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夢隠し-3

 眠っては、駄目だ!

 と、慌てて、真っ暗闇に沈んでいる視界を、無理矢理に奮い立たせて、わたしは飛び起きた。

 自分が眠ってしまった事に気が付いて、焦ってしまったのだ。

 “みんなに、迷惑をかけてしまう!”

 それで急いで外を見た。

 外の色を確認して、今が何時頃であるのかを知ろうとしたのだ。

 外は薄暗かった。

 しかし、何故か視界は透き通っている。あい色をした雲の合間から、斑模様で、紫色が覗いている。

 わたしは、その外の謎の色合いに戸惑った――なんだろ?これ――のだけど、それに直ぐに、ああ、今は夕暮れなのだな、それで、こんな色をしているんだ、と理由付けをして安心をした。

 そして、こう思いもした。

 夕暮れの時刻ならば、まだ間に合う。早くに、教室に戻って、みんなの事を助けないと。そうじゃないとわたしは、“自分勝手”になってしまうと思うから。

 それは、嫌、なんだ。

 直ぐに廊下に出て教室を目指す。

 でも、なんかおかしかった。廊下はやっぱり外の風景と同じ様にとても暗い。でも、であるにも拘らず、やっぱり、透き通っているのだ。何がそこにあるのか、分からないはずなのに、分かる。

 なにかおかしい。

 第一、誰もいない。

 否、誰もいないのは当たり前だ。ここは夜の学校なんだから。

 でも、いない。

 気配すらない。

 否、誰もいないのは当たり前だ。ここは夜の学校なんだから。

 でも、

 ああ、そうだ。

 今は、文化祭の前日で、だから、少しだけど、誰かは残っているはずなんだ。その誰かの気配も認められないのだ。

 でも、

 ああ、そうだ。

 さっきよりも、更に遅い時刻になってしまって、だから誰もいないのかもしれない。今は夜だから。

 夜?

 そこでわたしは疑問に思う。

 ちょっと待って。さっき、確かに、わたしは、外の空の景色から、夕刻の紫色を確認したじゃないか。

 なんか、サイケデリック、な色だった、あの空の色を。

 今は夜じゃないぞ。

 わたしはそう思うと、どうにも不安になって、何処かに窓はないかと辺りを探した。窓の外を見て、もう一度、今の時刻の確認をしようとしたのだ。しかし、どうにも、窓は見付からなかった。何処を探しても、何処にもなかった。そんなはずなんてないのに。あれ?窓がないぞ。あれ?窓がないぞ。わたしはそこで迷う。そんなはずはないのに――窓がない。そうだ、教室へ入ろう。何処か教室へ入れば、絶対に、何が何でも、窓があるから。外を見れるはずだ。

 そうして、わたしは教室のドアに手をかけてみた。ところが、すると、それは、わたし達の教室のドアだったのだ。わたしはそれに違和感を覚える。

 あれ? どうやって、ここまで来たのだろうわたし?一体何時、わたしはココにたどり着いていた?

 でも、ちょっと逡巡をしてから理解をした。

 そうだ。何処か教室へハイると言っても、他人の教室じゃ居心地が悪い。それでわたしは、自分の教室を探したんだ。何処か適当な教室に入ったとして、その場所に、万が一、誰かが残っていたら、わたしはきっと変な目で見られてしまう。それに恐怖して、それを避けたんだ、わたしは。

 だから、自分の教室じゃないといけなかった。

 ソコは入るべき、場所だから。

 教室に入るとそこには、矢本さんと、田中さんと、そして、凛子がいた。教室内は、まるで掃除の時みたいに、机が全部後ろに片付けられていて、必要以上に、奇妙にチグハグに、空間が空けられたその場所は、なんだか落ち着かなかった。

 みんな、バラバラな方向のバラバラな格好で何も言わないで佇んでいた。

 『どうしたの?』

 わたしは話しかける。

 『文化祭の準備は?』

 そして、その言葉で思い出す。そうだ。わたし達は、文化祭の準備をする為に残っていたんだ。だから、教室内はこんな風になっているんだ。でも、それなら、おかしい。片付き過ぎだ。なんで、何にもないんだ?文化祭の会場設置が全くできていない。まずいのじゃないか?わたしは焦燥感を覚える

 『“夢隠し”に、遭っちゃったのよ』

 すると、そこで、田中さんがポツリとそう零すように、言った。

 『夢隠し?』

 わたしは戸惑う。

 『そう、夢隠し』

 『どういう事?』

 わたしは戸惑いながら聞いた。

 どういう事?

