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バラバラ−3

 ………。

 その日の昼休み。

 あたしは、生物実験室の流しの前まで来ていた。

 そう、

 実際に怪談の現場まで来てみたのだ。

 もしかしたら、色素異常を持つ祭主くんの事を拒絶してしまっている、そのあたしの“弱さ”を打破できる感覚を探すヒントを、正体不明の要素を強くもつ“怪談”に直に触れることによって、あたしの中に見付ける事ができるかもしれない。

 そう考えて。

 もちろん、大して期待なんかはしていなかったけど。

 そんな事で、どうにかなる可能性は薄い。

 でも。

 混乱して、昏迷してしまっているあたしは取り敢えず、何でもいいからやってみようと思ったのだ。

 薄暗い廊下には誰もいなかった。

 廊下の床は、木製で、黒光りをし、鋭角に差し込んでくる光を返している。

 しん、としている。

 “ここに、足が出るのか”

 コツリ、コツリ。

 あたしはその場所を歩いて、何度か往復してみた。

 恐怖感はあまり沸いてこない。

 流しは、当たり前だけどビチョビチョに湿っていて、光があまり入り込んでこない場所だけに、とても不潔そうに見えた。

 確かに、厭な場所ではあるかもしれない。

 あたしはそれを観てそう思う。

 何度か往復してから、何で自分はこんな馬鹿馬鹿しい事を真剣になってやっているのだろう?とあたしは自分の行動を疑問に思い始めた。

 こんな事で何かが分かるはずはない。

 その疑問を感じたのは、なにも、単に冷静になって、自分の行動がかなり変であることに気付いたばかりが原因ではない。

 そもそも、あたしは色々な事を混同してしまってはいないか?

 自分のその行動の原因となった考え自体を疑問に思い始めたのだ。

 あたしは、その場所をしばらく歩き続けながら、自分の考えを整理しようと努めた。

 まず、あたしは物事の認識に、規範を作り上げてしまっている。そして、その規範から外れた存在を拒否しようとしている。

 そして、その“規範の外”には“分からない”が大きく関係している。

 否、“規範の外”だから、“分からない”のだろうか?

 そこまで考えて気付く。

 そうか、あたしは、ここの部分を勘違いしていたのだ。

 単に“分からない”と言っても、様々な種類があるのだ。あたしの感じている“規範の外”の“分からない”は、こんな怪談のそれとは違う。

 この怪談の面白さは、正体不明の“分からない”から来ている。

 つまり、正体不明の恐怖を楽しむ心理だ。

 しかし、あたしの感じている“分からない”は認識の不調和の“分からない”なのだ。

 色素異常を持つ、祭主くんに“規範の外”を感じてしまって、拒絶している。

 そもそも、感じている感覚が全く違う。

 しかし、そういえば、言葉にはできていなかったけど、この事にあたしは既に気付いていたように思う。

 だから、授業中下井先生の話を聴いて、一時は落胆をしたんだ。

 でも、

 根本的な部分では同じ、

 下井先生がそう言ったものだから、他に縋るモノのなかったあたしは、その事について考え始めてしまったのだ。

 しかし、こうして改めて考えてみると、この二つはやっぱり全然違うように思う。

 正体不明に挑む心理と、異なった影響を享受する心理とじゃ、全然違う。

 否、それでも、“分からない”に不安を感じるといった部分だけを考えるのなら、もしかしたら同じであるのかもしれないけど、しかし、やはり、だとしても、正体不明に挑む心理で認識の不調和の問題を解決できるようには思えない。

 あたしはそう結論付けると、立ち止まって、はぁっと息を吐き出した。

 と、その時。

 ガララッ!

