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夢隠し-2

 そして、

 そんな事を、疑問に思って、自問自答を繰り返している最中だった。

 文化祭。の、その準備が、わたし達の学校で行われ始めたのは。

 そして、わたしは唸っていた。

 「うーん」

 唸っていた。

 わたし達のクラスの出し物は、なんだかよく分からないけど、いつの間にか、各種占い、と、それに纏わる商品の販売になっていた。

 つまり、占い屋さんをやるのだ。

 もちろん、素人がやるのだから、そんなにきちんとしたモノにはならない。(素人じゃなくてもならない?)。占いの本だとかをクラスの皆が持ち寄ったり借りたりして来て、それを元に占い、そして、ラッキーアイテムだとかを告げ、同時にそれも売ってしまおうという、どうやら、そんな企画であるらしい。

 これって、霊感商法じゃないのかな?

 と、わたしは当然思ったが、しかし、わたしが真剣になって唸っていた理由はそんな事ではなかった。

 (だって、文化祭なんて、言葉通り“お祭り”である訳だし、真面目に考えても、ねぇ?)

 血液型占い。

 (なんだそりゃ?)

 の、B型の性格診断の説明で、こんな事が書かれていたのだ。

 B型。自分の事しか考えないマイペース人間で、周囲に合わせる事を知らない、自己中心的な性格をしている。

 って。

 かなり、酷い書かれようだ。この血液型の性格診断が正しいのかどうかは別問題にして、わたしには、この表記が気になった。

 “周囲に合わせる事を知らない、自己中心的な性格”

 果たして、周囲に合わせる事をしない人間を、自己中心的だと言ってしまって良いのだろうか?確かに世の中には、周囲にあまり流されたりせず、自分を大切にしている人はいっぱいいる。でも、それと自己中心的かどうかは別問題だと思う。

 自己中心的な理由から、周囲に合わせている人だってたくさんいるだろう。みんなから良く思われたいというエゴイズムを剥き出しにしている人だとか。そして、そういう人は、実際に人気があるんだ。

 けど、

 そういう人が、本当に社会に貢献する人物であるとは限らない。

 表面だけで、中身が伴なわない人だっている。

 ……社会通念は、こうなのだろうか?

 安易に集団に合わせたりしないで、“自分”を持とうとしている人、或いは持っている人は、自己中心的であると見なされてしまうのだろうか?

 社会全体の為に、周囲とは異なった主張をして、そして、その所為で、より一層孤独になって、苦しんでいる人間だっているのに…

 それじゃあ、あんまりなのじゃないか?

 ………。

 ま、

 この血液型占いだって、単なる遊びで、そんなに気にするようなモノじゃないのかもしれないけれど……

 「山中さん。ボーッとしてないで、仕事手伝ってよー」

 しばらく、『血液型占い』の本を開いて考え込んでいたら、そんな事を言われてしまった。

 まずい、まずい。このまま仕事をさぼってたら、本当に自己中心的人間になってしまう。

 わたしは、それから、

 「ごめん、すぐ行くー」

 と言って、仕事に戻った。

 本番になったら、占師の役割だけはご免だな、と思いながら。

 こんな出鱈目、絶対に人に言ったりできないもの、わたし。

 

 で、それで、占師の役割の免除を願い出たら、その代わりに、居残りでの会場設置の仕事を仰せつかってしまった。

 今日は明日にも文化祭が始まる、というギリギリの瀬戸際なのだけど、どうにも、わたし達のクラスは、その準備が終りそうにないらしいのだ。

 わたしがクラスの責任者に、占師役だけはやりたくない、とそう主張すると、その責任者は目をキラキラとさせて、「なら、お願いがあるの。交換条件ね」と言って、居残りで仕事をする事をわたしに頼んで来たのである。その時は、学校に何人か泊まってもらって夜中まで作業をしてもらう為、宿泊届けを出そうと、人手を集めているところであったらしい。わたしはそれを聞くと、仕方なしに承諾をして、自分の名前をその宿泊届けとやらに記入した。

 別に無理に帰らなくちゃいけない理由もないし、そういうのも、偶には楽しそうだとも思ったから。

 居残り組のメンバーの中には、わたしと近しい関係にある人達も何人かいた。凛子に、田中さんに、そして、矢本さん。

 わたしには、矢本さんが残っていた事が少々意外だった。それで、矢本さんの姿を認めた時、彼女の事を思わずじっと見てしまった。

 彼女は、その視線の意図を簡単に理解したらしく、わたしの視線に気付くと、「今家に、あまり、帰りたくないのよねー」と、そう言って来た。

 わたしは頷いたけど、その理由を尋ねて良いのかどうかは分からなかったから、それから何にも言わなかった。ただ、そこにできた雰囲気は別に悪いものではなかったけれども。

 わたし達は、笑いあっていた。

 皆がどんどん帰って、人数が減っていくと少しだけ、まるで見離されているかのような、寂しく裏切られていくような感覚をわたしは少しだけ味わった。けど、同時に、なんだかワクワクした。部活動をやっていないわたしは合宿を経験する事もない。つまり、学校に泊まる事なんて滅多にない機会だったのだ。

