いけにえ
駆け足で地下病院の奥へと足を進める。
しばらく行くと、やがて広めの空間に出た。
直後、ガシャアンッ! と通路に格子が下りて、俺達は広場に閉じ込められた。
まもなく、奥の暗がりから歩み出してくる人影。
足先まで覆った長い腰巻きの上に、裸の上半身。全体的に青っぽい。
そして、その上にあるはずの頭部は、長く鋭い錐状の兜にすっぽり隠されて見えない。頭に青い三角コーンを被っているような感じだ。
手に巨大な鉈を引っ提げ、ガリガリと床を削りながらこちらに迫ってくるそれは――。
「な、なんですかあれ……怖っ!」
「〈ブルーピラミッドシング〉――だ‼」
有無を言わさず大戦斧を一閃。ガードしようと割り込ませた鉈ごと首を叩き切られたブルーピラミッドシングは、バタリと床に倒れた。
それを見たショコラがぽつり。
「……ディーゼルさんと一緒にいると、ホラーがホラーじゃなくなりますね。ただの作業って感じ。台無しです」
「さっき、あれだけぎゃあぎゃあ泣き叫んで腰抜かしていた奴のセリフか」
言いながら、ブルーピラミッドシングの頭部を覆っていた長い錐状の兜を掴み上げる。
それは俺が持つ手の中で、ゴトゴトと振動した。
その断面を、ショコラの方に向ける。すると――。
「――? ……っ! いひーーー! 気持ち悪ぅううう⁉」
顔を引きつらせてダッシュで部屋の隅まで逃げたショコラ。
兜の中から、にゅーっと伸びた細長い数本の触手が、新鮮な魚を彷彿とさせる感じでビチビチと跳ね、粘液の糸をまき散らした。イカの足っぽいが、もっと筋肉質だ。
それをショコラに向けたまま、徐々に距離を詰めていく。
ショコラは壁を背にしたまま、俺から一定の距離を保って逃げた。
仕方なく、考えていたストーリーを言い聞かせる。
「――これに寄生されろ、ショコラ」
「――っはぁあああああ⁉」
ショコラが、デートをすっぽかされた女が詰め寄る時のような、あるいは、耳を疑うレベルの浮気の言い訳を聞かされた女のような、そんな呆れと怒りが入り交じった般若顔になった。
「これに寄生されると、お前の病気が治る」
「嘘つけッ‼」
ショコラが吐き出すように叫んだ。
「ぜっっっったい、嘘‼」
「チッ……」
思わず舌打ちが漏れ、それを聞き逃さなかったショコラの猫耳がピクピクと動いた。「あーっ、やっぱり‼」と怒気を強める。
ショコラを騙し切る作戦を諦めた俺は、降参だとばかりにシュコーっと嘆息混じりに両手を上げ、正直に説明することにした。
「――これは、ゾンビになった奴に寄生する〈ゾラーガ〉という」
「そんなの近づけないでくださいよ‼ っていうか私ゾンビじゃないですし⁉」
「この寄生モンスターの宿主でなければ、ここの裏ボスをおびき寄せる餌にはならないのだ」
「え、餌……?」
そこではっと、ショコラが息を飲んだ。
「――まさか、あのガス……わざと私を……」
「ああー、今思い出したー、あのガスは吸った者をゾンビに変えるガスだったー」
「知ってた! ディーゼルさんは知っていた‼ そんな見えすいた嘘ッ! こんな姑息なやり口! ディーゼルさんらしくないッ‼」
ショコラはゲシゲシと地団駄を踏んでから、すっと表情を消して尊大に腕を組んでみせると、声音を低くして続ける。
「――シュコー……おい、ショコラ。この先ゾンビが必要だ。俺の本体は甲冑だから、ゾンビになんぞならん。お前ちょっとゾンビになってこい――みたいに、堂々とわたしを生贄にするのが、ディーゼルっていう鬼畜ドSコスプレイヤーでしょう⁉ キャラがブレてるじゃないですか‼」
「趣向を変えてみたんだがな」
「い、ん、し、つー! やり方が陰湿です! いつもの、どストレートな感じの方が私好きです‼」
グッと両拳を握り込み、フンスッと鼻を鳴らしたショコラ。
「そ、そうか? それはすまなかったな……じゃあ、改めてショコラ。ぐだぐだ言わずに寄生されろ。もうお前はゾンビ毒に掛かっている。治療薬はない。ジタバタしても無駄だ。お前はもうすぐゾンビになる」
「ぐっ……堂々と言われると、それはそれで腹が立つ……!」
「今回はちゃんと死体は残るから、装備の心配はしなくても大丈夫だ。綺麗に復活させてやる。安心して逝け」
「いやー‼ やっぱり死にたくなああああああい‼」
逃げるショコラ。ビチビチ跳ねるゾラーガ入りの兜を聖火みたいに掲げて追う俺。
ショコラは中身は壊滅的だが、フィジカル――とくに敏捷性に関しては突出している。実際、足の速さは俺に勝っており、なかなか追いつけない。
「待てってッ!」
「こっち来ないでッ!」
しばらくそんな感じで広い空間を追いかけっこしていると、やがてショコラがふらふらと立ち止まった。
「――ショコラ?」
俺が彼女の肩に手を掛けると、彼女はその手甲に噛みついてきた。
唐突な豹変ぶりに、ちょっとだけ驚いて仰け反る。
どうやら運動をして毒の回りが早まったようだ。
俺は無言でブルーピラミッドシングの兜をショコラに被せた。
中にひそむゾラーガを寄生させるだけで良いのだが、もういい加減、情も湧くというものだ。普段の彼女の可愛らしい様子らしからぬ痛ましい見た目を、かぶり物で隠してやるという、心ばかりの配慮だった。
俺の手甲に噛みつこうと藻掻くゾンビショコラ・オン・ゾラーガ・イン・ブルーピラミッドシングを、そのまま部屋の真ん中へと引きずっていく。
挑むのは、やがてやって来るはずの〈ロード・ヘカトンケイル〉だ。
「ア゛ー、ア゛ー、ア゛ー」
足元に転がされ、呻き声を上げながら俺の鉄靴に縋り付くゾンビショコラ・オン・ゾラーガ・イン・ブルーピラミッドシング。
すげぇ気になる……さすがに不憫……。
……いや、まてよ?
もうショコラは死んでるわけだから、これ以上死ぬことはないんだよな?
ショコラが俺の瘴気を大量に吸い込むと、あっという間に真なる死に至ることになる。だから俺は、いつもは瘴気を漏らさないように力をセーブしている。
逆に言うと、今は俺が瘴気をぶちまけても問題ないということだ。
ロード・ヘカトンケイルはなかなかの強敵だ。六本の腕に最高品質の魔導具を携え、致命傷以外の傷は瞬時に癒してしまう。斃せる敵としてここに配置されていない。本来は、ロード・ヘカトンケイルの追跡から逃げ切るというギミックなのだ。
ショコラを気にしながらだと、時間をかけて逃げるしかないが……。
――久しぶりに本気を出すか。
ショコラの腰からタバコ型チョコを拝借し、兜に突っ込む。
徐々に近づいてくる、恐ろしげな巨人の足音を正面から迎え撃つように、力強い瘴気の鼓動音が地下空間に起こった。




