踊る人影-3
『ずっと前にね』
私はポツリと言った。
『“成長”がどんな事であるのかを凛子と話し合った事があったんだ』
祭主君は再び目を開け、私の話を静かに聞いていた。
『自然の法則みたいに、“成長”っていうものが外の世界にあって、それでそれを考え続ければ、“成長”っていうものが何であるのかを導き出せると私達は思っていた』
でも、
『でも、それは違っていたのね。“成長”が何かってのは、自然が決定している事じゃなくて、私達が決定している事だったんだ。だから、成長の定義をこう定めるべき、っていうのはあるけど、成長とはこういうものですって感じで、自然の法則みたいに提示する事はできない。社会が、個人が形成する人の社会が、それを定めないのであれば、それは曖昧で不確定なモノだったのね』
そして、その不確定さが役に立つ事もあるのか。
………、
『“主体である力”が充分に強くないその世界では、完全には決定しきれない事もあるんだ。“成長”の定義が不確定なのも、その為かもしれないね』
祭主君は淡々とそう言った。
うん。
祭主君は続けて語った。
『例えば、夢』
夢。
『目を閉じて、外界からの影響を遮断して、自分の中だけで展開されるその世界では、自由に物事を決定できる。外界からの影響を遮断する事によって、自分の中での影響の与え合いが強くなって、自分の世界の“主体である力”が強くなるからだ。もちろん、“自分の世界”は自分だけで成り立っている訳じゃないから、何でも自由にコントロールする事はできないけどね。でも、その世界では、空を飛んだり、その他の自然の法則から逸脱した行為でも、だから行えるんだよ』
外界からの、影響の遮断。
………、
結界を張る?
『だから、夢の中では、自分の無意識の声も強く聞こえるようになるのね』
自分の中での、影響の与え合いが強くなるから。
そう。
………、
『………、』
ねぇ、
『ねぇ、』
私はそっと口を開いた。
『あと一つだけ、教えて』
祭主君は穏やかで涼しげな顔で言った。
『何?』
『この世界は、私が決定をしている私の世界。なら、私の中の影響で形作られているはず。でも、私の意識下では、私はあなたの存在を見付けられないわ。という事は、“あなた”は、私の中の無意識的な存在という事になる。今私は、自分の無意識と対話している?』
無意識でしか分かっていない事を、それによって言葉にしている。
“祭主君”はそれを聞くとにっこりと笑った。
『それは“分からない”よ』
そして、それからそう答えた。
“分からない”
君だって、そんな事は知っているじゃないか。
私だって、そんな事は知っている。
知っている。
全てが不確定な、この世界において。
* * * *
晩。
帰ってから、私は、凛子に電話をかけた。ちょっと遅くなってしまったけど、どうしても話しがしたかったんだ。凛子は嫌そうな様子を見せなかった。
彼女とは、三年になってから別のクラスになってしまい、こうして電話をかける時くらいしか、長く話してはいられない。
「下井先生。もしかしたら、クビになっちゃうかもしれない」
少しの他愛もない会話の後で、私はそう言ってみた。凛子の言葉は、それで少しの間止まる。
「それ、本当の事?」
「ううん。分からない。でも、なんとなくそう思ったの。下井先生の授業を受けてて……」
間ができた。
あんなに良い先生が。
多分、私達二人ともは、その間でそう思っていた。
「ねぇ、凛子、もしそうなら、私はそれを間違った事だと思ってる」
ポツリと、その間の後で私はそう言う。凛子は何も返さない。きっと、私のその口調から、私が何かを決めている事を感じ取っているのだろうと思う。
――なら、どうするべきか?
「――それは、間違った事。なら、そんな間違った事を行ってしまう現状は、変えなくちゃいけないと思う。そして、さんざん話し合って来た事だけど、それをするのは私達“個人”。でも、どうやってそれを行えば良いのだろう?」
単なる自分勝手、じゃなくて、それを行う。単なるエゴにされないように、社会の中でそれを叫ぶ為にはどうすれば?
「もちろん、テロだとかを行う訳にはいかないわね」
凛子は少しふざけてそう言って来る。今回の主役はあなた、そんな感じで。
「うん。社会に反発をすれば、社会から排除をされてしまう。社会と、別の主体になってしまったなら、この私の影響は伝えられないわ。それは間違った方法。だから、この私の存在が、幾ら否定をされても、その怒りで見失い、社会を全否定してはいけない……」
個を護る事が、単なるエゴにならないように。
「私ね、学習をするわ」
「学習?」
「うん、学習。でも、テスト勉強じゃなくて、下井先生が言っていたような、自分を“成長”させる為の学習。それで、社会と共鳴をする為の方法を模索するの。私の影響を、それで社会に伝える」
それしか、方法はない。
「そうね」
凛子もそれに共感を示してくれた。
「きっと、多くの人に理解をされない、とても辛い道になってしまうかもしれないけれど、それしか方法はないわね」
楽な道じゃない。
恵まれた世界じゃない。
「多くの人は、自分の中の規範にその存在がいなければ、その存在を否定する。自分の規範が、そんなにしっかりとしたものじゃない事を知らないから。だから、規範の外にいる私は、否定をされる事になる」
私の敵は大きくて巨大で、そして愚かなのだ。
“当たり前”はない。それを何処まで理解させる事ができるのか?
分かるかな?君達!
あなた達は、自分の中で感じた感覚を疑う事ができるかしら? 不安でも、怖くても、それを不確定なものとして、受け入れる事ができる?
「後、もう少しで卒業ね、私達」
凛子が不意にそんな事を言って来た。
(次の日)
クシャンッ!
私はクシャミをした。
学校での事。
田中さんが話しかけて来る。
「どうしたの?風邪?」
私は笑いながら答えた。
「うん。ちょっと無理しちゃって、風邪引いちゃったみたい」
「気をつけなよー、受験近いんだから」
田中さんはやや呆れた口調でそう言った。
そしてそれから、少しだけ田中さんは黙って私の事を見つめる。
「………」
何かを言いたいような感じだった。
「ねぇ、」
それから、話しかけて来た。
「これから、高校を卒業してさ、私達はそれぞれバラバラに色々な道を進むのよね」
「うん」
「そういうのって、何か不思議な感じがしない?」
不思議?
「それがどういう事なのか、うまく想像できないの。今までの私達の当たり前が、崩れていってしまうような感じがして」
当たり前が崩れる。
…。
「そうね。不思議な感じがする」
私はそう答えた。
なんとなく、分かった。田中さんは、不安を感じているのだ。これから先の、将来の事について。
でも、
「でも、それで良いんじゃないのかな?この世の中なんて、結局、ほとんど分からない事だらけなんだから」
私はそう言ってみた。
“分からない”
その私の言葉を聞くと、田中さんは、キョトンした顔をして私の事を見つめた。
私は少し微笑む。
「“当たり前”なんてものが存在すると思っている事自体がそもそも間違っているんじゃないかって、そう思うのよね」
そんなモノは幻想。
私が決めている事に過ぎない。
でも、その私の世界は壊れるんだ。その私の決めている私の世界は、壊れるべきだから、壊れる。
だから、私の中の“当たり前”だって壊れるんだ。
「だから、不安だって受け入れるべきだと思うの。捉え方によっては、その不安は不安ではなくなるのだし」
変化をする欲求。
田中さんは私の言葉を聞いても、キョトンした顔で私の事を見続けていた。理解できていないみたい。でも、私はそんな事はお構いなしに、なんだか嬉しくてたまらなかった。