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霊安室の囁き-1

 中学から高校にかけて、周りの友人たちから、さんざん『子供っぽい』と言われ続けて育って来た。

 全然、成長しないねぇって。

 私はそれを気にしないでいた。

 それは、私の中の基準では、どうでも良い部類に入る事だったからだ。

 ただ、どうでも良いとは思っていても、そう言われ続けていると、擦り込まれいってしまうらしく、私は自分の事を『子供っぽい』と認識していた。

 私は『子供っぽい』のか。

 その所為かどうかは分からない。けど、私は恋愛関係にはほとんど無縁で生きて来た。だから、その同列上に恐らくあるだろう、結婚、という事についても、ほとんど無関心だった。

 自分が結婚すると想定する事がどうしても、リアルに感じられなかったのだ。

 でも、最近になって、私は初めてその言葉を意識した。ただ、それでも別に、それは良い相手が見付かったとか、そんな理由ではない。

 私は高校を卒業してから、看護系の学校へと進んだ。その中で知り合った友人との会話の中で、将来の事がたまたま話題に昇ったのだけど、その時に、

 「田中さんは何歳くらいに結婚したい?」

 と、そう話を振られてしまったのだ。

 私はそれを聞いて困ってしまった。

 「え?」

 そう返す。

 すると、その友人は目を丸くしてこう言って来た。

 「え?って、まさか、何も考えてない訳?」

 私はコクリと頷く。

 その友人はますます驚いてこう問い掛けて来た。

 「田中さん。将来どうするつもりでいるの? 卒業して取り敢えずは、看護師になるとして、そのまま一生働くつもり?」

 そう問い詰められても、具体的な事を何も考えていなかった私は、やっぱり何も答えられなかった。

 「私、そういう事全然考えてなくって……」

 その友人は、それを聞くと呆れたといった表情を見せた。

 「子供っぽいのは外見だけじゃなかったのねぇ」

 溜め息をつかれてしまった。

 「将来のプランが全くないなんて…、」

 私はそれで気を悪くする。確かに、多少の問題がある事は認めるけど、そんなに大袈裟に驚くような事なのだろうか?

 私がそう言ってみると、その友人はこう述べて来た。

 「どうせ、これからだって、看護師の待遇はよくなる訳ないんだから、絶対に結婚を考えた方が得なワケよ。一生、今の医療制度に身を捧げるのなんか、どう考えても損な生き方だと私は思うわ。早い内に決めておいて、実行に移さなくちゃ、絶対に後悔するわよ」

 絶対に……、 後悔するかなぁ?

 「私はね、ある程度働いて、社会に貢献したら、絶対に結婚してやるワケよ。できれば、お金持ちの医者を見付けてね」

 この友人と話していると、“絶対”という言葉がよく出て来る。“絶対”に、〜なワケよ。って感じで。

 ……この娘は、そんな目的で看護系に進んだのだろうか?

 そんな事を私が思っていると、私のそんな視線に気付いたらしく、友人はこんな弁明をして来た。

 「もちろん、何も、それが目的で看護系に進んだ訳じゃないけどね」

 しかし、私が尚も懐疑の視線を向け続けていると、何とか誤魔化す為か友人は、私に矛先を向けて来た。

 「田中さんはどうなの? どんな動機で、看護の道に進んだ訳?」

 「そりゃあ……、」

 私は少し迷った。と言っても、動機が全くなかった訳じゃない。毎日の生活の中で、いつの間にかそれを忘れてしまっていただけだ。つまりは、その程度の理由って事なのかもしれないけど……。

 「自分が何処かに就職するのだとして、それを想像してみたのね。そうしたら、どうしても、会社で利益を出す為にあくせく働いている自分ってのが想像できなくて……、それで、取り敢えずは、看護師かなぁって思って…」

 自信なく言った。

 「ふーん」

 それを聞くと、その友人はそんな声を出す。

 「つまり、消去法だったって訳だ」

 そう言われれば、否定はできない。

 「そう……、かな?」

 もちろん、それだけじゃない。怪我人や病人が出た時に、その対処の方法を知っているのって、何か凄い事のような気がするじゃないか。

 ……そういえば、私の高校時代の友人達は、一同、私が看護系に進んだ理由を、怪談が聞きたかったからだ、なんて言っていた。

 失礼な話だけど、そう言われても仕方ないような事を私は色々やっていたんだ。私は怪談が大好きだから。実際、そういった関係の噂には、今でも聞き耳を立てているのだし……、

 「後もう少しで、見学が始まるわね、病院の」

 私がボーッと考え込んでいると、目の前の友人は不意にそんな事を言って来た。

 何故、そんな発言をしたのかと思っていると、

 「まー、そこでじっくり見学してさ、自分に合わないと思ったら、進路変更しちゃえば良いんだわ、さっさと」

 と、続けてそう言った。

 それを聞いて私は思う。

 随分と簡単に言ってくれる。私の家族には、それほどの余裕はない。そんな我侭を通せるはずないじゃないか。

 「お互い、そんなに大した理由で志望した訳でもなさそうだし、さ」

 ……………。

 確かに、大した理由ではないけど……。

 

