VTuber.64
大きな光が細やかな火花になり闇に溶ける。
「......太郎くん?」
「え、違うの」
目がみれない。何となく気まずい。
突然の状況で気が動転している。
心臓が大きく動いている。なんかくらくらしてきた。
でも、確認しなきゃいけない。
「違うのって、なにが」
「ママって、佐藤太郎なんでしょ?......違った?」
「気がついてたの」
どこか懐かしい笑み。やわらくて、切ない瞳。あの頃に戻ったかのような......そんな雰囲気を彼女は纏っていた。
「うん、まあね。久しぶり、コショウサトウ」
「あ、ああ、久しぶり......ゲドウツクル」
コショウサトウとして、ゲドウツクルとしては久しぶりだ。久しぶりなんて言葉では表せられないくらいに、久しぶり。
「......いつからわかってたの。私が、コショウサトウで佐藤太郎なんだって」
「ん?それはね――」
ドーン、と再び空に花が彩られる。
打ち上げられるいくつもの命短し美しき花々。
見上げ見惚れる隣の人に、私は見惚れていた。
彼女、西野遙華に佐藤太郎として。
左手に触れる柔らかな感触。
やっと、本当に手を繋げた気がした。
「......好きだよ、太郎くん」
彼女は微かに呟いた。
思わずこぼれ出た言葉なのだろう。
激しくなる天の音と、体の奥の音。その合間に聞こえる彼女の想いの音。
「......俺も、好きだよ。遙華」
生まれては消える儚い恋は、花火のように刹那の熱を持つ。
ひとつひとつに光が宿り、やがて消え行く。
けれど心に残る光として、忘れる事がなければいつまでもそこで咲いているのだと......それが愛なのだと、私は今そう思った。
繋ぎ絡めた指先、隣に感じる彼女の存在。
香る祭りの匂いと、火薬の香り。
滝のような柳が夜空を流れ落ちた。綺麗だね、と遙華は呟いた。まるで映画のワンシーンのようだった。
絵になる、とはこの事だ。彼女は美心だが、遙華の表情をして笑う。
暫くして、花火が打ち上げ終わった。
楽しい時間はあっと言う間。そういう親子が横を通り過ぎていく。
「......さっきの続きね?」
「あ、うん」
いつから知っていたのか、か。
「実は、最初から......もしかしたらって思ってはいたんだ」
「最初から?」
「だって、イラストそっくりだし。チャットの雰囲気も」
「なら言ってくれれば良かったのに」
「いやでもね、まさか女の子になってるとは思わないでしょ。だから、会ったときに別人だと思っちゃったんだ......似てるだけの別人なんだって」
「じゃあ、確証を得たのはその後......実際に私と会った後」
「そう。女の子だけどもしかして......と思ったのは蓮華ちゃんの件があったとき。ゲドウツクルの事を聞いた時、ママは彼女にイラストを描いたことがあるって言ってたでしょ?」
「......言ったな」
「それで気がついたんだ。あたしがイラスト描いてもらってたのって、コショウサトウだけだったし......他に誰も居なかったから」
消去法......といっても私だけだからって事だけど。
「でも、生まれ変わってるなんて思わなくないか」
「ええっ、それ......太郎くんがいうの?じゃあなんであたしが遙華だって信じられたのさ」
「それは......」
自分も転生者だったから。
「......まあ、そうか」
可能性の問題である。自分が転生しているんだから他に同じ運命を辿っている人間が居ても不思議はない。
それだけの話......いや、それだけじゃないかもしれないけど。
「ふふん、納得した?」
「納得はした......でも、ひとつ」
「ん?」
「なんでこのタイミングなんだ?打ち明けるの......もっと早くても良かったんじゃないか」
「あー」
人差し指を下唇にあてて宙を見る美心。
「それはねえ、太郎くんと同じ理由だと思うよ」
「私と同じ理由?」
「太郎くんはどうしてあたしが遙華だってわかったのに打ち明けなかったの?」
「......ああ」
そう問われ行き着く答え。それは、そこまで築き上げた関係性を壊したくなかったから。
「あたしさ、太郎くんの事好きだよ」
「......うん」
「でも同じくらいママが......岡部倫が好きなの。だから、打ち明けるのが怖くて、言えなかったんだ」
「そっか。まあ、わかるよ」
私も同じだからな。西野遙華も牧瀬美心も、同じくらい大切で愛おしい。
「あとね、もうひとつ」
「もうひとつ?」
「えまには負けたくないから」
ああ、だから今このタイミングなのか。どちらかというとこちらのほうが今打ち明けた理由としては大きいんだろう。
「あたしね、転生してずっと後悔してた。太郎くんとのことや、歌......家族の事とか。だからね、もう後悔しないように戦わなきゃって思ったんだ」
するりと手を絡めてくる美心。
「卑怯なのはわかってる。嫌な子だってこともね......でも、後悔したくないから。舐めプはしないよ、あたし」
彼女は、真剣に、真っ直ぐ私の目を見つめる。
「あなたはえまに......ううん。他の誰にも渡せない。渡さない。あたしのだ」
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