ドジっ子
ダンジョンらしいダンジョンを進む。
上下左右レンガ貼りの通路。
四角い部屋を抜け、幾つもの交差路を右へ、左へ。
ふとその時、前方の十字路をカサカサと横切る影があった。虫のように素早い動きだった。
「んん……? ――な、なんなんですか今の⁉」
ショコラの首筋に鳥肌が立ったのが見えた。
「ほほう、今のが見えたのか」
「四つん這いで走る黒光りする人間で、すっごく鋭い尻尾が生えてました。あと頭が異様に長くて、目がなくて、口が歯茎剥き出しで涎ダラダラでしたぁ‼」
「結構しっかり見えていたな……たいしたものだ」
ショコラの動体視力は猫なみだ。本当に、特定の能力だけは上級冒険者。
「で、あれはなんだったんですか?」
ショコラの問いに、無言で前方を指差して答えた。
するとその先、ダンジョンの暗がりからカサカサと現れたのは、ショコラの言うとおり、四つん這いの姿勢で走る黒光りする人間で、鋭い尻尾が生えている、頭が異様に長くて、目がなくて、口が歯茎剥き出しの怪物。
「シャアアアアアアアアアッ‼」
歯茎剥き出しの口を無機質な殺気に震わせて威嚇してくる。
「――な、なにあれええええ⁉ こええええええええッ‼」
ショコラが余裕のない悲鳴を上げて俺の背中に隠れた。いつでも飄々としている彼女にしては珍しい。だが、それくらいの見た目だ。
「ビジュアルインパクトあるよな、あいつ。〈エクセノモルフ〉という」
「え、えくせの……? あっ、危ない‼」
前方から凄まじい速度で迫ってきたエクセノモルフ。
しかし落ち着いてその顔面を裏拳で殴り飛ばし、壁に叩き付ける。間髪を容れず、その上から脚甲で踏みつけ、〈吸魂〉でカラカラに乾燥させて殺した。
「こいつの体液は強毒性だから、気をつけろよ……ああ、そういえばお前、対毒の指環を持っていたよな。あれならギリギリ耐えられるレベルだ。なら問題ないか」
「問題おおありです」
真剣な表情のショコラに向かって続ける。
「こいつらダンマスのお気に入りでな。ここから先に大量配置されている。悪夢の怪物らしい怪物だ。いよいよ一〇〇階層直前といった感じだろう?」
「終末的な見た目のモンスターでした……」
ショコラはしかめっ面だ。
「うむ……でな、こいつらには最大級の注意を払え。エクセノモルフは挑戦者を攫っていくんだ。うっかり巣に連れ込まれてしまうと……例のほら、お前も経験しかけた、あの卵を植え付けられる。ヘッドハガーはこいつらの幼体なのだ」
「ひぃ……ディーゼルさん! 絶対に私から離れないで下さいね!」
「無論、お前を手放すつもりはない。お前も俺から離れるな」
「えっ……トゥクンってなりました。なんか格好いい……」
力強い俺の宣言に、ショコラはポッと頬を朱に染めたが、続く俺の言葉にその表情を消した。
「照れている場合か。エクセノモルフに連れ去られるとな、本格的にヤバいぞ。連中、連れ去った冒険者を殺さないように管理し、何度も何度も卵を植え付けるからな。延々と孕まされて生まされることになる」
「……」
「そうなるから、仲間は助けに行かざるを得なくなる。そして、大量のエクセノモルフに囲まれて返り討ちにあう。連れ去られた冒険者はずっとその巣の中で死ぬまで苗床。第二の、そして大規模で悪辣な立ち往生ポイントだ」
「わ、私のこと、ちゃんと守ってくれますよね⁉」
涙ぐんで俺のマントに縋り付いてきたショコラの頭を、ポンポンと撫でてやる。
「いい子にしていればな」
ショコラはコクコクと頷いた。これだけ脅かせば大丈夫だろう。
「では――」
「クンクン。あ、何か向こうから焼き肉の匂いが――」
俺が歩き出した道とは逆の方向にショコラが踏み出した。
格子がガラガラと音を立てて下りて来たのはその瞬間だった。
ガシャアンという音と共に、分断された俺達二人。
「ちょ」
「あれ」
俺が慌てて格子を掴んで引っ張り上げようと試みたが、びくともしない。
ダンジョンの構造物は超越的な理により、破壊不可能なのだ。
「ああああっ……もおおおおッ……おんんん前という奴は……ッ! 馬鹿! バカバカバカッ‼ この、ドジ! アホッ! マヌケッ‼ ドンクサッ‼ ど天然のおとぼけ系メスガキ猫がッ‼」
