第零話 永遠の愛
こちら別作品との同時連載となっています。あちらの方は通常通りですが、この作品はのんびりと連載していきますのでご了承ください。
初回は2話連続投稿です。(1/2)
「この花、君にあげるよ―――」
―――西暦5125年4月1日
人類都市の外れにある、どこにでもある温かい一軒家。空に写し出された太陽の光が、窓の外から真っ直ぐ注ぎ込んで、暗い部屋が少し明らんでいる。
まだ幼い6歳の男の子―――蓮が休眠ベッドから目を覚まし、起き上がる。眠たそうにまぶたを擦りながら、何やら支度をする母親を見て、はにかんだ。
「おはよう、お母さん!」
「おはよう、蓮。よく眠れた?」
母親も笑顔で応える。
「あのね、あのね、僕、今日も兵隊さんになる夢見たよ!」
興奮冷めやらぬといった様子で母親の胸に飛び込んで、笑顔を下から覗き込む。
「ふふっ、あなたはいつもその夢ばかりね。お父さんが兵隊さんだから?」
少し悲しげな微笑みを見せても、蓮には伝わらない。
「うん! 僕も16歳になったらお父さんと一緒に訓練するの!!」
「そう……じゃあ沢山ごはんを食べて、元気に運動もしなきゃだめよ。」
そう言いながら、配給食品の入った棚に手を伸ばし、途中で止める。
「……せっかくだし、今日は二人でご飯作ってみよっか。」
「いいの!? やったあ!!じゃあハンバーグがいい!!」
目をキラキラと輝かせ、跳び跳ねながら体で喜びを表現している。
「じゃあまずは―――」
古くなってボロボロのレシピ本を参考にして、いくつかの行程を終えていく。
一生懸命に調理をする姿も、失敗したときに見せる笑顔も、全てが愛おしかった。
―――「「完成ー!!!」
盛り付けや成形など、ところどころ不格好ではあるが、機械に作られた形の整ったハンバーグよりもずっと美味しそうに見えた。
「じゃあ、手を合わせて、」
元気よく手を合わせ、パチンという気持ちのいい音がなる。
「「いただきます!!」」
念のためと作っておいたデミグラスソースが
ハンバーグにとてもよく合う。
「お母さん、美味しい?」
いつも母が味の感想を聞いているように、蓮も笑顔で尋ねる。
「うん、すっごく美味しいよ!」
今度作るときはお父さんも一緒に、と指切りをした。
―――西暦5129年6月8日
蓮は10歳になり、科学など色々なことを学び始め、母親との他愛もない会話をする時間はめっきりと減って、勉強の質問が多くなっていた。
「ねえ、母さん、この国って昔は沢山あったの?」
歴史書の中ほどを広げ、方を寄せながら首をかしげる。
「そうよ。昔、悪い人たちが戦争をして、沢山の国が滅んだの。もちろん人も沢山亡くなったわ。でもそのとき、ある人が頑張ってくれたお陰で皆一つになったのよ。」
彼女が幼い頃、教育施設で学んだ歴史の知識だ。こう見えても記憶力はいい方だと自負している。
「ある人って誰?」
「……誰だったかしら。」
なぜかぽっかりと、そこだけくりぬかれたように思い出せない。
「そっか。じゃあ母さん、この『神』って本当にここに攻めてくるの?」
歴史の質問が来ると思っていた彼女は、10歳の息子にそんなことを聞かれるとは思ってもみなかった様子で、焦りを隠せなかった。
「う、うーん、そうだね。100年くらい前に科学者と宗教学者が正式に研究発表をしてて、国も色々動いてるみたいだから、来るんだと思うわよ。」
無意識に脳の外側に追いやっていた記憶を引っ張り出して、また口から追い出す。
「そうなんだ……」
考え事をするとき、難しそうな顔で眉間に皺を寄る癖は父そっくりで、つい可笑しくなってしまう。
「ほら、お父さんは軍にいるでしょ?あれはね、いつか来るかもしれない『神』に備えているのよ。」
「僕も……軍に入るんだよね……?」
6歳のころはハッキリ入りたいと答えていた蓮だが、最近の勉強の成果か、楽しいことではないということに薄々勘付いているのだろう。
「……そうよ。」
