渇望の契り
「――いいだろう。では今から渇望の契りを執り行う。ショコラ、俺の肩に手を置け」
「こうですか?」
ショコラが背伸びをして俺の肩に片手を置き、俺も彼女の肩に片手を置く。
「よし。今から俺が唱える呪詛……呪文をおうむ返しに唱えるのだ」
「はい」
シュコーっと息をつき、甲冑の内部に渦巻く闇黒の瘴気に集中する。
「〈今こそ誓いの時〉……」
「たいむ、おぶ、じ、おーす……」
「欣喜が二人を充たすまで」
「きん……え?」
ショコラが困ったように見上げてきた。
「……意味が分からなくてもいいから、繰り返せ。もう一回やるぞ」
「あ、なーんだ。あはは……はーい」
咳払いし、やり直す。
「〈今こそ誓いの時〉……」
「たいむ、おぶ、じ、おーす……」
「欣喜が二人を充たすまで」
「きんき? がふたりをみたすまで」
「我らはひとつ、互いの渇望にて結ばれる」
「われらはひとつ、たがいのかつぼうにてむすばれる」
「片や死せる時は、片やその怨念を負いたる」
「かたやしせるときは、かたやそのおんねんをおいたる」
「片や遂げたる時は、片や宿命を分かち合う」
「かたやとげたる? ときは、かたやしゅくめいをわかちあう」
「ディーゼルは切望する――」
ショコラを見ながら俺が先に唱える。
「ショコラが絆の深淵の最奥へと同行することを」
「……」
分かってない様子のショコラに、顎をしゃくって促す。彼女はあっ、と慌てた様子で口を開いた。
「ショコラは切望する――ディーゼルが私の復讐を遂げ、二人とも生きてダンジョンから脱出することを」
「我は誓う――ディーゼルはショコラの復讐を遂げ、二人とも生きてダンジョンから脱出することを」
「我は誓う――ショコラはディーゼルと共に絆の深淵の最奥へと同行することを」
「我は結ぶ――この魂の一端をショコラに」
「我は結ぶ――この魂の一端をディーゼルに」
「異議ある者は今この場で手をほどき、背を向けよ」
シンッとした静寂が舞い降り、同時に俺とショコラを黒い旋風が包み込んだ。
轟と巻き起こった風に、ショコラが「ん……」小さな声を漏らした。
オオオオオ……というおどろおどろしい声と、キャーーーーという身の竦む声が混じり合う闇夜に包み込まれ、その中で、ショコラの猫目がきょとんと金色に光り輝いていた。
「……もはや誓いに背を向けること叶わず。これにてディーゼルとショコラは狭間の抱擁にて結束されん。闇黒の祝福あれ、オーメン」
「オーメン……」
黒い旋風が収まる。
シュゥゥ……という音と共に、俺とショコラの胸から同時に黒煙が上がった。
「……えへへっ……」
「何がおかしい?」
照れくさそうに笑うショコラ。笑える場面じゃないと思うが。
「なんか結婚式っぽいなーって……ちょっと照れますね……ハズい……」
……今の禍々しい儀式性呪詛を目の当たりにして、その感想か……。
「……豪胆な奴」
「へへへ……あれ? ディーゼルさん、その胸、そんな矢みたいなマークありましたっけ?」
そこで、無言でショコラの胸元を指差した。
「ん? ……え、なにこれ? え、なにこれ、なにこれ? ……どぇえええええええええええええッ⁉」
そこには鮮やかなハートマークが刻まれていた。なぜかは俺にも分からない。
「ちょ、ディーゼルさん! こんな卑猥なタトゥー入るなんて聞いてないですよ! こんなの、お嫁に行けないじゃないですかぁああああああああああああああああ‼」
契約は成った。
こうして俺は超弩級の地雷を全力で踏み抜いた。
ショコラの胸にハートマークが刻まれ、俺の同じ場所に矢のマークが浮き彫りとなった。こうしてお互いの、どこか同じ場所に固有のシンボルが刻まれるのが〈渇望の契り〉の証。
俺とショコラのシンボルがハートマークと矢である理由は、神のみぞ知るというやつだ。
――しかし。
本当に血迷ったことをした。
ショコラに一瞬でも可能性を感じてしまうなどと……。
あっ、こいつならいけそうかも、などと思ってしまうとは……。
おかしい……数多の怪物を束ね、数え切れない挑戦者と対峙して鍛えられていたはずの、相手の力量を瞬時に見抜く俺の眼力が……。
俺の目は、焦りで曇っていたのだ――。
◇◆◇
シュワシュワという音がして、胸に矢を受けて死んだはずのショコラが起き上がった。
「――はっ! ディーゼルさん……また私、なんかやっちゃいましたか?」
復活したてのショコラを無言で張り倒す。
「いたいっ!」
「たわけがッ!」
万謝の燭が、そんな俺達をあざ笑うかのように炎を吹き上げていた。
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