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乱戦

 そこから乱戦となった。


 各々、中庭で入れ替わり立ち替わり異形どもと渡り合う。


 そんな中、凶暴な音を引いて振り回されるチェーンソーが、ショコラを執拗に追い回していた。


 回転する刃が、チッと音を立てて彼女の尻尾を(かす)めた。


「――っきゃあああああああああッ‼ ちょっと私! 私! ショコラ! ジェーンドゥ! ジェーンドゥ‼」


「この機会に死ね! 崇敬なる閣下にまとわり付く女狐(めぎつね)めがッ‼」


「猫ですぅう‼ 豹でしたあああ‼ こっち来ないでえええええええええ‼」


 ショコラが軽やかな動きをもってリーダー格らしきチェイソン男を引き付けていた。あのチェイソン男が突出して強かったため、彼女がそれを受け持ったことで、スターチェイサーにはわずかばかりの余裕が生まれた。


 スターチェイサーが各自、襲いかかってくる敵を返り討ちにする。


「これは……」


 しかし、大剣を振り回していたヴォルフが周囲のプレッシャーの増大に呻いた。


 特にエクセノモルフの数が多い。他にも見たこともないような敵や、遠くから火球を打ち込んでくる目に見えない敵。猛ダッシュで突っ込んでくるゾンビ。やけに装備の良いガイコツ。などなど、とにかく多種多様なモンスターが次から次へと中庭に飛び込んでくる。


 そんな怪物の隙間からスターチェイサーに襲いかかってくる悪夢信奉者ども。


 カシージャスがそんな一人を射殺そうと矢を番え、すぐに眉をひそめた。


 彼ら悪夢信奉者もまた、モンスターに襲われていたからだ。


 実際、その身体には無数の傷が刻まれ、半死半生の様子だった。


 悪夢信奉者は巧妙に怪物のフリをしているが、人間だ。敵の目を(あざむ)き続けることはできない。モンスターに囲まれれば冒険者同様に食われる存在に過ぎなかったのだ。


 にもかかわらず、悪夢信奉者達はモンスターには目もくれずにスターチェイサーに襲いかかってくる。


「狂信者……ッ‼」


 それを大剣で弾き返しつつヴォルフは内心で首をひねった。ショコラを追いかけている、あのチェイソン男だけは、モンスターのターゲットになっていなかったからだ。


 まさか、本当に悪夢信奉者がダンジョンに受け入れられたとでもいうのか。そんなまさかに思い至ったヴォルフの腕に鳥肌が立った。


 その隣で、カシージャスとレンレンもどんどん敵を掃除していくのだが、そのペースが敵の増加ペースにまったく追いついていない。中庭の敵密度は右肩上がりだった。


「――ッ! きゃっ! だ、誰か‼」


 焦りの声を上げたのは、ミトラ。


 エクセノモルフに引きずられかけていた。


「ミトラ‼」


 空中を旋回して炎を降らし、チーム全体を援護していたフラミーが急降下して彼女のサポートに入った。


 瞬時にして焼き尽くされるエクセノモルフども。


 ギリギリのところで解放され、荒い息をついて地面を這いつくばるミトラに、リックが肩を貸した。そんな二人と入れ替わってオレガノが前に立ち、メイスを振るって敵の戦列を粉砕する。


 スターチェイサーは魔法使いを二人(よう)している。いずれも腕利きだ。本来、こういった状況で最も頼れるはずの殲滅(せんめつ)魔法だが、その発動に集中する暇がなかった。


 乱戦の不利は明白だった。


 単独で上手く立ち回っり続けたマキアも、徐々にイルバーンの近くまで押されていった。


「イルバーン、きりがないわ……っ!」


「終わりが見えませんね……」


 マキアと背中をぶつけたイルバーンが、首を振って周囲を確認する。


 イルバーンは全てのモンスターを返り討ちにしてから、万謝の燭の復活を待ち、引き続き休息を取るつもりだったのだが、その方針は放棄せざるを得ない状況だった。


「――全員、僕の周りに集合して下さい‼」


 イルバーンが輝く(つるぎ)をまっすぐ天に掲げた。


 急ぎ、その周囲に集結するスターチェイサーのメンバー達。


「ショコラさんも! 早く‼」


「――ぅえっ⁉ は、はい‼」


 チェイソン男にしつこく追われていたショコラも、イルバーンの声に急加速して敵を置き去りにし、スターチェイサーの布陣に滑り込んだ。


「――このアンカーポイントは捨てます! 皆さん、僕の合図で階段を駆け上がって‼」


 その言葉の終わりに、イルバーンの剣の切っ先から天に向かって一直線に光線が伸び上がった。


 一拍の間をおいて、その光の筋に巻き付くように落ちてくる無数の白い光球。


「――――今ッ‼」


 全ての光球がイルバーンの身体に吸い込まれた直後、気合いの発声と共に、彼を中心にした白く分厚い衝撃波が中庭を走り抜けた。〈アステリア・ブラスト〉だ。


 その清浄な力に触れた異形どもが、不可視の壁に押されるように、外側に向かってまとめて吹き飛ばされていく。その乱気流の中でもみくちゃになって爆散しているモンスターすらいた。


