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闇黒の誘惑

 〈降り注ぐ死の抱擁サーモバリック・ボンバード〉の破壊力によって、煌めく星雲結界はあえなく崩壊し、吹き散らされた。


 かわってその場に渦巻いた熱い旋風が収まると、そこにはズタボロになって瓦礫の下敷きになったイルバーンの姿が。


「――ッ……!」


 声なき悲鳴が聞こえた。スターチェイサーのメンバーが凍り付いている。頼みの綱の勇者が、一発逆転を狙った星雲結界の向こうから突如としてあの様子で帰ってきたのだ。相当な絶望感だろう。


 そんな中、しかしイルバーンは瓦礫を押しのけて、ふらふらと身を起こした。


 鎧は粉々に吹き飛んでおり、全身が血まみれ。片腕はだらりと垂れて、もはやフェニックスの炎さえも消えかかっている。


「ゴホッ……ゴホッ……ゴ、ぽぉ……」


 イルバーンが咳込む。大きな血塊をドロリと吐き出した。あの衝撃波の巣は肉も骨も容赦なく打ち砕いたはず。端的に言って瀕死だ。


 だが――。


「よく耐えた」


 内心で小さな感動すら覚える。どうやって〈降り注ぐ死の抱擁サーモバリック・ボンバード〉の暴威から身を護ったのか。


 あれは使い勝手が悪い分、純粋な殺傷力は〈太陽より来たる雹塊(ヘリオン)〉を遙かに上回る。溜めていた星魔法を防御に回したのだろうか。まだまだ俺の知らない星魔法があるようだ。


「――だが、これで終りだ」


 両足を広げ、〈闇黒に絶る大瀑布アカシック・クリーバー〉を腰だめに構える。


 振り抜いた。


 ダメ押しの〈虚空切りアカシック・スライサー〉が飛ぶ。


 イルバーンが同じく腰だめの構えから、片手の抜刀で応じた。


 俺の黒刃と、奴の手から伸びた白刃が交錯し、相殺された。


 先ほど女魔法使いを狙った〈虚空切り〉も、これで防がれた。


 だがしかし、〈電撃(ブリッツ)モード〉状態の俺のスキルの威力は先ほどとは桁違いだ。黒刃の厚みも、鋭さも、重さも、何もかもが数段向上している――。


 イルバーンの剣が砕けた。


 奴の姿が急膨張したのはその瞬間だった。


 音よりも早い突進。


 イルバーンの手には、折れたはずの剣にかわって、光が凝縮したかのような剣が握られていた。


 これが奴の奥の手に違いない――ッ!


 それは夜空を切り裂く流れ星のごとし。イルバーン全身全霊の突きだ。


 狙いは完璧。俺は技後で硬直している。俺の鈍重な身体では、今から回避行動を取っても間に合わない。あの突きの威力も、おそらく勇者らしい奇跡の一撃になるだろう。


 手負いの勇者ほど危険。


 勇者は追い詰めれば追い詰めるほどに、鋭い一点突破の逆転技を出してくる。その場でピコーンと思いつくこともあるようだ。空前絶後の祝福された才能。それこそが勇者が勇者たる所以(ゆえん)だった。


 ――もっとも、これは俺の予想を超えるほどのものではなかったようだ。


 片手を背中に回し、〈蝕む幻影シャドウ・コンテイジョン〉を掴んで前面に引っ張り出す。バサァッと広がった影。そこにイルバーンの目にも留まらぬ突きが伸びてくる。


「――〈天界は拒絶せり(ヘブン・ディナイズ)〉‼」


 タイミングを見計らって気合いを発したのと、イルバーンの剣先が外套に触れたのは同時だった。


 不可視の暗黒斥力(せきりょく)が生じる。


 そうして作り出された闇黒(くらやみ)の鉄壁に、イルバーンの光の剣が触れると、瞬く間に切っ先からひびが走り、直後、粉々に()ぜた。


 ショコラに渡した〈神威を拒絶する護符アミュレット・ダークリパルジョン〉が作り出す防御フィールドよりも、ずっと硬い盾だ。効果時間は一瞬しかないが、かわりにありとあらゆる攻撃を弾き返す。


