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相性抜群

 あのショコラが宝箱を前に警戒しているぞ。天変地異の前触れか? 


「――ちなみに、中身は?」


 中身がゴミだとか、罠だというオチを想像したようだ。本当に、学習しているらしい。本当に、俺も嬉しい。いや、本当。


「その宝箱は特殊でな、中身はランダムだ。〈ルートボックス〉というタイプの宝箱になる。ほら、前にお前が牢獄の中で開けてミミックに食われたろ。あれもルートボックスだ」


「――じゃあ、また私はミミックに食われるのでは?」


 顔に影を落して胡散臭そうに睨んでくるショコラ。ここまで警戒されていると、ほろ苦い罪悪感を覚える。


「あれはまぁ、俺が確定でミミックを出したから食われただけだ。今回は手を出さないし……これは、運次第で結構いいやつが出る宝箱じゃなかったかと記憶しているが」


「ほっほー、運。運ねぇー。この天下のか……ショコラ様にかかれば、どんな福引きだって大当たり間違いなしなんですからねっ!」


「なぁ、その天下のか……ってなんなんだ? いい加減に気になるんだが――」


「よーっし! いっちょやったるわーッ‼」


 俺の質問を華麗に無視したショコラが、唇をぺろり。しめしめと宝箱の前に座って手をかける。


 カチャリ。宝箱の蓋が開いた。


「――うおぉ⁉」


 びっくりショコラが尻餅をついた。


 後ろから覗き込むと、中に白骨死体がうずくまっているのが見えた。ただし半分が人間、半分が魚類といった感じの骨だ。それを見て、思わず声が漏れる。


「お、これは――」


「す、スケルトンですか? どうして宝箱にスケルトンが……ま、まさか! ダンジョン殺人事件……⁉ 仲間割れで殺された人が宝箱の中に……!」


 オロオロしていたショコラの頭をポンポンと叩いてやる。


「大当たりだ。これは〈人魚姫のガイコツ〉。お宝だぞ?」


「ガイコツのどこがお宝なんですか……」


 ショコラが胡乱(うろん)げに見上げてくる。


「貴重な錬金素材だ。あとな、ショコラ。これまでの道のりの途中で、ちょくちょく、やたらと豪華で思わせぶりな泉があったのを覚えているか? 人魚の担いだ(かめ)から水が流れ出す噴水付きの」


「ああ、はい。覚えてます。入り口付近の浅い層にもありましたよね。水が綺麗なので随分とお世話になりました」


「うむ。でな、その泉の水を、この頭蓋骨ですくって飲むと――」


「飲むと――?」


 ゴクリ。ショコラが喉を鳴らして顔を寄せてくる。


「すごく美味しいらしい。俺は飲めないから聞いた話だが」


「味……」


 がっくりと肩を落としたショコラ。そんな彼女に向けて、さらに続ける。


「あとな、飲むと年をとらなくなる。そうやって頭蓋骨で泉の水を飲み続ければ、永久の若さが手に入る。という副次的な効果もある」


「――え? ええ⁉ す、すごいじゃないですかそれッ‼」


 ショコラが仰天の面持ちになって見返してきた。


「だがそのかわり、効果はひと月しか持たない。定期的に飲まないといけないし、飲み損じると、溜まりに溜まった老いが急激に襲ってくることになる。人の(ことわり)を超えて長く生きた者に関しては、水を飲み忘れると瞬時に風化して死ぬことになる」


「ううーん、それは……」


「ひとたび永遠の若さという禁忌(きんき)に足を突っ込んだ人間は、やがてその老いの恐怖に押し潰されて泉から離れられなくなり、永久にダンジョンの中に囚われて、やがて徘徊する狂人(インセイン)に成り果てるという仕組みだ」


「な、なんか(いまし)め系の昔話みたいなオチですね……」


 真綿で首を絞めるように冒険者を苦しませるのが大好きなダンマス、渾身の作品だ。過去には、どこぞの由緒正しい王族が引っかかったこともある。奴は今でもダンジョンのモンスター(ファラオ系)として現役だ。


「はぁ……そんなことだろうと思いましたよ」


「まぁ、他にも〈アムリタ〉というステータス・ブーストのポーションと同等な効果が得られるからな。永遠の若さという誘惑さえ乗り越えられるのであれば、挑戦者には普通に有益だ。その頭蓋骨は持っていけ。他は嵩張(かさば)るし、捨て置け」


