表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/76

ディーゼルの暴威

 無防備に突き出されたイルバーンの剣を、黒鉄の手甲で掴み取る。


 めらめらと燃える刀身が俺の手甲を焼いた。それを無視して力を込める。


 ゾロリと甲冑から染み出した闇黒(くらやみ)が剣を飲み込み、それを持つイルバーンにも這い寄り、まとわりついていく。


「これは――⁉」


 藻掻いて抵抗するイルバーンだったが、あえなく真っ黒な球体が奴を包み込んでしまった。


 ガンガンという音が球体を揺さぶっている。中でイルバーンが暴れているのだろう。しかし奴を捕らえたのは、星明かりすら逃がさない〈闇黒の牢獄(ブラック・チェンバー)〉――。


「――〈圧し潰せ(インプロージョン)〉」


 静かに手を伸ばし、空気を握りつぶす。


 すると、漆黒の球体が徐々にその大きさを縮め始め、中に囚われたあらゆる存在をまとめて圧縮していった。


 メリメリ……と内部から嫌な音が漏れ出す。


 脱出はできまい。それを力で破れるのは“なんとか”王と名の付く存在くらいだ。


 ――呆気なかったな。


 小さく溜息をついた。次の瞬間、サァッと、黒い球体に細い光の筋が走った。


 直後、風船が弾けるように球体が弾け飛ぶ。


 吹き上がる爆炎。


 神話の怪物をも捕らえられる闇黒(くらやみ)の牢獄から、イルバーンが全身を燃やして飛び出してくる。


「!」


 身体をぶち当てるような乱暴な突進。その勢いを乗せた渾身の斬り込みがきた。


 イルバーンの反撃が、偶然にも俺の〈闇黒の牢獄(ブラック・チェンバー)〉の術後硬直に重なった。回避が一拍遅れる。


 イルバーンを回り込むように斜め前へと身体を流したが、腕を切られた。


 苦し紛れに手甲の爪をすれ違いざまに振り抜く。肉を引っ掻いた手応えがあった。


 立ち位置を入れ替えて対峙し直す。


 俺の腕に刻まれた切り口から、シューッと瘴気が漏れていた。


 イルバーンも顔面を切られ、片目が血で塞がっている。


「――〈最も幽き煌めきよダーケスト・クラリティ〉」


 俺の呼びかけに応えて足元からズルズルと湧き出した闇黒(くらやみ)が、甲冑の上を這い回る。やがてそれはたった今受けた傷を含め、今まで受けた小傷に集結すると、パキパキと音を立てて結晶化していった。


 傷は塞がり、〈枯朽する曙光(ダイイング・サン)〉は残らず元通りとなった。


 見れば、イルバーンの傷も炎に浄化されて治りつつある。


 フェニックスの自己再生能力に、〈スピリット・ハーモニー〉の効果が上乗せされて凄まじい自己再生力を実現しているようだ。鬱陶しい……。


 時間を与えると回復してしまう。


 ならば、その暇は与えん。


 ブシューッと勢いよく瘴気を全身から排出し、新たな瘴気をヒュイーンと圧縮過給する。俺の甲冑の内圧が高まるにつれて闇黒(くらやみ)の鼓動音が加速する。


 脚甲からブウォオオオン! と、けたたましく吹き出す瘴気。その〈黒い疾風(レナウン・チャージ)〉の圧力で、瓦礫を飛ばしながら床を滑走する。


 それを見たイルバーンもまた、俺に向けてまっすぐに疾駆した。


 両者の加速を乗せた獲物が、すれ違いざまにかち合った。


 ホールに響き渡った、耳を塞ぎたくなるような凄まじい激突音。


 床を削りながら急ブレーキをかけ、すかさず転進する。


 イルバーンもまた、真っ向勝負を挑んでくる。


 ――強いな。


 真正面から一人で俺に立ち向かって来られるとは。この瞬発力に加え、先ほどから見せている戦いの機敏を合わせて評価すれば、いずれ歴代の勇者五本の指に入るだろう。心も強い。惜しい逸材だ。


