踊る人影-2
――。
(設問一)
………。
私は、夜の学校に来ていた。
真夜中だ。
とても寒い、冬の、冷えた空気の真夜中。
星空が綺麗だった。
空気が澄んでいるからだろうか。
学校へ入るための、出入り口は全部閉じられている。しかし、私は当然そんな事は分かっているから、昼間の内に、誰も気付かないだろう美術室の隅の窓の鍵を開けておいた。
今日は、美術室は使われなかったはずだから、管理が甘くなっていると思って。
………、
それでも、ちょっとだけ鍵がかかっていないかどうか心配だった。けど、その窓は呆気なく開いた。
しかし、美術室の窓は、やや高い所にあって、それに私は、ちょっとした荷物を背負っていたものだから、それを乗り越えて学校に忍び込むのは大変だった。
誰かに見付かる訳にはいかない。
荷物を抱えて、深夜の学校に忍び込むなんて、どう言い訳をしたら良いのか分からないから。
だから私は、それで少々あわててその窓をよじ昇った。その所為で、ちょっと汗をかいてしまった。
急いで窓を閉める。
するといきなり、辺りに、音のない空間が降りて来た。
誰にも見付からず、学校に侵入する事ができて、取り敢えずは安心をすることができた事と、外の空間と中の空間を遮断する事によって内部が落ち着き、私の中での力動が停止した所為だ。
そして、夜の学校独特の、あの静寂の不気味さが、私に伝わって来た。
美術室にある、絵画や彫刻などが、誰もいない真夜中の静寂の中では、その存在感を増していた。
取り敢えず、深く深呼吸をして、私は自分自身を落ち着ける。汗が冷えて、私の体から体温を奪った。
そしてそれから、私は考えた。
見回りの、係りの人だとかはいるのだろうか?
私はそれを知らなかった。
なんだか、いるような気もするけど、この三年間で、私はその存在に巡り会った事がない。
こんな状況下になった事がなかったからかもしれない。もし、いるのなら、見回りに見付からないように、気をつけて行かなければいけないな。
用心に越したことはない。
私はそう結論付けると、ゆっくりと行動を開始した。できるだけ音を立てないように、静かに歩を進める。
美術室を出て、廊下を行く。階段を目指し、上の階へ。微かにある明かりは、非常灯くらいのものだった。それでも、私は懐中電燈はつけない。見付かる危険が高くなってしまうからだ。
コツリ、コツリと、自分の足音しか聞こえてこない空間をしばらく進み、遂に私は、渡り廊下の前まで辿り着いた。
しかし、その渡り廊下の扉は固く閉ざされてしまっていた(半ば屋上のような通路なので、扉があるのだ)。手で触れて、引いてみたけど、ガチャッという音がしただけで開きはしなかった。やっぱり、鍵がかけられている。
でも、私は絶望は感じなかった。
この扉の向こうへは、実は簡単に出る事ができるからだ。
私は、渡り廊下に隣接する教室の中に入ると、ベランダへと向かった。私がいるのは内側だから、当然鍵がかかっていても問題にはならない。開けられる。そして、外へ出ると、渡り廊下を見つめた。まだ、“祭主君”は現われてはいないようだった。コンクリートの地面が月明かりに曝されて、濃い灰色を見せている。渡り廊下とベランダを隔てるモノは、胸の辺りくらいまでしかない低い柵だけだ。私は、それを乗り越えると、渡り廊下へと降りた。
着いた。
私は、足が触れた瞬間、心の中でそう言葉を発した。
その感覚は、なんだか山登りをして山頂に辿り着く、あの達成感に、わずかばかりではあるけど、似ていた。
そして、してはいけない事をしているのだという、禁を破る事によって得られるあのワクワクとした嬉しさも、そこには加わっていた。
(ささやかな自由を得たような、開放感)
ちょっと渡り廊下を往復してみる。
でも、私は、直ぐに冷静になってそれを止めた。
気分が昂揚して忘れていたけど、人に見付かってはまずかったのだ。そんな目立つ事をする訳にはいかない。
私はそれで、渡り廊下の隅の、一番目立たない、死角になっているスペースに腰を下ろした。背負っていた荷物も下ろす。バックの中から、私は毛布を取り出した。そして、それからそれにくるまった。
毛布を持って来たのだ。寒いだろうと思って。多分、長い時間ここにいる事になる。防寒具は必要だろう。
腰を下ろすと、星空が私の視界の大部分を占めた。
学校内は、街中に比べれば光が少ない。だから、星がとても鮮やかで綺麗に見える。その光景に私は感動した。オリオン座や、カシオペア座に気付く。他は分からない。けど、北斗七星が何処かにあるはずだと思った。なら、北極星も分かるだろうか?