 また、こうして触れた武器を破壊し、砕き散らす福次効果もある。


 いかに強力なスキルであっても狙いが見え()いていれば防ぐのは造作もない。


 イルバーンは、この俺を前にして手の内を見せすぎた。


「くっ……」


 勢いを失ったイルバーンが、精根尽き果てたといった具合に、がっくりと俺の目の前で膝を突いた。まるで断頭台で死刑執行を待つ罪人だ。


 容赦なくその胸を蹴り上げる。


「――――ッ!」


 仰向けに倒れ込んだイルバーン。


 鎧を失った奴の服の上から、黒鉄の脚甲で踏みつける。


 鋭い鉄靴(サバトン)が奴の肉にめり込んだ。


「ぐぁああああうぅぅ……」


「イルバーン‼」


 スターチェイサーの悲鳴がホールに響く。


 鎧の隙間からぞろぞろと零れ出す闇黒(くらやみ)を、足からイルバーンにまとわりつかせる。〈吸魂(ソウル・サクション)〉だ。


 上級の冒険者でも、光の逆属性は闇だと考えている(やから)が多い。実際、ある程度の効果はあるのだが、間違いだ。光の逆属性は影。生命の逆属性が、闇黒(くらやみ)だ。


 それゆえ、生命の化身であるフェニックスという幻獣が、俺に対しての特攻となり得るのだが、一方でその逆もまた(しか)り。


 俺の瘴気は生命にとって、もっとも危険な致死毒だ。特にフェニックスと一体化したイルバーンには、とてつもない苦痛をもたらす。


「――う゛ッ⁉ ぐあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛‼」


 イルバーンの顔が苦悶に歪んで、その口から獣のような喚き声が漏れた。


 そして限界は来た。


 急速に鎮火した炎と共に、イルバーンの身体から弾き出されたフェニックス。


 焼け焦げた鳥が離れた床で倒れてピクピクと痙攣し横たわっていた。


 炎の輝きを失ったイルバーンの身体は、すでに末端部が炭化し始めている。元々、無理筋な強化方法だったのだ。


「――見たことか。(つるぎ)は折れ、鎧は砕けた。その肉も、もう使い物にならん」


 〈吸魂(ソウル・サクション)〉は解いてやる。胸は踏みつけたままだ。


「降参しろ。そうしたら仲間と一緒にダンジョンの入り口まで返してやる」


「――」


 イルバーンは答えない。


「しかし……やるじゃないか。正直驚いたぞ。まだ成長し切っていない状態でありながら、一人で俺とここまでやれるとはな」


 イルバーンはまだ勇者としては“ひよっこ”だ。両手で数え切れないほどの勇者と対峙してきた俺には分かる。成熟された勇者特有の狂信者のごとき目の輝きがない。


「――だか、瞬発力だけだ。俺とまともに戦いたいのであれば、その出力を半日は保てなければ駄目だ。フェニックスを身体に降ろしていては負担が大きすぎる。あるいは、同格の仲間をもっと連れてこい」


 イルバーンは歯を食いしばって俺の脚甲を握り締めた。血の滲んだ眼球には、未だに光が宿っている。


「諦めも肝心だぞ。お前が真なる死を迎えれば、お前の持っている貴重そうな装備もアイテムも、全て消滅するんだ。まぁ、もうほとんど残っていないだろうが……なにより貴様ら人類は、勇者という魔王に対抗する貴重な札を一枚失うことにもなる。退くことも勇気だろう。少しは冷静になったらどうだ」