 生物実験室のドアが開いた。

 「あら? 山中さん」

 そして、そんな声が聞えて来た。

 あたしがびっくりして目をやると、そこには田中という女子生徒が、目を丸く開いて立っていた。

 「どうしたの? こんな所で」

 この田中という女子生徒は、背が低くておでこが広くて目が大きい、つまり、外見がとても子供っぽく見えるのだが、その外見の子供っぽさと合わせて、人当たりが良くて、元気が良いものだから、本当に子供みたいな雰囲気で、みんなからとても人気がある。

 まさか誰か人がいるとは思っていなかった。そういえば、この田中さんは生物部に所属していたのだった。あたしは、変な所を見られてしまったと、妙な焦燥感を感じた。

 「いえ、ちょっと…」

 口ごもる。

 田中さんは、不思議そうな顔をして、あたしの事を見つめていた。

 そして、ちょっとの間の後、

 「あ、そうか」

 何を思い付いたのか、合点がいったという顔をして、田中さんはこんな事を言って来た。

 「今日の下井先生の授業で、ここの怪談の事言ってたもんねー」

 にっこりと笑っている。

 「意外、意外。まさか、山中さんが、こういうの好きだったなんて」

 全て間違っている訳ではないが、田中さんはどうやらあたしがここにいる理由を勘違いしてしまったようだ。

 あたしはその勘違いを解こうと思ったのだが、一体どうやったら上手く本当の理由を説明できるのか見当もつかず、結局黙ったままになってしまい、その田中さんの考えを肯定してしまった。

 「それならね、面白い所があるのよ。ねぇ、時間あるでしょう? 連れて行ってあげる!」

 そして、それから田中さんは、一体何を思い付いたのか、嬉しそうな表情を見せるとそう言って、あたしの手を握りながら引っ張って先導し、スタスタと歩き始めてしまったのだ。

 あたしは、戸惑いながらも仕方なしについていく。

 こういう動作を自然にできる所が、当に彼女のキャラクターだと思う。

 (ただ、警戒感なしに簡単に相手の手を握ってしまえるのは、やっぱり子供っぽいとも思うけど)

 田中さんは、あたしの手を引きながら、徐々に人通りの多い場所へと向かって行った。

 しばらく行き、一体何処へ連れて行くつもりなのかとあたしがやや不安に思い始めていると、彼女は図書室の前まで来て立ち止まった。

 ちょうど、緑色の掲示板がかかっている所だった。

 「ここ!」

 そして、立ち止まると田中さんは元気よく、掲示板のある一点を指差した。

 「なに?」

 田中さんが指差すそこには、小さくも大きくもないサイズで“手”という文字の落書きがしてあって、そしてそれがラフな円で囲まれていた。きっと、何かの印なのだろうとは思うけど、それに一体どんな意味があるのかまでは、あたしにはまったく予想がつかなかった。

 あたしが不思議そうな顔をしていると、田中さんは口を開いて説明を始めた。

 「これにもね、実は怪談が絡んでるのよ」

 「怪談が?」

 「うん」

 ……。

 田中さんの話によると、昔、ここで田中さんの生物部の先輩が、お化けに遭遇したのだという。

 この図書室には、以前返却ボックスというものがあった。時間外でも、そこの中に本を入れておけば返却ができるというものだ(今は、悪戯が酷いという理由で、なくなってしまっているけど)。

