ダンジョンの掟
このダンジョンの中では、一度組んだパーティーは解散できない。メンバーを加えることはできるが、除名はできない。そういう“ルール”になっている。
パーティーを解散し、新しいチームを組むためには、一度ダンジョンの外に出なければならない。
そして外に出るためには、パーティーメンバー全員が揃って入り口に戻るか、あるいは特殊なアイテム――〈鵺の頸椎〉をアンカーポイントの焚き火に捧げ、全員が“外に出たい”と願う必要がある。
この女冒険者ショコラは、そのいずれも拒否するのだ。
俺が入り口まで連れて行こうとすれば、衝撃的な素早さでどこかに身を隠し、〈鵺の頸椎〉を焚き火に放り込んでも“絶対に出たくない”と願って台無しにする。
ショコラは、俺が街でもっと腕の立つ冒険者に鞍替えしようとしていると、本能的に警戒しているようなのだ。
その小動物めいた警戒心をもっと攻略で発揮してほしいと、切に願う。
「私が真なる死を迎えれば、ディーゼルさんだってダンジョンに食われて消滅するんですから、もっとちゃんとサポートしてくれないとぉ……ディーゼルさんだってヤバいんですよ? 分かってるんですかぁ⁉」
「ぐぅぅ」
そして、パーティーメンバー同士はある種の強力な加護を受けると同時に、強い呪いも課せられる。
すなわち、メンバーの誰かが一人でも真なる死を迎えると、連座制で全員に真なる死が平等に与えられるのだ。
〈真なる死〉。
すなわち、ダンジョンに魂を食われて二度と復活できなくなること。
パーティーメンバーが増えれば増えるほど攻略難易度が下がる一方で、真なる死が降り注ぐ危険性も同じように増していく。
一人がみんなのために、みんなが一人のために。
そのモットーを貫徹しなければ、最奥まで到達することはおろか、生きて帰ることすら叶わない。
このダンジョンが〈絆の深淵〉と呼ばれ、畏怖される所以だった。
絆の深淵は、一人では絶対に踏破できないようになっている。
最低でも二人。
だから俺はこのポンコツ女冒険者のショコラを無下にはできない。
そして、俺はもう、ショコラとパーティーを解散することはできない。
たとえダンジョンの外に出ても、だ――。
「その通りだ。だから俺はお前を全力でサポートしている。しかし得手不得手というものがあり、俺にも限界がある。それゆえにメンバーを増やしたいのだ」
シュコーッと兜から嘆息が漏らし、続ける。
「――しかしこの絆の深淵は、入り口近辺ならばいざ知らず、もうここまで進んでしまうと滅多なことでは他の冒険者と出会う機会がない。難易度が高すぎて、人口密度が低すぎるせいだ」
「だーれもいませんよねぇ。お宝いっぱいなんですから、もっとみんな来ればいいのに」
「誰がこんな生存確率マイナスのダンジョンになんぞ来るか」
「……マイナス?」
ショコラが眉をひそめた。
「ああ。普通、百人の挑戦者が全員生き残れば生存率百パーセントだな?」
「ええ、それは」
「誰も生き残らなければ?」
「ゼロパーセントですね」
「そうだ。ならば、百人の挑戦者が全員一回以上死ぬと?」
「? えーっと……?」
指折り数え始めたショコラを眺めながら続ける。
「百人がそれぞれ二回ずつ死ねば生存確率マイナス百パーセントだ」
「ええ……なんか、おかしくないですか……?」
頭の上にはてなマークを浮かべたショコラが首をひねった。
「三百年くらい前に冒険者の間で流行ったジョークだ。実際、今の謎計算でいくと、絆の深淵の生存確率はとんでもないマイナス値を叩き出す。笑えるぞ。この絆の深淵はそういうダンジョンなのだ。よほどの命知らずでなければ足を踏み入れたりはしない。命あっての物種だからな」
あるいは限界突破した阿呆か、はたまた、特別な使命を背負った奴か――。
シューコーッと深呼吸し、結論を述べる。
「外に出て、追加のメンバーを探すしかない」
「嘘。そうやって私を誰かと取っ替えっこする気なんです」
噛みついてきたショコラに、語気を強める。
