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バラバラ−4

 午後の、最初の授業は数学だった。

 数学の授業はつまらない。だって、教科書に書いてある内容をそのままやるだけだから。

 教科書を読んでそれをある程度理解してしまえば、後は授業を受ける必要なんてないように思う。練習問題でもやっていた方が時間を効率良く使えそうだ。熱心にノートを取っている人もいるけど、教科書に書いてある事と同じ事を書いても意味がないんじゃないかとあたしは思う(これは、単にあたしが不真面目なだけなのかとも思っていたのだけど、数学の先生で同じ事を主張してる人がいたので、どうもそうでもないらしい)。

 ただ、そう油断していると、難しくて自力では理解できないような個所をやった場合、ちょっと困った事になってしまう。だから、全く無視して良いわけでもない。だけど、そう思いながらも、やはり不効率だと認識してしまっているものだから、あまり授業に身は入らない。結局、ボーッと考え事なんかをしながら数学の授業時間を過ごしてしまうのがあたしの常だ。

 そして、この日の数学の授業中、あたしはこの学校の“怪談”の事を考えていた。

 と言っても、“規範の外”や“分からない”と関連させて考えていた訳じゃない。ただ、純粋に怪談の事を考えていたのだ。田中さんの言った事が、何故か頭から離れなかった。

 “手”の怪談と、“足”の怪談。

 あと、もし他の体の部分の怪談が、この学校内にあるとすれば、それはどんな内容で、どの部分の話なのだろう?

 胴体の話というのは、作り方によっては怖いかもしれないけど、どうもあまり、学校怪談としてはピンと来ない。

 (もっとも、もし、手も足も首もなくて、胴体だけが、血を流しながら中庭を飛びまわっていた、なんて話があったとしたら、かなり怖いかもしれないけど)

 やっぱり、オーソドックスなのは、首が出てくるモノだろうか。

 手、足、首。

 バラバラの、この三つで、ちょうどしっくりくるような気がする。

 何処かの窓から、誰かの顔が覗いていた。何だろう?と思って、じっと見ていると、その顔があり得ない方向に移動した。びっくりして叫ぶと、その顔はそのまま何処かへと飛び去ってしまった。

 なんか、現代の幽霊の話というよりは、昔話のろくろ首かなんかの話を思い出してしまうけど、もし首の話があったとしたら、その内容は、まぁ、こんなもんかもしれない。

 そういえば……、

 あたしはそこまで考えて、思い出していた。

 そういえば、怪談でも何でもないけど、あたしは変な体験を一度だけした事があったんだった。

 あれは一年生の頃だ。中間テストの最終日で、夜更かしが続いていたあたしは、眠さでかなり参っていて、朦朧としながら学校のトイレへ入ったのだ。

 全てのテストが終わった後だったから、気が抜けて、一気に眠気がやって来ていたのかもしれない。

 一番奥の個室に入って、用を足そうとすると、ふと頭の上の方で何か気配がした。

 見上げてみると、そこには男の人の顔があった。

 神経質そうな顔、だったと思う。

 しかし、あたしが「キャッ!」と叫ぶと、次の瞬間にはもうその顔は消えてなくなっていた。

 後で声を聞いた友人に、何だったのか尋ねられたので、そのままを言ったけど、「家に帰って、ゆっくりと眠りなさい」とだけしか言われなかった。

 あたしはそれ以上何も主張しなかった。というか、あたし自身、単に寝惚けてて幻覚を見たのだろうと考えていたから、その通りだと思ったのだ。

 そんな事はそれ一回きりだったし、大した事でもないとも思っていたので、もうとっくの昔に忘れていた。きっと、田中さんの話が気になっていたのは、この所為だったのだろう。無意識に覚えていたこの体験を連想していたんだ。

 くだらないな。

 そう、自分の中で理由付けがついてしまうと、あたしはそれまでの自分の思考を馬鹿にした。

 これなら、真面目に数学の授業を受けいていた方がマシだ。

 怪談話から、自分の過去の体験を連想していただけじゃないか。それが無意識に行われていて、分からなかったから気になって、考え事をしてしまっていただけ。幾ら思考をしたって、そこには何も有益な結論なんて有りはしない。

 ………、

 ……“分からなかったから”か。

 …。

 否、

 考えたって無駄だ。

 結局、怪談なんて楽しむためのものでしかないんだ、田中さんの言う通り。

 少なくとも、今のあたしたちにとってはそうだろう。あたしの悩みを解決できるヒントなんて隠されているはずがない。

 そうに決まってる!

