首吊りの木-3
「どう思う?」
わたしは、一応一通り考えてみた、“自殺”に対する結論を、凛子に話してみた。
「うん。面白いのじゃないかと思う」
凛子は感慨深げにそう答える。そしてそれから、こう語って来た。
「そういえば、福祉作業所の障害者の人でも、パニックになると自分を傷つけちゃう人いるな…、以前は周囲の人を傷つけていたらしいんだけど、周りはそれを責めたりしなかったらしいの、もちろん、甘やかすのとは違うのよ?パニックになって、自分でも悪いと分かってるのに、それを抑えられないで、どうにもならないでしちゃう行動を叱ったって、改善する訳ないから、別の方法を取っていただけ。そうしたら、ある時から、周囲を傷つける事はなくなったけど、自分を傷つけるようになっちゃったんだって。それが悪い事なのか良い事なのかは置いておいて、これって、攻撃衝動が外にも自分にも向かうって事の証拠になるわよね?」
凛子は、最近では、時々、わたしに福祉作業所の事を躊躇しないで語ってくれるようになっていた。
「その、攻撃衝動が自分に向かうようになった、って部分も気になるな… どういう心理作用で、そうなったのだろう? それと、ちょっと、優しい話よね、それ。嬉しくなるような」
本当は、凛子が何の不安もなくわたしに福祉作業所での話を語ってくれた事が嬉しかったのかもしれないけど、わたしはそれに対してそう答えた。
「うん。まぁね。その人の中で何が起こったのかは、ただの想像になっちゃうから、何とも言えないと思うけど。でも、ただ叱れば良い結果になって返ってくるっていう、教育の考え方が間違っている事を証明する、一つの例ではあると思うわ。それには、きっと、理恵が言った“自己否定”の心理作用も関係しているのだと思うし」
凛子はわたしの言葉を聞くと、考え深げにそう語った。
「“自殺”の心理ね」
わたしは確認のようなつもりで、そう言ってみた。
凛子がわたしの意見の価値を認めてくれている事を、確認したかったのかもしれない。
すると、凛子は、
「うーん、“自殺”の心理ってすると、また違ってくると思うだのけど…」
と、そう返して来た。
わたしはそれに驚く、
「なんで?」
「“自殺”だと、理恵が言った意外の心理も関わってくるんじゃないかと思うのよ。理恵の言った事も、確かに興味深いのだけど」
「例えばどんな?」
わたしの中に、その凛子の言葉を心外に思う気持ちはあまりなかった。だから、この質問には、攻撃の意図はない。単純に、凛子の意見を聞いてみたかったという事もあるし、会話の流れで自然に質問するよりなかったという事もある。
凛子はスラスラと、こう答えて来た。
「ほら、悲劇に対して快感が働く作用ってあるでしょう? だから、ロミオとジュリエットとか、悲劇的な物語もあったりする。その快感が自殺に繋がってしまう場合があるんじゃないかと思うの。自殺が流行するっていうのを聞いた事があるわ。おぼろげな記憶なんだけど、江戸時代に心中の物語が人気で、その時には心中が流行したって。それに、確か数年前にも、いじめで自殺してしまった子の事件が、TVで大きく取り上げられた時に、自殺が連鎖的に起きたじゃない。自殺が流行していた。こういう“自殺”の心理は、理恵が言った事だけじゃ説明がつかないと思うのよ。だから、“自殺”の心理ってなると、ちょっと違うのだと思う」
「ふーん、なるほどねぇ」
わたしは素直にそう応える。そして、その後で思い付いて、
「そういえば、人がよく自殺する場所ってのもあるわよね。所謂、自殺の名所。そういうのがある事も、わたしの“自殺”の心理だけじゃ、説明し切れないわね」
そう言ってみた。そして、その時だった。
「引亡霊、ね!」
そう声がしたのだ。
わたし達の間から、突然顔を出してそう言ったのは、田中さんだった。あの、子供っぽい雰囲気の田中さん。
「ひきもうれん?」
わたしがそう疑問符を付けた声を上げると、田中さんはこう説明してきた。
「引く亡霊と書いて、“ひきもうれん”。生者の事を、引く死者の事をそう言うらしいの。海だとか水死者の場合らしいけど、陸にもいるのだと思う。“縊れ鬼”っていう、自殺をさせる怨霊みたいな妖怪もいるのよ。同じようなモノなのかどうかは知らないけど」
忘れていた。田中さんは、こういう話が大好きだったのだ。多分、偶々通りかかった時に、わたし達の話しているのが耳に入り、話の内容を勘違いして割り込んで来たのだろう。
楽しそうにしている。
田中さんは、続けて喋り出した。
「ねぇねぇ、知ってる?こないださ、グランドの拡張工事が終ったでしょう?」
わたしたちの学校のグランドは狭かった。もちろん、授業に支障があるといった程ではないのだけど、グランドを使用している、サッカー部、野球部、陸上部、ハンドボール部などの、全ての運動部が充分な活動をするのには狭過ぎた。
だから、かなり前からグランドの拡張が検討されていて、近くにあった森を切り開こう、という話になり、先日ついにその工事が終わったのだ。
「ところが、さ。あそこの森にあった、大きな椿だけは何故か伐採されないままになってるじゃない。その理由、知ってる?」
理由? 単に奥の方にあってあまり邪魔にはならないし、切るのも面倒だったからじゃないのだろうか?
