中庭にて
九九階層。城塞中庭。空が見える、高い城壁に囲まれた広い広場。
たった今、その地面に六本腕の巨人が倒れた。
けたたましい断末魔の悲鳴がこの城塞を鳴動させた。
ヘカトンケイルの残骸を囲んで息をつくスターチェイサーの六人。
「――なんとか、なりましたね。イルバーン」
イルバーンに声をかけたのは神官戦士オレガノ。ヘカトンケイルはまさに闇黒の怪物の代表格であり、この戦いで大活躍を見せたのが彼だった。
「はい……オレガノさんのおかげで有利に戦いを運べました。さすがは、血まみれのオレガノ、ですね」
「……くすぐったいね、その呼び方」
上級神官でありながら分厚い盾を持ち、凶悪なメイスを振るって怪物との戦いの矢面に立った男だ。顔は優男風の若い美青年だが、血まみれのオレガノという二つ名を持っている。
神官戦士は光魔法を扱い、前線に出て戦うという点で聖騎士と似ているが、主に一対一で闇黒の怪物を相手にするのが神官戦士であり、一方で主に集団での対人を想定しているのが聖騎士である点がまったく異なっている。言うなれば、神官戦士とは怪物退治のプロなのだ。
イルバーンが剣を鞘に収めた。チンッ……という音と同時に、ヘカトンケイルの巨体が光の塵となって吹き散らされると、その場所に代わって万謝の燭が出現した。
「――なるほど。ここが最後のアンカーポイントと言うことですね」
そう言ってイルバーンがメンバーを見渡した。
「……皆さん、休憩にしましょう。ここであれば、よく目立ちます。はぐれたフォックスも僕たちを見つけやすいでしょう」
「いよいよって感じね」
魔法使いのマキアがイルバーンに並び立っち、中庭から続く上り階段を見上げた。その視線の先には巨大な塔の形をした城塞の本丸が屹立する。
近くで見るその威容は、塔と言うよりは壁に近い。それほどまでに巨大な建造物だった。
見た目は清浄で荘厳な建物だが、その外見とは裏腹に、背後から吹き出す得体の知れない空気には、油断をすれば後じさってしまうほどの圧力があった。
イルバーン、マキア、オレガノはスターチェイサーのアルファチームであり、全員がS級冒険者の主力チームだ。
本来であればここに調査斥候特化のブラボー、前線で壁役を務めるチャーリー、遊撃隊のエコー、切り込み隊のフォックスチームが連なった一五人体勢なのだが、ブラボーとチャーリーは既に脱落。フォックスも今どこにいるのか分からない状態だった。
「お師様、マジックポーションです」
ハーフエルフの魔法使いミトラが差し出した紫色の薬液を、マキアが「ありがとう」と言って受け取り、彼女の頭を撫でた。
ミトラはその後、なんとか戦線復帰し、いつも通りの活躍を見せるようになった。夜にはまだ幽鬼に襲われる悪夢を見るようだが、もう大丈夫そうだとマキアは内心でほっとしていた。
フェニックスのフラミーが万謝の燭の真上に留まり、その炎を全身で受けて目を細め、羽を休めていた。
かの鳥は、まだまだ子供ではあるものの、今やあらゆる火を食らう不死鳥として覚醒を果たしていた。彼がいれば死亡した人間を、無制限とはいかないものの、その場で復活させることもできる。フェニックスが遣う生命の魔法はオレガノの光魔法と並んでチームの肝であり、フラミーは今やスターチェイサーの大黒柱となりつつあった。
ヘカトンケイルは強敵だった。それは数多くの英雄譚にも登場する恐るべき巨人。おとぎ話の中だけの怪物であり、イルバーン達も目にするのは初めてだった。
見上げるような巨躯。張り詰めた筋肉。何度切っても、どれだけ深く突いても傷はたちまち癒えてしまう。かの巨人の剛腕と魔法の前では、並の冒険者など数分と耐えられなかっただろう。
しかしイルバーン率いる六人は数十分に及ぶ激闘の末に、この怪物を打破した。マキアとミトラ、二人の魔法使いが怪物の肉を焼いて再生を阻止し、毒をまき散らすヘカトンケイルの重い攻撃を神官戦士オレガノの盾と光の障壁が押さえ、盗賊リックと不死鳥フラミーが戦場を自在に動き回って翻弄した。
かくして最後には、イルバーンの卓絶した剣技がついに闇黒の怪物を討ったのだ。完成された連携だった。
この戦闘は、いよいよ一〇〇階層を前にした彼らに、絆の深淵の踏破に対する密かな自信を与える結果となった。
そして、彼らにさらなる幸運が舞い降りる。
「――おおーいっ! イルバーン‼」
「――あっ! ヴォルフ達だ!」
思い思いに身体を休めていた一行の視線が、リックの指差す先に集中した。