 

 ………

 

 のに、

 あたしは何故か、授業が全て終ると、昔“顔”を見たトイレに来てしまっていた。

 もちろん、一年生の頃に使っていたトイレだから、今も一年生の教室の近くにある。人がまだいる時間帯に行くと、二年生のあたしがそのトイレにいるのは、不自然に思われそうだったので、あたしは人目を避ける為、少し待ってやや遅い時間にそのトイレに入った。

 久しぶりに入るそのトイレは、懐かしくも違和感がある。今はもう別のトイレに慣れてしまっているので、感覚が混乱しているのかもしれない。同じ学校のトイレなのだから、今使っているトイレと造り自体はとてもよく似ている訳で、なのにそれでいて、明かにこのトイレは別のトイレなのだ。

 更に、それに加えて、昔は確かに自分たちがこのトイレを使っていたという記憶…。今は、もう別の人達がこの場所を使っているのだという現実が、あたしの事をこの場の異物にする。

 かつては、慣れ親しんだ場所なのに。

 それが、何か裏切られたような、奇妙な感情をも産み出しているのかもしれない。

 ………。

 (……これも、“分からない”や“規範の外”の一種なのだろうか?)

 一番奥の個室を開けて、中を確認した。

 当然の事ながら、何にもない。

 “顔”なんてある訳がない。

 結局、やはり、この行動も無為に終り、あたしは、今度も自分の行動を馬鹿にしながら、自分の教室へと戻った。

 ――何をやっているのだろう?あたしは

 しかし、その途中、あたしは歩きながら、その自分の思いを疑ってみた。

 ――否、しかし、どうなのだろう? あたしのこの行動は、本当に馬鹿な行動なのだろうか?

 もしかしたら、あたしが、こんなにも“怪談”について考えようとしてしまうのには、それなりの理由があるのかもしれない。

 先の数学の授業中、自分が無意識に連想していた事に気付かず、その所為でそれが気になってしまい、思考を巡らせていた事を思い出したのだ。

 もしかしたら、あたしは既に、無意識の内では気付いているのかもしれない。あたしが、あたしの問題を解決する為の方法に。そして、それは“怪談”の中に隠されているのかもしれない。

 だから、どうしても気になって、あたしは“怪談”を求めてしまうのだ。

 考え難い事ではあるけども、有り得ない事でもないような気がする。

 あたしは、教室に戻って席に着くと、それから自分がどんな事を“怪談”とあたしの問題について関連させて考えていたのかを思い出してみる事にした。

 教室にはもう誰もいなかった。

 どんな事までを考えたのだっけ?

 放課後の、時間が経って誰もいなくなった教室に、あたし一人だけがただ席に座って考え事をしている。

 それは、ただそれだけで奇妙な空間であるように思えた。

 日常的な風景ではない。

 そうだ。

 あたしの思考は巡る。

 “規範の外”の存在、例えばお化けだとか、そういった謎の存在と触れ合い、仲良くなるという物語が世界中にあって、そして、その物語が生まれる心理、或いはその物語を楽しめる心理が、もしかしたら、あたしの今抱えている問題を解決する為に使えるかもしれない、という事までを考え付いていたんだ。

 それは“規範の外”を求める心理だから、“規範の外”を拒絶する心理を変えられるかもしれないと考えた。

 しかし、あたしの思考はそこで止まったのだった。

 多分、それは情報が足りなかったからなのだろうと思う。

 否、経験が足りなかった?

 実際に、あたしがその心理を体験した事がなかったから、それがどんなモノであるのか、全然想像力を働かせる事ができなかったのだ。

 それで、あたしは怪談の現場に行ってみたのだろうか?

 少しでもその心理を体験する為に。

 でも、そんな事をしても無意味なのは当たり前だ。それでそんな感覚を体験できる訳はないのだから。

 それに、今日聞いた怪談は、どれもあたしの求めるそれとは程遠い感覚だ。怖さを味わっても意味がない。

 ……しかし、

 それでは一体、どうすればあたしはその心理を体験する事ができるのだろうか?

 そんな事、現実の世界では無理なように思う。

 現実の世界……か。

 そういえば、人は恋人を選ぶ時、自分とは違うタイプを求める場合がある、という話を聞いた事があるな。

 これも、もしかしたら、自分とは異なった存在を求める心理が、人にある事の一例なのかもしれない。そうじゃなくても、違うタイプの友人を求めるといった場合もあるように思うし。

 “規範の外”を求める。

 人間関係の中にだって、はっきりとそれはあるんだ。

 その心理が怪談と結び付いているのかどうか、或いは結び付いていたとしても、どういった関係があるのかは分からないけど。

 ………、

 ああっ、だから! 幾らこんな事を考えたって、その心理を体験する方法が分からないと意味がないのじゃないか!

 それを考えないといけないんだ!

 あたしはそれから机に向かって、思いきり突っ伏した。

 でも、そんなの分からないよなー

 ………

 ……

 …、

 。

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