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フォックスチーム




 ◇◆◇




 明かりの少ない迷宮の中、三人の冒険者が焚き火を囲んでいた。


 狡猾な落とし穴トラップでスターチェイサー本体から分断された、フォックスチームのキャンプだ。半日ほど三人は迷宮を彷徨い歩き、今は肉を焼いて休息を取っているところだった。


 大柄な戦士の男が、口に残っていた肉を飲み込んで顔を上げた。


「――なぁ、カシージャス。あとどれくらいなんだ?」


「外気の匂いは濃くなった。もうしばらく行けば外に出るはずだ」


 カシージャスと呼ばれた狩人風の男の言葉に、隣で寝そべっていた女が、うんざりといった声を上げる。


「――もうここ、やだよ~。早く移動しよう、ヴォルフ? あちこちでシャーシャー、カサカサ。気持ち悪すぎ。なんなのさ、あいつら……」


 彼女は軽装で、武器を持っていなかった。両手両足にだけ金属製の防具をつけている。格闘技を(つか)う拳闘士の特徴だ。お団子頭が印象的。


 ヴォルフと呼ばれた戦士が揶揄(からか)うような顔つきになる。


「――話によるとあいつら、冒険者を誘拐して巣に連れ込んでしまうそうだぞ、レンレン。お前なんか特に気をつけろよ。真っ先に狙われそうだ」


「げえぇ……暗がりをカサカサ、カサカサ……数も多いし、ゴキブリとゴブリンを混ぜた悪夢の怪物って感じ。このダンジョンにぴったり」


 レンレンと呼ばれた拳闘士の女が舌を出して言った。


 大剣の戦士ヴォルフ、長弓の狩人カシージャス、拳闘士のレンレン。彼らはスターチェイサーのメイン火力チームだ。


「あの牢獄も趣味が悪かったが、この階層はそれに輪をかけて酷い……」


 カシージャスがぼそりと言った。そこにレンレンのうんざり声が被さる。


「ここのダンジョンマスター頭おかしいんじゃないかな?」


「まともな奴がこんなダンジョンを作れるものかよ。……まぁだが、噂じゃあ、ここのダンジョンマスターは女だって話だぜ。破壊する前に一度お相手願いたいねぇ」


 ヴォルフがおどけて言った。


「少なくとも数百歳を超えた、しわしわのおばあちゃんじゃん。ヴォルフ、ストライクゾーン広すぎでしょ」


 レンレンの呆れ気味の声に、ヴォルフは待ってましたと言わんばかりに口元を緩ませた。


「――それがな、なんとも色っぽいねーちゃんだっていう話もあれば、騎士みたいな格好をしている凜々しい美人だという話もある。結局、女か、はたまた人間であるのかどうなすらも分からん。全部、積もりに積もった妄想の産物さ――」


「……――! ――!」


 ふと、遠くから(かす)かに声が聞こえた。三人が動きを止めて耳を澄ます。


「なんだ――」


「……きゃあああああああああ、誰か助けてくださああああああい! へええええるぷみいいいいいい‼」


 ヴォルフの声を遮って迷宮の静寂を切り裂いた、女の悲鳴。


 既にカシージャスは弓を構えて凝然と闇を見据え、レンレンは立ち上がって拳を作っていた。最後にヴォルフが、のそりと大剣を持ち上げて振り返る。


 三人の視線の先、迷宮通路の闇からうっすらと姿を現したのは――。


「誰だ?」


 ある程度の夜目が利くカシージャスの目には、獣人の女に見えた。


 彼女は三匹のエクセノモルフに追われていた。


 身軽な動きでもって、ひょいひょいと黒光りする怪物の追撃を(かわ)しながら、泣きっ面でフォックスチームの元に全力疾走してくる女獣人。


 鋭い爪を前転でひらり。


 尻尾に噛みつかれる寸前に、壁を蹴って宙返りでひらり。


 吹きかけられる毒液をひらりひらり。


 通路を縦横無尽に跳び回る卓越した体捌きを披露する彼女は、手練れの冒険者に違いない。


 だがしかし、危うい。たった独りでエクセノモルフ三匹に追われていれば、いずれ体力切れで捕まるだろう。


「カシージャス!」


 ヴォルフの声に、彼の後ろから一条の光が飛んだ。


 狩人が撃ち込んだスキル〈クリスタライザー〉は、先頭のエクセノモルフに見事命中し、瞬時にしてその足を青白い結晶で固めて床に貼りつけてしまった。そこに後続の一匹が追突して、二匹の足が止まった。


