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幽鬼のホームカミング

 そこにエルフ女――ミトラだったな。よく見るとハーフエルフだ――が割り込んでくる。


「で、でも! 〈勇者の追憶〉には絆の深淵の一〇〇層までの記録までしか……」


「〈勇者の追憶〉? なんだそれは」


「僕たち人類が大切に保管している、絆の深淵の内容を細かく記した書物です。僕たちもその記録を元に勉強し、戦略を練ってここまで来ました」


 そう言ってイルバーンがミトラから受け取ったのは、古そうな書――。


「あら……? ディーゼル……それって――」


 マグノリアが何かを言いかけて、それを俺が手で制する。


「そ、そうか……だが、その情報はもう相当に古いだろう。絆の深淵は今でも成長を続けている生きたダンジョンだ」


 言葉を失ったスターチェイサーの面々に言い放つ。


「今や……絆の深淵は二〇〇階層を超えている」


 俺の同僚が出てくるのも、ここから。ターチは一番槍だ。


 今のダンジョンの状態を思い出しながら、さらに続ける。


「ここに至るまで、俺以外の幽鬼(アブザード)が出なかったことを疑問に思わなかったのか? 深層には幽鬼(アブザード)なんぞ、わんさかウロついているぞ。さらに上位の幽鬼(アブザード)だっている。空にはフェニックスとエフェックスが、グレートドラゴンと共に飛び交い、エクスカリバーを振り回すガイコツ軍団が隊列を組んで襲ってくる。さらには一度捕まれば二度と出られない狂気の罠の巣をくぐり抜け、出口のない迷宮を突破し、この骨の恐竜を始めとする悪夢の守護者たちを全て退(しりぞ)け、この俺を打ち倒さねば、絆の深淵の最奥には到達できん」


「そんなん、無理だろ……S級が一〇〇人いたって無理だ……」


「かつて、この絆の深淵の最奥に辿り着いたという冒険者の話があります。それは嘘なのですか?」


 リックが愕然と喘ぎ、神官戦士――オレガノだな?――が俺に尋ねた。


「――懐かしい話だ。ああ、いたぞ。過去に何十チームも俺の前に辿り着いた者達がいた。最近はいないが」


 まだ絆の深淵が若かった頃の話だ。そしてその中で、当時の俺を打ち破ったのが二人。


「そんな……そんな名も知られていない伝説的なS級冒険者がいたなんて、信じられない……」


 ミトラがぽつり。


「S級……ではないな。連中はいずれもM級冒険者だった」


「M級? ……どういう意味ですか? M級冒険者など、聞いたことありません」


 オレガノが眉をひそめた。


「ふむ……なぜだ……? S級の中のS級冒険者を非公式に(モンスター)級と呼ぶのではなかったか? この、(ナイトメア)級を攻略するのにふさわしい資格を持つ者どもを、M級冒険者と称していると聞いたぞ? まぁ、随分と昔の話ではあるが」


 スターチェイサーは今や、熱心に俺の話に耳を傾けていた。


 過去の記憶を探る。


「――まぁ、滅多にいないそうだからな。呼称くらい、時代の移り変わりの中でいくらでも変わっていくだろう。いずれにせよ、お前らみたいなぺーぺーが絆の深淵の最奥に到達しようなどと、おこがましい。一〇〇階層踏破で満足しておけ。実際、誇っていい実績だぞ。ここ数十年、一〇〇階層に到達した挑戦者はいなかった。今から六〇〇年以上前なら、お前達も最奥に辿り着いた者と呼ばれることになったかもな」


 静寂が来た。いつの間にかケイトも泣きやんでいたようだ。


「――ディーゼル。その申し出を、僕の責任で受ける」


「賢明だな、イルバーンよ」


 よし。言いくるめてやったぞ。勇者と魔王という面倒事がまとめて片付いた。外で存分に潰し合うがいい。


 争え……もっと争え…………。


 内心で邪悪な決めポーズを取ってから振り返ると、ケイトが、マグノリアとクラリス、そしてショコラの三人に囲まれて慰められていた。ショコラは本当に人の輪に入るのが早い……。


「――マグノリア」


「なによ? 勇者は殺さないの?」


「いや、取引は成った。奴らはこの一〇〇階層を踏破してお帰りの上、俺に代わって魔王をしばき倒してくれる。――〈絶死(ぜっし)兵団〉を呼べ」


「もぅ、面倒くさいわね――」


 腰に手を添えて嘆息したマグノリアの目が、妖しく輝いた。


 するとデンハムが通ってきたバイパスゲートから、ザッザッザッ……と煌びやかな装備に身を包んだ死の(つわもの)どもが現れた。


 絶死兵団――正式には、〈侵入者絶対死ね死ね兵団〉。ダンマス命名。


「クラリス。エクスカリバーを奴らに渡してやれ」


「なんで私が……」


「俺が行けば警戒させるだろうが。喧嘩したばっかりなんだぞ。お前は見た目がまとも風味なんだから、こういうときこそ率先して仕事をしろ」


 クラリスは見た目は清廉(せいれん)な女騎士だ。いかにも騎士然とした端麗(たんれい)な顔つきも相まって、人間受けはすこぶる良い。なかなか役に立つ外交要員だった。邪悪な波動を放射する甲冑を着ており、見るからにヤバい斧槍を携えているせいで、見るものが見れば正体は即バレするが。


