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壺の部屋

 俺とショコラは無機質な四角い通路を進んだ。


 ここはまだ地下迷宮の一角。もう半日以上、彷徨(さまよ)っている。


 若干、迷子気味なのはショコラには内緒だ。さすがに迷宮の細かいルートまでは覚えていない。


 ふと扉が目の前に現れ、それを開けると大部屋に入った。


「……ああ、ここか」


 大部屋には視界一杯の壺ばかり。この特徴的な部屋のおかげで、自分が今どこにいるのか特定できた。


 床に壺。


 壁一面の棚に壺。


 壺。壺。壺。小さな壺。大きな壺。足の踏み場もない壺。


「なんですかぁ、ここ? 壺ばっかり」


「ここは――」


「あ、分かった。はいはい! 私が答えていいですか?」


 手を上げて俺を遮ったショコラ。無言で顎をしゃくって答えを(うなが)す。


「――ここはぁ、ダンジョンマスターさんのストレス発散部屋ですね? 苛ついたらスレッジハンマーで壺を叩き割って、気持ちよくなる部屋!」


 ……いいな、それ。今度やらせてみよう。


「――ナイス・アイディアだが、違う。ここは〈金壺猿(かなつぼざる)〉という、壺を背負った金壺眼(かなつぼまなこ)の猿の隠れ家だ」


「壺を背負った、金壺眼の猿……?」


 混乱気味のショコラ。


「ああ。基本的に無害でな、ところ構わずダンジョンを徘徊している。そいつが背負った壺にはお宝が入っているから、いわゆるボーナスモンスターに属している。だが実はな、そいつの壺に、とあるメダルを入れると、もっといいアイテムと交換してくれるという――」


「このメダルのことですか?」


 ショコラはそう言って、懐から一枚のメダルを取りだした。


「――いったい、いつの間に……」


「さっきその壺の中に落ちてましたよ?」


 めざとい上に、手が早い……。


「ただの銀貨かなーって思ったんですけどぉ、なんか表面がつるつるしてますし、不思議な感じだったのでぇ、くすねておきました」


 壺の中には大量のガラクタがあるというのに、一発でそれを引き当てるとは……運が良いのか、はたまた、まさかとは思うが、目利きなのか。


「……よく見つけたな。それは銀貨じゃない。〈シンギュラリオン〉という、この世とあの世の狭間から産出する超希少金属――いわゆる〈幻想金属(アンオブタニウム)〉で出来た激レアなメダルだ。別名〈金壺メダル〉と呼ばれる。絆の深淵でも滅多にお目にかかれないぞ」


「シンギュラリオン……幻想金属(アンオブタニウム)……聞いたことないですね」


「そうか。そうだな……今では地上でそれなりの知名度を誇るミスリルやオルハリコンも、元を正せば幽世(かくりよ)の迷宮を通じて産出した幻想金属(アンオブタニウム)なんだぞ。それがある程度外界に広まったことで、現世(うつしよ)で存在が確立し、地上でも産出するようになったというわけだ」


 こうして、現実に少しずつ虚ろなヒビが広がっていっているのだが、外界の連中は脳天気にもそこから染み出す狂気をありがたがって掘り出し、時にはそれを巡って争っている。おめでたいことだ。


 ――ダンジョンの宝など、この世にとっての毒だというのに。


 ちなみに俺の装備も全て幻想金属(アンオブタニウム)製だ。鎧は〈イナートン〉と〈エルジウム〉の合金、マントは〈イーサリアム〉、斧は純〈ガルヴォルン〉。いずれも超超希少品で、まだ外界では風の噂にも知られていないだろう。


「ミスリルとかオルハリコンって……高級金属じゃないですか⁉」


「らしいな。絆の深淵だと、中層から小石レベルで転がっているが」


「このメダルは――」


「それらとは比べものにならないほど、希少だ」


「え? ひょっとして私、お金持ち⁉」


 ショコラが目を金貨にして見上げてくる。


「いや……たぶん、ダンジョンの外では価値的にはゼロだ」


「えー、超希少金属なのに? なんでーっ⁉」


 納得いかなそうなショコラ。きーっと俺の鎧をぽかぽか。そこで彼女の手からシンギュラリオン・メダルを取り上げ、それをカチャカチャする。


 メダルは三枚に割れた。


 透明な素材でサンドイッチされていた銀色の小さな円盤が、宙に浮かぶ。


「あれー、浮いてる~~……不思議な感じですねぇ」


 空中に浮いた円盤を、ショコラが寄り目になって見つめた。


「触ってみろ」


 俺に促されたショコラが、指でツンツン。しかしその指先は円盤に触れることなくすり抜けてしまう。びっくりした様子で何度も指を円盤に透かし、彼女は「な、なにこれ~~!」と楽しそうだ。


「――このように、触ることができん。シンギュラリオンは世界と位相(いそう)がズレているから、それ単体だとその場にピタリと静止しているだけなのだ。この世のものでも、あの世のものでもない、狭間の金属だ」


「ふむふむ?」


 目が「?」になっているショコラに向かって言い直す。


「分かりやすく具体的に言うと、シンギュラリオンに現世から干渉できるのは〈金剛不壊石(アダマント)〉のみだ。それ以外の、いかなるこの世の存在もシンギュラリオンには接触できない。(さわ)れないのだ」


「アダマントってなんですか? 聞いたことないです」


「この透明な素材だ」と言って二枚の透明な丸い板をつまんで見せ、続ける。


「まぁ、言ってみれば魔石の一種だな。簡単に言うと究極のダイヤモンドだ。ダイヤモンドは硬い魔石だが、思いっきり叩けば割れるし、火にかけると蒸発して消えて無くなる。この金剛不壊石(アダマント)は絶対に割れないし、燃えたりも、溶けたりもしない。“強固な現実”の結晶だからだ。ゆえに、(うつ)ろな狭間の存在にも干渉できる。このメダルはそんな金剛不壊石(アダマント)でサンドイッチにしてあるから触れるし、持ち運ぶことができる」