「こっちこっち!」


 手を振るレンレンに、地獄で仏を見つけたとでも言わんばかりの顔で滑り込んでくる女獣人。


「――助けてくださぁい!」


「――きゃーっち! 確保ーッ‼」


 女獣人がレンレンに抱き留められたのを確認し、ヴォルフが前に踏み込んだ。


 追ってきた一匹を、大剣で横薙ぎに打ち払う。


 斬る、というよりは圧力でねじ切るといった具合の重い一撃が、黒光りする影を吹き飛ばして壁の染みに変えた。


「チッ――‼」


 しかし大剣を振り抜いた姿勢で硬直するヴォルフの顔に、緊張が走った。


 カシージャスの結晶で足止めされていた敵の脇をすり抜けて、二匹目のエクセノモルフが鋭く彼に突っ込んでくる。大剣の弱点である攻撃後の隙を狙われた。


 殺意剥き出しの牙が、彼の無防備な喉元に食らいつく、その寸前――。


「――ぃやあああああああッ‼」


 ヴォルフの背後から飛び出したのはレンレンだ。


 彼女の飛び蹴りがエクセノモルフの顔面を捉えた。硬い脚甲の底がメキメキと怪物の黒光りする頭部をひび割れさせ、その身体を奥に弾き返す。


 そこにカシージャスの声が届いた。


「伏せろ、二人とも!」


「おう‼」


 ヴォルフが、飛び蹴りの直後で宙に浮いていたレンレンを抱えて床に伏せったのと、カシージャスが彼らの背後から矢を放ったのは同時だった。


 結晶化で足止めされていた一匹と、レンレンが()ね返した一匹が衝突し、同じ場所でひと塊となっていた。そこに突き刺さる黄色い(やじり)


 直後、カッと閃光をまき散らして炸裂した鏃は、地面から無数の石杭を生み出して、二匹のエクセノモルフをまとめて下から串刺しにした。


 月煌石を利用した狩人のスキル〈ツェペシュ・アロー〉だ。


 地下迷宮にシンとした静寂が来た。


 ヴォルフが大剣で敵を叩き潰し、レンレンが素早い動きでもって敵の要所を破壊して、カシージャスが強力な致命打を撃ち込む。フォックスチームがダメージ・ディーラーたる所以(ゆえん)だった。


