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比翼連理にはほど遠い/玉響の恋、泡沫の愛

作者: 空月



「君の恋は玉響のようだね」


 浮世離れした美貌を持つ男に、何の他意もなさそうにそう言われたので、由良は目を眇めた。


「そういう貴方の愛は泡沫みたいね」

「ふふ、言い得て妙だな。確かにそうかもね」


 嫌みを多分にまぶしたつもりだったのだけど、楽しげに微笑まれてしまった。嫌みであることがきちんと伝わった上で微笑むのだから、この男は性質が悪い。


 行きつけのバーでだけ会うこの男の名は、ヨミ。本名かどうかは知らない。

 たまたまバーで隣り合わせになってからの縁だが、連絡先交換なんてものはしていない。ただ、由良がこのバーに訪れると、高確率でヨミがいる、それだけだ。


 それだけ顔を合わせれば、当たり障りない話題として恋愛の話なんかもする。それを受けての、先ほどのヨミの言葉だった。


 由良は恋多き女だ。その自覚もある。ただしそのスパンは短い。

 いいな、と思う。好きだな、と思う。少しでも会いたい、言葉を交わしたい、とも思う。だけれど、付き合いたい、と考える前に、その恋心は綺麗なままどこか遠くに行ってしまうのだ。

 残るのは、好きだった、という気持ちだけ。もはや、由良が抱く想いが恋と呼べるかもあやしい。

 そんなあやふやな恋情を、ヨミは玉響に例えた。それは恋だと、肯定した上で。


「私のこれは、恋かしら」

「誰かを恋しく思うのなら、恋だよ」


 断言するヨミの恋愛は、さきほど由良が称し本人に肯定されたとおり、『泡沫の愛』だ。

 話に聞く限り、付き合っている時はとてもよい恋人で、愛情表現も惜しまない。だけれど、ヨミのとある『線引き』に触れた瞬間、それは霧散するのだ。

 まるで、水に浮かぶ泡が、ぱちんとはじけて消えるみたいに。


 ヨミの『線引き』を、由良は知らない。知る必要がない立場だからだ。しかし、知るべきだろう恋人にも、ヨミは教えないのだという。それでは恋人だって気をつけようがない。


 理不尽な男ね、と思う。惜しみなく与えられていた愛情を突然取り上げられる恋人に同情する。


「君のその目、なんだか責められている気になるな」

「そういうことを考えていたもの」

「君は良識的な人だからね」


 まるで由良が考えていたことを見透かし、その上で自分が良識的な行動をしていないことを自覚しているような言葉だ。

 実際そうなのかもしれない。この男は恐ろしいほどに察しがいいから。


「貴方には誰かと添い遂げたい気持ちはあるの?」

「ふふ、今日の君は少し踏み込んでくるね」


 そうだろうか? そうかもしれない。玉響の恋も泡沫の愛も、長く続くものではない。そこに共感を見出して、ヨミはどうなのかと気になってしまったのかもしれなかった。


「ある、とも、ない、とも言えないな。どちらも嘘になってしまう」

「そうなの?」

「誰かと添い遂げる夢想をすることはあっても、誰かと添い遂げるための努力をしていないからね」


 『誰かと添い遂げるための努力』というのは、『線引き』を相手に伝えることなのだろう、と由良は思う。それを選ばない――その理由には由良は興味はない。ヨミに恋情を抱いているのなら別だっただろうが。


「君は、誰かと添い遂げたい気持ちはある?」

「……憧れは、するわ」


 けれど、それを自分ができるという夢想はついぞできない。『付き合いたい』にすら至れないのだから当然だ。


「きっといつか、君だって恋草が萌ゆるときがくるよ」

「恋草?」

「草が生い茂るように、恋心が燃え広がる日が来るってことさ」


 少しだけ詩的なヨミの言葉は、どこか心地いい。浮世離れした雰囲気と美しさが、悩みを幻想に紛れさせてくれるような気がするからかもしれない。


 ――玉響の恋は、どうしてこの男に対して響かないのだろう。


 ふと不思議に思う。人間的に嫌いなわけではない。理不尽な男だとは思うが、それは恋人に『線引き』を伝えないことに対してであって、それ以外の面で感じたことはない。


 ――この男を好きになれたら、幸せかしら。


 きっと、『線引き』に触れてしまうまでは幸せなのだろう。その幸せを、享受してみたいと思ったことは0ではない。


 ――それとも、もう好きなのかしら。


 いつか終わる、はかない愛を享受することを夢想したのなら、そうなのかもしれない。


 ――もし、本当にこの男に恋をしているのなら。


 それはいつもの玉響の恋とは違う何かで――けれど、なんと名をつけていいのかはわからなかった。


 ヨミは、心の奥底が読めない微笑みを浮かべ、優雅にグラスを傾けている。


 行きつけのバーで偶然会うだけの、本当にそれだけの、関係。

 お互いの恋愛観は知っていて、けれど、どんな生い立ちで、どんな日常を送っているのかは知らない。


 比翼連理にはほど遠いわね、と考えながら飲んだお気に入りのカクテルは、いつもより苦みを強く感じた。




読んでくださりありがとうございました。

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