「きーっ! 言い過ぎですッ‼ こういうトラップは、先に言っておいてくださいって、何度もお願いしたじゃないですかぁ‼」
「そうやって自分のミスをすぐ人のせいにするところ、ほんっっっとに――」
ショコラも逆ギレして、格子を掴んだ俺の手を掴み返してきたが、格子に遮られていつものように飛びついてこられない。
がっくりと格子を掴んで崩れ落ちた俺と、格子を挟んで同じように座り込んだショコラ。
「――わ、私どうすれば……」
「……お前はその道を、行くしかない」
兜を上げ、彼女の怯えを湛えた目を見る。
「――いいか、捕まるなよ? 絶対に捕まるなよ! エクセノモルフには絶対に捕まるな! まともな身体で嫁に行きたいなら、絶対にだ‼ 捕まるくらいなら、別のモンスターに喧嘩売って死ねッ‼」
「も、もし捕まっても助けに来てくれるんですよね……⁇」
心底不安げな表情になったショコラに言い放つ。
「無論だ。一〇〇階層の扉を開けるためには、お前が必要だ。助けに行くことは行くが……それまでに何匹も産むことになるぞ……ッ! 中には精神を病んでおかしくなる奴もいる! そうなると困るだろうが‼ ここまで来て壊れたお前を担いで入り口まで引き返すとか……ッ‼」
俺の言葉にショコラが顔面蒼白。青息吐息。声を震わせる。
「こ、このディーゼルさんにもらったアミュレットがあれば……」
「そんなもの、一定時間で消える。あとは寄ってたかって――だからな。アミュレットでお預けを食らった分、普通の挑戦者より苛烈な目に遭わされるやも知れん」
「ひぇぇぇ」
竦み上がったショコラが、眉をひそめて耳をぺたん。格子の奥から顔を寄せてきた。
「――汚れた私でも好きでいてくれますか?」
「今は冗談を言うな」
「はい」
俺の切羽詰まり度が伝わったのか、ショコラが真面目な顔になった。
「チッ……いいか、よく聞け。その通路をまっすぐに行くんだ。途中、脇道や宝箱などが、わんさかあって目移りするだろうが、何にも手を付けずに、まっすぐだ。やがて階段が見えたら急いで上がって中庭に出ろ。後はお前の身軽さを駆使して逃げ回っていればいい。俺もすぐに追いつく」
外へ出るにはショコラの道が正解だが、一〇〇階層に直接行けるショートカットが俺の行こうとした方角にあったのだ。しかしこれで台無し。大回りして俺も中庭に行かなくてはならなくなった。
「ディーゼルさん……私、ちょっと怖いかも……」
ショコラは引きつった笑いを浮かべた。足に力が入らなくて立てないようだ。声が少し震えている。そんな彼女を見かねて、手を差し伸べる。
「――お前の耳についたサークレットは、お前の攻撃力を飛躍的に引き上げてくれる。壺ミミックを簡単に切れただろう? 今のお前ならば、エクセノモルフなら水袋を切るように切断できるはずだ。その〈アイス・ファルシオン++〉で切れば連中の体液も飛び散らないし、吐き出してくる毒程度ならお前の指環が確実に防いでくれる」
「……はい」
ショコラが俺の手を取った。
「アミュレットも一度発動すれば数分間は持つ。中庭に出てしまえば、お前のフィジカルを駆使すれば大丈夫だ。逃げ切れる。そのスピードと反射神経を真面目に発揮すれば、数匹のエクセノモルフを敵に回しても立ち回れる。集中しろ。お前は敏捷と技巧だけ見れば、A級冒険者に匹敵するからな」
「はい」
彼女を引っ張り上げながら、一緒に立ち上がる。
「……」
「……」
無言で見つめ合う俺とショコラ。
「……もうちょっと、褒めて欲しいです」
「なんだかんだで余裕あるよな、お前……」
シュコーッっと嘆息をついて続ける。
「この先、人形みたいになったお前を連れ歩いても面白くないからな……絶対に捕まるなよ」
「……六〇点」
言いながら、ショコラが俺の手を離した。
「――私、中庭で待ってますから! 早く来てくださいね‼」
「ああ、すぐに行く」
ダンジョンの闇に走って消えるショコラの背中を見送ってから、俺も踵を返して全力で駆け出した。




