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生命の鳥




 ◇◆◇




「なんだっ⁉」


 大柄な戦士が大剣を掴んで立ち上がった。


 ここは八一階層。万謝の燭の前。


 イルバーン達が休息を取っていた上空に、輝ける鳥が舞い降りた。燃え盛るクジャクとも言うべきその鳥は――。


「イルバーン」


 鳥が喋った。その声に、全員が訝しい表情を浮かべた。


 はっとなった女魔法使いマキアが驚きの声を上げる。


「――フラミー⁉」


「うん。僕はフラミー。(うつ)ろな亡霊に殺されかけて、僕の中で眠っていた不死鳥の本能が緊急に開花したんだ」


「フラミーさん……フェニックスに覚醒できたのは僥倖(ぎょうこう)ですが、何があったんですか?」


 歩み出すイルバーン。


 すると突如として鼻を突いた錆び臭さ。


「――? これは?」


「うぉおおお⁉」


 イルバーンの後方で大声が上がった。


「ひっ――!」


「な、なんなんだよ、これ!」


「これ……まさか、リックじゃない?」


「ああ、ミトラ……こんな死に方……」


「おいおいおいおい! じゃあこの頭のない死体は……」


 首だけで振り返っていたイルバーンが、再び視線をフラミーに戻した。無言で見上げる彼に、フラミーが説明する。


「――僕たちは皆殺しにあった。僕が不死鳥の力で全員の身体を回収したんだ。やったのは、幽鬼(アブザード)だ」


幽鬼(アブザード)……まさか――」


「ブラボーチームをやったのと同じだと思う。タバコを咥えていたんだ。あと、胸に矢のマークがあった。恐ろしい敵だった」


「タバコを咥えた……幽鬼(アブザード)……」


 考え込むイルバーンの隣に、マキアが立った。


「でも、いくら幽鬼(アブザード)だからって、チャーリーとエコーが共同で当たって返り討ちに遭うなんて。おまけにミトラまでいたのに、いくら何でもおかしいわ。何体の幽鬼(アブザード)が相手だったの?」


「一体だよ」


「一体って……嘘でしょ、どうして……」


 絶句したマキア。


 後ろでシュワシュワという音が鳴って、しばらくして二人の冒険者が起き上がった。ミトラと、リックだ。


 マキアが慌ててミトラの元に駆け寄っていった。


「チャーリーチームは、リタイアですね……」


 全滅組は復活できない。三人とも無残な(むくろ)と成り果てたチャーリーチームは誰一人として起き上がらなかった。幽鬼(アブザード)に全滅を喫した彼らの魂は、もうダンジョンの外へ弾き出された後だろう。


 チャーリーチームは貴重な前衛戦力だった。ヘファイストンの脱落が特にイルバーンの肩に重くのし掛かる。彼のシャウトはパーティの垣根を越えて、全体に大きなステータスブーストをかけられたのだ。この喪失は、スターチェイサーの絆の深淵攻略に大きな影を落とす。


「イルバーン、僕らはあの幽鬼(アブザード)に追われているみたいだ。勘だけど、そういう直感がある。あの幽鬼(アブザード)は、普通のモンスターとは違う。そんな気がするんだ」


 フラミーの言葉に、イルバーンが目を細めた。


「……なんだって? 幽鬼(アブザード)が追ってくる?」


 大柄な戦士が顔を上げ、憤然(ふんぜん)と拳を打ちつけた。


「――迎え撃とうぜ、イルバーン。全員で囲んでフクロにしてやる‼」


「少し、考えさせてください。ヴォルフさん」


 イルバーンは復活できなかったチャーリーチームの遺骸を埋めることを指示し、その間にリックとミトラに事情を聞いた。


「――あとな、あの幽鬼(アブザード)、獣人の女をひん剥いて(はずかし)めてやがった」


「はぁ? 幽鬼(アブザード)ってそういうことするの?」


「ゴブリンとかオークじゃないのか、それ?」


 リックの報告は、幽鬼(アブザード)との遭遇前にショコラという冒険者と遭遇した情報と、その時の状況を教えてくれた。また、幽鬼(アブザード)の装備、見た目、使った能力などに関する貴重な情報もスターチェイサーにもたらした。


 さらに長く幽鬼(アブザード)と対峙したというミトラは、もっと多くの情報を持っているはずだったのだが――。


「チョコ……チョコ……幽鬼(アブザード)が咥えていたのはタバコなんかじゃありません……チョコなんです、あれ……甘くて美味しい……チョコ……」


 彼女は恐慌を起こしており、チョコの話しかできなかった。今、マキアがミトラを介抱しているが、この状態だととても戦えない。


 以上のことから、イルバーンは次の決定を下した。


(くだん)幽鬼(アブザード)と対峙する時は、完全な戦力で迎え撃ちたいと思います。だからミトラさんが復帰するまでは、前進に注力します。あわよくば、このまま追いつかれる前に、一〇〇階層に辿り着くのがいいでしょう。不確かな要素は出来るだけ回避します」


「でも、それだと最奥の戦いで挟み撃ちにならない?」


 マキアの指摘はもっともだ。


「はい、可能性があります。なので、もし遭遇せずに最奥に辿り着いた時は、幽鬼(アブザード)迎撃組を一チーム残し、残りの二チームで最奥を攻略します。押さえるのは――」


「僕だね」


 フラミーが当然とばかりに声を上げた。


「――はい。フラミーさんは、幽鬼(アブザード)と相性が良いので。さらにリックさんに大量のトラップを残してもらい、狩り場に誘い込んでミトラさんの最大火力を叩き込んでもらいます。(たお)す必要はありません。時間さえ稼いでもらえれば、その間に僕らアルファチームと、ヴォルフさんのフォックスチームが最奥を突破します」


 イルバーンが、未だに震えているミトラを見た。


「……今の彼女にそれをお願いするのは酷ですが、パーティーの組み替えができない以上、これが最善です」


「ミトラなら大丈夫。時間さえあれば、ちゃんと立ち直る……私の弟子なのよ?」


 ミトラの肩を抱えてマキアがいった。


「よろしく、お願いします」


 イルバーンは頭を下げた。


「僕がいなくても大丈夫?」


 フラミーが言った。


「……ええ。フェニックスの力を発現させたフラミーさんは、本当は僕と一緒に最奥に来て欲しいのですが……一〇〇階層に着いた時の状況に応じて、柔軟に考えましょう。どちらにせよ、フラミーさんが攻略の肝になりましたね」


 イルバーンが言うと、フラミーが翼を広げてケーンッと鳴いた。


「――皆さん、攻略のペースをさらに上げます。皆さんの全ての経験と力を結集しなければこの攻略は叶いません。もし失敗してしまうと……」


 続く言葉を飲み込んだイルバーンが、決然と言い直した。


「僕たちに失敗はありません」


 その場にいる全員の肯定の声が力強く返ってきた。


「――休憩は一時間繰り上げます。皆さん、十分休んでください」


 イルバーンの声に、迷いはない。


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