肩に大剣をかけ、中庭を飄然と闊歩してくる大柄な男――フォックスチームのリーダーであるヴォルフだ。後ろにはレンレンとカシージャスもいる。
「ヴォルフさん、よくぞご無事で」
イルバーンが立ち上がって前に出た。ヴォルフがひらひらと手を振って、中庭の戦闘跡に視線を泳がせる。
「――なんだか楽しそうなお祭りがあったみたいだなぁ。呼んでくれよ」
「ええ……フォックスの皆さんが喜びそうな大物でしたが、私達だけて先に楽しませていただきました」
「チッ……ま、最後の大騒ぎには間に合ってほっとしたぜ」
「カシージャスさん、レンレンさんもお帰りなさい……ところで、その方は?」
イルバーンの視線が留まった先に、女獣人がいた。その姿を見たリックとミトラが同時に声を上げる。
「――ああッ! あんた……」
「あの時の……」
レンレンに抱きつかれていた女獣人が、口を開く。
「あらー……レンレンさん達はスターチェイサーのメンバーだったんですね? そちらの方々も、その節はお世話になりました」
ぺこりとお辞儀をした女獣人。
「改めて私、ショコラっていいます」
「知り合いか?」
カシージャスがリックに聞いた。
「ほら例の、雪山で遭遇した時の、幽鬼にとっ捕まってた」
「……ああ! そういや、そうだったな」
ヴォルフが頭を掻いた。
リックはショコラという名前を出したことは出したのだが、ヴォルフを初めとしたフォックスチーム全員の記憶に霞んでいた。それほどまでに、チャーリーとエコーの二チームを壊滅させた幽鬼の話のインパクトが強すぎた。
「ショコラさん、無事だったんですね。よかった……」
ミトラが目元を緩ませた。あの時、洞窟が闇黒に飲み込まれた時に、その奥にいた彼女には、いったいどれほど恐ろしい死が降り注いだのかと想像して、一人慄いていたのがミトラだ。
「ああ、ええ。まぁ、なんとか……」
「そうか……あん時、たしか、相方がどこかに行ってるって言ってたな。それで全滅を免れたのか。ツイてたな」
「あー、あの時は……そうですねぇ……あはは……」
リックの言葉に、ショコラがへらへらと頬を掻いた。
「それで、その相方っていうのは? どこにいるんだ?」
リックが聞くと、さらにショコラの目が泳ぐ。
「え~~っっとぉ……地下ではぐれちゃってぇ、もうすぐここに来るはずです」
「はぐれた? そうか……まぁ、この城の中でなら距離が開きすぎて死ぬことはないだろうけど。ならあまり動き回らない方がいいな。ちょうどここにアンカーポイントが出現したし、ここで待っていればその内やってくるだろ」
「ショコラちゃんも強いけどー、ショコラちゃんの相棒はね、ちょー強いんだってさー!」
そう言ってレンレンがショコラに抱きついた。
彼女は男よりも女が好きな女だった。
「わっと……そうなんです。気持ち悪いくらい、このダンジョンに詳しい人なので、もう近くに来てると思うんですけどぉ……」
「へぇ。なら相当なベテラン冒険者ねぇ……」
マキアが会話に割り込んできて、イルバーンの隣に並んだ。
「あなた、この辺りでは見かけないけど……よく見ると装備も上等だし、たった二人でここまで来られるってことはS級冒険者なの?」
「あ、いえ私は――」
何かを言おうとしたショコラを遮って、マキアが続ける。
「……でもこの大陸の冒険者ギルドの有名どころで、ショコラなんて名前は聞いたことないわ。それにあなたの相棒って人。絆の深淵をこの階層まで気持ち悪いくらい知っているなんて、相当な猛者よね? あなたたち、一体どこから来たの? 別の大陸?」
「うーん……ええっとぉー……」
マキアの半分詰問に近い形のまくしたてに、歯切れの悪いショコラ。
「――まぁまぁ。マキアさん、ショコラさん達にも事情はあるでしょうから」
イルバーンがそう言って、柔らかく笑った。その笑顔は彼の輝かしい装備によく似合っていた。
「初めまして、ショコラさん。僕はイルバーンと言います。S級冒険者で、スターチェイサーという攻略チームのリーダーをしています」
「……初めまして、イルバーンさん」
ショコラの目に、一瞬だけ獲物を狙う肉食獣のごとき鋭い光が宿ったのを、その場のリックだけが気付いた。それは、シーフであるリックがよく知る目でもあった。
(……やっぱり、この女どこかで……?)
そんなリックの思考を遮って、ショコラが唐突な事を言った。
「あなたに……用があるんです。イルバーンさん」
「僕に、ですか?」
イルバーンはパチパチと目を瞬かせた。彼はあまり獣人に知り合いがいなかったし、まったく心当たりもなかったからだ。




