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天下のか……ショコラ

「……なにをしている?」


 〈落日(ダウンフォール)〉の溜めを解除し、大戦斧を下ろす。


 ショコラがいつの間にかマグノリアの背後に回り込んで、その首にアイス・ファルシオンを添えていた。


 あまりの事態に俺だけでなく、イルバーンも、スターチェイサーの面子(めんつ)凝然(ぎょうぜん)とその様子を見守っていた。


「イルバーンさんのアイテムが消滅すると困るので、殺しちゃだめで――」


「――ッ⁉ ちょ、まてッ! よせっ‼ その女を殺すな‼」


 ショコラの声を遮って、慌てて手を上げる。あまりにデンジャラスな行為に、つい狼狽(うろた)えてしまった。マグノリアの手がショコラに触れる寸前だ。


 ショコラが申し訳なさそうな顔になる。


「――ごめんなさい、ディーゼルさん。大切な(ひと)にこんなことして」


「――大切な女ってどういう意味?」


 ショコラのひと言に、マグノリアが怪訝な顔つきになった。


「双方、落ち着け……ショコラ、まずはその剣を下ろせ」


「駄目ですッ! 私にはどうしても必要なものなんですッ‼」


 ショコラがグッとアイス・ファルシオンをマグノリアの喉に近づけた。


「はーーーー、よせよせよせッ! その女は俺の仲間だ‼ 殺すんじゃない‼」


 手が! マグノリアの手が! ショコラに紙一重!


 思わず手をかざして間抜けな声を上げてしまった。


「ご、ごめんなさい! 私だってお世話になったディーゼルさんに、こんな卑怯な真似したくないんです……」


 猫耳をペタンと倒したショコラ。不快そうに眉をひそめるマグノリア。


「――なんだなんだ、どうしたんだショコラ。お前が必要なものとはなんだ?」


「わ、私にはどうしても〈フェニックスの涙〉が必要なんです! だからディーゼルさん! イルバーンさんからそれを奪い取って下さいッ‼」


「フェニックスの涙? ……ああ、お前の里から盗まれたってやつか」


 そういえばそんなことを言っていた。確かに、イルバーンに真なる死をくれると、奴が持っているアイテムは全て消滅するからな。


「はぁ……だがこいつを殺さんと、イルバーンに復讐するとかいう、お前との契約が完了しない。かといってこいつを何度も死に戻りさせるわけにもいかん。勇者は強者に殺されて生き返るたびに、妙な成長を遂げることがあるからな。()るなら、ここで一発で仕留める。フェニックスの涙なら――」


「里や復讐の話はもういいんです。嘘ですので」


「俺が――は? なに?」


「嘘なんです」


「嘘だと?」


「はい。フェニックスの涙さえあればいいんです」


 しれっと言い放ったショコラ。


 いや、そんな訳あるまい。嘘では渇望の契りは発動しない。一体どの辺から嘘なんだ……。


 逡巡するも、マグノリアの指先が気になって集中できない。危ない。眼球にアイスピックの先を紙一枚で突きつけられている時の感覚って、こんな感じなのか? 俺のあるはずもない肝が冷える。ヒヤヒヤする。とにかく危ない。そんな焦りの中で、次々と入ってくる新情報が処理できずに沈黙する。


 するとそこにシーフの興奮した声が上がった。


「――ああっ⁉ ショコラっ‼ 思い出した! 怪盗ショコラ‼」


「はぁ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げて、兜を向ける。そこにはシーフ――リックとか呼ばれていたか――が、指を突き出してまくし立てていた。


「シーフギルドに所属しない、一匹狼の怪盗を名乗る女がいるっていう指名手配書を見たことがある! その女、マスク越しの人相書きや特徴とそっくりだ‼」


「――か、い、と~~~~う? お前がかぁ〜〜⁇」


 俺が再びショコラに兜を振ると、彼女はえっへんと胸を張っていた。


 鎧の底から蘇ってくる、ダンジョン攻略の記憶。


 ミミックに食われるショコラ。


 トラップを踏み抜くショコラ。


 丸焦げのショコラ。


 潰れるショコラ。


 矢で串刺しのショコラ。


 物理的に俺の足を引っ張るショコラ。


 死ぬショコラ。弱いショコラ。ドジなショコラ。集中力散漫なショコラ。なんでもすぐに手で触るショコラ。チョコばっかり食べてるショコラ。隙あらば俺のタバコにいたずらをするショコラ。何かあるごとに俺をスケベ認定しようとし、責任を取らせて嫁に転がり込む気のショコラ。


 ショコラ、ショコラ、ショコラ、ショコラ、ショコラ。


 そしてふつふつと湧き上がる(いきどお)りと、拒否感。


 万感の思いを込めてズビシッ! と指を突きつける。


「――嘘をつけッ‼」


「うー……? 嘘なもんですか! 天下の怪盗ショコラ様たぁ、私のことよ‼」


 自信満々に格好つけて言い放つショコラがまた腹立たしい。


 思わずイルバーンから足をどかして、ガンと床を踏み込んだ。


 ビッビッビッと、空気を指で突いて叫ぶ。


「お前、みたいな、ドジな、怪盗が、いて、たまるか! 嘘だッ‼ 全国津々浦々の怪盗ならび泥棒諸君らに謝れ‼」


「きーっ、嘘じゃないもんッ‼ 言い過ぎ‼」


 今にも飛び掛かってきそうな剣幕のショコラと、「なにこれ」と半笑いのマグノリアを挟んで睨み合う。


「――仮に……仮に、百歩譲って怪盗だったとして、なんでダンジョンに怪盗がいるんだ。お(かど)違いだろうに」


「イルバーンさんから、フェニックスの涙をくすねるために追ってたんです」


「ふぅん?」


「スターチェイサーには、世にも珍しいフェニックスがメンバーにいて、そのリーダーは火の鳥の恩恵を得て戦うって有名ですから。とても希少な涙も持ってるって噂があったんです」


