激おこショコラ
◇◆◇
洞窟に戻ると、すかさずショコラが詰め寄ってきた。
「極悪非道すぎですよぉ‼」
彼女は下から睨め上げ、俺の胸に指を突きつけて続ける。
「最後の子、命乞いまでしてたじゃないですかぁ! 泣いている女の子にあんなことしてぇ! 遠くでお母さんが泣いてますよ‼ この分厚い胸に手を当てて、自分がしたことを考えてみてくださいッ‼」
腰に手を当てて、偉そうにトントンと俺の胸をつついて口を尖らせる。おかげで彼女の裸体は惜しげもなく晒されているのだが、そんなこと気にならないほどにお怒りらしい。
シュコーっと嘆息をつく。
「――命乞いして見逃されるなら、命乞いし続けるだけでダンジョンをクリアできてしまうだろうが……どんな裏技だよ……」
「ぶーーーーーーッ‼」
眉を吊り上げて、頬もぷっくり。面倒くさくなった俺がショコラを通り過ぎようとしても道を塞いでくる。
猫目がギンギン。猫耳はツンツン。尻尾もピンピン。おこもおこ。激おこだ。
そんな彼女を腕で押してどかし、洞窟の奥へと足を進める。
「ダンジョンに侵入してくる時点で死ぬ覚悟は出来ているはずだ。そもそも、モンスターが侵入者を殺して何が悪い」
「またそうやって役作りのせいにして! いくらモンスターが大好きだからって、やって良いことと悪いことがあるんですからねッ‼」
ショコラが俺の背中に非難の声を投げた。
「それを言うなら、あの女、俺に雪崩を食らわせてきたぞ。ショコラが言うように俺がただのコスプレイヤーだっとしたら、あの所業こそ酷いだろう。オーバーキルも甚だしい……いや、それにしても、少し驚いたな、あれは。たいしたものだ」
ふと雪崩の規模を思い出して感心な声が漏れた。あれは魔法使いが単独で放つ純粋な攻撃魔法の威力と規模を超えていた。かつて絆の深淵を訪れたS級の魔法使い達と比べても、ひとつ頭が抜けていたと言っていい。少しだけ焦ったのは秘密だ。
自然の力を利用できたからこその破壊力だろうが、この雪山がとてつもない量の雪を抱えていることを見越して選択した精霊術だとすると、やはりなかなかの機転だ。あのエルフ、何者だったのか。名の知れたS級冒険者だったのかも知れない。
……いや、それにしては最後の弱々しさはいったい……? はてな?
「それはディーゼルさんのコスプレが趣味の領域を超えちゃってるからじゃないですか! ダンジョンでそんな真に迫った格好してれば、誰だってビックリして本気で攻撃してきますって!」
「幽鬼冥利に尽きるな」
そんな非難を無視し、焚き火の奥に置いておいたショコラの新しい装備を拾い上げる。この洞窟の奥にいる〈ランドレア〉という特殊な地下ドラゴンを殺すと確定でドロップする品だ。
それを持って俺が振り返ると、ショコラが地団駄を踏んで続ける。
「だ、い、た、い! 殺し方がいちいち、えげつないんですよっ‼ ディーゼルさんの実力ならサクッとその斧で殺せるのに、よく分かんない黒いので包み込んで頭潰したり、心臓を握り潰したり! あんなにバリエーションに拘らなくたって!」
「ああ、あの女剣士に使ったあれはな、〈吸魂〉というものでな、力を吸い取った上で復活魔法や復活アイテムの効果を阻害する効果があるんだぞ。団体を相手にする時の初手としては鉄板と言える。数は力なり、だからな」
ちなみに〈吸魂〉は俺が使うスキルの中でも、ダンマスのお気に入りトップスリーに入っている。曰く、魂を食われる不快感に歪む挑戦者の顔がイイらしい。ダンマスの嗜虐的な一面が見られる意見だ。
「そういう話をしているんじゃないんですッ! 洞窟の外に出た後だって、わざと時間かけていたでしょう! あんなに可愛いもふもふ生物までキックして! あの鳥さん、最後はムカ着火ファイヤーで空飛んで行っちゃったじゃないですか‼ 動物虐待‼ 性格悪いです‼ 私、ディーゼルさんのこと嫌いになっちゃいますよっ⁉」
鼻息荒くまくし立てるショコラに言い放つ。
「さっくり殺してしまったら怖くないだろう。この絆の深淵が、年一回のお祭りみたいに混雑したら雰囲気台無しだからな。ギミックに挑戦する時に順番待ちの行列が出来ていたら、がっかりではないか?」
肩をすくめて見せ、続ける。
「仲間を惨殺して見せ、実力差をはっきり分からせてから殺すのもまた俺の大事な務めなのだ。連中が地上に帰ってから悪名が広まるからな。広報活動というやつだ」
「鬼畜の所業!」
「だから鬼なんだって……」
思わず少し肩がコケた。ついでにひとつ反論してみる。
「最後の女……ミトラとか呼ばれていたな。あの女には、慈悲をくれてやったぞ」
そう。俺を久しぶりに感心させた冒険者へのねぎらいを、最後のエルフ女にはくれてやった。統べる幽鬼に慰労された冒険者など、そうはいるまい。人生の勲章にしてもいいのではないだろうか。
「チョコを咥えさせてから脳天かち割るのは慈悲とは言いません……」
ショコラのあきれ顔。そこに俺が疑問を投げる。
「スターチェイサーを殺して欲しいのか、欲しくないのか、どっちなんだ?」
イルバーンに復讐して欲しいという条件を出したのはショコラその人だ。
彼女は少し言いよどんだ。
「――私としては、イルバーンさえ懲らしめてもらえればいいんです。そんでもって、フェニックスの涙を取り返してください」
ショコラは、イルバーンに関してだけはフェニックスの涙を返すまで、あるいは返した後もこっぴどく痛めつけて欲しいらしい。彼女の底知れない恨みを感じさせる依頼内容だ。
