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着飾りちゃん-2

 眠る前に、ベッドに横たわって、わたしは物思いに耽った。

 あれから、田中さんとは急いで別れた。一人で考え事に集中をしたかったからだ。ただ、それでも、家に帰ると、中々に心に余裕ができる機会に恵まれず――親に、テストの結果だとかを、煩く尋ねられたのだ――結局、考え事に集中をするのは、就寝前になってしまった。

 マイノリティーを排除する社会を、非難する。

 わたしは、非難していた。

 そんな社会は、間違っているって。

 自分の、このわたしの立場から考えて。

 でも、否、だからこそ、それはとても自己中心的な発想だったんだ。

 わたしは、矢本さんの事を自己中心的だと言った。彼女の事を自己中心的と言うのであれば、このわたしだって、自己中心的だったんだ。その場その場の気分で考えて、物事を全体から見ようとしない。それも、彼女の事をいった台詞。それも、わたしじゃないか。それも、わたしだ。

 マイノリティーを排除する社会を非難しながら、わたしは、マイノリティーを排除しようとしていた。

 自分にとってだけ都合良く、その言葉を捉えて、そして使用していた。

 ベッドの上から、世界を観る。光が少なく薄暗いその中に目が慣れても、把握できる事象には限界がある。その暗がりの闇の中に、何が潜んでいるのかは、わたしにはまるで分からない。わたしという主体が得られる情報はとても少なく、だからわたしは、世界の一部分しか見れやしない。

 昔、幼児虐待のニュースが流れて、その番組の中で、街行く人々にその事についてインタビューをするというモノがあった。

 その中で、一部の人は、幼児虐待を行ってしまう親達を、鬼か悪魔のように形容していた。

 でも、

 わたしは知っていた。

 幼児虐待を行ってしまう人の多くは、自分からそれを望んで行っている訳じゃないという事を。その彼らの多くは、自分の中に、どうしようもない不安や弱さを抱えていて、それで、自らの意思とは関係なく、子供を虐待してしまうのだ。子供を殺してしまったある母親は泣いていた。

 自分の過ち、それを許せなくて、罪悪感のあまり泣いていた。

 わたしは、その事を知っていたから、その、インタビューで、親達の事を鬼か悪魔のように形容して語ってしまう人達の事を哀しく思った。

 その人達は、苦しんで、それでもどうにもならずに虐待をしてしまっている親達の事を、“規範の外”の“分からない”へ押しやっていた。“分からない”から、自分達に理解し易い容に無理矢理に親達を当て嵌め、無理矢理に自分達とは別の存在にして、排除をし、安心をしていた。

 (世界から)

 わたしには、それがとても嫌だった。

 ……多分、矢本さんの事をわたしが非難した時に感じた、田中さんの気持ちも、そんなだったんだろうと思う。

 あの、哀しい瞳は。

 なんで、そんな行動を執ってしまうのか、その人の立場になって物事を考える事もせず、少ない情報から結論を出して、レッテルを貼って、そして排除をする。

 そんな思考は、とても醜いように思える。

 (わたしは、自分の醜さに怯えた)

 それじゃ、問題は全く改善しない。社会は変わらない。なんで、そんな悲劇が起こってしまうのか、それをより良く知って、そしてそれから、問題解決の為の手段を考えなくちゃいけない。

 そうじゃなければ、社会は前へは進まないんだ。

 ……反省しなくちゃいけない。

 わたしは。

 否、

 わたしも。

 社会が、自分が前へと進む為に。

 ………。

 そういえば、昔、下井先生が珍しく怒っていた事があった。

 サイコパスを題材にしたホラー小説を読んだらしく、その内容に憤慨していたのだ。

 その小説の中では、どうやら、安易にサイコパスをモンスター化していたらしい。規範の外の化け物として、その小説の中でサイコパスは扱われ、そして主人公によって退治されていたというのだ。

 これも、恐らくは、同系列の思考だろう。

 自分とは違う存在にその対象をして、つまりは、“分からない”にして、別に殺しても良い存在に変えてしまう。

 その小説の中では、どうも遺伝子要因によってサイコパスが発生する事になっていたらしい……。しかも、サイコパスが遺伝によって発生する、という説に対する反論はほとんど載せていたなかったようで(サイコパスの原因を、本気で遺伝要因のみで考えている学者なんてほんの一握りでしかないのに)、つまりは、小説の面白さを上げる為に、社会へ与える影響は少ししか考慮せず、恐怖を煽るための情報のみを印象深く提示していたのだ。