「あの椿ね、色々とある椿らしいのよ」
この場合の、色々は、もちろん、そういった意味の色々だろう。
「例えばね、あの椿で首を吊って、自殺をしてしまう事件がよく起きているらしいのよ」
田中さんは、ますますワクワクした表情をしてそう言った。
「そんな話、聞いた事ないけど?」
わたしがそう言うと、
「ああ、よくって言っても、他と比べてって事よ。他に比べて、よく起こってるって事。多分、十年に一回ってくらいだと思う」
そう田中さんは返して来た。
なんか、よくありがちなパターンな気がする。具体的な事例はなくて、噂だけが飛び交っているという…
ところが、この後で田中さんはこんな事を言って来た。
「まぁ、幽霊なんて、そこにいると思えばいるし、いないと思えばいないもんだけど……。でも、近くにそんな噂の場所があるってだけでも、なんか面白いって思うでしょう?」
……どうやら、自分でも分かっているらしい。それを承知で、楽しんでいるのだこの人は。
「幽霊だとか、お化けがいない事を完全に証明するのは、科学的には不可能だって言うしねー」
これを言ったのは、凛子だ。
下井先生の授業で、科学的思考の話をやって、それで、帰納的思考の限界から全ての物事の認識は不確定で、完全に肯定する事も完全に否定する事もできない、というのをやったのだ。
そこから出た発言だろう。
凛子は、田中さんの事が結構気に入ってるらしい。
田中さんを助けるような事を言う。
(なんとなく、分かる気もするけど)
「そうそう。本当かもしれないって思うだけでも楽しいもの」
田中さんは笑ってそう言った。
認識は、不確定なままでも、それを楽しむ為に本当にいる、と設定するのは有りだと思う。
なんでもかんでも、現実に合わせなくちゃいけないってのは、ちょっと真面目過ぎるし、つまらない生き方であるようにも思うし。
……田中さんは、そういう意味では楽しみ上手なのかもしれない。
ただ、これを楽しめるかどうかは、人によると思うけど……。
黒々とした太い幹が、天に向かってうねり上がるようにして生えている。
その様はまるで、大地の奥深いトコロから、何か悪いモノでも吸い上げているようにも見え、ざわざわと繁った葉を一層不気味に思わせる。
ただ、それは、この木を見ている今の空模様が曇天で、辺りが暗くなっているからなのかもしれず、実際にこの木がそれ程までにおどろおどろしいのかどうかは分からない。
風も強く、葉のざわめきが、それを演出しているようにも思えるし、先にあんな話を田中さんから聴いてしまった所為で、ただの巨木がそんな風に恐ろしげに見えているだけなのかもしれない。
人の感性というのは繋がっていて、例えば楽しい音楽を聴いていれば、風景が楽しく見える、といった事があるそうだから。
………。
そう、
今わたしは、その田中さんから聞いた、噂の“首吊りの木”の前まで来ているのだ。
ただ、何もわざわざ観に来たのではもちろんない。今は体育の授業の真っ最中で、新グランドが初めて使われているのだ。それで、たまたま目の前に木がある。
体育の授業は、サッカーだった。
女子のサッカー。
ただし、普通のサイズのグランドでやるサッカーではなく、その半分のサイズでやるミニサッカー。
ただ、このミニサッカー、ボールが直ぐに飛んでくるので、考えようによっては普通のサイズのサッカーよりもハードかもしれない。
わたしは、バックスで、ボールは今相手側のゴールの近くにある。通常のサッカーでは気を抜いていても大丈夫な状況だけど、このミニサッカーでは油断できない。ボールは直ぐにやって来る。“首吊りの木”をゆっくりと観察している暇などない。
わたしは、キッとボールのある方向を見据えた。
……というか、実は、既に二点ほど、わたしがボーッとしている間にゴールを決められてしまったのだ。