 もしかしたら、最初で最後かもしれない。

 普段とは違った、日常を離れた体験。

 “分からない”

 田中さんじゃないけど、わたしだって、そういうのは嫌いじゃないんだ。恐らく、田中さんが泊まりに志願した理由はそれだと思う。学校に泊まってみたかったんだ、彼女は。

 作業は思いの他、早く進んで、夕食前にはあらかた片付いていた。後は、掃除だとか整理だとかを残すのみ。ただ、作業は順調に進んでいたのだけど、わたしはそんな中で、なんとなく気怠い感覚を味わっていて、調子が良くなかった。そういえば、どことなく、今朝から体調が悪い気がしてはいたのだ。

 ちょっと、まずいかな?

 嫌な予感を覚える。

 夕食を食べながらそう訴えると、凛子に心配をされて、それでこんな事を訊かれてしまった。

 「どうして、居残る気になったの?」

 それで、わたしは今までの経緯を凛子に話し結局、自問自答していた“自分”の問題の事まで語ってしまったのだ。それを考えていた所為で、血液型占い、の記述が気に入らなくて、占師の役目を免除してもらう代わりに、居残る事になった、と。

 そこまで言う必要はなかったように思うのに……、やっぱり体調が悪くて、何か変だったのかもしれない。

 それを聞いて、凛子は言う。

 「そうか。“自分”はどうやったなら、作れるのか、か」

 腕組み。

 「そういえば、どうしたら“自分”が形成できるのかって、まだ話し合った事なかったわね。さんざん、それに近い事は言い合って来たけど」

 「でしょう?」

 「で、取り敢えず、“自分”を疑う事って、結論を理恵は出した訳ね」

 わたしはコクリと頷く。

 「取り敢えず、だけどね。まだ、全然分からない」

 それを聞くと凛子は、こんな事を言って来た。

 「うーん。それと関係あるかどうかは分からないけど、ちょっと気になる話あるわよ。アメリカで、何でも自由にする教育を行ったら、学生の自殺者が急増してしまったんだって。それが本質的にはどんな現象で、どんな事がそこに起こってそんな結果になったかは分からないけど、注目に値する事実よね」

 凛子はいつもの感覚で、わたしに向って言葉を開いたみたいだけど、その時、わたしの体調は急速に悪くなっていて、それをしっかりと受けとめる事はできなかった。

 凛子はまだ語る。

 「それと、多分、理恵の言った事は、思考だとか概念の発達に関する“自分”だと思うけど、わたしは、気持ちだとか感覚の“自分”もあると思うし重要だと思う。そういえば、ちょっと前に、日本社会は独自の思想を作り上げて来なかったけど、その代わり、独自の感性は作り上げて来たって事を言ったと思うわ。多分、そういうのとも、関係あると思う」

 それは、いつもの、凛子の好きな捉え方だった。

 “気持ち”だとか、感情的な、そういう方向から、人間を観る。

 「そっちの方の“自分”はきっと、様々な感覚を体験する事で、形成されていくのじゃないかしら?」

 凛子はそれから、ちょっと間を置くと言った。

 「単なる予想だけどね」

 わたしが何も返さないでいるので、否、返せなかったのだけど、そこで会話は途切れてしまった。

 そして、それで凛子は流石に、わたしの具合が思ったよりも悪い事に気が付いたようだった。しばらくの沈黙の後に、「大丈夫?」と口を開く。

 「うん。でも、今更、帰る訳にもいかないし……」

 と、わたしは答える。

 帰ったら、その道のりで、更に具合が悪くなってしまいそうだ。

 そこに、いきなり、田中さんが乱入して来た。

 「怪談ターイム!」

 明るい声で、そう言って。

 ハイテンションになっている。やはり彼女は、学校に泊まる事が楽しみで居残ったようだ。

 「あのね。この学校に旧くからある、噂話を入手したわよ」

 今度は何?