 少ない、限定された情報から、印象で判断させて、その全存在を決定し蔑視し、モンスター化する。

 これは先の心理と同じだ。

 先の、幼児虐待を行ってしまう親達を排除していた人達の心理と。

 下井先生が怒っても、当然だな。

 そして、この嫌な、醜い心理作用は、わたしの中にもあるんだ。実際、それで矢本さんの事を、わたしは蔑視していた。

 暗闇を見る。

 わたしの頭の中に、わたしの事を睨んで、そしてその憎悪の表情でじっと佇んでいる矢本さんの姿が浮かんだ。

 わたしを憎んでいる。

 憎んで当然だな。

 わたしはそう思う。

 これは、もちろん、わたしの中に負い目があるからこそ現われる幻想だ。わたしが望んで創り出した、矢本さん。

 お化け。

 そういう意味では、この矢本さんは妖怪なのだろう。

 幽霊が出現する要因って案外こんな所にもあるのかもしれない。自分に罪悪感があって、その罪悪感が幻を見せる。

 ………。

 小学校の頃の、他愛無い噂話で、『着飾りちゃん』、というのがあった。お化けなのか、人間なのかは分からないけど、そういうモノが、夕暮れになると現われるというのが。

 派手過ぎるくらい派手な格好で、ほとんど人のいなくなった校舎内をさ迷い歩き、そして、そこで誰かに出遭うと、自分の姿を自慢して来る。

 『あたし、とっても可愛いでしょう?』

 『あたし、とっても綺麗でしょう?』

 『あたし、とっても素敵でしょう?』

 そこで、その姿を褒めれば問題はない。しかし、何も言わなかったり、非難したりすると、その『着飾りちゃん』は、その相手の事を殺してしまうのだという。

 手にしているナイフで。

 小学生の怪談にありがちなタイプだ。

 でも、

 これはもしかしたら、わたしが今まで考えて来た心理に関係のある怪談なのかもしれない。

 もしかしたら、矢本さんみたいなタイプの人を、蔑視した結果生じた怪談であるのかもしれない。

 そういう心理が人にあるから、生まれたモノであるという可能性は否定できない。

 物語には、人の心理が顕れる。

 わたしは、不安になった。

 下井先生が怒っていたホラー小説は、世の中で大層な人気を獲得したのだ。つまり、それを、今のこの社会が受け入れたのだ。という事は…

 ………。

 それから先は、考えたくなかった。

 

 次の日の昼休み、わたしは、昨晩ベッドの中で考えた事を、凛子に話してみた。凛子は、大体の内容については、わたしの意見に同意を示してくれた。確かに、わたしたちは安易で、そして間違っていたのかもしれないって。しかし、反論もして来た。もちろん、わたしは凛子が共感を示してくれるのと同じくらいの期待を、凛子が反論をしてくる事に対して持っていたから、それは別に気にならない。

 そうでなくちゃ、凛子じゃないし。

 「確かに、基本的には、理恵の考えて来た事は正しいかもしれない。でも、実際には、問題がある訳でしょう? わたしたちの自由が保証されているのは、他人の権利を侵害しない場合において、だわ。そして、自由には、ちゃんと責任という言葉が付いて来る。他人の権利を侵害してしまう人を擁護する訳にはいかない」

 凛子の言う事は理解できた。

 でも、それは、問題の観点が少し違う。

 「うん。それは分かる、でも、だからって、それとその相手を規範の外へ追いやってしまうのとは、必ずしも同義じゃない」

 凛子は、わたしの主張を聞くと止まった。

 「そういった人達が、どうしてそういった、他人の権利を侵害する行為を行ってしまうのか、それを考える事はできる。“規範の外”の“分からない”へ追いやってしまったら、それはできないけどね。そして、それが分かったなら、問題解決の為に動く事もできるのよ。その人の、問題行動を止める事ができる。これは、個人が社会を変えるのじゃなくて、社会が個人を変える流れかしらね? でも、もちろん、その前には、そういう事ができる社会に、この場所を変えなくちゃいけないけど」

 人を、安易に、“分からない”にしてしまい、モンスター化してしまう社会なんかにしてはいけないんだ。

 「うん」

 わたしのその主張を最後まで聞き終わると、凛子は頷いてから、「なるほどね」、と呟いた。

 「分かったわ」

 でも、

 「…でも、」

 そこから、やっぱり、意見主張をして来た。

 「でも、わたし達はそういった人達と、どういった関わり方をすれば良いのかしら?」

 「え?」

 「うん。だってね、これから社会全体がそういう体制になってくれれば、大丈夫かもしれないけど、当面の、わたし達の立場を考えるのなら、実際に触れ合わなくちゃいけないのでしょう?そういう、問題行動を執ってしまうような人達と。なら、一体、どうすれば良いのかしら?」

 わたしは、凛子の指摘を受けると返答に窮してしまった。

 それは考えてなかった。

 流石、凛子。

 どうすれば、良いのだろう?

 「わたし達は、今まで、矢本さんと積極的に関わる事を回避して来た。それが間違っているとするのなら、どうする?積極的に関わってみる?」

 うーん

 それも、何か違う気がする。飽くまで、個人の問題なのだし……。それをどうするかは、個人の自由だ。でも、触れ合わないのであれば、結局、今までと何も変わらない気もする。

 「取り敢えず、安易に否定しないって事くらいしかできないかしらね?」

 わたしは、苦し紛れにそう答えた。

 「うん」

 すると、それまでの語調を弱めて、凛子はそう頷いたのだ。わたしは苦し紛れで自信なく言ったのだけど、凛子はどうやらそれと同じ事を考えていたらしかった。

 「わたし達は、これまで矢本さんに触れ合って来なかった。だからこそ見えなかった部分もあるかもしれない。それを見る努力はすべきだと思うわ。その結果、それでも、わたし達にとって、矢本さんと接する事が苦痛であったのならば、それで関わるのをやめれば良い。あ、飽くまで、これはわたし達にとってね。社会全体の決まり事として捉えるのじゃなくて」

 「うん。そうかも…」

 わたしは、その凛子の語りに一応頷いた。しかし、それでも、何処かでは疑問に思っていた。

 本当に、それだけしかないのだろうか?

 社会はダイナミックに変異をする。

 そして、社会を変えるのは個人であって、ミクロな人間関係だって社会と呼べる。それで変わるのは、個人でもあるんだ。

 それによって、変わるのは。

 なら……、

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