 中庭のモンスターが全て周囲の壁に押しつけられたその時、既にスターチェイサーは階段を上り始めていた。


「すっげー、さっすがリーダー‼」


 振り返ったレンレンの上機嫌な顔。


 そこに恨めしい声が届く。


「――ぐぅ……待てッ! ダンジョンを食い荒らすウジ虫どもがぁあああ‼」


 例のチェイソン男がムクリと立ち上がり、凄まじい速度で駆け出した。それを肩越しに振り返ったショコラが「き、キモ……」と顔を青ざめさせていた。


 目的の入り口はこの広く長い階段の上にある。


 異形の群衆もまた、すぐに階段になだれ込んできた。その先頭に立つのは、例のチェイソン男だ。ブィインッ! とチェーンソーを鳴らしながら殺意の眼光を湛えてスターチェイサーを追いかけてくる。


「凄い数だよ! 急いでイルバーン!」


 上空からフラミーの声が降ってきた。フラミーは空から襲いかかる異形どもを相手取って派手な空中戦を繰り広げている真っ最中だった。


「――皆さん走りながら聞いてください! このまま一〇〇階層に突入します!」


幽鬼(アブザード)は⁉ 一〇〇階層で挟み撃ちになるんじゃねぇのか⁉」


幽鬼(アブザード)は無視します。あれだけの敵に囲まれた状態だと、どっちにせよ相手ができません」


 ヴォルフの悲鳴に、イルバーンが冷静に言った。


幽鬼(アブザード)に追いつかれる前に、全員で絆の深淵を攻略します」


「しかし、イルバーン……あれを引き連れてはいけませんよ。どこかのチームを決死隊で残すしか……」


 オレガノの視線の先には、階段の色を塗り替えながら迫り来る(おぞ)ましい異形の波が。


 気が遠くなるような光景だった。あれが一〇〇階層に流れ込んでくれば、スターチェイサーの壊滅は火を見るより明らか。


「――リックさん、トラップを!」


「もう張った! いつでもいいぜ!」


 リックは腕の良いシーフだ。即席でトラップを張るスキルがある。


「……よし。ではマキアさん、ミトラさん、派手なのを一発お願いします! 道を断ち切ります‼」


 その声に魔法使い二人が立ち止まった。


 イルバーンは魔法使いを残し、踵を返して階段を下って殿しんがりまで後退する。


 意図をくみ取った全員が、振り返ってイルバーンを先頭に隊列を組んだ。


 ヴォルフ、オレガノ、レンレンと共に壁を作ったイルバーン。その奥にリックとショコラ。そしてさらに後方にマキアとミトラがいる。二人は魔法の準備に入っていた。


 スターチェイサーの布陣にチェイソン男が迫る。


 先頭のイルバーンが(つるぎ)を腰の鞘に収め、腰だめの姿勢を作った。


「――っはぁあああああああああッ‼」


 鋭い気合いと共に、目にも止まらぬ速さで抜き打ちに振り抜かれた剣。ほとんど同時に、その剣跡から光り輝く白刃(はくじん)が円弧を描いて広がった。


 〈アフターグロー〉と呼ばれる、離れた空間を広範囲に渡って切る剣技だ。


「⁉ ぐぬぅおおおおおおあああああ‼」


 チェイソン男が機敏な反応を見せ、白刃をチェーンソーで受け止めた。しかしその太った身体が〈アフターグロー〉の凄まじい圧力に押し負けて、空中に飛ばされる。


 砕かれたチェーンソーの破片と共に宙を舞ったチェイソン男は、後続の敵の波に落ちて飲み込まれた。


 技の残心を解いたイルバーンが叫ぶ。


「――リックさん!」


 その声に応じて、まるで時が止まったかのように異形どもの進行がピタリと止まった。


 イルバーンが見下ろす階段一面に数え切れない鋭い棘が突き出し、モンスターどもの足を貫いたからだ。リックの〈バーブ・スプレッド〉だ。


「〈――夜空を切り裂く火焔(かえん)の剣筋よ――〉」


「〈――夜空を駆ける、いと高き稲光(いなびかり)よ――〉」


 マキアとミトラの詠唱が唱和した。


「全員後退!」


 イルバーンの声に従って全員が魔法使い二人の位置まで階段を駆け上がった。


 一人残ったイルバーンが剣を両手で握り締め、大上段に構え、まるで一本の避雷針のように立ち尽くす。


 直後、それが彼に降り注ぐ。


「〈落ちよ星の爆炎(スター・フレア)〉‼」


「〈下れ星の轟雷スター・サンダーボルト〉‼」


 天空から降り注ぐ灼熱の光明(こうみょう)霹靂(へきれき)。マキアとミトラの息を合わせた合成術だ。


 その二つが炎竜と雷竜のごとく絡み合い、剣を掲げたイルバーンに落ちた。


 全身を駆け巡る力の奔流を、逃さず体内で練り直す。


「――ッ! ああああああああああああああ‼」


 火焔(かえん)(いかずち)を宿した剣が振り下ろされる。


 イルバーンの力によって、さらに増大した破壊のエネルギーが階段を叩いたその瞬間、目のくらむ閃光と爆音をまき散らし、激震が城塞全体を揺さぶった。


「――うひゃあ……」


 後ろで成り行きを見守っていたショコラは、光を遮った手を恐る恐る下ろして、唖然となった。


 階段の中腹は消滅していた。


 瓦礫と共にバラバラと眼下に落ちていくモンスターども。


 合成術とイルバーンの剣技が生み出した極大の一撃は、階段の上にいた怪物共々、全て薙ぎ払っていた。


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