初詣で王は走る
一年の計は元旦にあり。
古い東国の言葉だ。
しかし、その言葉がそっくりそのまま当てはまるのが、この国だ。
元旦になると、神殿に多くの人が集まる。初詣である。
石造りの神殿は相変わらず荘厳で、訪れる度に身が引き締まる思いがする。
まだ午前一時。冬の夜風は身体に冷える。
だが、俺はというと、そこまで厚着をしているわけでもない。ただ、脚には毛布をかけてある。
俺にはもう脚がないからだ。俺はこの場に自分で車いすを動かしてきている。
周囲を見渡すと、俺と同じように身体を負傷している者が増えたな、というのが俺の感想だ。
俺もそんな戦傷兵の一人だ。
三ヶ月ほど前まで隣国と水の利権争いから戦争となった。
魔法使いだった俺は最前線で敵と戦い、後方から魔法で仲間を支援する、という形を取っていた。
だが、運悪くそこに敵の騎馬隊が突っ込んできて、両脚を斬られた。
結果俺は名誉除隊という形になったが、何かをするにも車いすなしでは生活できなくなった。
魔法を用いて動かす義肢は確かに存在する。
あの義肢は普通の身体よりも更に強化がなされる代わりに、最大の弱点として動かす際に常時魔力を消耗し続けなければならない。一般的に使うにはだいぶ疲労感が貯まる。
俺は魔法使いだったこともあり、義肢に対する適正ありとして義足を作ることになったが、よりにもよって出来上がったのが昨日で業者が休みだった。
そのため渡すのは正月明けになるとのことで、義足は正月には間に合わなかった。
争いも終わった一方で少し残念な、そんな気分で迎える穏やかな正月、ともいえた。
俺の周囲に結構人が寄ってくる。
暖を取るためだ。
横にいた爺さんが手を出して温まっている。
「いやー温かいのぅ。この寒さは老骨に響くからありがたいのぅ」
更に隣りにいた片腕のない男も同様に暖を取り始めた。
その後も次々と人が集まり俺の周囲を囲んで暖を取っていたが、不思議がっていた。
「あったけぇんだけどよ、どうやってんだこれ?」
その男の疑問はもっともだろう。実際見渡してみると、自分の周囲以外は手に息をかけたり、身体を小刻みに震えさせたりして暖かくしている。
にもかかわらず自分と自分の周囲が暖かくいられるのには理由がある。
「なに、簡単な方法だ。俺の周囲に最低限の炎魔法を帯びさせてるんだ」
自分は魔法については結構一家言あると自負している。
実際、隣国からは偉大な魔法使いにならって『オズの再来』とまで異名されたほどだった。
魔法の制御はかなり難しく、実際この技を一般の魔法使いにやらせたらその魔法を使った者は火達磨になるのは目に見えている。
自分はそうした加減の制御が得意なのだ。
そうこうしているうちに、神殿の扉が開いた。
そこにあるのは賽銭箱だ。ゆっくりと列が進み、皆が賽銭箱に銭を投げ入れていく。
俺も銭を入れ、礼をしてからまた後ろに戻った。
しかし、全員投げ入れ終わっても帰る気配はない。
それもそうだ。この国の初詣はここからが本番なのだ。
全員が銭を入れた瞬間、神殿の奥の扉が開いた。
それを見て、全員が跪く。自分は車いすなので、大きくお辞儀をするだけだ。
この国の王が、その扉にいるのだ。
王が立ち上がり、頭の冠を、先程まで座っていた椅子に置いた。
その椅子が天高く舞い、そのまま街の方へと消えていく。
「これにて、この一年の王は終わりを告げた。これより、初詣最後の儀式を始める」
王だった者が、大声で言った。
「あの冠を手にせし者が、この一年の王ぞ! 我が最後の命じゃ! 誰ぞ取って参れ!」
そう、これがこの国の儀式だ。
王は必ず一年で交代する。そしてこの年の王を初詣で選出する。
その先王の言葉の後、全員が殺気立ち、神殿から光の向かった方へと走り出した。
自分は車いすだ。その点においては他の者より不利になる。
だが、負ける気はない。
魔法をかけた。車いすの車輪に、である。
風の魔法。それもなるべく、出力を強くして、だ。
一気に、車輪が加速した。
自分に重力がおもいっきりかかる。
だが、何度か戦場で竜からの空挺降下もやったのだ。それに比べれば屁でもない。
加速した車輪を漕ぎながら、何人もの人を抜かして駆けていく。
振動が生じたのは、その直後だった。
唖然として、思わず魔法を解いた。
周囲の人々も、皆愕然としていた。
隣の道に、巨人が歩いていた。巨人の手には、人が乗っている。
同じ魔法使い、それも召喚術に長けたものだろう。それで一気に進むつもりだと見て取れた。
しかし、その巨人は周囲の建物をなぎ倒し、幾人もの人をはねながら進撃していく。
それを操っている者の目は、殺気立っていた。周囲をまるで見ようともしていない。
一度舌打ちしてから、俺は巨人の通った路地に入った。