16歳になれば、軍に入らなくてはいけないと定められている。これは一人の母親の我が儘でどうにかなることではない。
「僕、お父さんに誉めてもらえるくらい、勉強も運動も頑張るからね。」
息子にこんなことを言わせてしまった罪悪感に苛まれても、うん、うん、と頷くことしか出来なかった。
―――西暦5132年8月8日
快適な気温と湿度に保たれた、この地球では、「四季」を味わうことも出来なくなってしまったのである。
何となく母親にも教えたいという気持ちになった蓮は、四季について書かれた本を閉じて、居間に向かう。
「お母さん、昔は夏って――」
すると、誰かの咽び泣く声が聞こえた。衛星通信の映像でも観ているのかな、と思い、蓮は耳をすます。
――その声は、母親のものだった。
「……お母さんどうし―――」
「…………ったんだって。」
「え?」
「お父さん、死んじゃったんだって。」
息子の手前、必死に声を押さえるが嗚咽が抑えられず、溢れていく。
「……な、なんで、お父さんが……死……」
何とか呼吸を整え、震える体を静めて、息子に事情を伝える。
「……手紙が届いたの、軍からのね。『神の襲撃から、命を賭けて多くの仲間を救いました。
よって司中佐殿に二階級特進という名誉を与え、その恩赦として、汎用貨幣をお送り致します。』だって。」
言葉を上手く口にすることが出来ない。声がどうしても掠れて、上ずってしまう。
「そんな…… だって父さん、16になったら一緒に訓練しようって言ってたのに……!!」
感情がとめどなく溢れ、目頭が溶けてしまいそうな程熱くなり頬を伝う。
「……ハンバーグだって……まだ……」
「……それでね、お母さん考えたの。あなたがもし嫌っていうなら、軍に行くのやめようよ。一緒にさ、この家でずっと暮らそうよ……」
国からは逃がれられないと分かってはいるものの、どうしても言わずにはいられなかった。
「……でも、僕行くよ。その方がお父さんだって、きっと……天国で喜んでくれるから……」
ああ、この子がこう答えるのはもうわかっていたの。司さんに似て正義感の強い良い子だもの。
「わかった。ならお母さん、もう止めないよ。ほら、走り込みでもいってきたら?」
蓮が、少し考えるような素振りを見せる。
「じゃあ、いってくる!」
蓮を送り出した後、側にあった家族写真をずっと、ずっと抱き抱えていた。
―――二時間ほどが経ち、そろそろ日が傾き始める頃に蓮が戸を叩く音が聞こえた。
心配で、心配で、そろそろ探しに行こうかと迷っていた母親は心から安堵する。
がらがらと扉を引き、蓮が駆け込んでくる。
「はぁ、はぁ、お母さん! こ、これ、いつものお礼の気持ちで作ったの……」
体と顔に泥をつけた蓮は、花で作った髪飾りの輪っかを差し出した。
「これ、もしかしてお母さんのために? ありがとう……!! とっても嬉しいわ……お花なんて取ってくるの大変だったでしょう?」
「凄いでしょ! 頑張って取ってきたんだよ!」
数百年前の戦争で使われた兵器が原因で、花を含めた植物は軒並み絶滅してしまっている。少しは回復してきたとはいえ、数はとても少なくなっているはずだ。
「……え……?」
数本が集まった花束の中に、一本見覚えのある花が混じっていた。それを取り出し、指先で優しく愛でていると、自然と涙が頬を伝っていった。
「あなた……!!」
それは紫色に凛と輝く桔梗の花だった。夫の司が軍に行く前、最後に贈ってくれた花と同じものだった。
「……どうしたの?」
心配そうに顔を覗き込む息子の顔が、今はなき夫と重なって見えた。
「泣いてるの……?」
そう言われ初めて、自分が涙を流していることに気が付いた。だが、その雫は暖かく、きらきらと輝いていた。
「大丈夫、これはね、嬉しいときの涙なのよ。」
蓮は不思議そうな顔をした後、花が咲くように笑った。
「僕、頑張るからね!」
ありがとう。そう言ってしばらく、蓮を抱き締めた。
司さん、どうかこの子を見守っていてね。