「まるで……僕を殺したくないみたいだ」


 イルバーンの目に、かすかに困惑の色が浮いた。


「――どうして?」


 シュコーッと兜から嘆息が漏れた。


 まぁ、秘密でもなんでも無い。イルバーンの心変わりを祈って白状する。


「……ひと言で言えば、嫌がらせだ」


「――? 嫌がらせ……だって?」


「ああ」と首肯で返し、続ける。


「俺はな……魔王のやつが大嫌いなんだ」


 魔王は、絶対に、絆の深淵に、踏み込ませない。


「あいつは本当に気味の悪い奴だ。ダンマスにあの手この手で近づいてきて、鬱陶(うっとう)しくてしょうがない……ああいった手合いはストーカーと呼ぶのだったか? まぁ、だから、勇者にはなるべく生き残ってもらって、魔王の勢力がこの絆の深淵に到達しないように働いてもらいたいと、本気で思っている」


 もう一度、シュコーッと嘆息が漏れた。


「――いつもいつも、そう言っているのにな……勇者どもは、やれ闇黒(くらやみ)との取引には応じないだの、やれ世界の半分なんていらないだの、そんな意味不明なことを口走って俺の話を聞かん。勇者はな、イルバーン……馬鹿なんだ。成長した勇者は頭がイカれてしまうらしい。恵まれた力の代償かもな」


「信じられない話だ……」


「貴様らからすると、そう感じるらしいな。まぁ仕方あるまい。生者と俺とでは水と油だからな。ともかく、貴様ら勇者は何をしでかすか分からないところがある。魔王に対する貴重な嫌がらせ要員であると同時に、ダンジョンにとっても危険な存在だ。だからイルバーン、絆の深淵から手を引くのであれば、助けてやろう」


 イルバーンが俺を()め上げる。


 その目には失意も、諦めもない。


「――自爆する気だな」


「⁉」


 イルバーンの顔に明らかな動揺が走った


「その目……過去に見たな。自分を犠牲にして俺を倒し、そして仲間に秘宝を持って帰らせる腹づもりだろう? ……そうだ……確か、そんな強烈な魔法が、星魔法にはあったな。〈スーパーノヴァ〉だったか」


「……」


「だが無駄だ。瀕死状態の、今のお前の魂を燃やし尽くしたところで俺には届かん。万全であっても届かんが……せめて、フェニックスを受け入れる前のお前の生き生きとした魂であれば、一矢報いれたかも知れんがな。だが今のお前はただの燃えカスだ。花火程度の威力しか出ないぞ」


 イルバーンが奥歯を噛み締めて、こめかみが膨らんだ。そこに血と汗が混じって流れ落ちる。


「やってみなければ分からないと言った顔だな。まぁいい。試してみろ。お前は話が分かる奴に見えたのだがな。そうやって犬死にするといい……あぁ、駄目だ」


 ふと、思い出す。


「――ショコラが巻き込まれて死んでしまう。いや、ここまで来られれば、別にもう死んでもいいのか……? あー、面倒だ! やっぱりお前には何もやらせん」


 〈闇黒に絶る大瀑布アカシック・クリーバー〉を高く掲げる。


 ゴゴゴゴゴ……と、地鳴りと共にホール中から集まってきた不気味な闇黒(くらやみ)が、巨大な斧の刃に吸い込まれていった。


 とどめは〈落日(ダウンフォール)〉だ。これならば闇黒(くらやみ)が分厚くイルバーンを包み込むので、奴が何をしても平気だ。


「――我が主が結ぶ絆の(かて)となるがいい」


「やめてッ‼」


「逃げろ、イルバーン‼」


「イルバーンさん逃げてぇ‼」


 悲鳴と制止の声が届けられたが、無視して斧を振り下ろす――その寸前、やけにころころとした声が飛び出してきた。


「待ってください‼」


 ほとんど条件反射で斧がピタリ、止まった。


「ディーゼルさん、待って、待って! すとおおおおっぷ‼」


 シュコーッと嘆息をついて、兜を上げる。


「何度も何度も……」


 ショコラが遠くで喚いていた。


 手にはアイス・ファルシオンが握られていて――。


「ディーゼルさんの大切な人の命は、私が預かりましたッ!」


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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり…… たあ逆にダンマスがわざわざ顔を出したのもなんか理由がありそうだしまだまだ楽しみです
[一言] そうきたか!
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