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出会い

 ショコラはE級冒険者だと名乗った。下から数えた方が早い低ランクだ。


 そもそも一人では進めない絆の深淵に一人で来ている時点でアホ確定なのだが、しかし彼女は器用にも紐を腰に結んで城壁を登るなどして、本来は二人で開けなければならない扉を、たった一人で開けてみせるという妙技をやってのけたのだ。


 絆の深淵にも欠陥(バグ)――すなわち抜け穴はある。複数人で対処しなければ解除できないようにギミックを作ったとしても、どうしても想定外があったりするものだ。


 そういった抜け道は、特にこういった浅い層においては、千年にわたる改修の果てに全て駆逐(くちく)されたはずだったが、あの女は俺の目の前で新しい抜け道を開拓して見せたのだ。


 それを遠目に見た俺はピンときた。


 俺は戦闘特化の個体だ。この絆の深淵が誇る究極の暴力装置。


 しかし、このダンジョンを()くに当たってそれ以外の能力、すなわち調査、斥候(せっこう)、ルート開拓。その他諸々(もろもろ)の細かなスキルが決定的に足りていない。


 そういった観点で、この女冒険者は俺の相棒に最適ではなかろうか――。


 ショコラに声をかけた。


 素直に俺の名と正体――すなわち統べる幽鬼(レイン・アブザード)であることを打ち明けた上で、ここの攻略には最低でも二人必要である。仲間になって欲しいと。


 そして、そのためには契約が必要であると。


「――契約ですか?」


「そうだ。狭間(はざま)の住人である俺と、現世(うつしよ)の住人であるお前がパーティーを組むことなど、本来はできない。水と油のようなものだからな」


「ふむふむ……?」


「そこで俺の闇黒(くらやみ)の力で特殊な契約状態とし、強引にパーティーを組む」


「……どんな契約ですか?」


(たが)いが、互いに望みを突きつけ合うのだ。現実的に遂行可能な願いなら、なんでもいいぞ。両者の要求が達成されるまでは、二人の魂は永久に(わか)たれることはない。〈渇望(かつぼう)(ちぎ)り〉という」


「渇望の契り……」


「つまり、分かりやすい現象のひとつとして、二人はパーティーを解消できなくなるといった形で影響が出る。本来は副作用なのだが、今回はそれを逆に利用する」


「……なんかすごーい!」


「元々、渇望の契りは気心(きごころ)の知れない者同士が、互いの宿命を強引に結束させるために使う外法(げほう)だが、まぁ別段、危険なものでもない。お互いが要求を達成すれば後遺症ひとつ無く解除される、魂レベルの(のろ)……契約だ」


「ほうほう、格好いいですね!」


「俺の望みは、ダンジョンの最奥へ到達するまでお前が俺を手伝うことだ。なに、心配するな。俺がいれば、さほど難しいことではない。俺はこのダンジョンを隅から隅までまで知っているし、このダンジョンで俺が(たお)せないモンスターもいない。勝利は約束されている。お前の望みはなんだ?」


「……ディーゼルさんって、そんなに強いんですか?」


「ああ。魔王だの、竜王だのぬかす(やから)と正面から一騎討ち(タイマン)でぶつかれば、俺が勝つくらいには強いぞ」


「……」


「お前も絆の深淵の最奥まで到達でき、そこにあるお宝を持って帰れる。人類がまだ見たこともないような、歴史に残る秘宝だぞ」


「お宝!」


 お宝マークを浮かべた目をキラーンと光らせた。食いついてきたぞ。


「なんなら俺が特別にひとつおまけを付けてやってもいい。それくらいの裁量(さいりょう)権はある。しかもだ、渇望の契りにおいて、お前が俺に突きつける望みも、俺の手によって叶えられるという出血大サービス付きだ。悪い話ではあるまい」


「うーん……でも契約って言われるとぉ……ちょっと考える時間がぁ……」


 攻め時だ。


 兜を掻きながら白々しく続ける。


「……あー、しかしなぁ……実はもう俺とパーティーを組みたいという冒険者が控えているのだ」


「え……」


「向こうも今、考える時間が欲しいということで仮押さえ状態なのだが、向こうがイエスと言えば順番的に俺はそいつとパーティーを組まなくてはならん。それが道理というものだ」


「そんなぁ……」


 がっくりと肩を落したショコラ。


「うむ……だがな……ここだけの話……お前が今からそいつを出し抜く方法がひとつだけある……聞きたくはないか?」


「え……なんですか、それ……? 教えてください……!」


 俺が声のトーンを落とすと、彼女も声をひそめて合わせてきた。ノリがいいな。


「他言無用だぞ……」


「ゴクリ……」


 身をかがめて兜を寄せると、同じように緊張した面持ちで猫耳を寄せてくる。そこにひそひそと続ける。


「……お前が今すぐ俺と渇望の契りを結ぶと言うのであれば……お前に優先権が発生する……本契約のほうが当然強いからな……こういう契約ごとはな……とにかく先に本契約を結んだものが勝つのだ。仮契約など本契約の前では口約束に等しい」


 ピクピクと猫耳が揺れた。


「じゃ、じゃあ……私が今、決めたらぁ……先に契約取れるんですか……? お宝、ゲットできちゃうんですか……⁉」


「そうだ……ただし今だ。今だけだぞ? 今を逃したらこの俺とパーティーを組めるなどという、億分の一の幸運はもう二度と無いからな……あぁー、そろそろもう一人の方との約束の時間だ。さぁ、お前の望みを言え」


「むむむ……」


 俺の言葉巧みなセールストークに、欲望を散々(あお)られたはずのショコラは、たっぷり時間をかけた後、「じゃあ……」と口を開いた。


「私の復讐を手伝って下さい」


「復讐だと?」


「はい……あ、それから私、死ぬわけにはいかないので。ちゃんと生きたままダンジョンから帰してくださいね?」


「――まぁ、いいだろう。お前に死んでもらっては困る。俺まで死ぬかも知れないからな」


 首肯(しゅこう)して、契約内容を定めた。


「俺がお前の復讐を手伝い、お前は俺と最奥まで付き合う。お互い生きたまま最奥まで到達し、俺はお前を生きたままダンジョンの外へ帰す。契約内容はこれでいいな?」


「はい。よろしくお願いします、ディーゼルさん……あ、そういえば名乗っていませんでした。私、天下のか……ショコラって言います」


「ショコラ……」


 見つめ合い、黙する。


 一陣の風がショコラの髪を撫でていった。


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