(あはは……、)
だが、次こそは決めさせない。
わたしには策略があるのだ。
女子の部のサッカーにしては、何だかやたらに高度な試合である気がするけど、それでもボールを長い時間キープする巧い人はそんなに多くない。大体決まっている。放っておいても、その人にボールが集まるのを、わたしはそれまでの試合から学習していた。つまり、その人をマークしておけば良いのだ。ただし、あからさまに近くにいては警戒をされてしまう。だから、わたしはちょっと離れた所から、その動きを見張っていた。
そして、いよいよボールがこちら側にやって来るのが見えた。
わたしは、いつもボールをキープし、シュートをする人が上がって来るのを確認した。ちょっとした小競り合いの後、競り勝った敵側の選手が、その人に向かってパスを出そうとしている。わたしはその仕草を確認すると、その人に向かって走り出した。そして、その人がボールをキープした瞬間にタイミングを合わせ、足を出す。すると、上手い具合にボールに触れた。そして次の瞬間、わたしはなんと相手からボールを奪う事ができていたのだ! 不意をつかれた相手は、とても驚いた顔をしている。わたしは、取り返されない内にと思って、直ぐにボールを蹴った。
「パァーッス」
味方にボールが渡り、わたしはガッツポーズを取る。
自分の狙い通りに見事に決まった。気持ち良い〜!!
学習した経験から有効であろう策略を決め、その通りに実行する。ボーッと何も考えないでいた頃に比べ、これはもちろん“変化”しているのだ。そして、もちろん、これは“成長”だろう。
わたしにはその事も嬉しかった。
「山中さん凄いねー カッコよかったよ」
田中さんが、今のわたしのプレイに対してそう言ってくれた。
「そう?」
わたしはそれでますます嬉しくなる。
「うん。男らしかった」
ちょっと、待て……、男?
乙女に向かって、何と言う事を…、
しかし、田中さんは邪気のない視線をわたしに向かって寄越していた。
皮肉ではない。
実際に、田中さんの目には、わたしは男らしくカッコよく映っていたのだ。
それでわたしは、考えた。
これは、わたしにとって、プラスになる“変化”なのだろうか?と。 もちろん、このサッカーの事だけを考えるのなら、“成長”と言えると思う…。ああ、そうか、何かを決定するのには、何かしら基準が必要な訳で、その基準を変えてしまえば、それが成長なのかどうかといった事も変わってしまうのか……
基準を、サッカーから移せば、それがプラスの変化なのかどうかは変わってしまう。
つまりは、この世の中は、こんな風にも“不確定”なんだ……、
その時、不意に、わたしの中に“分からない”が降って来たのが感じられた。
“分からない”
この世の中は、何も“分からない”
ざわわ ざわわわ ざわわ ざわわわ
“首吊りの木”の、葉が騒ぐ音が聞こえて来る。
存在感。
“分からない”世界では、何が起こったって不思議じゃない。
そもそも、それがいるかどうかもはじめからぜんぶ、“不確定”だったのじゃないか。じゃあ、何か、基準が変わった瞬間に、それが存在するモノに変わったって、なにもおかしい事はない。
いるんだ。だから、それは、
わたしはそれを振り返ったりはしなかった。だけど、わたしの中で、そこには縄で首を括った白い服を着た女の人が、“首吊りの木”にぶらさがって、存在していた。
確かに、存在していた。
その時、
「ゴォォォル!」
そんな声と共に、ピーッという笛の音が聞こえて来た。
あら?
「山中さん! ボーッとしてないでよ! またゴール決められちゃったじゃない」
同じチームのメンバーから、そう怒られてしまった。
……しまった、3点目。
わたしは、反省しつつ、試合に集中をした。