 ブツブツ文句を言いながら、クラリスがガイコツ兵から剣を一本取り上げた。


「――おい、これも持っていかせろ」


 ふと思い立って、ガイコツ兵からさらにふたつ装備を剥ぎ取り、クラリスに持たせる。彼女は三つのアイテムを両腕に抱えて、「おっとっと」などと、ふらふらとバランスを取りながらスターチェイサーに近づいていった。


「――そら。気まぐれなラスボスからの(そで)の下だ。呪いはかかっていないから、安心するといい」


 クラリスはそう言って、ニコッと笑顔を浮かべた。


 スターチェイサーが、そんな彼女から恐る恐る装備を受け取る。


「これが……エクスカリバー……」


 真っ白な輝きを放つ剣を持ったイルバーンは、さまになっていた。


「――こちらのアイテムは、いったい?」


 オレガノが残りの二つを聞いた。


「〈賢者の石〉と、〈力の盾〉だ。お前と、そっちの魔法使いの戦力向上になる」


「け、賢者の石と……」


「力の盾……」


 リックとミトラがゴクリと喉を鳴らして目を丸くしていた。


「とりあえず、その装備を持ったお前ら三人がいれば魔王にも対抗できるだろう。ああ、あとな、魔王の弱点は尻だ。あの一族は邪竜の亜種なんだが、変な位置に逆鱗(げきりん)があるんだ。しっぽの付け根だな。逆鱗に触れて発狂モードに入れば、あらゆる魔法的な防護を剥がせる。逆に攻撃は激しくなるが、対策をしていけばトータルではそっちの方が断然楽になるはずだ。がんばれ。そうだ、うまく逆鱗を突ければクリティカルにもなる。お前の鋭い突きで奴のケツの穴を増やしてやれ、イルバーン。ふたつとはケチなことを言わず、三つ、四つにな」


 クラリスが俺の後ろに戻ってくるのを待って、続ける。


「……今の情報と、その追加装備は成功報酬を含んでいる。絶対に、魔王軍をここに近づけさせるなよ?」


 パチンッと指を鳴らすと、ホールの隅に魔方陣が現れ、それは青白い粒子を吹き上げ始めた。


「――外に繋がる転送機だ。出血大サービスだから、今日はもうそれで帰れ」


 イルバーンが何かを言いかけて、口をつぐんだ。


 無言のまま頭を下げると、星の勇者は足を引きずって転送器に向かった。残りの奴らもそれに続いた。


 その背中に語りかける。


「……久しぶりに歯ごたえのある戦いになった。お前は見所がある。いずれ成長すればかつてのM級冒険者にも比肩(ひけん)するだろう。お前ならば魔王軍など屁でもない。だから……もう二度と来るなよイルバーン。(ひなた)で正気を保ち続けろ。勇者などというつまらん名前に酔って命を安売りするな」


 転送機に立ったイルバーンは俺を見て、ケイトを見て、そしてもう一度俺を見ると、ふっと消えた。


 なんとなくだが、また来そうだな……。


 きっとそれは本人の意思とは関係ないものになるだろう。こういう(きざ)しを、宿命とか運命と呼ぶのだったか。


 勇者、か……。


「――どうして余計な装備まで持たせたのよ?」


 マグノリアが聞いた。


「魔王が嫌がることなら何でもする」


「うわ、性格わるっ……」


 俺のまっすぐな宣言に、クラリスが引いた。


「ディーゼル君が魔王君と喧嘩してたのって、先代でしょう? 今代とはそんなに会ったことないよね?」


 デンハムが不思議そうに言った。


「いいんだ……親の罪を背負って生きていけばいい」


 親父は親父でムカつく奴だったが、そもそも気持ち悪いのはあのドラ息子の方なんだよ。ケイトに近づけさせるものか。


「ところでディーゼル君、この獣人の女の子は誰?」


 デンハムの声に、視線が一斉にショコラに向いた。


「さて、と――」


 ショコラに向き直る。


「次はお前だ、ショコラ。ついうっかりしていたが、イルバーンに復讐するという契約を果たさずにあいつを帰してしまった。そもそもなんだが、あの復讐の話、お前は嘘と言ったが、嘘ということはあるまい」


「え? 嘘ですよ?」


 と、恥ずかしげもなくショコラ。


「いや……嘘はありえん。口からでまかせの安い言霊(ことだま)では渇望の契りは発動しない」


 俺の鎧の胸に刻まれた矢のマークを指差して続ける。


「あの時、お前は確かに“ディーゼルが私の復讐を遂げ、二人とも生きてダンジョンから脱出することを”と望み、心の中でその言葉にふさわしい恨みを思い浮かべたはずだ。それが何なのかは俺も知らんが、それを果たさなければ契約が完了しない。だから、あの時お前は本心でどんな復讐を望んだのか教えろ」


