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着飾りちゃん-1

 中間テストの結果が返って来た。

 わたしは、可もなく不可もなくといった結果だったが、凛子は良かったらしい。今回は負けてしまったみたいだ。

 ただ、物理だけは勝てたみたいだけど。

 でも、まぁ、わたしも凛子もそんなにテストの結果を気にする方ではないので、だからどうしたって感じではある。

 「やっと終ったわねー テストの結果がどうこうよりも、ストレスからの解放感の方が大きいわ、私は。はっきり言って」

 わたしは呟くように、そう漏らす。そして凛子もそれに共感を示した。

 「結構、良かったから、それが嬉しいけど、わたしも同感。もうちょっと、伸び伸びと勉強したいわ。内容はそのままでも良いけど、なんか、追い立てられるような感覚のストレスを感じるのは、うんざりするわよね」

 「こんな勉強方法じゃ、勉強がますます嫌いになるわよ」

 教室内は、結果が返って来た後のざわついた雰囲気に包まれていた。銘々が、勝手に様々な事を言い合っている。自慢話をするものや、苦悩しているものや、悪過ぎる結果で笑いを取っているものや、ヤマが当たった事を喜んでいるものや、ヤマを外した事を悔しがっているものや、そして、

 「良い点数を取ったからって、それを見せびらかす事ないじゃない!何、あの人。無神経よ」

 他人を妬んで、悪口を言っているものや。

 矢本さん。

 その、わたし達の耳に飛び込んで来た声の主は、そういう名前の女生徒だった。

 わたしと凛子は顔を見合わせる。

 どうも、誰かに良い点数を自慢されて、それで怒っているらしかった。

 「少し、ジコチュー過ぎるのよ」

 矢本さんは、その後でそうも言った。もちろん、他の人と会話をしている訳なのだけど、わたし達の耳にも届く程の大きな声だったのだ。もしかしたら、その自慢話をした相手に聞かせるつもりでいるのかもしれない。否、そこまで考えているかどうかは分からないけど。

 一応、断っておくと、ジコチューとは、自己中心的、の略である。

 わたしはしばらく無言で矢本さんを見続けて、それから直ぐに凛子の顔を見た。

 そして、一言。

 「どう思う?」

 凛子は溜め息混じりで、

 「どっちもどっち」

 と、そう応えた。

 矢本さんは、化粧がやたら濃い事で有名な女生徒だ。ただ、はっきり言って、化粧なんかする必要はないように思える。そして彼女は、熱心に勉強をしたりするタイプではない。であるにも拘らず、やはりテストの結果には執心するみたいだ。

 「他人対して、優越感を感じたいってエゴがあるから、他人が良い成績を取った時に怒りを覚えるのよね」

 わたしは、その凛子の言葉を受けて、そう返した。

 つまり、だから、どっちもどっち。

 否、その自慢話して来た相手が、どんな感じで自分の成績の事を言ったかは分からないから、場合によっては、一方的に矢本さんの方に問題があるのかもしれない。

 第一、他人に負けたくないって気持ちがあるのなら、もっとがんばれば良いと思う。自分は何の努力もしないで、他人が努力して得た成果を妬むというのはどういう事なのだろう?

 と、わたしなどは思ってしまう。

 その人が勉強をしている間、自分は、その分遊ぶ事ができていたのだから、それで良いじゃないか。その人が、みんなに自分の結果を誇る事ができるのも、努力によって得られるメリットみたいなものじゃないのかな?それを駄目だと否定するのは、だからちょっと不当だと思う。

 もちろん、それだって、限度はあるだろうけど、でも、ある程度はその人の成果を認めてあげるべきだ。

 もっとも、彼女はそこまで考えてなんかいないのだろう。その場その場で、気分だけで行動しているように思える。だから、言っても無駄かもしれない。

 何もかもが、自分にとって都合良く運ぶ訳はないのに、自分の思った通りにならないと、癇癪を起こすなんて。

 「彼女の方が、よっぽどエゴイストなんじゃないかしら?」

 わたしは、そこまでを考えると思わずそんな独り言を漏らしてしまった。ところが、その独り言を自分に向けてのものと勘違いをしたのか、凛子はそれに応えてこんな事を言って来た。

 「矢本さんの、姿形に拘ってるのかどうかは分からないけど、あの化粧はやっぱりだからなのかしらね? 彼女の場合は、他人の真似をしている訳じゃないでしょう?他人に合わせて自分も化粧をしているのなら、もっと薄くするもの」

 わたしはその言葉を不思議に思う。

 「え? 何の話?」

 理解できなかったのだ。

 そして、そう尋ねてしまった。

 「ほら、前にカメレオンに例えて、そんなような話をしたじゃない。周囲に合わせて、同じになろうとして、姿形を揃える。でも、自分を飾るのはそんな場合だけじゃないでしょう? 例えば、他人から褒められたいってエゴがあって、それで自分を飾るって場合もあるわ。矢本さんの場合はそうなのかな?って思って」