………、
昔、小学生の頃、理科の宿題で、星座を観るというのがあった。観て、その存在を確認する、というのが。
昴が、6個見えれば、視力は大丈夫。
その時に、そう聞いて、必死にそれを探して、小さな星を数えた。
………。
毛布1枚では、冬の冷気は、完全には遮断できない。寒さが、辛くなり始めた。温まる為に運動がしたかったけど、それはできない。見付かる危険性が高くなってしまうから。
寒い。
ホッと息を吐いて、手を温める。
息は白かった。
“祭主君”は、まだ現われなかった。もちろん、現われるという保証はないから、最後までこのまま、という事も考えられる。でも、何故か私は、全くその心配をしていなかった。
時間はかかるかもしれない。でも、絶対に会う事ができる。
何故か、そう確信していた。
これは、私の世界の事なんだ。私が決定している、私の世界の事。だから、私がそう決定をすれば、それは絶対に現われる。
それは、下井先生のあの授業を受け終った時から、私の中でそう決定をされている。
私は目を瞑った。
足音を聞こう。
まずは、そう、足音を。
踊りを踊るというのなら、足音が聞こえるはずだ。
そう思って。
だから私は足音をイメージした。
多分、こんな感じ、
トタタン、トタタ、トッタタタ
そして私は、イメージしたそれを、徐々に現実にスライドさせていった。
星空。
(その下で)
どんな服を着ているのだろう?“祭主君”は
(どんな姿で踊っているだろう?)
トタタン、トタタ、トッタタタ
何だか“祭主君”は、ファンタジックな、可愛い服を着ているような気がする。
トタタン、トタタ、トッタタタ
彼は私を見付けたら、なんと語りかけてくるだろうか?
……何も語りかけてこないかもしれない。
私が語りかけるまで、彼は無心に踊り続けるかもしれない。
私の存在にすら、気付かないで。
(でも、本当は気付いているんだ)
………。
……私は、月明かりに照らされて、幻想的な踊りを踊る祭主君の事を、見つめていた。
祭主君はとても無表情なのだけど、何故か私には、彼がとても楽しんで、その踊りを踊っているように見えていた。
『久しぶりね』
私は、約束事のようにそう語りかける。踊っている祭主君に向かって。
でも、祭主君は何も返さない。
踊りを踊る。
くるり、くるりん、
トタタン トタタン トタン トタン
幻想的な、月明かりの下での、演舞。
私はそれを、ただ黙って見ていた。
しばらくの間。
そういうのも、なんだか良いな、と思って。
すると、ある所まで来て、祭主君は急にその踊りをやめてしまった。
私を見る。
『何か用があったのじゃないの?』
そして、そう私に話しかけてきた。
私は一瞬だけ目を瞑って、そしてまた開いた。
『もちろん、あるわよ。その為に、ここに来たのだから。ちょっとね、相談事があったの。話を聞いて欲しい事があって』
私に意地悪をしていたのか、それとも、何かを照れていたのか、私を無視していた祭主君が、自分の方から話しかけてきた事が、私にはなんだか可笑しかった。
私が少しも困りもせず、踊りを見つめていたから、それで居心地が悪くなって、祭主君は私に話しかけてきたのかもしれない。
『どんな相談事?』
祭主君が尋ねてくる。
『うーん、』
私は少し悩んでから、
『色々』
と答えた。
『色々?』
『そう、色々。でも、そうね。取り敢えずは、この“世界”の事が知りたいわね。この今私のいる世界が、一体どういった場所なのか、という事が』
今いるこの世界が。
すると、祭主君はこう答えて来た。
星空を見上げながら、
『この大宇宙が決定をする、自然の世界。その内にある、人の社会が決定をする、人間社会の世界。そして、更にその内にある、個人が決定をする、個人の世界。この世界はその個人の世界さ。大きな世界に包まれた、君が決定できる、君の世界だよ』
『ちょっとよく分からないな』
私はそれを聞くと、そう応えた。
『もっと、分かり易く教えて』
『そうだな』
祭主君は言った。
『何か基準がなければ、否、何か主体がなければ、そこには決定された世界なんて存在できない。主体があって、そこにはじめて世界は存在するんだ』
“主体”ねぇ…。
『例えば、止まっている、という状態を決定してみてくれ』
止まっている? スピードゼロの事だろうか?