 『つまりね、』

 それから、口を開いたのは凛子だった。

 『ここは、誰かの夢の中、なんだ』

 夢の中?

 『そう』

 矢本さんが言う。

 『夢の中』

 みんな、バラバラな方向を向いていたのが、言葉を発する度に、わたしに注目をしていった。

 『その、夢を見ている、誰かを殺さないと、この中からは出られない。一生、彷徨う事になる』

 そして、三人が同時に言った。

 『さぁ、誰の夢なのだろう?』

 わたしは戦慄をした。

 誰かの夢?

 誰の夢?

 冷や汗が流れる。

 外の風景。今は確認できる。外を見る。赤紫の斑な空が、不気味に漂っている。透き通った景色。

 その片隅。ベランダに、

 白い影。

 祭主君。

 その姿があった。何も言わないで、こちらを見ている。

 誰の夢?

 『だからね。それぞれが、今、考えていたんだ。この夢が、自分の夢かどうかという事を』

 そう言ったのは、矢本さん。

 自分の夢かどうか、という事を。

 『もしも、心当たりがあったのなら、告白しようって約束し合ってね』

 田中さんが続ける。

 『ねぇ』

 矢本さんが言った。

 『心当たりない?山中さん』

 心当たり……。

 “祭主君”の姿。

 わたしの、

 その時わたしは既に確信していた。

 わたしの“夢”だ。

 これは。

 『ねぇ、心当たりない?』

 それを聞くとビクリッと震え、わたしは口を固く閉じた。

 わたしの夢だという事を知ったのなら、みんなは、わたしを殺そうとするのだろうか?

 それは、哀しい。

 厭だ。

 拒絶されるのは……。

 田中さんが、わたしに不審そうな目を向ける。

 『………』

 わたしを見てる。

 それから、口を開いた。

 『まぁ いいわ。わたしね、わたしの夢だとしたら、絶対に怪談が本当になってると思うんだ。教室に、じっとしてても仕方ない。だから、ちょっと、行ってこようかと思って』

 行ってこようかと思って?

 一体、何処へ?

 『図書室の前の掲示板。あそこに、実は、“手”が出るって噂があるの。手が、夜中になると生えてるんだって、今なら、きっと出てると思うわ』

 駄目だ!

 それを聞いた瞬間、わたしは思った。

 あの場所に行って、“手”を呼び寄せてしまったら、きっと、他の体の部品の“バラバラ”たちも寄せ付けてしまう。“バラバラ”たちは、そんなに安全なものなんかじゃない!

 きっと、田中さんは捕まって食べられてしまうだろう。

 わたしは何とか引き止めようとしたのだけど、その時にはもう遅かった。既に田中さんは、廊下に向って走り出していた。

 きっと、田中さんは、お化け、を見られると思って喜んでいるんだ。でも、駄目だ。あれは、そんな興味本位で近付くべきモノなんかじゃないんだから。

 わたしが急いで田中さんを追って廊下に出ると、そこは異常な程、必要以上に真っ暗だった。

 田中さんは、その闇の中を構わずに駆けている。足音が聞こえる。

 わたしは何とか追おうとした。けれど、幾らなんでも暗過ぎて、何処をどう行けば良いのか分からなくて、それで、取り敢えずは動いている事だけは確かだけど、自分が前に進んでいるとはとても思えなかった。

 早く行かないと、田中さんが殺されてしまう!

 わたしは、その中で焦った。

 でも、黒。

 黒しかない。

 この場所には。

 一体、どうしたら?