 見学は、近くの大きな総合病院で行われた。総合病院の特色を活かし、色々な場所を巡ってそれぞれの場所を観察する訳だ。採血の現場とか、血液分析の機械とか、入院用の施設とか。

 もちろん、患者さん付きで観察する。だから、途中からまるで、動物園にいる動物として人間を見ているような、そんな奇妙な錯覚を私は覚えてしまった。

 その途中、実際に働いている看護師さんに気楽に話を聞ける機会もあって、私は当然、怪談話を聞いた。実際の現場と実体験とが結び付いていた所為か、中々に面白かった。ありがちな怪談でも、それを聞く場所によってはとても面白いものだ。

 全ての見学が終った後で、それだけじゃ何も分からないだろう、という事なのか、簡単な講習のようなモノが行われた。そして、この講習で、私は少なからずショックを受ける事になる。何の部屋なのかは分からないが、教室程度の大きさの部屋に私達は通され、恐らく婦長なのだろう、落ち着いた感じのある女の人が前に立った。

 どんな事を言うのかと思ったら、まずは紙が配られ、何故看護師になりたいのか、その志望動機と見学の感想とを書くようにと告げただけだった。

 配られて来た紙に、私はもちろん、先日の、例の志望動機をそのまま書いた。無理して捏造する事もないだろうと判断したのだ。お金を稼ぐ為にあくせく働く事が性に合わないと思ったから。と、後は医療看護技術を身に付ける事に憧れを抱いたから。見学の感想は、想像するのと実際に見るのとでは全然違う、だとか、そういった当たり障りのなさそうな事を適当に書いていおいた。実際は、どうも何か質問したい事だとか、気にかかった事だとかを書いてもらいたいみたいだったけど、それは無視した。だって、無理して質問を考えるのだったら、本末転倒のような気がしたから。

 紙が集められ、しばらくの時が流れる。裏で何やら作業をしているようで、それがどうやら終ったのか、再びさっきの女の人が前に出て来た。

 そして、それから、もちろん匿名でだけど、何名かの志望動機と見学の感想を読み上げ始めた。どうやら、書いてある内容について、その女の人が何かコメントする、とそういった趣旨のものであるらしい。

 何枚かが読み上げられる。代表的な志望動機や見学の感想だろうか。それに対してのコメントがなされていく。そして、何番目かだった。恐らく、私の志望動機だろうそれが、発表をされてしまったのは。

 「お金を稼ぐ為に、あくせく働く事が性に合わないと思ったから」

 実に、私が書いた文章そのままだ。

 それを読み上げると、微笑みをたたえたまま、その女の人は首を傾げた。

 何を思っているのだろう?

 私は、その仕草を不安に思うと共に当惑した。それまでの志望動機については、とても寛容だったから、それだけに。

 「……立派な志望動機ですが、その認識は少し間違っているように思います」

 首を傾げた後で、その女の人はそんな事を言う。

 それを聞いて私は思った。

 間違っている? 志望動機に認識が間違っているだとかいないだとか、そんな事があるのだろうか?

 わずかばかりの反感を私は覚える。

 ――しかし、

 「看護医療行為というものは、お金をもらえるからこそ、実現できるのです」

 その後の発言で、私はその、認識が間違っている、という言葉の意味を理解できてしまった。

 「もちろん、お金の為だけに、という訳ではありませんが、それは重要なファクターです。見過ごす訳にはいきません」

 つまり、私の言葉は、単なる綺麗事、とでも言うつもりなのだろうか?

 私の中に、別の反感が育つのを覚える。だけど、それもどうやら、違っていたらしい。続けて、その女の人はこう言ってきたのだ。

 「まず第一に、当たり前ですが、お金を貰わなければ私達は生活をする事ができません。生活をする為にお金を貰う。それは、仕事なのだから当然です。それと、第二に、信頼関係。お金を払うからこそ、病院や医者を信頼できる。そういった面ももちろん、あるのです」

 しかし、次に出た、その説明を聞いても私は反発をしていた。私の中に生じた反骨の根は、それでは治まらなかったのだ。

 違う!私が言っているのはそんな事じゃないんだ。看護する人間が生活をする為にお金をもらう。それは機能上仕方のない事だというのは分かっているし、患者の側から考えて、そういった心理がある事も分かってる。でも、お金を稼ぐ為に仕事をするのと、仕事をする為にお金を稼ぐのとは全然別であるはずだ。