「はぁい」


 ショコラは素直に頭蓋骨だけを腰に吊るした。ちょっと見た目が物騒だ。


 俺が宝箱を指差して続ける。


「それよりも、その宝箱の底にあるスイッチなんだが――」


「あ、例の、宝箱を開けて浮かれている冒険者の裏をかく意地悪スイッチですね? 了解です」


 カチリ。


「罠だ」


 ヒュンッと飛んできた矢を、床を転がって一髪(いっぱつ)の差で回避したショコラ。俺を見上げた彼女の頬に一筋の赤い線が残されていた。


「――今の、よく(かわ)したな」


「……」


 ショコラが無言で非難の目つきを送ってくる。シュコーッと答えた。


「――お前が勝手に押したんだろう。まぁ、いいんだ。そのスイッチは同時にこの先のゲートの解錠スイッチになっている――ほら」


 俺が指差す方向。壁の上、天井付近にあった扉が開いた。しかしそれは俺たちが見上げる中、すぐに締まってしまった。


「スイッチを押している間だけ開く仕組みだ。ショコラ、俺がスイッチを押しているから、お前が先行しろ」


「え、それはいいですけど。そうしたら、ディーゼルさんはどうするんですか?」


 パンパンと、お尻のホコリを叩いて立ち上がったショコラ。


「この絆の深淵ではな、一人でもギミックを突破できれば、残りのパーティーメンバーが同じギミックを越すまでは、そのギミックは解除されたままになるのだ。だから、誰か一人でも扉に突入してしまえば、後のメンバーはゆっくり追いつけばいい」


 大人数ほど攻略に有利、という幻想を作り出すトリックだ。実際は、大人数ほどギミックの内容が過酷になる。大人数で絆の深淵に潜って有利なのは、敵との戦闘と入手アイテムの数くらいだ。ダンジョンの深層へと向かうには、最高レベルのメンバー三、四人がちょうど良い。多くても五人だ。それ以上の人員は逆に足枷になる。


 なるべく大勢の挑戦者をダンジョンに引き込んで、まとめてすり潰したいダンマスの謀略(ぼうりゃく)だ。


「なるほど、なるほど。じゃあ私が強引に突破しちゃえば、後からディーゼルさんがゆっくり登ってくればいいっていうことなんですね?」


「まぁ、そういうことだ」


「……私とディーゼルさんってぇ、実は相性抜群なんじゃじゃないですか? ディーゼルさんが敵陣をこじ開けて、指示を出し、私がひょいひょいっと罠をクリアして、ギミックを解除する。その後をディーゼルさんがついてくる。状況に応じて助け合うなんて、理想的ですよ」


「そう! そうなんだよ!」


 ショコラの意見に、得心したようにウンウンと首肯(しゅこう)で返す。


「俺もそれを期待してお前に声をかけたんだが、ところがどっこい。どうしてこうなった……」


 シュコーッっと嘆息が漏れた。


「まぁまぁ、まだ息が合っていないだけですって。最近、私達の全滅回数が減っていると思いませんか?」


「まぁ……な」


 確かに、当初に比べると全滅具合は落ち着いてきている。しかしそれは息が合う合わないの問題ではなくて、ショコラが学習したかどうかの問題だと思う。


「――あとはお前の、その、どうしようもない猫みたいな好奇心を抑えれば、だいぶ楽になるんだがなぁ……」


 俺のぼやきを無視して、ショコラが床を蹴った。


 壁の棚に上り、その上に並んだ壺をひょいひょいと跳び越してスルスルと上へ。


 さらに壁を三角蹴りでぴょんぴょん。あっという間に天井付近の通路入り口に身体を滑り込ませてみせた。


 猫というか、もはやリスのごとしだ。


「――これでいいですかー?」


「ああ……そこで少し待て」


「はやくはやくー」


 手を振るショコラに向けて、俺は対極的に力任せに壁を登って行った。


 通路の縁に手をかけると、上でショコラが待っていた。彼女は俺が身体を引き上げるのを、手を添えて手伝ってくれる。あまり意味はないが。


「ああ、すまんな」


「どういたしまして~~」


 通路に入った。


 休憩がてら、ショコラの手作りタバコを取り出す。


 これマズいんだけど、ストレス発散効果は確かにある。大助かりだ。


 パチンッ、パチンッ。


 パチンッ、パチンッ。


「?」


 タバコに火が付かない。


 そんな俺の様子をじーっと凝視していたショコラが、頬を膨らませた。


「――ぷぷぷっ! それ、チョコですよ!」


「なに?」


「ついさっき、すり替えちゃいました! びっくりしましたか?」


「……俺を引き上げようと手を添えてきた時か」


 俺の呆れ声に、にょほほ、と猫の口になってニマニマ笑うショコラ。


「器用な奴め」


 ショコラの額を指でバチンと弾く。


「――あいったぁ! いっっったぁぁ……ディーゼルさんのデコピン、金槌(かなづち)で叩かれたくらいの衝撃があるんですから、もうちょっと優しくお願いしますよぉ……」


 額をさすりながら涙ぐんだショコラ。兜から引き抜いたチョコを彼女の口に突っ込んで、タバコをもう一本取りだす。


 ショコラはモグモグ。俺はプカプカ。


 そのまましばらく、二人並んで白い棒を咥えて休憩をした。


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