 その時、声が聞こえた。

 『何を悩んでいるんだい?』

 黒の中に、白。

 浮き出た白。

 祭主君だ。

 『田中さんを救う方法なら、あるじゃないか。しかも、簡単な方法だよ』

 祭主君は、淡々とそんな事を言って来た。

 簡単な方法?

 わたしにはそれが分からない。

 『君が死ねば良いんだ』

 え?

 『これは、君の夢。そして、“夢隠し”は、その夢を見ている人が死ねば終る。君が死ねば、田中さんは現実世界に戻れるよ』

 わたしは、それを聞いて愕然とした。

 確かにそうだ… でも、

 『でも……、』

 わたしは弱々しく返す。

 『それとも、死ねないのかい? 君は、随分とエゴイストだね。君が死ねば、みんなが助かるんだよ? それなのに、死ねないのかい?』

 エゴイスト?

 このわたしが?

 わたしは何としても、それに反論がしたかった。わたしは、絶対にエゴイストなんかじゃないんだ。

 『でも、死ねていないじゃないか』

 そんなわたしの気持ちを、見透かしているかのように、祭主君はそう言う。

 『みんなの為に』

 その時、

 キィッ

 ドアの開く音が聞こえた。

 見る。

 すると、そこはトイレの前だった。

 ここは…

 わたしは思う。

 あの、トイレだ。

 中からは人が… 不自然に染め上げられた茶髪、派手過ぎるくらい派手な格好。その人は、下を向いていて、何歩かわたしに向って近付いて来ると、それからゆっくりと顔を上げた。

 それは、矢本さんだった。

 何故か矢本さんは、スキン・ヘッドではなく、そして、濃過ぎるくらいに濃い化粧をしていた。

 “着飾りちゃん”

 わたしはそれを思い出す。

 矢本さんは言った。

 『あなたが、わたしを“分からない”へ押しやるから、わたしは、“着飾りちゃん”になっちゃったじゃない』

 違う!

 わたしはそれを聞いて思う。

 わたしは、あなたの事を“分からない”へ押しやったりなんかしてない!

 『なんで、わたしが家に帰りたくないのか、その事情を聞かなかったの?』

 だって!個人の、プライバシーの領域までには踏み込めないから……、

 『あなたが、わたしに話しかけた時、このトイレの前で話しかけた時、あなたは、わたしに同情していなかった? わたしの事を可哀想だと思っていなかった?』

 わたしはそれを聞いて、言葉に詰まった。確かに……、思ってたかもしれない。

 『それって、人の事を見下している心理よ。可哀想だから、なんとかしてあげなくちゃいけないって。自分が上に立っての心理。酷い人。あなたは、劣者のわたしを見て、優越感を感じていたんだわ』

 『違う!それは違う!』

 わたしはそれを聞いて、叫んだ。

 それだけは違う。

 わたしは、そんなエゴイストなんかじゃない!

 『わたしは、自分を反省して。何にもできない自分を否に思って、それで、あなたに話しかけたのよ!』

 エゴイストなんかじゃない!

 絶対にない!

 わたしは、“自分”を持ちたいだけ!自分を疑って、“自分”を作り上げたいだけ!“自分”を持つ事と、自己中心的な事とは違う。周囲に合わせる事と、みんなの為に思って行動するのとは違う!

 『ふーん、自分の為に、なのね。自分の為に、わたしに優しい言葉をかけたのね。なら、結局、エゴイストじゃない』

 違う!

 エゴイストなんかじゃない!