「ふぃ~。危なかっ――」


 レンレンがヴォルフの下から、のそのそと立ち上がろうとしたその瞬間、通路の影から伸びる一本の影が彼の目に映った。


 死に損ないのエクセノモルフが、音もなく鋭い尾を伸ばしてレンレンの側頭部を狙ったのだ。彼女はその死角からの気配に気付いていない。


「レン――」


 ヴォルフが咄嗟に手を伸ばすものの、敵の尾のほうが早い。


 刺々(とげとげ)しい怪物の尾がレンレンの頭を貫き、脳を滅茶苦茶に掻き回す。


 そんなヴォルフの幻視を切り裂いたのは、キラリと光った白い剣閃。


「――とぁあああああっ‼」


 いつの間にか前に出ていた女獣人が、気合いと共にエクセノモルフの尾を切り飛ばしたのだ。


 彼女はそのまま疾風(はやて)となって軽やかに前進すると、キラキラと剣筋に(しも)を引きながら、上段から鋭いひと太刀を浴びせた。


 瀕死だったエクセノモルフは、頭部をかち割られて斃れた。


 エクセノモルフは危険な敵だ。その戦闘力もさることながら、体液は猛毒で、至近距離で戦闘になると返り血を浴びただけで藻掻き苦しんで死ぬこともある。


 しかし女獣人が切りつけた(あと)は見事に凍結されており、その体液の流出を抑えていた。敵の特性を考慮した賢い装備だった。


 武器だけではない。彼女の服は見るからに上等なものだし、そのほかの身に付けているもの一式も、彼の経験に(かんが)みてもレベルが高い。


 目を見張る身のこなし。装備の質。ヴォルフはこの女獣人を、若い見かけによらないベテラン冒険者だと認識した。


「――やるな、あんた」


 追撃がないことを確認したヴォルフは構えを解いた。


「はぁぁ……助かりましたぁ……」


 焚き火の近くまでふらふらと歩み寄ってきた女獣人。


「もうずーっと、十匹以上に追われてて、いい加減うんざりしていたところだったんです。ありがとうございました……あ、私ショコラって言います。疲れたぁ……」


 ぺこりとお辞儀をして、そのまま焚き火の隣でへたり込んだ女獣人。


「十匹? 三匹しかいなかったようだが」


 カシージャスが緊張を含んだ声で聞いた。


「はい。なんとか七匹は仕留めたんですけど、ばっちい液体かけられるし、戦えばドンドン次のが寄ってきてキリがなかったんです」


「七匹を一人で……? はっ、いかんッ!」


 ショコラの話に表情を強張らせたカシージャス。


「エクセノモルフの体液をかけられたのか? すぐに洗い流せ!」


 レンレンが慌てて水袋を持って近寄ってきたが、それをショコラが手で制した。


「あ、私、指輪があるので毒は大丈夫なんです」


「なに? 指環?」


「はい。〈対毒の指環+〉っていうらしいんですけど。これがあれば毒は大丈夫なんだそうです」


「――ふぅー、なーんだ。びっくりした。肝が冷えたよ」


 ショコラが掲げた手のひらに輝く指環を見て、カシージャスとレンレンが胸をなで下ろした。ヴォルフも焚き火を囲む輪に入ってくる。


「嬢ちゃんは、ここまで一人できたのか? 無理だよな?」


「いえいえ、まさか。もう一人いるんですけど、はぐれちゃって……中庭で待ち合わせているので、今全力で中庭に向かってるところなんです。この道をまっすぐ行けば出られるはずらしいんですよ」


「二人だけ?」


 レンレンが訝しげに聞くと、ショコラは頷いた。


「え、ええ……まぁ、なんとか」


「よくこのN級ダンジョンを、たった二人でここまで来られたね……」


 唖然となったレンレン。


「もう一人の仲間も、A級か、あるいはS級冒険者なのだろう。先ほどの嬢ちゃんの動きは見事だった。ショコラという名前は聞いたことがないが、遠くから来た有名な冒険者チームなのか?」


「あ、あ~……ありがとうございます。そんな感じでお願いします、あはは……」


 ショコラは、決まりが悪そうに笑った。


「――ヴォルフだ。そっちの女がレンレン。その狩人がカシージャス」


「この先は中庭だというのは本当なのか?」


 不思議そうに聞いたのはカシージャスだ。彼の直感もまた、この先に外への出口があることを感じ取ってはいたが、あくまでも勘だ。迷宮の出口を確定的に話すショコラにその根拠を聞きたかったのだ。


「はい。そう聞いてます。もう一人がすっっごくこのダンジョンに詳しいんです」


「そうか……なら、俺たちと行き先は一緒だな……ヴォルフ」


 カシージャスが視線を飛ばすと、ヴォルフが頷いてショコラを見た。


「ショコラ、良ければ俺たちと一緒に行かないか。君ほどの実力者が一緒だと心強い。俺たちも中庭で仲間が待っていて、どうしても無事に合流しなけらならない」


「⁉ ぜ、ぜひぜひッ! こちらこそお願いします‼」


 立ち上がって鼻息荒く目を輝かせたショコラ。彼女の背中にレンレンが飛びつく。


「やったぁ! ――さっきはありがとうね、ショコラちゃん。危うく脳味噌こねこねされるところだったよ。ここってさ、死んでも生き返るけど、死ぬ時の苦痛はそのまんまだから、嫌なんだよねー」


「あっ! 分かります! 分かりますよそれ‼ すっっっごく分かります‼ 私なんてもぉ、何十回死んだのか覚えてないくらいなんですけどぉ~――」


「ええーーー⁉ そんなに死んでよく正気でいられるね……私まだ数回だけど、もう寝るたびに夢に見るから参ってきててさぁ――」


「つい最近だと、キラードジョウっていう――」


「げえぇ、あの穴に落ちちゃったの? それひさ~~ん――」


「そうなんですよー。あ、チョコ食べます?」


「チョコ⁉ 欲しい欲しい! こんなところで甘いものにありつけるなんて! 神様、仏様、ショコラ様!」


 目を輝かせてショコラを拝み倒すレンレン。


(女ってやつは……)


 突如として賑やかになった空気に苦笑いしつつ、ヴォルフとカシージャスは二人の後を追った。


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