られていた溝に渡されたカードを差し込む。
「・・・承認シマシタ」
機械音の後すぐに扉が開き、奥に続く長い廊下が見えた。
「感謝します! 三吉中佐。」
「いいんだよ、というかそれ君のカードだから。僕が君と話す口実のためにちょろまかしてきたんだよ。」
具体的に何をどうちょろまかしてきたかは、恐ろしくて聞けなかった。
「それじゃ、また後で。」
『また後で』というのが少し引っ掛かったが、特に気にせず会場を目指した。
暫く廊下を進んでいくと、一際目を引く大きな金属の扉が現れた。
ここが会場だろうか。ギギギィと軋んだ音を立てながら開いていく扉の奥には、既に半数程の新兵達が集まっているようで、皆が規律良く整列している。
急いで決められた場所に立ち、背筋を伸ばしていると後ろからもぞろぞろと新兵たちが集まってくる。
『コホンッ、新兵たちよ、ようこそ戦場へ。』
キーンという反響音の後に、マイクを通したいかにも歴戦の猛者といった男の声が聞こえてくる。
『私はゴルド=ランレス。階級は大佐だ。』
"大佐"という単語に無言のざわめきが起こる。大佐と言えばかなり高い階級で、入隊式でお目にかかることが出来たのは幸運といっていいだろう。
『突然だが、諸君らは疑問に思ったことはないか? なぜ科学がここまで発達したのにわざわざ"人間"が戦うのか、と。』
兵器による遠隔攻撃やAI制御の兵隊など、いくらでも考え付くはずだが、そうはなっていない。なぜなら―――
『答えは単純明快。相手が人ではない"神"だからだ。』
人同士で醜く争う時代は終焉を迎え、人類は共通の敵を作った。
『神に通常兵器は一切通用しない。なら何で対抗する?そう、「魂」だ。』
会場の全員が心の内で首をかしげているのが分かる。もちろん俺もだ。
『人類は「魂」の観測に成功した! 1000年程前まではお伽噺の存在だった魂を科学的に、エネルギーとして利用可能になったのだ!』
つまりは魂のエネルギーこそが神への唯一にして絶対の対抗手段なのだ。
『神は今まで私達をただの創作物としか思っていなかっただろう。しかしこの魂を掌握した我々は違うっ!!!』
『さあ新兵たちよ、我々は科学の力で神に"下克上"を叩きつけてやるのだっ!!!』
「「「はっ!!」」」
各々、不安など全て消し飛んだといった表情を浮かべている。個人的にも、ここに来るときに感じた恐怖が晴れていくのを感じていた。
「いやあ、ゴルド大佐の演説は相変わらずだね。」
会場から出たところで三吉中佐が待ち伏せていた。
「はい、心揺さぶる、素晴らしい演説でした。」
「そう?何も大切なこと伝わってこなかったけどなー。」
また後でというのは、入隊式が終わったら話をしようという意味だったのか。
三吉大佐がポケットから徐に何かを取り出し、シュボッと火をつけて口に加えた。
「中佐、それは?」
「ああ、これ?たばこって言うんだって。うちの技術部が復元に成功したやつをちょちょいと……ね。」
「そうですか……」
たぶん盗んできたということだろう。
「吸う?」
「いえ、体に悪そうな匂いがするので遠慮しておきます。」
「はは、酷いこと言うなあ。ま、取り敢えず本題に入ろうか。」
本題に入るまでものすごく時間がかかってしまった。思わず時間を気にしてそわそわしてしまう。
「君のお父さん殺したの人間だよ。」
「……は?」
明かされた衝撃の事実。蓮は父への複雑な思いを抱く。