 その時、白い影、祭主君が言った。

 『じゃあ、なんで、君は、死ねないんだい?みんなの為に、なんで、君は、死ねないんだい?』

 

 ………外。

 気付くと、わたしはフラフラと外を漂っていた。

 凛子……、

 凛子を捜さなくちゃ、

 そして、その中で、そう思っていた。

 凛子だけは……、

 しかし、その思考が果たして、自分の為の思考なのか、本当に凛子の為を思っての思考なのかは分からないでいた。

 赤紫の空に、青灰色の雲が浮かんでいる。

 ザワザワと風が流れ、わたしは校庭の隅に向って進んでいた。

 あの場所に行かなくちゃ。

 “首吊りの木”

 凛子だったら、他人の為に自分を犠牲にしようとする。きっと。だから、早く行かなくちゃいけない。早く、行かない、と。

 しかし、

 

 ザワワ ザワワワ ザワ ザワワ

 

 うねり上がるように立ち昇る、その首吊りの木の幹から伸びる、黒い枝に紐を括り付け、凛子は首を吊っていた。

 死んでいる。

 顔を下に向け、その表情は見る事ができない。

 わたしは絶叫した。

 『いやあぁぁぁぁぁぁぁ!』

 なんで!なんで?

 白い影がボウッと浮かぶ。

 『鈴谷凛子さんは、とても優しい人だからね。多分、自分の夢である可能性を考えて、首を吊ったんだよ』

 自分を犠牲にして、みんなの為に。

 『山中理恵さん。君とは違う』

 わたしとは違う……。

 『……祭主君』

 わたしは涙を流しながら言った。

 『なんて、酷い夢を見せるのよ……』

 すると、祭主君は首を横に振った。

 『僕が見せた訳じゃないよ。君が勝手に見たのじゃないか』

 だって……、

 『自分を作る。他人と合わせない。そうすれば、きっと、中にはそれを不快に思う人も出てくるよ。場合によっては、周囲の皆が不快に感じるかもしれない。じゃあ、一体、何処までが自分勝手で、何処までがそうじゃないのだろうね? その中で、それでも、たった一人で、自分の正当性を主張するのなら、それは、或いは、とっても傲慢な事なのかもしれないよ』

 『そんな事分かってる。自己主張と、自己中心的な主張の境界線が、とても曖昧な事くらい、充分に分かってる』

 でも、

 『だから、頭で必死に考えて、それを疑って、それでそれを行ってるんだ。下井先生の授業。そうしなくちゃ、社会は前へは進めない。個人が社会へ影響を与える事。それは、しなくちゃいけないんだ!』

 『じゃあ、なんで、君は死ぬ事ができなかったのだい?』

 『え?』

 『この“夢隠し”の状況は、自分が死ねば、周囲が助かるって状態だよ。君が、自分の為に、じゃなくて、みんなの為にそれを行っているのであれば、自分が死んで、周囲を助けられていたはずだろう? 自分を護る事が、エゴでしかない状況下で、それでも、君は、自分を護った』

 それは……、

 わたしは何も言い返せなかった。

 凛子が揺れている。

 木の下で、凛子はユラユラと。

 彼女は、みんなの為に自分を犠牲にして死んでしまったんだ。

 『“自分”を保持する理由を、エゴから完全に切り離せるはずなんてないんだよ。君は死ぬべきだったのに、死ななかった。だから、エゴイストだ』

 ……………

 ……わたしは、エゴイスト?

 『違う』

 その時、声が聞こえた。

 え?

 見ると、その声を発したのは凛子だった。ユラユラと揺れている凛子。

 わたしは驚く。

 その時、空は赤黒くなっていた。

 『自己犠牲を強要する社会なんて、ロクなもんじゃないわよ、理恵』

 わたしは驚く。

 だって、あなたは、そうして、皆の為に死んでいるじゃない…、

 『みんなに自己犠牲を強要したら、それは結局、社会全体、個人個人が不幸な境遇に陥る社会になってしまう。大日本帝国時代の日本だとか、北朝鮮だとか、そういう国を思い出して。だから、そんなものを、“社会正義”にしたらいけないのよ』

 自己犠牲を拒絶する事は、だから、自分勝手なエゴなんかじゃないの。いえ、それは例えエゴだとしても、許されるべきモノ。そうじゃなきゃ、個人の為にある社会、なんて実現できやしない。

 その言葉に続けるように、また、反論するように、今度は祭主君が口を開く。

 『そうだね。確かにそうだ。社会の基準では、恐らくほとんどの状況下で、その考えは正しいのだろう』

 でも、

 『自分の中、ではどうだい? 山中理恵さん。君は“自分”を持つべきだと思っているのだろう? なら、“社会”を基準にした決まり事とは別の、“自分”を基準にした思考ができるはずだ。その自分の世界では、果たしてそれは良い事なのかい?悪い事なのかい?』

 エゴじゃないのかい?