 そうして何度も正面衝突を繰り返した。


 すれ違うたびに破裂する空気。だが一撃の重さは俺が勝っている。どちらかというと毎回、俺が奴を()ね飛ばしている形だった。


 激突で蓄積される腕の痺れを嫌ったのか、イルバーンが激突の衝撃をするりと()なし、絡みつくように俺の背後に回り込んだ。


 先ほどのように背中からひと太刀浴びせるつもりだろう。


 しかしその動きはもう見た。


「――痴れ者めがッ!」


 漆黒の外套――〈蝕む幻影シャドウ・コンテイジョン〉が真っ赤に膨れ上がる。


 閃光と爆音がホールを駆け巡った。


 外套が生み出したのは、〈閃く逆火(バックファイア)〉という背面への強烈な爆風。イルバーンはそれに飲み込まれて大きく宙を舞った。


 イルバーンはゴロゴロと床の上を転がり、柱にぶつかって死んだように倒れ伏した。


 カウンター気味に入った至近距離の〈閃く逆火(バックファイア)〉は、奴の内臓をシェイクしたはずだ。


「く……う、ぐ――げぽぉ」


 しかしイルバーンは剣を床について、柱にもたれ掛かりながらも立ち上がる。口からはダラダラと粘り気のある鮮血を零しつつも、瞳はまっすぐに俺を睨みつけていた。


 だが情けは無用。勇敢な挑戦者を圧倒的な暴力でねじ伏せるのが俺の仕事だ。俺はそうしなければならない。回復する時間など、与えん――。


 奴の視線を引き付けるようにゆっくりと、近くの柱の陰に向かって歩く。


 震える腕で剣を構え、俺の動きを油断なく警戒するイルバーン。


 やがて、俺の姿が柱の裏に消え失せる。


 次の瞬間、俺の目の前にはイルバーンの背中があった。


 静かに大戦斧を振り上げる。イルバーンは気付いていない。


「――ッ⁉ 後ろだ、イルバーン‼」


 スターチェイサーに、勘の鋭い奴がいる。


 シーフの男が張り上げた声に、イルバーンは盲目的に従って身体を前方に投げ出した。大戦斧が空を切ったのはその直後だった。


 肉を断った感触はあった。


 見れば、イルバーンのふくらはぎに深い傷が残されていた。腱も断ったかも知れない。


「――そ、それ! なんなんだよ‼ さっきレンレンがやられたやつだ! 瞬間移動なんて反則だろッ⁉」


 シーフの非難めいた声に、肩を(すく)めてみせる。


 〈闇隠し(スピリット・アウェイ)〉――誰も見ていない死角から、誰も見ていない死角へと瞬間移動するスキルだ。


 それにしても、あのネズミのせいで何度も決定的な場面を脱されている。初めに()るべきは女魔法使いではなく、あいつだったな――。


 立ち上がれないイルバーンに向かって一歩を踏み出した。


 うずくまったまま足を止めた勇者を、大戦斧を振り回して滅多斬りにする。


 容赦のない斬撃がイルバーンを襲った。


 懸命にガードを固めるイルバーンだったが、俺の一撃一撃の重さに耐えかねて徐々に姿勢が崩れていった。


 何度も何度も力任せに大戦斧を叩き込む。やがて――。


 ガードが開いた。そこに腕を突っ込む。


「――がッ⁉」


 イルバーンの首を掴んで高く掲げ上げた。


 奴の顔が愕然と歪んだのを見て、それを硬い床に叩きつける。


 ドガァ! と音を上げて床にめり込んだイルバーン。


「――かっ……は……」


 乾いた悲鳴が上がった。


 苦悶の表情が、ひび割れた床のクレーターから俺を見上げている。


 このまま馬乗りになって殴り殺してやる。


「ぎっ――」


 いよいよ万事休すかと思われたイルバーンが、突然、手のひらをかざしてきた。


 直後、その指にはまっていた指輪が砕け散った。


「〈双対の激憤よ(ブレイザー)〉!」


 予備詠唱をスキップして放たれた、螺旋(らせん)を描く激しい光の奔流。


 〈シグネットリング〉と呼ばれる魔導具は、高度な魔法の詠唱をスキップするという効果がある。これはそうして放たれた星魔法だ。そういえばさっきも、あの女魔法使いがシグネットリングで水刃を放ってきたな。