 なるほど。

 それを聞いて、わたしは納得をした。

 彼女のファッションは、自己表現だとかいった類のモノであるとは思えない。他人から良く思われたいってエゴがあって、それで着飾っているって感じだ。

 「その全てが悪いとは言わないけど、やっぱり、それって、エゴを充分にコントロールできていない部類に入るのじゃないかって思うわ」

 凛子はわたしの表情から、わたしが納得した事を悟ったのか、続けてそう言って来た。

 ………。

 因みに言うと、わたし達二人とも、化粧をする事はほとんどない。別に大した理由はないけど、なんだか面倒くさいし、体に色々なモノをつけるのが、そもそも嫌いなのだ。そして、それはそれで、変に思われているらしい。いや、多くの人にって訳じゃないけど、一部の人からは絶対に変だとか言われた事がある。

 そんなに変かしら?

 (まぁ、別に、変でも良いのだけど…)

 と、わたしはその凛子の話を聞いて、それを思い出して疑問に思ってしまった。そして、それから、こう呟く。

 「そういえば、わたし。化粧をするのは、周囲に不快感を与えない為で、自分の為よりも、周りの人の事を考えて化粧しなさいって言われた事があるわ。わたしは、その理屈なんか変だと思ったから、今でもしていないけどね」

 もちろん、これにも限度ってものはあるだろうけど、その程度の事で不快感を感じるのなら、それは不快感を感じたその相手の方が悪いのだとわたしは思う。

 はっきり言って、失礼だ。

 (そういう問題でもないけど…)

 化粧をしない自由だってあるはずだから、そんな事を強制されるのなら、それはわたしの権利が侵害されている事になるだろう。

 いや、そもそも法律だとかいった問題ではないかもしれない。

 これは。

 「わたしって、自分勝手かな?」

 わたしはポツリとそう言ってみた。

 凛子は静静と答える。

 「ううん。そうは思わないわ。多分、それはきっと、あの、カメレオンの例え話に関係する話だと思うな。みんな、同じになろうとして、共感する事を重要視しようとする。すると、個性を強く主張する存在を潰す方向で動くんだ。化粧するのが普通なら、化粧しない人を排除しようとするんだと思う。そういうの、間違ってるわよ。周囲の方がね」

 わたしは、凛子の言った事に頷く。

 「そうね。そんな社会。決して良い社会なんかじゃないものね。個人が苦しむ社会になってしまう。人間関係に、みんな疲れたって言ってるのに、その作用のお陰でそれを止める事ができない。止められないのは、みんな一人ぼっちが怖くって、個性を認めようとしないから。そんな現実には、是非とも抗ってやるわよ」

 そして、笑ってそう言ってみた。

 自分と社会の為に、それに抗ってやるんだ。

 わたしが、わたし自身の欲求から、化粧がしたくなったらそれは別だけど、絶対に、他人がしてるから自分も、なんて理由では化粧はしない。化粧をする事に苦痛を感じているわたしが、そんな理由で無理矢理に化粧をさせられるのは明かに間違っている事だと思う。

 取り敢えず、今のわたしは、そう思っている。

 「それに、社会全体が間違っている時に、個人がその間違っている社会の真似ばっかりしてたら、社会は闇の泥沼に向って突き進んで行ってしまって止まらない。誰かが、それに異を唱えなくちゃいけないんだ。そうじゃないと、その流れは変わらないから」

 わたしは続けてそんな事を語った。

 ただ、

 そんな事を自分で考え出した主張のようにして語ってみたけど、実はこれは、下井先生の授業や、凛子との様々な会話の上で、徐々にわたし達の間で作られて来た共通理解だ。だから、それが分かっているはずの凛子に、それを主張する事は実はあまり意味がない。

 アハハ…

 これは、その話の内容に反して、わたしの中の、共感を求める心理作用によって出た弁だったのかもしれない。

 (凛子との共感の為に)

 「そうそう。わたし達みたいな人間も、この社会には必要なのよね。もちろん、それなのに、場所によっては、そんなわたし達の事を排除しようとするかもしれないから、辛い時もあるかもしれないけど」

 凛子は熱く語ったわたしに対して、そう言った。

 もっと、ダイナミックに社会を考えてみる。社会が常に変動をして、不確定に蠢いているモノだと捉えてみる。或いは、わたし達の言う事を理解できない人もいるかもしれないけれど、そうイメージしてくれれば少しは分かるかもしれない。

 社会は固定されたものじゃないんだ。何が正しくて、何が悪いのかを変える事によって、社会を良くできる可能性があるのなら、その為に進んでいくべきなんだ。

 もし、個性を許容し、必要以上の共感を強制しない社会を作れたなら、どんなに良いか。

 マイノリティーを排除する社会を、いつまでも容認なんかしたくない。

 これは、色素異常を持つ祭主くんを、クラスの雰囲気が受け入れられなかった問題にも当然絡んで来るけども、それとは微妙に違った問題でもある。社会通念だとか、暗黙のものも含めた、社会ルールに関わる事だから。社会ルールを、語られている常識を、疑って否定して、この社会をより良いモノに変える。これは、そういう発想なんだ。