 なんだって?

 わたしはそれを聞いて思った。

 だから、凛子は自殺をした、

 のか?

 社会、じゃなくて、自分の中の基準の、自分の中の決まり事で行動して。

 今度は、凛子は何も言ってくれなかった。

 ………。

 これは、きっと、自分で決定をしなくちゃいけない事なんだ。そうじゃなければ、それは“自分”の考え、じゃない。だから……、

 しかし、

 “分からない”

 わたしは、その祭主君の、加虐的な問い掛けに答える事はできなかった。

 『分からないわよ! だって、そんな状況下、ある訳ないじゃない! 自分を犠牲にして、社会全体を救うなんて、現実世界ではある訳ない!』

 それを聞くと、祭主君は落ち着いた表情を見せた。

 そして、淡々と、

 『そうかい?本当に、そうかい?』

 そう言って来た。

 『例えば、何か医学で、自分が重大な発見をしたとする。それを用いれば、たくさんの人々が救う事ができる。しかし、社会はその価値を評価する事ができない。そんな場合なら、君はどうする?』

 なんだって?

 『何をやっても、皆は注目をしてくれない。しかし、それが伝えられない所為で、人々はどんどんと死んでいく。で、君は考える訳だ。もしかしたら、その発見の重要性を綿密に分かり易く書きつつ、それを遺書として残して自殺をすれば、その発見を皆は評価してくれるかもしれない。そういった方法を用いれば、注目をしてくれるかもしれない。そんなような感動的な、悲劇的な話に、世間の皆は弱いからね』

 ……そんな状況下、ある訳…、

 『そうすれば、社会に住むたくさんの人々を救う事ができる』

 祭主君の言うのは極論だ。飽くまで、極論。でも、そこまで極論じゃなくても、あるのかもしれない。

 皆の為に、自分を犠牲にしなくちゃいけない状況下というものが。

 あったなら、わたしはどうする?

 なにか、自分を犠牲にするか?

 それを、正しい事とするのか?

 『世界恐慌が起きた後に、提唱がされた経済学の、ケインズ理論。もし、これが世界恐慌の前に社会に広く提示されていたなら、たくさんの人々を救えていたかもしれない。注目させる事ができていたならね。そしてそれは、何も過去の事じゃないんだよ。今だって、これからだって、同じだ。下井先生の授業でやったろう? 新しい考え、概念を広める事ができたら、社会を救える。そして、この日本はそういう事が下手なんだ。だから、その為に自分を犠牲にしなくちゃいけない可能性が大きい』

 自分を犠牲にして、社会に対して、“個”の影響を強く伝える。

 そういう事だってある。

 実際に、ある。

 自分を護る事。一貫した自己主張をし続ける事が、社会の為になり、そしてであるにも拘らず、社会の皆がそれを拒絶をするという状況下。

 “自分”を持つ。それは、生物学的な意味の自己と必ずしも同一ではない。自分の考えた事だとか、自分のした行動だとか、そういった事でもあるんだ。その中に、“自分”はいる。だから、自分が死んでも、“自分”の影響を社会に伝える事ができる。実際、もう死んでしまっている人達の残したものが、社会へ未だに影響を与え続けている。

 “自分”を持つ事。

 それをわたしは、社会の為でもあり、また自分の為でもあると考えて来た。でも、“自分”を持つ事が必ずしも、この二つを同時に満たすとは限らないんだ。“自分”を持つ事が、社会へ悪影響を及ぼす場合もある。その拘りが、エゴイズムになってしまう事が。“自分”を持つ事が、自分にとって悪影響を及ぼす場合もある。その為に、自分を犠牲にしなくちゃいけない事が。

 “傲慢”に、“当たり前”を、信じ込まないで、それを“疑う” でも、それに社会が付いて来られなかったら?

