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統べる幽鬼

「――あ、ディーゼルさん! やっと追いついたんですね? もー、遅すぎですよぉ~~。ここのボス、みんなでやっつけちゃいましたよ?」


 ショコラが気楽そうに幽鬼(アブザード)に話しかけていた。


 すると、エコーを帯びた、無機質で、底冷えのする、聞いているだけで心ノ蔵を掴まれるかのような、名状しがたい怖気(おぞけ)が走る声がホールに響いた。


「――たわけが。復讐すべき相手に協力してどうする」


 膝を突き、サイクロップスの口についた氷の跡を撫でる幽鬼。その声は明らかに、甲冑の中から発せられていた。


「いや、ついつい流れで……スターチェイサーの皆さんの熱い戦いを見ていたら、私も協力したくなったというか……」


「ショコラさん、まさか――」


 怪訝な顔つきのイルバーンに、ショコラが幽鬼に手を差し出して嬉しそうに口を開く。


「――じゃじゃーん! この人がディーゼルさん。私の相棒さんなのです!」


「なにを、馬鹿な……」


 なんとかそれだけを吐き出したマキア。


 人であるわけがない。


 それどころか、この世のものでもない。


「そいつは間違いなく幽鬼(アブザード)(おぞ)ましい闇黒(くらやみ)の怪物だ」


 カシージャスの緊張を含んだ断言。


 ショコラが少し困った顔になって頬を膨らませる。


「悍ましいって……ちょっと言い過ぎですよ。まぁ見た目はちょっと怖いですけどぉ、話せば思ったより優しい人なんですよ?」


「人ぉ……? 嬢ちゃん、あんな気配を放つ人間はいねぇよ。バケもんだ。悪魔や邪竜よりヤバいぞ、ありゃあ」


 ヴォルフが言った。


「うーん、確かに、根っからの悪夢信奉者が、ははぁ……ってひれ伏すほどのオーラが出てますけどぉ、バケもんって……そんな、言葉も通じないような化け物が私とパーティーなんて組むわけないじゃないですか」


 ショコラの発言に、眉間のシワを深めたマキア。


「パーティ? あなた、本当にあの幽鬼(アブザード)とパーティを組んでるの?」


「はい。第一層からずーーーーっと二人でやって来たんですよ。ね~~、ディーゼルさん? 二人で一緒に何回死んだことか」


 幽鬼は答える代わりに、兜の隙間からシュコーッと瘴気を吹いた。とんでもなく黒い瘴気だった。あらゆる光を吸い込んでしまいそうな、見ているだけで背筋が凍るほどの。強敵サイクロップスの瘴気すら薄く感じる。


