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ショコラの手作り

 土を蹴ってドッと加速したうり坊。


 ショコラはその突撃を半身をひねって(かわ)すと、うり坊の着地点にアイス・ファルシオンの突きを送った。


 しかしさすがはカリュドンの幼体というべきか、ショコラのまぁまぁ早い突きをちっちゃな牙で弾き返し、そのままぐるーっと闘牛場を駆けて加速したうり坊が、再びショコラの腹をめがけて殺到する。


「――ぼたん鍋にしてやるぜ」


 目の据わったショコラが、アイス・ファルシオンをチロリと舐め上げた。


 剣を上段に構えて待ち構えたショコラ。


 彼女の瞳がキラリと光った直後、(ひらめ)いた冷たい剣筋。


 アイス・ファルシオンが空気を凍らせ、(しも)を散らした。


 降り注ぐ霜の中、ショコラはがっくりと膝を突いた。うり坊の突進が再び彼女の腹を打ったのだ。渾身のひと太刀は(くう)を切っていた。


「立て、ショコラッ! 立ってアイス・ファルシオンを構えろ‼ そのままだと脳天にあのちっちゃな牙が突き刺さって死ぬぞ‼ 多分‼」


 少し興奮してきた俺も、我慢できずに観客席から立ち上がって(げき)を飛ばす。うり坊の攻撃が弱すぎてアミュレットが発動しないようだ。超笑える。


「でぃ、ディーゼルさん……これに勝ったら、私……お嫁に行くんです」


 綺麗に死亡フラグを立てたショコラが、剣を突いて立ち上がる。


「ああ。お前ほど根性がある女なら、どこへだって嫁に行けるさ」


 俺の大仰(おおぎょう)首肯(しゅこう)に、ショコラが振り返った。


「……生きて帰ってきたら、私をお嫁さんにしてくれますか?」


「それは嫌だ。前にも言ったが、お前みたいなメガトン級の負債を抱え込んだら、ダンジョン運営が立ちゆかん」


「きーっ! メガトン級の負債じゃないもん‼ 遊びなんだから、合わせてくれてもいいじゃないですかッ! けちんぼ‼」


 いーっと奥歯を食いしばり、眉を吊り上げたショコラ。そんな彼女の死角から、土煙を上げたうり坊が凄まじい速度で躍りかかってくる。


 三度(みたび)ショコラが()かれる(うり坊に)。まさにその直前、ショコラは振り向きざまに、うり坊の影を切った。目の覚めるような一撃だった。


 その影が土の上に落ちた時、うり坊の身体は真っ二つに裂けていた。断面は凍り付き、血は一滴も出ていなかった。


「――見事だ」


「――はっ、私……いつの間に!」


 そう言って、ショコラは残心(ざんしん)を解いた。


 どうやら、怒りに身を任せた衝動的な動きだったらしい。


 そうなんだよな。スピードや身のこなし“だけ”見れは余裕でB級冒険者超えなんだから、きちんと戦えばそれなりにやれるはずなのだ。ショコラが絶望的に弱いのはフィジカルの問題ではなく、集中力散漫が大きな要因だろう。子供(ガキ)か。


 つまり、俺に対するツッコミに全力投球したあまり、一瞬だけ雑念が振り払われて集中力が限界突破したということか。どうなんだ、それは……。まぁ、きちんと(みが)いてやれば、本人が言うように本当にA級にも届くのかも知れないし、あるいはその上も……。


 磨く奴はストレスで間違いなくハゲまっしぐらだろうが。


 そんなことを考えながら眺めていると、うり坊の身体がキラキラと光る粒子になって消滅し、そこに黒い紐が残された。


「ショコラ、それを拾ってこい。これで終りだ。先へ進むぞ」


「はーい。これなんですかぁ?」


 ショコラが黒い紐を拾って持ち上げて見せた。


「それは〈瘴気耐性の首輪+〉だ。そのチョーカーを首に巻いておけば、濃い瘴気を浴びてもしばらくの間だけ耐えられるようになる」


 スターチェイサーにはフェニックスがいる――フラミーとか呼ばれていたか。


 生命力の結晶であるフェニックスと、瘴気の塊である俺の相性は悪い。フェニックスを()る時には濃い瘴気を吐き出す必要があるだろう。その時に、ショコラが近くにいても問題ないようにするための装備だ。


「――ふーん。私に首輪をつけさせて。ほーん。……やっぱりディーゼルさんはむっつりさんですね。こういうのが好きなんだ。はーん、へぇ~~」


 まぁ呪いのアイテムなんだけどな、それも。


 この闘牛場のブービー賞があれだ。ショコラなら間違いなく最低ランクの敵を引いて、あのチョーカーをゲットするという確信があった。


 ショコラが白い目になって黒いチョーカーを首に巻き付けるところを、あえて何も言わずに見守った。


 すると、彼女はおもむろに白くて細長い棒のような道具を取り出してみせた。


「ディーゼルさん、こんなのも落ちてましたよ。なんですかこれ?」


「――はっ⁉ そ、それはッ!」


 俺の甲冑に電撃が走り抜けて、身体が仰け反った。


「手巻きタバコ用のローラーキットだ‼」


 昔、俺がこっそり景品リストに入れたやつだ。この施設を作った時、ちょうど手巻きタバコにはまっていた時期だったのだ。


 なるほど、普通の牛じゃなくてカリュドンの幼体というれっきとしたモンスターを斃したから、ちょっとだけ、おまけがついたな。


 ありがとう、数百年前の俺!