 その先輩は、何かの事情があって、日中本を返却できず、放課後のかなり遅い時間帯にその返却ボックスに本を返そうと、この廊下を歩いていたらしい。

 誰もいない廊下はとても暗く、1メートル先すらもよく見えなかったそうだ。

 認知できない部分、闇に紛れて、何かがいるような気がする。

 そしてその先輩は、闇の中を歩くうち、ふと、目の前に、白くて細い何かが伸びているように思ってしまった。

 でも、その先輩はその思いを、気の所為だと打ち消した。こんな所に、そんなモノがあるはずがない。闇の所為で、目がちょっとおかしくなっているだけだ。

 ………、

 ……つまり、これは“規範の外”の存在を否定したのだと思う。

 しかし、それは、だからこそ、もし本当にその“規範の外”が存在していたなら、とてつもなく怖い、という事になるわけだけど。

 “分からない”がいる。

 ……、

 その先輩は、そのまま歩き続け、この掲示板の前まで来た。そして、その時だ。何かにガシッと腕を掴まれた。

 『そんな!』

 ブワッっと、全身から冷や汗が出るのを感じ、咄嗟にその先輩が心の中で発したのは、そういった類の言葉だったという。

 そんな馬鹿な!という気持ち。

 慌てて、一体何が自分を掴んでいるのかを確認すると、なんと掲示板から生えている一本の手が、自分の事を捕えているのが闇に紛れて薄ぼんやりと見えた。

 その先輩はとんでもない恐怖にかられ、それから、無我夢中で力いっぱいに暴れて、何とか必死にその手を振り解くと、そのまま学校の外へと走って逃げてしまった。

 結局、もう戻る気にはなれず、本はその日は返せなかったという。

 翌日見ると、もちろん、掲示板には手など生えていなかった。

 ただ、その先輩はその時、掲示板のちょうど“手”が生えていたあたりに、この手の落書きがあるのを発見したのだという。

 この落書きが、いつからあるのかは誰に訊いても分からなかったそうだ。

 結局正体が分からなかった為、その先輩は、もしかしたら、以前にも自分と同じような体験をした人がいて、その人が警告のような意味合いで印として書いたモノなのかもしれない、とその落書きについてそう考えた。が、それから別の可能性も考えてしまったらしい。

 実は、この落書きは呪いかなんかの類で、そもそも“手”が現われた事の原因なのかもしれない、という可能性を。

 そう考えた瞬間、その先輩には、この手の落書きがとても恐ろしいモノに思えてしまった。

 ……どちらにしろ、触れない方が無難だと考えたその先輩は、この落書きを見つけはしたけど、そのまま放置し、今に至るのだという。

 ……。

 全てを話し終えると、田中さんは言った。

 「ねぇ 面白いと思わない?」

 何がだろう?

 「この話に出てくるのは、“手”なのよ? そして、下井先生の話には、“足”が出てきた! どちらも、体の部分の話!繋がりがあるように思えるじゃない!」

 ああ、なるほど。

 そう、関連させて考えてはいなかった。

 「まだ、わたし達の知らない他のバラバラになった体の話が、探せば学校内にあるかもしれないわよ」

 田中さんは、なんだかとても楽しそうだった。

 でも、あたしは、それはどうだろうかと思った。

 もしかしたら、“手”か“足”か、どちらかの話がまずはじめにあって、片方があるのならもう片方も、みたいな感じで後から話が作られたのかもしれない。

 関連性があるにしたって、その程度のものだと思う。

 この“手”の落書きだって、話の信憑性を上げる為に、またはこの落書き自体を怖がらせる為に、後から誰かが書いたものかもしれないし。

 しかし、そう言うと、田中さんに怒られてしまった。

 「夢がないなー」

 怪談の話をしていて、夢もなにもないような気がするけど。

 「良いのよ、事実がどうだって。こんな怪談なんて、結局楽しむ為にあるようなもんなんだから」

 それから田中さんは、続けてそう主張した。

 まぁ、そうかもしれない。

 ………、

 楽しむ為か…。

 そして、少しの間ができ、そのタイミングだった。昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

 「あ、終っちゃった」

 田中さんはそれを聞くとそう独り言を言い、それから「いそがないと、授業始まっちゃうよ」と言って、あたし一人を残して駆け出して行ってしまった。

 別にそんなに慌てる必要もないと思う。終了のチャイムは、授業開始の5分前に鳴るから、時間はまだ少しあるのだ。

 一人残ったあたしは、なんとなく、掲示板の“手”と書かれたその落書きを見つめてみた。

 そして、その落書きの、ちょっと上に、画鋲が刺さっているのを見つけた。簡単に取れそうだったので、指を引っ掻けてみると、本当に簡単に取れた。

 一瞬、どうしようかと迷ったが、掲示板の上の隅に、画鋲が纏められて刺さっているのを見つけたので、その場所にその画鋲も刺しておいた。

 「何にもないわよねー。当たり前だけど」

 そして、そう、あたしは独り言を呟くと、それから教室へと向かった。

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