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天井と青空と猫

作者: A vocado

 目を凝らしてみると部室の天井には極細で、長さ三センチほどの傷が何個か見える。外からは野球部の覇気のある声がする。僕は独り、学校を出て左に曲がり軽トラのみ走る道といっても過言ではない畦道を100メートル程進んだところにある坂道に向かった。


 一カ月半前、予選ベスト4に終わり甲子園への夢は途絶えたあの日から僕は肘を痛め、別メニューをこなしていた。新チームになり僕たち二年生の負担が大きくなるにもかかわらず練習に参加できない自分を悔いた。

 

坂道ダッシュを始めた。7本目を終えて歩いて下る中途、僕は延長10回表決勝点を許した右中間へのタイムリーヒット、恐ろしい金属音を思い出し吐き気を催した。

 

 坂道の中腹で一匹の猫を見つけた。よく知った猫だ。黒い体毛で覆われておりお腹だけ白いどこにでもいる野良猫だ。それでもはっきりと言える。この猫は一週間前まで野球部の部室で保護していた子だ。額に灰色の筋が斜めに一本あるのがその証拠だった。


 数十秒見つめ合った後、その猫は坂を見上げた。すると突然、坂を駆け上がり空に向かって跳んだ。前足で空中を舞っていた何かを掴み、シタッと着地した。


 その手には黄色と黒色の間に綺麗な青色の筋が入った羽をもつアゲハ蝶がいた。潰れた蝶を口にくわえ猫は坂道の脇にある山中へ走り去っていった。

 

 あっけにとられていた僕は我に返り、彼がよく部室でしていた遊びを思い出した。部室のロッカーに上り、天井から垂れ下がる蛍光灯の上に飛び移るという遊びを。大抵はバランスを崩して転げ落ちてきた。


 しかし彼の本当の目的は蛍光灯に集まる虫を捕らえることだったのではないか。なるほど、部室の天井にはよく小さな蜘蛛が這っていた。


 彼は転げ落ちた痛みなど知る由もなく飽きずに跳び続けていた。


 僕は坂道ダッシュを再開した。さっきよりもアスファルトを足に感じ空の眩しさが心地よかった。

 

 陽が首の後ろを刺激し、体が重たくなる。20本目を終えると僕は仰向けに寝転んだ。ごつごつした地面で背中と後頭部が痛かった。

 

 曇天と向かい合った。雲は、とてもゆっくりと流れていたが確実に、青天井と積雲の見える東に向かっていた。もう一度、僕もやってやろうと思った。爪痕を残そうと思った。

 

 グラウンドに戻ると、彼らはマシンの球を打ち返していた。金属音が校舎にぶつかり反響する。グラウンド全体がその音で包まれた。


「秋季大会も頼むぞ。うちのエースはお前やからな」


 バットを右肩に担いだキャプテンが僕に言った。彼は野球部、いや学校で一番体が大きかった。しかし、威圧感は無くその言葉でいつもチームを励ましてくれた。


「頑張るよ」


「相変わらず無表情なやつやな」


 キャプテンが眉間にしわを寄せながら言った。


 僕は先ほどの出来事を話そうとしたが、言いかけて止まった。動物の何気ない行動から意味を見出すのは人間のエゴであるとともに、そこから得た解釈は自分だけのものだからだ。


 ひときわ大きいカキーンという金属音が響いた。見るとキャプテンが豪快に球を空へ飛ばしていた。灰色の雲を一掃する勢いで。

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