幽鬼(アブザード)が喋る、ですか……」


 そう呟いて、目を細めたイルバーン。


「ひっ……ひっ……ひっ……」


 その一挙手一投足から瘴気と共に漏れ出す、オオオオオオ……という冷たく乾いた怨嗟の異音に当てられて、ミトラは恐慌寸前。そんな彼女の肩をリックが支えた。


「――間違いねぇ。雪山で俺たちが襲われた幽鬼(アブザード)だ。タバコは咥えてはいねぇが――あ」


 リックの声が聞こえたのか、幽鬼は立ち上がると、おもむろに腰の袋から白い棒を取り出した。タバコに見える。


 再び、脳を(おか)してくる不快な声がホールに響いた。


「――おい、ショコラ。そこにいると巻き込まれて死ぬぞ。俺の後ろに来い」


「はーい。それじゃあ、みなさんお世話になりました! これで失礼しまーす。あはは――はぐぅ⁉」


 幽鬼の声に、ショコラが走り出そうとして、しかし後ろからレンレンに羽交い締めにされて呻き声を上げた。ミシミシと音が聞こえてきそうなほど強く拘束されている。


「ぢょ……レンレンざん、ぐるじい……」


「――行っちゃ駄目。魂を食べられちゃうよ」


 表情を消したレンレンが言った。彼女はそのまま窒息寸前のショコラをチームの最後尾に引きずって行く。


 シュコーッという音がホールに響いた。


 幽鬼が白い棒を兜の隙間に差し込んだ。そのまま指をパチンッ、パチンッと鳴らし、火花を散らせる。


 パチンッ、パチンッ、パチンッ、パチンッ。


「――チッ、これ……また混ざって……ショコラぁ……貴様ぁ……」


 そんな憤怒の声を残し、幽鬼が唐突に踵を返した。


 ガシャン、ガシャンと重く硬質な足音を立てて、近くの柱に歩み寄ると、その陰に隠れ――そしてスターチェイサーの視界から消えた。


 幽鬼の突飛(とっぴ)な行動に、スターチェイサーが全員戦闘態勢を取った。


「――むぐぅ」


 直後に聞こえたのは、最後尾にいたはずのレンレンの声だった。


 バッと全員が振り返る。


 そこにはショコラを羽交い締めにしたレンレン――。


 そして、彼女の背後に幽鬼が立っていた。


「は」


 誰のものとも知れない乾いた声が上がった。幽鬼は誰の目にも留まらず、瞬時にスターチェイサーの背後に移動したことになる。驚くなと言う方が無理だ。


 目を丸くしたレンレンの口には、白い棒が一本差し込まれていた。


「――これ、チョコ?」


 彼女の困惑顔を、重苦しい手甲が両側から掴んだ。


餞別(せんべつ)だ」


 直後、パキンッという音を立ててレンレンの首が回った。首だけがフクロウのようにぐるりと回った。


 ビクビクと身体を痙攣させたまま宙づりにされたレンレンが、ズズズズズ……と、粘つく黒に包まれていく。


 そのまま全身を瘴気に包まれたレンレン。


「っきゃあ――!」


 幽鬼は黒い塊になった彼女を床に放りつけると同時に、解放されたショコラの首根っこを掴んで、また柱の陰に消えた。


「レンレン‼」


「フラミーさん‼」


 イルバーンの声に「任せて!」と火の鳥がレンレンの身体に舞い降りた。


「彼女はフラミーさんに任せて、他は全員警戒ッ‼」


 スターチェイサーが背中を合わせて小さな円陣を組み、死角を消す。


 その時既に、幽鬼はホールの奥にいた。


「ディーゼルさん! もーッ! またあんな酷いことしてッ‼」


「お前が捕まるからだろうが。見事に潜入したと思ったら今度はあっさり拘束されおって……お前は出来るドンクサ女なのか、出来ないポンコツ女なのか、どっちかに統一しろよ。扱いに困る」


「器量よしイイ女です‼」


 そんな場違いなことを話している。


「ミトラ! しっかりなさい‼ それでも〈メンターズレイア〉の末弟(まってい)なの⁉」


「は、はい……お師匠様」


 円陣の中でマキアがミトラに(かつ)を入れ、その大声の陰でオレガノがイルバーンにヒソヒソと耳打ちする。


「――ショコラというあの女性、やはり闇黒(くらやみ)隷属(れいぞく)化されてるようですね」


「はい、分かっています」


 イルバーンの目には、ショコラという女性は邪悪には映っていない。おそらく、あの見るからに禍々しい装備には、何か事情があるのだろうとは推測していた。


「あのアミュレット、サークレット、首輪のいずれか、あるいはその全てのせいで従属しているのでしょう。自ら率先して幽鬼(アブザード)に近寄っていく辺り、既に闇黒(くらやみ)に魅入られているのかも知れませんよ。確か、そういった者達を……闇黒の使徒(ニヒル・アポストル)と呼んだはずです」


 とオレガノ。そこに大剣を構えたヴォルフが割り込んでくる。


「リックが言っていた、幽鬼(アブザード)がショコラを辱めていたという話もあながち間違いでもなかったってことか」


「人を操って好き勝手できるモンスターなんて、リッチーとかアーチデビルとかヴァンパイアとか、その手のモンスターしか聞いたことがない。幽鬼(アブザード)が喋るというのも前代未聞だ。あれは本当に幽鬼(アブザード)なのか?」