 だけども、その人の説明はまだ続いた。

 「……ちょっと前に、看護師の過労が問題になりました。超過勤務によって、過労死をしてしまった看護師さんがいたのです。給料に比べて労働条件が非常に悪い。もちろん、全部の病院でそうなっている訳ではありませんし、今は改善も進んでいます。ですが、未だに日本の医療体制がそのような問題を解決し切れていないという事は、否めない事実でしょう。これは私達の労働条件の問題だけではありません。私達が超過勤務によって疲労をすれば、その看護を受ける患者さんにとっても危険な事なのです。命に関わる職場です。私達が疲労によってミスをすれば、場合によっては、患者さんが死ぬ怖れだってあるのですよ?」

 その説明で、私の思考は一時停止をした。

 私の方も、私の方で、何か思い違いをしていたのかもしれない。

 そう感じたからだ。

 「私達は、しっかりとした健康状態を保って仕事ができる状態を作らなければいけない。これは、医療体制にとってとても重要な事なのです。だから、その為には、お金を稼ぐ、という視点を外してはならないのです。何故なら、お金を稼ぐ為には、患者さんを獲得しなければならない。患者さんを獲得する為には、信頼を得なければならない。信頼される為には、看護師の労働条件を良くする必要がある。と、こうなってくるからです。また、お金を稼げれば、必然的に人をいっぱい雇える事になり、私達の労働条件が改善する、という考え方もありますね」

 要するに、お金を稼ぐ為に働いている訳じゃないから、と悪い労働条件で働く事を享受していたら、大きな視点から観れば、それは悪い結果を招いてしまうのか……。

 「医療という現場での、人間の扱い方は、特にそうなのです。もっとも、看護師と言っても、必ずしも病院に勤務する訳じゃありません。今は福祉方面などへの就職の道もあります。ですが、それでも、この基本は通じる部分があるでしょう」

 私はその頃にはすっかり感心をしてしまっていて、私の考え方は間違っていたのか、と思いながら、自分の事を省みていた。

 ……そしてそれからその女の人の話は、「ただ、金を稼ぐ事だけを重要視してはいけない」と、延命治療の問題に飛び、――人間として、ではなく、ただ単に生かしておくだけの治療に莫大な費用をかけ、金を稼いでいる現実――。それから、医療財政の話題になり――このまま医療財政が圧迫をされ続ければ深刻な問題までに発展をする――。遂には、医療制度の問題にまで話が及んで、いつの間にか、元の私の志望動機の内容についてのコメントではなくなってしまっていた。

 (もちろん、それはそれで、興味深い内容ではあったのだけど)

 ――この私の、浅はかな志望動機。

 と現実。

 私は、それを思い知らされた。

 あの友人は、その日の全ての工程を終えると私に向かってこう言って来た。

 「ね? 色々問題山積みみたいじゃない。看護師なんて大変なんだ。自分が犠牲になる事ないって。やっぱり、絶対に、ある程度働いたら、結婚して辞めちゃった方が得なワケよ」

 絶対に……、か。

 でも、そう言われて私は考える。

 “得”なら、それで良いのかな?私の人生。というか、“得”ってそもそもなんなんだ?何をもって、“得”と呼べば良いのだろう?

 ……絶対に。

 『“当たり前”なんてない。そんなものは幻想なのよ。この世の中は全て不確定なんだ』

 そういえば、昔。高校の頃、そんな言葉を私に向かって言った友人がいた。彼女。名前は確か、山中理恵さんといった。

 私はその時は、その言葉を理解できないで、不思議に思っていただけだったのだけど、今はなんとなく、分かるような気がする。

 「“当たり前”なんてない」

 口の中で、そう呟いてみた。

 「え?」

 すると、それを聞いた友人の一人が疑問符を伴なった声を上げて、私を見た。

 私は「ううん、なんでもないの」と、それに返す。

 山中理恵さんは、高校を卒業すると、臨床心理士になる道、つまり、カウンセリング方面に進んだはずだった。その為の大学に通っている。ただ、カウンセラーといっても、通常の私達が想像するようなものではなくて、“幼児虐待問題”専門。彼女には、生きる目標がはっきりとあって、それで迷わずその道に進んだようだった。

 絶対、とは、全く反対の主張をしていた彼女。私は、なんだかとっても、彼女と話をしてみたくなってしまった。

 幼児虐待問題の現場は、とても厳しいものであるらしい。児童相談所などは人手不足な上に、法的整備もまだまだ整っていない、だから、実際の問題に対処しきれないで苦労している。過酷なのだ。何故に、彼女はそんな大変な仕事を選ぶ気になったのか、どんな生き甲斐を見出そうとしているのか。私はそれに興味をそそられた。それに、高校の頃は、少ししか語ってはくれなかったのだけど、自分には別の目標もあるのだと、彼女はそんな告白もしていた。

 ……確か、電話番号のメモが何処かにあったはずだ。それが見付からなければ、卒業アルバムを引っ張り出せば良い。

 私は随分と久しぶりに、彼女と連絡を取ってみる事にした。

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