 エゴと“自分”を持つ事との境界線。それは曖昧だとかそんな事だけじゃないのかもしれない。

 もっと、複雑な事なんだ。

 それは。

 捉えるのには、もっと複雑に考えなくちゃいけない。

 個と集団。

 集団と個。

 その中で形成される、ルール。

 ダイナミックに変動している、それ。

 “基準”もその中で変化する。

 “基準”が変化をすれば、当然、物事の観方というものは、まったく変わっていってしまう。

 だから、エゴかどうかといった事も変わってしまう。

 ………社会の為に、自分は自殺できるのか?

 そんなの、分からない。

 分からないよ。

 エゴイスト?

 かな、自分……。

 誰か、お願い、優しい言葉を……、

 お願いだから。

 …。

 (…)

 

 だって、分からないのだもの…

 その時に声が聞こえた。

 

 『――分からない。

 それも、一つの結論だよ。山中理恵さん』

 

 それは、祭主君の声だった。

 

 白。

 (光。)

 

 そこで、わたしは目が覚めた。

 結局、答え、は出ないまま。

 “自分”の作り方も、“自己主張”や“自己犠牲”の意味も。社会がその為にどう動くべきなのかも……。

 ………。

 朝の日の光が、部屋いっぱいに入り込んできていた。

 綺麗だった。

 わたしは泣いていたようだった。涙の感覚が瞳にある。あの夢の中の、一体何処で、涙を流したのかは分からないけど、とにかく、泣いていた。

 気分はその所為かスッキリとしていた。それに、どうも熱も下がっているみたいだし、具合も良くなっているようだった。汗をたくさんかいている。

 保健室の外で、人の気配がする。

 ドアが開くと、そこから凛子が入って来た。

 「起きたのね、もう、大丈夫?」

 そして、そう尋ねて来た。

 「うん」

 わたしは短く、そう応える。

 「そう。良かった」

 「ねぇ、ご免ね。あのまま保健室で寝ちゃって、伝えにも行かなくて… 仕事、サボっちゃった」

 すると、凛子は軽く微笑んで、首を横に振った。

 「平気よ。気にしないで、理恵が保健室に行った事は知っていたから、ちゃんとここで寝ているのを確認できたし、それに、あれからの作業はそんなに大変じゃなかったんだから」

 わたしは黙る。

 「朝御飯食べるでしょう? パンと牛乳持って来たわよ」

 「……うん」

 わたしは俯く。

 「ねぇ、凛子」

 それから、わたしは、凛子に向ってこう問い掛けた。

 「もしも、ね。もしも、わたしが死ねば、社会全体が救われるような状況下になって、でも、それでも、わたしが死ななかったら、あなたはわたしの事をエゴイストだって、非難するかな?」

 すると、凛子は目を丸くした。

 「何を言ってるの?」

 そう言う。

 わたしは少し哀しくなってしまう。

 その様子を見て、凛子は軽く溜め息を漏らした。優しい顔で、微笑みながら、

 「あのね、理恵。さっきの事もそうだけど、そんなに自己否定ばかりしていては駄目よ。もっと、自分の価値を高いものだと思わなくちゃ。理恵は、風邪を引いていたんだから、少しくらい作業をやらなくたって、誰も責めないわよ。責めるのであれば、それは責めた人が悪いの」

 「うん……」

 凛子は、また、優しく微笑む。

 「……でも、そうね。もし、仮に、そんな状況下になったとして、理恵が死ななくても、わたしはあなたの事を責めたりしないわよ。だって、理恵個人からしてみれば、それは大人数対自分一人なのかもしれないけど、わたし個人から見れば、一対一だもの。理恵と私、ただそれだけ。だから、犠牲を強要するなんて、ただのエゴイズムだと思う。それは、この社会の誰から見たって、多分同じなんじゃないのかな? みんなの為に死ね!なんて、結局、個人個人のエゴイズムよ。理恵が悪いのじゃない………」

 ……………。

 ……わたしは、その優しい言葉を聞くと、なんだか、また、泣いてしまった。

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