 カシージャスの疑問に、イルバーンが自分自身に言い聞かせるように口を開く。


「あれはただの幽鬼(アブザード)ではないでしょう。勇者の追憶にも、会話が通じる幽鬼(アブザード)などという敵は登場しません」


 イルバーンがいったん切って、続ける。


「……しかし、はるか過去を伝える英雄譚には、そのような怪物の(うた)があります」


「――それって、まさか……ッ!」


 マキアが息を飲んだ。


 彼女の視線の向こうから、幽鬼が悠然と歩み出してくる。


「おい、ショコラ。イルバーンに何か言うことなはいのか」


「え? 特にありませんけど……あっ、でも、あの人をとっちめるのは最後にしてください」


 ピッとイルバーンを指差したショコラ。


 すると幽鬼はおもむろに背中の大戦斧を抜いて振るった。


 ゴアァッ‼ とけたたましい音を立てて、ショコラの前の床に一直線の深い傷が刻まれた。


 遅れてショコラが「ひっ」と小さく悲鳴を上げて後じさり、壁に背中を付ける。幽鬼がそんな彼女にビシィッと指を突きつけて言い放つ。


「――では、その線から出るなよ。いくら瘴気耐性の首輪をしていても、俺の濃い瘴気をまともに浴びれば死ぬんだからな……絶対に出るなよッ‼」


 そこまで言い切ってショコラに背を向けかけた幽鬼が、念押しにもう一度彼女に向き直る。


「……いいなッ‼ 地下道の一件で俺はまだ怒ってるんだからな‼ 次、何かしでかしたら本気のカミナリを落とす‼ 本物のカミナリだぞッ‼ お前の骨が透けて見えるくらいキツイやつ‼」


「この線から出ません」


 ショコラが敬礼のポーズを取った。それが、彼女が幽鬼に隷属化されている証左に見えた。


 意を決したイルバーンが剣を構え、前に出る。


「――ショコラさんを……彼女をどうするつもりですか?」


 二十歩ほどの距離を置いて、イルバーンと幽鬼が対峙して睨み合う。


「どうもせん……(まこと)遺憾(いかん)ながら、パーティメンバーだからな」


「本当に、パーティーを組んでいるのですか? 幽鬼(アブザード)と冒険者が? そんなこと、常識的に不可能ですよ」


「むぅ……いろいろとあってな。それで、その代償として、ショコラはお前に復讐したいらしいから、俺がその代行をする約束になっている」


「復讐?」


 イルバーンが小首をひねった。


「ああ。お前、ショコラの姉を(もてあそ)んで(はずかし)め、捨てたそうだな?」


「? なんの話でしょうか?」


「んんん……」


 二人の間に困惑の沈黙が下りた。


「……まぁいい。どちらにせよ、お前達は死ぬのだからな」


「ディーゼルと呼ばれているようですが、あなたは何者ですか。冒険者とパーティを組むダンジョンモンスターなど、ましてや幽鬼(アブザード)が理性的に会話をするなどと……ショコラさんが言うように、本当に人間だとすれば争いたくはありません」


 シュコーッと兜から瘴気が漏れた。


「俺の正体を(ただ)すのか、奸賊(かんぞく)どもめ――」


「だめだイルバーン! レンレンを復活させられない! 彼女の魂が肉体に戻って来られないんだ!」


 フラミーの焦った声がホールに響いた。そこにミトラがぽつり。


「そんな……不死鳥の炎が届かないなんて……」


 彼女の小さな声は、続く幽鬼の怖気(おぞけ)の走る声にかき消された。


「貴様ら、絆の深淵を荒らす(いや)しい盗人(ぬすっと)どもに語る名など、持ち合わせていない」


 幽鬼がゴトリと大戦斧を持ち上げ、イルバーンに突きつける。


「――この迷宮の主が夢見る果てしない憧れに(いだ)かれて眠れ、侵入者ども。この俺が代わって直々に冷酷な死をくれてやる」


(くら)き鬼どもを()べる存在……人語を(かい)する幽鬼(アブザード)。それは挑戦者の復活を許さない悪夢の暴君。全ての現実を塗りつぶす闇黒(くらやみ)権化(ごんげ)――」


 応じて、イルバーンも剣を構えた。彼のこめかみを冷たい汗が伝う。


統べる幽鬼(レイン・アブザード)……ッ‼」


「〈燃え上がれ禍死鳥よ(ライズ・エフェックス)〉」


 イルバーンの緊張を含んだ声と、統べる幽鬼(レイン・アブザード)の虚ろな声が重なった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 演技かとも思ったけど、やっぱ何も考えてなかったかー。さすが本能で生きる女、ショコラ。ディーゼルだけじゃなく読者も振り回されたな。
[良い点] ディーゼルさんがメチャクチャかっこいい!! 侵入者、敵?視点だと、すごく怖い!! [気になる点] イルバーンさんが結婚詐欺師系の、有能なダメ男かと思っていたら、なんだか違う……どうなるんだ…
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