『どういう事かしら? 今、私は動いていないから、止まっていると思う。私のこの状態は、止まっている。これで良いの?私は“止まっている”を決定したわ』
『うん』
祭主君は頷いた。
『それで良い。でも、その“止まっている”は、地球上では確かに止まっているかもしれないけど、この地球は物凄い速度で自転をしているから、実は物凄い速度で動いている事になる。その基準で観るのなら、君は止まってなんかいないね。そして、もちろんその基準も確かなものじゃない。何故なら、その自転をしている地球は物凄い速度で太陽の周りを公転しているからだ。そして更に、太陽系も動いていて、銀河も動いていて、銀河団も動いている。つまり、何かを基準にしなければ、何も決定はできないんだ。止まっている状態ですら、不確定、なんだよ。何か基準となる主体が存在しないとね』
『ふーん、なるほどね』
私はそれを聞いて、なんとなく、分からないでいたモヤモヤを、言葉にできた気になった。
『地球がなければ、上下というモノは存在しない。無重力の宇宙空間には、そんなものはないものね。そしてそれは、地球という主体が“上下”を決定している、と言い換えても良いわけか。つまり、この、君と話しているこの世界は、そのようにして決定をされている、私が決定している私の世界、という訳ね』
私という基準、“主体”によって。
『そう。社会が決定をしている世界では、法律など、その法則なり事実なりを、社会が決定できているのと同じ様に、君が決定をしている、君の世界では、君は自由に物事を決定できる』
『でも、』
それを聞いて、私は質問をしてみた。
『何でも、という訳ではないのでしょう?』
『うん。何でも、という訳じゃない。何故なら、さっきも言った通り、君の世界は、この大宇宙が決定をしている、自然の世界に包まれているからね。自然の世界が既に決定をしてしまっている事は、変える事はできない』
(自然の法則は変える事はできない)
『それに、法則ができた場合、それが確定をしていれば、展開される結果は決定論的に導かれる。その法則を変えない限り、その結果を自由に変える事はできない。如何に、君が決定をする君の世界でもね』
(演繹的に派生する、それ)
星空は相変らず綺麗だった。
空が澄んでいる。
これの、何処までが、私の決定している私の世界なのだろう?
『上下、というモノが決定されてしまえば、物は下に落ちるって感じで? 引力がある事は変えられない。また、法則を変えない限り、それはその通りになる。どんなに、別の結果を望んでいても』
『そうだね』
祭主君は、静かに目を瞑った。
この祭主君の語っている事、それを導き出す情報源になっているのは、私の日々の生活の中で蓄えられてきた知識だ。
思い返せば、色々な場面で私が得て来た知識が使われている、祭主君の語りには。皆、私の知っている事だ。
物理、化学、生物、数学、下井先生の授業、凛子との会話、etc…
ただ、それらを活用する事ができないでいたんだ、私は。
そして、それは漠然としたモヤモヤとして、私の中で漂っていた。
今、それが言葉になりかけている。
この、私の世界の、“祭主君”という媒体によって。
『食べ物の好き嫌いってあるでしょう?』
私が口を開くと、祭主君は目を開いた。
『それが極端になれば、つまり、極端な偏食になればちょっと問題がある。何故なら、それは体に必要な栄養素を摂取する能力がないって事だから、そのままだと栄養不足になってしまう。カルシウム不足だとか、タンパク質不足だとか、ビタミン不足だとか』
祭主君は、私の話を黙って聞いていた。
『これって、自分の世界と外の世界との間にギャップが生じているって事よね?自分の世界では、その食物は摂取するべきじゃない、と決定されていて、その食物を拒否する。ところが、自然の法則が決定をしている世界では、つまり、生物学的には、その食物は摂取するべきなんだ。必要な栄養素を摂取しないと、様々な問題が生じてしまうから。例えば、骨がもろくなったり、筋肉が弱くなったりで、病気や怪我になり易くなるし、それによって、精神面も悪影響を受けるようになる。絶えず、イライラして怒りっぽくなったり、鬱状態になったり』
空が綺麗で、それで嬉しくなる。
これは、私の世界と、外の世界が調和をしているんだ。
『こういったギャップは、修正しなくちゃいけないと思うの。問題発生の原因になると思うから』