「はぁ」


 生返事。こんなに分かりやすく説明してやっているのに。苛つく。


「――要するに、お前が納得するように表現すると、ダンジョンの外に持ち出してもシンギュラリオンは誰にも使いこなせず、需要がないから、価値がない」


「ふーん。なーんだ」


 あからさまに興味を失った様子のショコラ。


 ……ところがどっこい。シンギュラリオンが無価値でも、金剛不壊石(アダマント)が超に超が付くほど高価な素材なんだけどな。


 だって、なにやっても割れないんだぞ。どんな素材だ。


 あまりにも希少でほとんど出回っておらず、存在自体も知られていない。だから、金剛不壊石(アダマント)と言ってもその価値を理解できるのは極極一部の存在だけだ。それこそ不老長寿の薬を作れる超級錬金術師とか、神々の武具を()して作れるような超級鍛冶師だけ。


 そいつらに見せれば、金剛不壊石(アダマント)は全財産をなげうってでも欲しがる希少素材ではあるのだが、面白そうだからショコラには黙っておこう。


 パチリと、またシンギュラリオンを金剛不壊石(アダマント)でサンドイッチにして、金壺メダルをショコラに返す。


「珍しい物ではある。コレクターくらいは、いるかも知れんぞ。とっておけ」


「お金にならないのは興味ないんですけどぉ」


「ふむ。まぁ、そもそもの話だが――」


 部屋一面の壺を見渡して続ける。


「その金壺メダルは、このダンジョンでボーナスと引き換えにするチケットなのだ。どこかにいる金壺猿が背負う壺にそのメダルを上手く投げ入れると、もっと直接的に利用価値のあるアイテムと交換してくれ――」


「どこっ⁉ 金壺猿はどこですか⁉」


 俺の言葉が終わる前に、ショコラが鬼の形相になって首を振った。


「どこ、だろうな……あのモンスター、自由奔放に動き回っているから、俺にもどこにいるかは分からん」


「ここには居ないんですか?」


「ここは一応、頻出(ひんしゅつ)スポットではあるが、必ずいるとは限らない」


「金壺猿さーん、ここですかー? どこですかー?」


 犬を呼び寄せるような仕草でパチパチと手を叩き、周囲をぐるぐる回り始めたショコラ。


「美味しいメダルをあげるだけですよー、怖くないから出ておいでーえグッ……」


 変な声が聞こえたのが気になって振り返る。


 案の定、そこには壺から足を突き出したショコラが、バタバタと空気を漕いでいた。


 シュコーッと嘆息混じりに壺を蹴っ飛ばして、叩き割る。


 砕けた壺の中からは、巨大なヤドカリにガジガジされているショコラが転げ出した。


 すかさず手刀でヤドカリを叩き切り、ショコラを救出。


「た、助かりましたぁ……」


 ショコラは頭から血を流して、てへへ……と笑っていた。


「タフになったな……」


 俺が感慨深く漏らした、その直後、周囲の壺がざわりと獰猛な気配を放った。


 モゾモゾと動き始める壺。壺。壺。


「――くぅぅ、にっくきミミックどもめぇ……」


「たわけが。お前が刺激したから動き出したのだ。ここの壺の半数近くはあの壺型ミミックだ。せっかく襲われないルートを選んでいたというのに……」


 壺がくるんとひっくり返り、ヤドカリそのものの動きで四方からミミックが押し寄せてくる。まぁ、雑魚だ。


 大戦斧のひと薙ぎでパリパリパリーンと小気味よい音を残して砕け散る壺ミミック。そんな動きを機械的に繰り返す。


 パリン、パリン、パリン……ガシャーン!


「――なんか、気持ちよさそう……!」


 そんな俺の動きを見ていたショコラがうずうずと言った。


「お前もやるか?」


「やる!」


 ふたつ返事で腰からアイス・ファルシオンを抜き払ったショコラ。


「あちょー!」と袈裟切りにミミックに刀身を叩き付けると、パリンッと小気味よい音を残してミミックは壺ごと真っ二つになった。


 今のショコラは〈失楽園の荊冠サークレット・パラダイスロスト〉のおかげで攻撃力だけは爆増中なのだ。思った通り、彼女の素早さに攻撃力が加われば悪くはなかった。この辺りの階層でも戦える程度にはなったようだ。


「あれれ~~? なんか思ったより柔らかいですねぇ! とあーっ‼」


 ノッてきたのか、彼女は軽快な動きで続々と壺ミミックを叩き割っていく。


 パリンパリンパリンパリンパリンパリンパリンパリン――。


「たーのしーーーーっ‼」


「おい、調子に乗るなよ。突出(とっしゅつ)はするな」


 二人で手分けして十分ほど壺割りゲームを堪能し、壺の残骸の山を築いてようやくひと息ついた。


 すると壺密度が下がった部屋の奥に宝箱がひとつ、その姿を現した。


 床にぺたん座りで休憩中のショコラに声をかける。


「行かないのか?」


「行きませんよ。いい加減、私だって学習します。ミミックなんでしょう?」


「ほほー。感心感心。まったくもって喜ばしい限りだが、あれは本物だぞ」


「それを早く言って下さいよ~~! もー、ディーゼルさんったらぁ~~~~! 人が悪いんだから~~~~~~ッ!」


 ぴょんと立ち上がって、宝箱に駆け寄ろうとし、ピタリと動きを止めたショコラ。


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