まるで戦場だったかのように、その路地は瓦礫で埋め尽くされ、多くの人が下敷きになっていた。
「何人か来てくれ! このままだと死人が続出するぞ!」
そう俺が言っても、周囲の者は誰も来ない。
みんな、王の位になることに取り憑かれている。俺にはそう思えた。
俺は手をかざし、癒やしの魔法を周囲にいた者に掛け続けた。
周囲に倒れていた人々の傷口が、その癒やしを得てふさがっていく。
「うぅ……」
うめき声が聞こえた。
車いすを寄せ、その男の近くに寄る。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ……。ちくしょう、あんなの反則だろ……」
「なぎ倒すだけなぎ倒して、周りのことなんざ見ちゃいねぇ……」
「くっそ、あんなのが王になったら……この一年は最悪に終わるぞ」
確かにその通りだ。
あの巨人を追っている者はいるが、響くのは悲鳴と建物がなぎ倒されていく音だけだ。
しかも、どんどん遠くなっていく。
まずい。冬だというのに、汗がにじみ出ていた。
「あれ? オズの再来か?」
その声のした方を向くと、見知った顔があった。
自分の義足の製造を依頼していた装具士だった。
「オズの再来、あれ止められるか?」
「最大出力で車いすを動かせば、あるいは、って感じだが、車いすが先に壊れるだろうよ」
「そう言うと思ったよ。だが、こいつならなんとかなるはずだ」
そう言って、装具士は背中に背負っていたケースを開けた。
思わず、俺はハッとした。
そのケースにあったのは、俺が依頼していた義足だった。それも両足ともにある。
「正月明けにする予定だったが、あんなのに暴れられちゃたまったもんじゃないからな。工房から持ってきた。ぶっつけ本番だが、使えるはずだ」
「あれに追いついて、なおかつ義足が壊れない、ってことも可能ということか」
「そういうことだ。伊達にこの国で義肢装具扱ってるのをなめてもらっちゃ困るよ。しかし、渡すには条件がある」
「なんだ?」
「あんたが王になったら、国を豊かにすることと、戦傷兵の義肢装具の予算の付与をしてくれればいい。社会復帰出来る人間が増えれば、それだけ国は富むはずだ」
装具士に、少し笑顔が出ていた。
そして、装具士の言うことはもっともだと思った。
国を富ませることが真の王ならば、それになろう。
俺は、一つ頷いた。
それを見て、装具士はすぐさま俺が脚にかけていた毛布を取って義足をはめた。
義足に、魔力が流れていくのを感じる。
そして、力を少し脚に入れた瞬間、すぐに立ち上がることが出来た。
足底にも感覚が感じられる。少ししびれるような、そんな感覚だ。
悪くない。
「礼を言うぜ。んじゃ、王になってくるわ」
そう思って、俺はクラウチングスタートの姿勢を取った。
同時に、脚に最大限の出力で、風の魔法を纏わせる。
そして、大地を蹴った。
本当に自分の脚かと思うほど、その足取りは軽く、そして、早い。
騎馬で走っている者すらも、俺は抜いていく。
数キロ進んで、ようやく巨人が見えた。
ようやく、巨人に乗っていた魔法使いが、こちらに目を向けた。
その魔法使いが巨人を加速させようとした直後、一気に、俺は大地を蹴り上げ、飛んだ。
そして、義足を魔法でダイヤモンド並みに固くして、巨人の胸を蹴りで射抜いた。
自分の後ろで、巨人が粉微塵になって砕けると同時に、巨人に乗っていた魔法使いが地面に突っ伏した。
「な、なんだ!? 何が起こった!?」
混乱している様子の魔法使いに何人もの人が寄ってくる。
その目は、皆殺気立っていた。
「た、助けてくれー!」
そう魔法使いは叫ぶが、虚しく響くだけだった。
そして俺の目の前には、冠が置いてある椅子が鎮座していた。
『神託は下った』
声がする。
その声に、全員が反応していた。
『この者が、この一年の王となる』
まばゆい光が、冠から迸り、自分にかぶさった。
『我はお主たちが神と呼ぶもの。ここに、王は選ばれたのだ』
そう声が告げると、俺の前にいた多くの市民が、手を止め、俺に跪いていた。
同時に、朝日が昇る。
『喧騒の初詣の夜は過ぎ去った。さぁ新たな王よ。この国を導いてくれ』
その声を最後に、声は聞こえなくなった。
神の声。思えば、久々に聞いた気がする。
初詣では神頼みをするという。それが身近に感じるのも、こうして神が人と近くいるからであろう。
そう思うと、身が引き締まった気がした。
俺は王になったのだ。
なったからには、国を豊かにしなければならない。
王の責務は山積みなのだ。
街が朝日に照らされる。
それを拝むものもいた。
今年一年、王として国を富むことが出来るように。そして、王としての責務に、俺が負けませんように。
そう祈ってから、再び朝日を見る。
忙しい一年になる。
そう感じられる朝日だと俺には感じられた。
(了)