 と、わたしは声には出さず、心の中でそう呟いた。口を開くだけの元気がなかったのだ。できるなら、喋りたくない。

 「文化祭の前日に泊まると、行方不明者が必ず出るという、その名も“夢隠し”!」

 また、何の根拠もないよーな、怪談を…。と、わたしは思ったけど、一方では分かってもいた。例によって田中さんは、根拠だとかそんな事関係なしに……、否、それ所かその怪談が囁かれている事自体が、嘘だろうが、捏造だろうが、関係なしにそれを楽しんでいるのだろう、と。

 誰かが、今さっき作った作り話だって、田中さんにとってみれば、とても楽しい怪談なのだと思う。

 「夢隠し?神隠しじゃなくて?」

 凛子がそう尋ねた。

 「うん」

 「なんで、そんな名前が付いてるのかしら?」

 そう話題が運ぶと、田中さんは嬉々として語り出した。

 「それがね。その行方不明になってしまう人は、誰かの夢の中に迷い込んでしまうらしいのよ。そして、そこから出られなくなる。だから、“夢隠し”。その人の夢の中を一生彷徨う事になるんだって。そして、その人の夢の中から出る手段は一つ。その、夢を見ている誰かを殺す事らしいの。どう?なんだか、怖いでしょう?」

 怖い。確かに怖いけど、今のわたしには、その話題に付いていける程の余裕はない。

 また、凛子が尋ねた。

 「殺す? 夢の中でって事ね? 夢の中で、殺しちゃったら、現実世界ではどうなる訳?」

 「それがね!こんな話があって…」

 それに対して、田中さんはますます嬉々として話し出した。わたしは辛い。

 ところが、その時に凛子が言ってくれた。

 「あ、田中さん。実は理恵、具合が悪いらしいのよ」

 それを聞いて、田中さんはキョトンした表情を見せる。やっと分かってくれたみたいだ。そしてそれからこう教えてくれた。

 「え?山中さん体調おかしくしちゃったの? なら、保健室開いてるわよ? 今、最低限の先生しか残っていないから、特別に開けたままなんだって、体調が悪くなったら休めるようにって」

 「それ本当?」

 「うん。先生の数に余裕があったら、車で送るとかできるけど、残っていなくちゃいけない先生も必要だから無理でしょう?で、その代わりにって事みたい。風邪薬とか、危険のない医薬品なら、自由に飲めるみたいだけど」

 わたしはそれを聞いて、救われた思いがした。

 「行くわ…」

 弱々しく席を立つ。なんだか、自分が動いた時に生じた、イスを引いた音や机を押しのけた音が、とても大きく聞こえた。

 「一人で大丈夫?」

 その様子に、凛子がそう訊いて来た。

 「大丈夫」

 手で凛子に合図を送りながら、わたしはそうきっぱりと言う。

 これでもしリタイアしたら、その後の仕事で、その分、皆に負担をかける事になる。これ以上、迷惑はかけられない。

 「ちょっと休んで来るわ……」

 ヨタヨタと歩いてわたしはその場を去った。ドアを開ける。

 ガラリッ!

 そして、廊下に出た。

 廊下はとても暗かった。

 目が痛くなるくらい。

 夕暮れ時の薄暗い高校は何度か体験した事があるけど、真っ暗闇の夜の高校は初めてだ。

 冷たい。

 寒い、というよりも、わたしはまずそう感じた。でも、そんな風に感じる気温ではないように思える。やっぱり、体の具合はかなり悪いのかもしれない。

 文化祭の準備の為に、何人かは残っている生徒がいるけど、それでも、校舎内の人口密度は随分と低い。気分が悪くて朦朧としているわたしには、その道程は、だからとても寂しく感じた。

 やっぱり、凛子を頼った方が良かったかな?

 と、そこでわたしは後悔をする。

 そして、そこでふとこう思いもした。

 凛子はなんで、居残り組になる事を引き受けたのだろう?

 と。

 わたしは、占師をやりたくないから。田中さんは、学校に泊まるのが楽しくて。矢本さんは、多分、家庭の事情。

 凛子は?

 ――分からない。

 そういえば、凛子だけ分からない。

 ………。

 もしかしたら、凛子の事だから、皆の為に、敢えて居残り組になったのかもしれない。

 分からない、と、想像力が働く、な。

 ………。

 

 保健室は、確かに開いていた。

 今、この状況下では有り難いけど、ちょっと無用心な気もする。

 ……否、学校の保健室を狙って入る泥棒なんていなさそうに思えるから、そうでもないかもしれない。

 メリット、薄そうだもの。

 わたしは、取り敢えず、体温計で熱を計ってみた。

 37.6℃。

 なかなかの熱だ。これから、更に高熱になりそうな気配もある。

 こりゃ、いけない。

 具体的なモノを提示されると、わたしはそれで気弱になった。グッタリとなる。風邪薬を探して飲むと、それから直ぐにベッドに横になってしまった。

 そのまま眠り入りたい気分。

 でも、このままじゃ駄目だ。このまま眠っては駄目。せめて、凛子たちに、リタイアする事を伝えなくちゃ……、

 そしてその中で、そう抗っていた。

 でも、眠い。

 眠い…、

 ……

 …

 。

 

 意識が真っ暗になる。

 ……駄目なのに。

 

 (それで)

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