私がそこまでを語ると、祭主君は言葉を発した。
『世界と世界が、同じ主体になっていない、という事でもあるね、それは。外の世界とのギャップが生じれば、中に在る世界は弾き出される事になる。自然の法則に反した事を行えば、生命は負荷を受ける。酷過ぎれば、破滅を迎える。また、社会に反した人間が排除されたりするのも、それと同じだ』
祭主君は、私の意見に同意を示すと共に説明を補ってくれた。
“社会に反した人間は排除される”
私はその言葉を噛み締める。
『それって、さ。こういった場合もあるでしょう? 社会と、自然との間にギャップが生じている、という場合。この場合、社会に対して何らかの負荷がかかる事になる訳だけど、社会を形成しているのは人間だから、その負荷がかかるのは、まずは人間に、つまり、個人に、という事になる』
私のその発言を聞くと、祭主君は静かに尋ねて来た。
『例えば?』
『例えば、そうね、教育問題。教育システムに問題があるとする。人間の生物としての特性を考える上で、間違った教育システムがある。すると、その教育システムで育った人間には、何かしらの問題が生じてしまう事が多くなる。社会はそれで問題を抱え込む事になるわ』
だから、
『だから、その問題を修正する為には、社会に反発をしなくちゃいけない。個人が社会に対して反発をして、その間違いを正さなくちゃいけない。さっきも言ったけど、負荷がかかるのは、個人にだし、社会を形成しているのは、結局のところ個人だから』
でも、
『でも、それは社会と個人の間にギャップを生じさせるという事でもある。だから、社会はそんな人間の事を排除しようとするのよ。異物を排除する。社会の問題を修正する為にある“負荷”なのに……』
下井先生が辞めさせられる事は、間違っている。絶対に……、
『ねぇ、どうすれば良いと思う? こういうのって』
社会と自然の間に生じたギャップを埋めようと、個人が動く。でも、自然との間にギャップがある社会にとってみれば、その動いている個人は、異物。社会に反した存在。だから、排除しようとする……。
『社会を形成しているのは、実は“個人”なのに、その社会でのルールを、人は自然の法則みたいな、絶対的なルールであると感じてしまう。自分達で決定している事だから、そうじゃない、と自分達で決定してしまえば、そうじゃなくなる、その程度のモノなのにね。だから、それに従うのを当然の事だと感じ、それに従わない人間を排除しようとする。ただ、“個人”は社会によって形成される存在でもあるのだけど。影響が、相互作用的なんだ』
祭主君は私の問いかけを聞いて、そう言うとそれから少し考え込み始めた。
満月が、彼のバックにあった。
でも、私は、今夜が本当に満月であったかどうかを思い出せない。
私の世界。
祭主君が口を開いた。
『主体、と言っても、どんな範囲を主体として観るかは決められていない』
私の質問には関係のない弁であるように思えたけど、私は黙っていた。
何故なら、それが本当は関係のある弁である事を、私は知っているからだ。(私は知っている)。
『この宇宙の全部を一つの主体と見なす事もできるし、この地球を一つの主体と見なす事もできる。国一つを一つの主体と見なす事もできるし、人間社会全体を一つの主体と見なす事もできる』
では、
『では、全くの滅茶苦茶なのか、といえばそうじゃない。ちゃんと、主体の結び付きが強くなる条件、というモノは存在する』
祭主君は一息ついた。
ほんの一瞬、間をおく。
『一つは、“同じ”であるという条件。同じだと、一つの主体になり易い。例えば、共通の言語を持っていれば、同じ主体として活動し易くなるのは簡単に分かるだろう。また、だから、EUは通貨をユーロに統一した。それで、一つの主体としての結び付きを強くし、一つの主体として活動をし易くしたんだ。言うまでもない事かもしれないけどね』
そして、
『そして、もう一つは影響を与え合うという条件。影響を全く与え合わない存在同士が、一つの主体として活動する事は不可能だ。どんなに同じでも』
祭主君は、また一息ついた。
また、間をおく。
『もちろん、これらの他にも条件はあるかもしれない。第一、影響を与え合うって言っても、様々な場合があるから、もっと詳しく分析すべきなのかもしれないしね。ただ、今のところは、これで精一杯だな』
祭主君は目を瞑った。