「手巻きタバコ、ですか……?」


「そ、それを……それを俺によこせ、ショコラ!」


 すると彼女は手巻きタバコのロール紙をギュッと胸に抱いて、身体の後ろに隠した。


「――禁煙中じゃないですか。駄目ですよ」


「禁煙なんぞしてねぇ! 黙ってそれをよこせ、このメスネコがッ!」


「あっ! ああああっ⁉ それミートゥー! ミートゥーですって、ディーゼルさ……ちょ、力で……きゃああああああ⁉ ちかあああああああん‼」


 嫌がるショコラを無理やり押し倒し、その手を引っぺがす。


 彼女は最後までグーで抵抗したが、さすがに俺の腕力を前に為す術もなく。ショコラから強引にタバコの紙を奪い取った。


 土だらけになったショコラが、しおしおと泣いた。


「うう……汚されちゃいましたぁ……もうお嫁に――」


「行かんでもいいし、責任も取らん」


「うぐっ……! もぉ……はぁ……それで? タバコの中身はあるんですかぁ?」


 ショコラは(とが)めるような眼差しになって起き上がった。


「この際、雑草でもいい。煙があればいいんだ」


「うわぁ……ヤニ中、ここに極まれりって感じですね」


 ショコラを無視して雑草を引っこ抜き。


 巻き巻き。巻き巻き。まきま――。


「……ぬおおおおおおおおおお! 巻けんッ‼」


 俺の手甲は硬くて鋭い。紙タバコを巻くなどという器用な作業には向いていないのだった。ローラーキットに包み紙をセットした時点で、タバコがズタボロだ。


 思い出したが、仮にこのむつかしい作業を終えても、俺は唾液が出ないので巻いたタバコを封じることもできない。


 例の、タバコの巻紙に付いた(のり)をペロッと舐めて閉じる、あの格好いい行為が出来ない。だからタバコを巻く時は隣に水と刷毛(はけ)を準備しなくてはいけないのだった。なんともダサい。


 当時もこれが障害になって上手くできなかった上に、散々その作業風景をダンマスに笑われて馬鹿にされたので、自作タバコは諦めたという経緯だった。


「くそぅ……」


 がっくり肩を落した俺に、ショコラが得意げにひょこひょこと近づいてきた。


 にょほほと笑いかけてくる。


「しょうがないなぁ……私が巻いてあげますよ。お父さんがやってたのでやり方は知ってるんです。あっ! あのゾンビ部屋で見つけた赤いハーブもありますよ! これも一緒に……あぁ、乾燥してないからだめかなぁ」


 ぼそぼそと、そんなことを言いながら作業をはじめようとしていたショコラの手から、赤いハーブ――実態はただの草を取り上げ、漆黒の殺意を込める。


 すると鎧の隙間から、どろっと瘴気が漏れ出して赤いハーブを包み込んだ。


 〈吸魂(ライフ・サクション)〉――先日の女冒険者にも使ったが、俺の鎧〈枯朽する曙光(ダイイング・サン)〉の力だ。全ての生命力を吸収する。


 瘴気が(ちり)となって拡散し消えた後、俺の手にはカラッカラに乾いたハーブが残された。


「おお……」


 目を丸くしたショコラが、すぐに胡乱げな面持ちになる。


「まさかタバコを作るためだけに、こんなスキルまで開発したんですかぁ……? ちょっとドン引きです」


「いや、さすがにそこまでは……これは侵入者を殺すための由緒正しいスキルだ」


「侵入者を殺すための由緒正しいスキル、という言い方に違和感を感じますけど……ペロッ……」


 ローラーキットでタバコを巻いて、それを取り出したショコラが、てらつくピンク色の舌を伸ばしてペロッと紙の端を舐め、最後に封をした。


「それ、格好いいよな……」


 ショコラは黙って立っている限り、見た目はスタイリッシュだからペロッ……が絵になる。思わず羨望の呟きが漏れた。


 作業を終えたショコラが手作りタバコを差し出してくる。


「――はい、できましたよ」


「おお、すまんな」


 ショコラの手巻きタバコを、早速兜の隙間に差し込み、いそいそと指を鳴らす。


 パチンッ、パチンッ。


 赤くなる先端。直後に流れ込んでくる煙。


「――どうですか? 私の手作りタバコ?」


 わくわくしながら俺の顔を覗き込んでくるショコラ。


「――ああ、そうだな……」


 プカーッと煙を吐き出し、熟考の末、結論を述べる。


「――美味いか不味いかで言うと、ゲロまずだな」


「ちょっとぉ、せっかく作ったのにぃ……」


 タバコというのは、実はかなり特殊な葉っぱだ。もちろんそこには中毒性が関与しているのだが、煙を美味いしく感じる葉っぱなど、まず存在しない。適当な草や葉をタバコにしても十中八九失敗する。タバコとは極めて貴重な葉っぱなのだ。俺がタバコ保全活動を(こころざ)すのも分かってもらえるだろう。


 しょぼくれていたショコラの肩に手を掛ける。


「まぁ、だが……イライラは少しだけ収まった」


「――あ、ほんとだ! ドロドロした音が止まってるー!」


 ショコラがペタペタと俺の鎧を触って言った。


「お前の手巻きタバコは効果があったようだ。礼を言うぞ、ショコラ」


「! えへへへ……」


 にへらっと笑ったショコラの頭を撫でた。


「いっ……いて……ディーゼルさん、撫でてくれるのは嬉しいんですけど、ちょっと手がゴツゴツしてて、いたっ……痛いです! 鎧を脱いでから撫でてください! あるいは優しく! 優しくッ!」


 そんな彼女の頭をグリグリと乱暴に押し潰し、城壁の奥に鎮座する城の巨影を()め上げた。


 まだ、一〇〇階層への扉は開いていなかった。


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