ガス部屋
「やりましたね、ディーゼルさんっ!」
「ああ」
「間違えてましたよね?」
「……ああ」
素直に認め、床に残されたハンマーを拾い上げる。
「まぁ〜〜ねぇ~~~~! たまにはミスもありますよね~~~~~! いくらディーゼルさんでも、完璧じゃないですから、たまにはこういうミスもあります」
ショコラが、うんうんと首を振る。
「いやー、私がミスに気付いてよかったですねぇ。もしも私がポンコツだったら、今頃二人ともゾンビにガジガジされちゃってました。よかったですねぇ、ディーゼルさん。私がポンコツじゃなくて」
前半はぐうの音も出ない正論だったので、何も言わない。
がらんどうな部屋。そんな部屋の中心に拳大の穴が開いている。あとは、壁に埋め込まれた棚が多数あり、そこに様々なアイテムが並んでいた。
ショコラが部屋をチョコを食べながら興味深そうに見て回っている。
そんな彼女を眺めて待つ。
まだかな――。
ショコラが部屋の隅で立ち止まった。その足元には赤い草の鉢が置いてあった。
「あ、ハーブですね」
「ハーブ?」
「え? ディーゼルさんが知らないんですか? こういうところでは、ハーブは貴重なんですよぉ? これで緑色のハーブもあれば完璧なんですけど……」
そう言って、今度は部屋の棚を物色し始めたショコラ。
「知らんなぁ……」
それはただの装飾用の草だ。
やがて、彼女の足が止まる。
「――あ、この像の目にはまってるのって、〈セレスタイト〉じゃないですか? これ珍しいですよ。とっても高価な魔石です! もーらいっと‼」
性懲りもなく胸像の目玉に手を伸ばすショコラ。そんな彼女を、制止しない。
「む……かったいなぁ……」
ショコラは、なかなか外れないセレスタイトを、ぐりぐりとあの手この手で引き抜こうとする。すると、案の定というか、ガコンッという何かがはまり込む音が聞こえてきた。
パラパラと破片が上から落ちてくる。
見上げてみれば、どんどんと迫りくる天井が。
お決まりの天井トラップだ。
「あ、よせー。たわけがー」
「あ、ご、ごめんなさあああああああいッ‼」
俺の気のないお叱りの声に、ショコラはビクゥッと肩を跳ねさせ、獣耳を手で押さえてしゃがみ込んだ。ほとんど条件反射だ。少しだけ可哀想になる。
「――なんてな」
先ほどのデブゾンビが持っていた巨大ハンマーを拾い上げる。
それを持って静かに部屋の真ん中に歩いて行き、床の穴にハンマーの柄を立てる。するとそれはすっぽりとはまり込み、巨大なハンマーがまっすぐに立ち上がった。
「ふぇっ?」
ショコラの間抜けな声が上がった直後、天井がハンマーにぶつかった。
ギ、ギ、ギ、ギ、ギ……と嫌な音を出しながらも、ハンマーがつっかえ棒となって天井を支える形となる。
そして今度は、天井の圧力に押されて床ごと下へと落ちていく。
「お……おぉ? ……おぉ……おおーっ!」
ショコラの表情がぱあぁっと明るくなった。
「し、死亡フラグ回避って、初じゃないですか私達⁉」
そんな彼女に、嘆息混じりに答える。
「甘く見るな。元々が回避可能なトラップだったのだ。あえて引っかかって、ハンマーで天井を止める。すると、この部屋全体がエレベーターになる。そういうギミックだ」
「なーんだ……」
がっくしと肩を落としたショコラ。
「罠にかかった挑戦者は絶対殺すマンのダンマスだぞ。そんなに甘いわけないだろうが。本気のトラップなら、ここからさらに二重三重の追加措置がくる」
「ダンジョンマスターさんは、なにか挑戦者に恨みでもあるんですかねぇ……?」
ショコラが胡乱げに天井を見上げた。尻尾がピロピロ揺れている。
「恨みだらけだ。これまで、どれだけの自慢のギミックを破壊され、可愛がっていたモンスターを始末され、お気に入りのアイテムを持ち去られていることか。ダンマスの千年に渡る怨み骨髄に入る仕返しを畏れるがいい」
そう、ダンマスには冒険者に厳しくする動機がある。ダンマスはトラップを見破った冒険者が吐いた辛口批評を、未だに一言一句違えずに全て覚えて根に持っている。千年前のだぞ? あまりのねちっこさに、さすがの俺でも引く。
逆にそれだからこそ、こうして研ぎ澄まされたダンジョンが出来上がったとも言える。才能、か……。
やがて、エレベーターが大きな振動と共に止まった。
外に出ると、そこは地下病院だった。
明滅する暗い通路。陰気な病室。壁に飛び散った謎の液体のシミ。汚らしいベッド。散乱した治療器具。
「趣味わるーい」
とはショコラの感想。実は俺も同意見だ。
「――お、ショコラ。その部屋の中で何か光ったぞ。魔石じゃないのか?」
「え、どこどこ? どこですか?」
おの指差す部屋に躊躇なく足を踏み入れるショコラ。その身ごなしは、新しいおもちゃを見つけた猫のごとし。
「んー……どの辺ですかぁ、ディーゼルさん?」
「あー、そうだな確かこの辺に……」
俺が何かを探すフリをして、机の上の箱をどかす。
カチャンという音がしてドアの鍵が閉まったのと、プシューッとガスが噴き出してきたのは同時だった。
「あ、しまったー。俺としたことがー。忘れてたー」
「んえええ⁉ ちょっとディーゼルさん! ボケ始まってるんじゃないですか⁉」
もくもくと部屋に充満していく緑色のガス。
「たああああすけてええええええ‼」
ショコラがドンドンと部屋のドアを叩いている。中身すっからかんの俺には、当然このガスは効かない。
「けほっ……けほっ……」
大きく咳き込み始めたショコラ。
――もういいかな。
彼女が苦しげに寄りかかっていたドアを、前蹴りで蹴破ってやる。
けたたましい音を上げて吹き飛んだドアと、そこから転がり出すショコラ。俺も追って外に出る。
座り込んだまま咳き込み続ける彼女の前で膝を突き、顎をクイッと上に持ち上げる。
涙目になったショコラの顔に、死相が浮いて見えた。
「でぃ、けほっ……ぜるざん……?」
「――ショコラ、すまない……このトラップで病気を患ったようだ。お前はもう間もなく死ぬ」
「そ、そんな……」
俺の告知に、ショコラが絶句した。
「心配するな。俺が、最期まで一緒にいる」
ショコラの手を握り締めた。すると、彼女の声に震えが混じる。
「ディーゼルさん、私……怖い……ッ!」
俺の〈枯朽する曙光〉の背中に腕を回してきたショコラ。
「――抱きしめて……もっと……もっと強く! 私が消えてしまう前に……ッ‼」
「ショコラ!」
「ディーゼル!」
ショコラがかなり強めに鎧を締め上げてきたので、俺も少し力を込めてショコラの身体を抱いた。
「――いっっったい! すっっごくツンツンの鎧!」
「馬鹿やってる場合か。まだ発病するまで時間がある。急げ」
俺が立ち上がると、ショコラもまた「はーい」と立ち上がった。先ほどの、悲壮な別れで愛を確かめ合う二人ごっこに、満足げな表情だった。もう死ぬこと自体は、気にしていないらしい。