夜。不思議の世界。不思議が存在する世界。その場所で、私は、理論的な話を聞いている。
(とても奇妙な状況下だ)
星。
星が降るイメージ。
輝き。
寒さ。
けど、嫌な寒さじゃない。
その場所で、私は、理論的な話を聞いている。
爽やかな、冷気。
(とても奇妙な状況下だ)
『その主体が変化するには、一体何が必要なのだろう? もちろん、影響が必要だという事は分かり切っている。何かの影響がなければ、ずっと同じ状態だ。では、その影響はどうやって発生するのだろう? そして、その影響をうまく浸透させる為にはどうすれば良いのだろう? その主体を変化させる為には』
淡。
そんな音が聞こえた。
『違っている事』
私はそう言った。
『違っている事が必要だわ。世界と、違っている事が』
まずは、
『そう』
そう、
と、涼しい顔をして祭主君は言った。
『世界と違っていなければ、それは変化を齎さない。“同じ”影響を与えていたって、世界は変化しないからね』
“規範の外”を、求める、人の心理。
自らを変化させようとする、欲求の存在。
(下井先生の言)
『でも、世界と全く違っていても、それは外へ弾き出されてしまう……。もし、主体と主体の融合という方法で、世界を変えたいのであれば、同じである事も必要だ。その世界と共鳴できるくらい、同じである事が。何かの主体と主体が、一つに融合する時、その主体たちは変化をする。お互いがお互いの影響を受けてね。個人と社会でもそれは同じさ。社会を批判する個人の主張が受け入れられた時、その個人と社会は融合して、一つの主体になっているんだ』
『でも、』
私は、その祭主君の言葉に対して言った。反論ではない。しかし、攻撃のニュアンスが含まれていた。
(言わない訳にはいかなかったんだ)
『それができない場合もあるわ。社会があまりに偏屈であったのなら、その絶対性をあまりに強固に主張するのであったなら、その個人の持つ差異が、僅かばかりのものであったとしても排除されてしまう。いいえ、排除とまではいかなくても、無視されてしまう。自分達をあまりに護ってばかりいる世界であるのなら………、』
例えば、改革の必要性がどんなに叫ばれようと、それを行えない、政治組織のように……。
改革を行えない先に待っているのが、破滅だとしても、変われない。
印象での判断で、強固に、強固に、自分達を護る。
社会だけじゃない。
これは、個人だって同じだ。
個人だって同じ事だ。
自分を護る為に、自分の中の当たり前を護り、そして、本当は必要な変化を拒絶する。
何か、言い訳したりして。
(成長を拒絶する)
『確かにね』
祭主君は言った。
『でも、だからこそ、やり方が重要になってくるんだよ』
『やり方?』
『そう、やり方』
そう言って、祭主君はまた目を瞑った。
『世界を変える為には、世界と共鳴しなくちゃいけない。個人の影響を、社会に伝えなくちゃいけない。でも、どんな方法が有効かといった事は、その世界がどんな仕組みを持っているかによって、変わってくるんだ』
そして、目を瞑ったままそう続けた。
『この、今の社会の事を問題にしているのであれば、この社会の仕組みの事を考えなくちゃいけない。この社会は、どんな仕組みを持っているだろう?幸い、今の社会には、変化を受容する為の仕組みがあるね。変化を行う為の仕組みが。例えば、言論の自由。これは、個人の影響をフィードバックさせ、吸い上げる為のシステムだよ。集団が、個人の影響を潰してしまわない為にある、社会が変化を受容する為のシステム。どれほど有効に働いているかは分からないけどね』
長い時間はかかるかもしれない。
でも、
(でも、)
私も目を瞑った。
『恐らく、影響を与え合う強さが増せば、その主体の、“主体である力”は強くなる。個人と社会の結ぶ付きは強くなるんだ。そして、その事によって、二つの間での、何かを決定できる力も強くなるはずだ』
だから、
『だから、萎縮していてはいけない。社会に対して訴える事を諦めてはいけない。それが理論的に正しい事であるのなら、世界はやがてそれを認める。認めざるを得ないようになる。反発は緩和していく。やがては、肯定に変わる』
影響力。
でも、だから、
それが哀しい事であったとしても。
『世界と自分との差を埋めるんだ。世界を、自分から拒絶してはいけない』
例え、世界が自分を拒絶しても。
……………。
(私はちょっとだけ、泣いてみた)