 個人を受け入れる、つまりは個性を受け入れる社会にする為には、一時は、強過ぎる個性が他人に不快感を与え、協調を破壊する事があっても、それを認めなくちゃいけない。

 傲慢になって個性を潰してちゃ、社会は前に進めないんだ。

 (個人も、社会も、成長できない)

 特に、日本社会は、個人を評価する事が下手すぎると思うから、この考えはとても重要だと思う。

 ………。

 

 その日の帰り道。

 わたしは偶然田中さんに出会った。

 わたしは部活動には入っていないけれど、確か田中さんは生物部に所属しているはずだ。わたしがどうしたのかと尋ねると、田中さんは「今日、部活ないのよ」と、呆気なくそう答えて来た。

 「文化系の、しかもマイナーな部活なんて、そんなものなの。いい加減なんだ」

 「ふーん」

 「もっとも、そのお陰で休めて、助かってるんだけどね」

 そう言うと、田中さんは少しだけ悪戯っぽく笑った。

 「ねぇ、テストの結果どうだった?」

 それから、ふと田中さんはそう尋ねて来た。

 田中さんも、わたしたちと同じ様に、テストの結果なんてそんなに気にするタイプじゃないから、この質問は、間を繋ぐ為のものだろう。

 いっつもマイペースに見える田中さんでも、そういう事を気にするらしい。わたしには、それが少々意外だった。

 わたしが自分の成績の大体を言うと、田中さんは笑いながら、「えへへへ、勝った」とそう言って来た。

 ――おおう、負けたか。

 笑ってはいるけど、人を見下しているとか、そういった邪気が全く感じられない所が実に田中さんらしい。

 実は田中さんは頭が良いのだ。

 その事は知っていたから、わたしは別に自分よりも彼女の方が成績が良いと聞いても驚いたりはしなかった。ただ、それで連想をして、昼間の、あの時の、矢本さんの悔しそうな表情を思い出してしまった。

 もしかしたら、彼女は、こんな風な邪気のない主張にでも妬みを感じて、相手の悪口を言っていたのかもしれない。

 そう思うと、厭な気分になる。

 「エゴが強過ぎる人っているわよね」

 それで、わたしはなんとなく、そんな事を口に出して言ってしまった。

 「………うん」

 田中さんは、何でわたしがそんな事を口にしたのか不思議そうにしながらもそれに頷いた。

 それで、わたしは矢本さんの事を語ったのだ。昼間の、あの身勝手な主張の事を。

 すると、田中さんは目を丸くして、驚いた表情を見せた。そして、

 「山中さんでも、そういう風に思うんだ」

 少しだけ、悲しい顔になってそう言って来たのだ。

 今度は、わたしが疑問に思う番だった。

 どういう意味?

 わたしにはその田中さんの悲しい表情の訳が理解できなかった。

 わたしのその表情を見ながら、田中さんは言う。

 「矢本さん。あの人、とっても不器用なんだよ。生きる事が」

 不器用?

 「確かに、山中さんの言うように、エゴが強過ぎる人っていると思う。でも、それだけ我が強いと、それをコントロールするのは、中々大変なんじゃないかな? 自分の中にあるその塊に翻弄されて、どうして良いのか見えないままに突っ走っていっちゃう、行く事しかできない、みたいな」

 ………。

 わたしは、その田中さんの言葉を聞いて、少々のショックを覚えた。

 それは感じた始めは違和感で、徐々にかたちを変えていった。

 わたしは自分の考えが間違っているだなんて少しも疑っていなかった。頭から正しいと信じ込んでいたんだ。だから、田中さんもわたしの言葉に頷いてくれるとそう思っていた。ところが、それが違っていて、わたしは混乱してしまったんだ。

 だけど、その混乱が治まると、それがどういう事態であるのか、わたしは分かって来た。そして、自分の考えを疑えていなかった己の傲慢さに気付き、それを恥かしく思いながら、わたしは、わたしがその思考の上で、一体何を行ってしまっていたのかを整理し始めたのだ。

 ――わたしは、

 わたしは、矢本さんの事を、いつの間にか“外”へ追いやっていたんだ。“規範の外”の“分からない”、へ。

 そして、彼女の事を根本から蔑視して、彼女の存在を否定していた。

 彼女の行動に問題があるからといって、その存在を全否定するというような発想では、なんら問題は改善しないのに。

 それは、

 マイノリティーを、排除する思考だ。

 「わたしもね、矢本さんには、克服しなくちゃいけない問題がたくさんあるとは思う。でも、だからって、それで彼女の事を全否定するのはどうかと思うの。そういうの、なんだか哀しいよ」

 田中さんは、わたしが黙っているとそう言って来た。

 わたしは、「そうか。そうね」と、それに対して、それくらいの事しか応えられなかった。

 彼女の主張は認めていたけど、その時に生じたその雰囲気を、どう泳げばいいかまでは分からなかったからだ。

 社会が前へは進めない理由。

 “傲慢”

 か。

 ………。

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