「――じゃあなんだ、お前は初めっから金儲けのために俺に取り入って、嘘で騙し、イルバーンを追わせていたということか」


 騙されたって言うか、深く追求するほど興味がなかっただけだけどな。


 すると、心外と言わんばかりにショコラが口を尖らせる。


「むーっ! 金儲けのためなんかじゃありませんッ! 私は、そりゃあお宝は盗みますけど……そのために誰かを巻き込んだりなんてしません。そういうことは一人でやります」


 言い切ってから、少し肩を落す。


「――でも今回はどうしても必要だったので、心苦しかったんですけど、手伝って欲しくて嘘つきました」


「ふぅん?」


「あ、信じていませんね」


「ああ、信じていないな」


 するとそこに、マグノリアが興味ありげに口を挟んできた。


「へぇ……あなた、ディーゼルを手玉に取ったの? この筋金入りの朴念仁(ぼくねんじん)を? ふふっ。やるじゃない」


「手玉になんて取られていない」


 まったくの誤解だ。


「よりによって、よくこんな甲冑お化けと一緒に行こうと思ったわね」


「え……だ、だってー! 凄く人が良さそうだったから……脳筋っぽいし、簡単に騙せるかなーって。ボッチみたいに、僕と友達になってくれませんか、的なノリで話しかけてきて、ちょっと可哀想だったってのもありますけど……」


 マグノリアがついにプッと吹き出した。


「――本当は、イルバーンさんがこのダンジョンに入る前に盗んじゃうつもりだったんです。でも思ったよりパーティーが大所帯で隙がなくて……結局ズルズルとダンジョンの中まで来ちゃって。でも、いざ入ってみれば私一人だと全然進めないし。スターチェイサーと差を広げられちゃって焦っていたんです。そこにディーゼルさんが現れたものだから。この人ならいけるかなーって」


「ダンジョンに先んじて入られた時点で、諦めて帰れば良かったろうに」


「どうしてもフェニックスの涙が必要だったんです」


 ショコラがそこまでフェニックスの涙に執着する理由とは?


 特に興味もないが……。


 もの凄く聞いて欲しそうにチラチラと俺を見るショコラ。もの凄く鬱陶しい。


 シュコーッと嘆息がもれた。


「――では一応、その理由を聞いておこうか」


「お姉ちゃんを、生き返らせたいんです!」


 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりのショコラ。


「ふむ? 廃人になったのでは?」


「嘘です」


「嘘ばっかり……」


 思わずギリッと手甲を握り込む。


「お姉ちゃん、去年病気で死んじゃって……でも私、それにどうしても納得出来なかったから、フェニックスの涙を使ってお姉ちゃんを生き返らせたいんです」


「納得出来ない……? なんの病気だ」


「悪夢蝶です」


 なる、ほど……。


 悪夢信奉者やら悪夢教団にやけに詳しかったのは、そういうことか。


 無言で続きを促すと、ショコラが声のトーンを上げて続ける。


「自然死には、フェニックスの涙は効果がないっていうことは知ってます。でも悪夢蝶は自然な死じゃないんです! 絶対におかしいんです!」


 確かに。めちゃくちゃ不自然だ。


 悪夢蝶とやらが自然死に見せかけた意図的な呪い、あるいは自然の摂理に反するような疫病の類いであれば、その矛盾をフェニックスの涙が(はら)って復活させられる。


「……本当なのかその話?」


「はい……今まで騙してて、ごめんなさい……」


 ショコラがしゅんとした。


「なら初めからそう言えばいいだろう。俺はお前がどんな目的で絆の深淵に侵入したとしても、気にせんのだから」


「怪盗が盗みを働くのに、一般人に素直に助けを求めるなんてカッコ悪いじゃないですか。せめて騙して利用しないと」


「なんなんだ、その迷惑な矜持(きょうじ)……」


 全身から力が抜けていくようだった。


「まったく……お前の話は嘘が多すぎる。整理するぞ――姉がイルバーンに弄ばれたというのは?」


「嘘です。会ったこともありません」


「姉が廃人状態だったという話は」


「嘘です」


「里からフェニックスの涙が盗まれたというのは」


「嘘です」


 ここまで全部嘘……。


「姉が悪夢蝶で死んだというのは」


「本当です」


「お前がE級冒険者だという話は」


「本当です」


「お前が怪盗だという話は」


「本当ですって」


 シュコーッと嘆息が漏れた。


「――俺が幽鬼(アブザード)だと信じていないなどと嘘までついて……見上げた根性だな。そんな表面上の嘘では、俺の瘴気を受けた時に感じる恐怖は振り払えなかっただろうに。おくびにも出さずに、ずっと我慢していたということか。その辺りは、さすがはプロの怪盗とい――」


「いいえ? それは嘘じゃありませんよ。ディーゼルさんが、そんなおっかない怪物なわけないじゃないですか。私信じてません。ディーゼルさんこそ、その嘘、そろそろ取り下げてください。そしていい加減に中の顔を見せて下さい。どんなに中身が不細工でも私、気にしませんから」


「……」


 何でそんなに(がん)として信じないんだ……。


 俺とイルバーンの戦いを見ていただろうに。結構な規模の戦いだったと思うぞ? 歴史の教科書に載せてもいいくらいの激戦だったはずだが。俺がただのコスプレイヤーなわけないだろう……。


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[一言] 魔王とかショコラの姉とかまだまだ続きそう!
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