「だーかーらーッ! 俺とお前はもう、“契約”で縛られているから! 二人で最奥に到達するまでパーティーは解消できないと言っただろうが‼ 外に出たって俺とお前は、もはやパーティを解消できんのだ! 一緒にやっただろう、あの儀式⁉ さぁ、だから安心して外に出てメンバーを探すぞ! 急がば回れだッ! 知っているだろう、急がば回れッ‼」
「いーやーでーすッ! 私だって急いでるんです! このまま進むんです! 私、騙されませんからね‼」
プルプルと甲冑が震え、湧き上がってきた行き場のない憤りを瘴気に混ぜて吐き出す。
「――クソがッ‼」
俺は、この女と一緒にダンジョンを攻略しなければならない。
ダンマスの元に帰参するために。
早く帰って、俺の部屋で現在進行形で行われているであろう、暴挙をやめさせるために――。
「くっっっそ……なんでこんなことに……」
暗然と漏れた俺のぼやき声に、ショコラが「まぁまぁ」と目を輝かせて続ける。欲にまみれた笑顔だ。
「――ディーゼルさん。私、まだまだやれますよ! ちょっと戻って、ほらぁ、例の、あの宝箱! 開けてみましょうよぉ! 私の装備が入ってるかも知れないじゃないですかッ!」
「そう言ってお前、十回以上ミミックに食われたの忘れたのか」
「でぃ、ディーゼルさんがっ! そのごっつい斧でサクッと倒してくれないからですよ‼ 私がモグモグされているところを、じっと見てるなんて、とんだサディストさんです!」
「たわけがッ‼」
グッと手甲を握り込んだ。
それを見たショコラが、素早い身のこなしで焚き火の向こうに逃げた。
「お前が俺の手の届かないところで、ほいほい宝箱を開けるからだろう!」
ショコラは戦闘力や冒険者としてのセンスは壊滅的だが、身のこなしだけは異様に軽快で、俺の手の届かない位置にスススッと壁を登って到達し、宝箱を開けてガブーッ。
俺が通れない細道の向こうで宝箱を開けてガブーッ。
俺が入れない狭い隙間で宝箱を開けてガブーッ。
ガブーッ、ガブーッ、ガブーッ――。
……なのだ。
生粋のトラブルメイカー。それがショコラ。
その俊敏さと器用さだけを見て、適当に声をかけたのが運の尽きだった。あの時に戻れるのなら、ぶん殴ってでも自分を止めるのに。
シュコーッと兜の口元から吐き出される黒い煙。ちなみにこれは俺の甲冑内部に溜まった闇黒の瘴気で、生命にとって猛毒だ。俺は嘆息と共に猛毒を吐く。モンスターだから。
「ああ……もういい。どっちにせよ、あの崖道は突破しなければならん。お前の髪飾りを拾うついでに一気に行くぞ……そういえばお前、さっきはなんで死んだんだ?」
ショコラは猫のように身軽だ。足を踏み外した程度なら自分で立て直せるはず。
そんな俺の疑問に、ショコラは気まずそうに、てへへ……と笑った。
「急に、なにかに足を掴まれて崖下に引きずり込まれました……ディーゼルさん、そんなこと言ってましたっ、けぇ……?」
……そういえば、そんなのもいたな。忘れてた。
この俺がダンジョンの、こんな浅い層まで来たのなど、もう百年ぶりくらいだ。完全に頭から抜けていた。
「……いや、たぶんショコラには言っていなかった。すまん」
「ッ‼ ほらっ! 私のせいじゃないじゃないですかッ‼ ディーゼルさん、たまにそうやってボケたおじいちゃんみたいになるぅ‼」
俺の謝罪に、鬼の首を取ったようにいきり立つショコラ。
「……調子に乗るなよ、このポンコツ猫娘風情が! それくらいのトラップを一人で回避できないくせに、この絆の深淵を攻略しようなどと百年早いわ! 今すぐ田舎に帰れ、ポンコツE級冒険者‼ そして俺にもっと使える奴をよこせ、このポンコツ‼」
「きぃ~~~~っ! ポンコツじゃないもん‼」
その場で取っ組み合いの喧嘩になる。
この女、統べる幽鬼である俺に食ってかかる胆力だけは褒めてやっていい。
ただの馬鹿なのかも知れないが。
次は四〇回目のトライだ。
俺はいつになったらダンマスの元に帰れるのだろうか。
三桁が見え始めた挑戦の行方に、ショコラを投げ飛ばした俺の兜の隙間から、シュコーという嘆息が漏れた。