シュコーっと嘆息をつき、装備を差し出す。
「まあなんにせよ、お前はよくやった。大声が聞こえて急いで帰ってくれば、なんとお目当てのスターチェイサーがいるではないか。この雪山を探し回る面倒な手間が省けた。しかも敵の半数の戦力が、俺から目を背けているという絶好のシチュエーションまで作り出してくれて。おかげで仕事も捗ったぞ――ほら、新しい装備だ」
「そうだった! ディーゼルさんが遅いから、あの人達に私の裸見られちゃいましたよ⁉ もうお嫁に行けないから責任取ってくださいねっ‼」
「嫁に行けなくなって責任取らせようとする流れ、好きだなお前。やっぱり地雷女なのか? ひょっとして豹獣人の界隈では行き遅れの年齢だったりするのか?」
その地雷原にのこのこと足を踏み入れたのが俺なのだが……。
ショコラは差し出された俺の手から装備を奪い取ると、「あっち向いててください!」と言って、いそいそと着替え始めた。つい今しがたまで全部見えていたのに。
それは竜鱗を要所に使った、竜皮の軽装服だ。ショコラにはぴったりだろう。下位の竜ではあるものの、防御力も、魔法防御も、各種耐性も、この付近では最高クラスの贅沢な装備だ。一〇〇階層まではこれで十分。
正当な仕事には正当な報酬を。上司の務めでもある。
実際、ショコラは頑張った。
ここに到達するショートカットルートでの、尽きることのない怪物の嵐のただ中を、驚くべき身のこなしで俺の後ろにぴったりとへばりつき(半泣きだったが)、時にアイス・ファルシオンを振るって自らの手で敵を斃したりもした。俺はショコラを攻撃に巻き込まないように気を付けるだけでよかった。
結局、ここに到達するまでにショコラは三回死んだだけだった。俺の予想を大きく上回る結果だった。
ただ、どういうわけか、その三回で見事に上下の服とブラを失うという歪な形の装備ロストをしたのだが。
「――しかし、そんなに裸が嫌なら、どうしてもっと服を大事に考えなかった?」
この絆の深淵における装備ロストの順番は、その深層心理に従って決まる。
つまり、死んだ張本人が考える、重要性の低い装備から失われていくのだ。いくら貴重なアイテムが見込まれるとはいえ、さすがに、いきなり重要装備から落とすようなダンジョンでは誰もやって来ない。
確かに武器や貴重なアクセサリーよりも、防具の方が重要性が低いことが多いので、上下の服から消えたのは分かるが、女としての最終防衛ラインとか宣っていたブラが、その他装備よりも早く失われたのは不思議だ。
「だってぇ、せっかく頂いた大事な物ばかりなので……」
「……まぁ、たしかに。お前が身に付けている装備は、恥部を隠す端布よりもずっと高価で貴重な物ばかりだ。お前も冒険者の端くれだったということだな」
「ブラを恥部を隠す端布って言っちゃう人初めて見ました」
信じられないものを見たとでも言わんばかりのショコラの目。
それを無視して、兜の顎を撫でる。
「――しかし、ひとつ腑に落ちないのだが」
「どうかしましたか? ようやく自分の気狂いっぷりに気が付いちゃいましたか?」
話が進まないので、ショコラの毒を咳払いで片付けて続ける。
「フェニックスの件だ。イタチの最後っ屁で最後に一発かましていったのはフェニックスの若鳥で間違いないだろう。あそこで覚醒したのも驚きだが、それ以前の話として、連中はフェニックスの幼生を連れていたということになるな」
俺もフェニックスの幼生を見たのは初めてだ。ダンマスが召喚するのは全部即戦力になる成体だからだ。
「はえー、そうなんですか」
よく分かっていなさそうなショコラ。その顔に尋ねる。
「イルバーンはフェニックスを手中に収めていながら、なぜお前の里からフェニックスの涙を盗んだのだ?」
「それは――分かりません」
ショコラの視線が一瞬だけ、さ迷ったのが見えた。
「ふーむ? 幼生だったからか……幼生は涙を流さないらしいからな」
「――え、え、そうなんですか?」
険しい表情で顔を寄せてくるショコラ。
「ああ。聞いた話ではあるが、そのようだ。羽の力も弱いし、それゆえにフェニックスの幼生は冒険者にもあまり注目されない。育てるにしても、育て方が不明だし、覚醒するまで何百年とかかる可能性がある。現実的ではないな」
〈フェニックスの羽〉には復活の力がある。そして、涙はそこに加えて周囲にいる生命体の全回復、病気も呪いもまとめて治癒という破格の効果がある。持っているだけで自動復活も果たすという、冒険者垂涎のアイテムだ。
おそらく、最後に冒険者どもの死体を攫って飛び去ったのはフェニックスの力だろう。全ての理を無視して主人の下に駆け付けるという力があったはずだ。一度使うと当分使えないはずだから、次は仕留め損なうことはないはずだが……。
ふとショコラを見ると、着替え終わった彼女は、なにやら真剣に考える素振りで俯いていた。珍しい。いつも何も考えていなさそうなのに。
「似合っているぞ」
「――え?」
きょとんと顔を上げたショコラ。
「その服には特別に名前がある。〈ランドレア・スキン〉だ。着ていればドラゴンスレイヤーを名乗れる逸品だ。良かったな」
俺に言われて、首を回しつつ、自分の服を前から後ろから眺めたショコラが、
「――ありがとうございます、ディーゼルさん」
と、照れくさそうに笑った。