 ショコラが俺に語った嘘ストーリーはいいとして、肝心なのはそれだ。結局、彼女は渇望の契りで何を望んだのか。それをはっきりさせないと、この地獄のバディー契約が終了しない。


「えー……? あっ!」


 ピーンと猫耳と尻尾を立て、彼女が頭の上に電球を浮かべた。


「その約束なら果たされましたよ」


 きょとんと、ショコラと見つめ合う。


「――? どういう意味だ?」


「前に一度だけ変装をした上でイルバーンさんに、ちょっとだけエッチな感じで近づこうとしたことがあったんですよ……あ、フェニックスの涙目的ですからねっ! お宝頂いたら、すたこらさっさで肉体関係のないやつ! ギリギリ、服越しのぱふぱふまでで!」


「はぁ」


「でもその時、あっさり(そで)にされて乙女心が傷ついたんです! 内心、ずーっとムカついていました。その時私、クスクス周囲に笑われたんですよ! 酷くないですかッ⁉ 女に恥をかかせやがって! あの綺麗なすまし顔を一発ぶん殴ってやりたい! そんな恨みつらみをあの時、ぶつけてみました!」


「ええ……」


 そんなしょうもないことを胸に渇望の契りにのぞんだ奴、ショコラが史上初じゃないだろうか。


「でもディーゼルさんが、ああやってイルバーンさんをとっちめてくれたので、もうすっきりしました」


「軽すぎる…………そんなんでいいのか?」


 確かに、復讐しろとは言われたが、殺せとは言われていないな。復讐=殺害とは、俺の勝手な思い込みだった。


 ……ま、俺の願いも、言ってみればただの帰宅だしな。実は俺たちの願いの重さはちょうど釣り合っていて、だからあの時あんなに綺麗に渇望の契りが発動したのかも知れない。ある意味、奇跡だったな。


「はい! ありがとうございました、ディーゼルさん!」


 ショコラのスッキリ良い笑顔。見向きもされなかったことが、よほど腹にすえかねたということか……。


「なんだかなぁ……」


 シュコーッ。


 たったそれだけのことでイルバーンは俺に殺されかけたことになるぞ。女って怖いな。マグノリアとか、クラリスとかを見ていてもそう思う。


 ましてやケイトをいわんや。


「――ケイト……俺がいない間、ちゃんと食べていたのか?」


「……」


 ケイトに歩み寄り、話しかける。


「ホットスナックばっかりじゃなくて、ちゃんとした食事だぞ。野菜を除けてないだろうな? 毎日風呂入っているか? 頭も忘れずに洗ってるんだろうな? 乾かすのは誰かに手伝ってもらったらいいから、ちゃんと毎回洗えよ。約束したよな? 歯磨き面倒くさいとか言って、夜スキップしていないだろうな? ブラッシングは最低五分だからな。回復魔法を期待するんじゃないぞ、後遺症が残る場合だってあるんだ」


「……うるさい」


「ぐ……」


 ピシリと兜が鳴った。


「あんたのために言ってるんだぞッ!」


 ササッとショコラの後ろに回り込んだケイトが、にっこにこなショコラの尻の陰から俺をのぞき見た。その頬をさわさわとショコラの尻尾が撫でている。


「あららぁ~~……そんなに強く言ったら駄目ですよ。口うるさいですね、ディーゼルさんって。ねー、ケイトちゃん?」


「うん。ディーゼルうっさい」


 コクリと、ショコラを見上げて頷いた金髪の少女。


 ギリッと手甲が鳴った。


 だが、そんな苛つきもすぐに霧散する。


 俺の視線は先ほどからデンハムの後ろに注がれている。


 あの穴の先に想いを馳せると、何とも甘美な心地に包まれるのだ。


「――まぁいい。デンハム、俺は帰る。ターチのことは頼んだ」


 俺の予想を超えて、しっかりと時間稼ぎをしてくれたサイクロップスのターチには特別ボーナスを考えている。兜が欲しいとか言っていたから、なにか強力な闇黒遺物(ヴォイド・レリック)を見繕ってやろう。


 その事務処理を含む一切合切をデンハムに押し付けて、バイパスゲートに向けて一歩を踏み出した。


 ――やっっっとだ……ようやく帰れる……ッ!


 あのゲートの向こうには、愛しの俺の部屋(マイホーム)が待っている。


 足取りが軽い。甲冑の重量が嘘のよう。


 心なしか空からファンファーレが聞こえてくる。テテテーレッテーレッテレー。


 雲の上を歩くとはこのことか。


 これが……。


 これが幽鬼(おれ)の……帰宅(ホームカミング)だ‼


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― 新着の感想 ―
[一言] 絶死兵団と実際の名前のギャップw
[良い点] 色々情報でてきて〆よかったです! [気になる点] ショコラの尻いいっすね。 [一言] あ、これ帰宅できないパターンかも。
[一言] 続いて欲しいけど終わってしまうのか
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