 使用された星魔法は俺の知らないものだったが、両足を踏ん張って戦斧の腹で受け止めれば、逆に至近距離で炸裂した魔法の爆圧に押されて吹き飛んだのはイルバーンだった。


 たいした根性だ。おそらく、初めから距離を取るために自爆覚悟で放ったのだろう。確かに、俺から距離は取れたものの、おかげで〈ブレイザー〉の爆炎に焼かれたイルバーンはいよいよ満身創痍だ。


「――っあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ‼」


 身体を跳ね上げる勢いで立ち上がり、その場に剣を突き立てたイルバーン。


 すると奴の周りに、瘴気とはまたちがう、キラキラと(またた)くガスが漂い始めた。


「〈星の海よ来たれ(コール・ネビュラ)〉‼」


 なんだあれは……?


 初めて見るぞ。星魔法はレア過ぎて、ほとんど知らんのだ。


 だがしかし、いかなる足掻(あが)きも正面から打ち砕く。俺は、そうしなくてはならない。


 イルバーンから膨らんできた(きらめ)く星雲に向かって悠然と進み出す。


 飲み込まれた瞬間、空想的な景色が広がった。


「――これは」


 数多(あまた)の光の明滅に三六〇度囲まれる。


 暗黒空間に漂う神秘的なグラデーション。まるで宇宙空間に放り出されたようだ。美しい光景だった。


 そこには俺とイルバーンしかいない。


 空間ごと閉鎖するタイプの、強固な拘束魔法だ。俺の〈死せる冬は来たれりデッドウィンター・カムズ〉に似ている。


 ここまでできるのか、剣士のくせに。


 見れば、イルバーンは赤く燃え盛る球体を両手で抱えていた。そこからは、これまで見せてきた奴の魔法とは一線を(かく)す破壊力が見て取れた。


「なるほど、なるほど……これは俺を閉じ込めると共に、宇宙という星の勇者のホームグラウンドで星魔法の出力を最大限に引き出す結界でもあるのか。星魔法とは、奥深いものだ」


 イルバーンは、俺の感心そうな呼びかけには答えなかった。


「――〈赤く矮い星よ、(インヴォーク・)この手に(アルファプロセス)〉‼」


「だがイルバーンよ、これは悪手(あくしゅ)だったな……おかげで俺も被害を気にせず大技を使えるぞ」


 ショコラが近くにいると、殺傷力の高い広範囲攻撃には気を遣うのだ。おかげで無差別に何もかも切り刻む大技〈切り苛む爪(ジャギュレイター)〉も、手加減せざるを得なかった。


 イルバーンはまだ力を溜めている。よほどの大魔法のようだ。


「――遅すぎる。〈虚空よ燃え上がれ(イグナイト・ホロウ)〉」


 イルバーンが赤い恒星を俺に向けて打ち出す直前に、パチンッと指を鳴らした。


 飛び散った火の粉。


 その瞬間、周囲に漂っていた特濃(ハイオク)瘴気がボッと引火した。


 さんざん俺が動き回ってまき散らされていた大量の瘴気は、言わば、俺にとっての燃料。


 気化した燃料が空気と十分に混じり合い、最も燃焼しやすい状態となった時、それを爆鳴気(ばくめいき)と呼ぶ。イルバーンの〈コール・ネビュラ〉は、そのたっぷりの爆鳴気もまた、そっくりそのままこの閉鎖空間に取り込んでいた。奴の失点はそれだ。


 小さく燃え上がった火種が、俺の周囲から三次元的に連鎖して爆鳴気を燃やし広がっていく。その蒼い炎は瞬時にしてイルバーンをも飲み込んで――


 そして、この世のものとは思えぬ大爆発を引き起こした。


 轟咆と閃光が宇宙を塗りつぶす。


 俺の甲冑がミシリと()を上げたほどのエネルギーだった。


 イルバーンを襲った十重二十重(とえはたえ)爆轟(ばくごう)は、滅茶苦茶な融合波面の巣を作り出し、その場を致命的な殲滅空間(キルゾーン)に変えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