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海坊主

 浜辺にぽつんと設置された万謝の燭。そこに手をかざし、登録を済ませた俺たちは少し休憩を取ることにした。


 近くにあったビーチチェアに寝そべって夏を満喫していたショコラに、サングラスを渡してやる。


「ほら。真夏の日差しは目を閉じていても網膜を焼くぞ」


「え? なんですかこれ。こんなの持ってたんですね……」


 サングラスを(つま)み上げたショコラが、ニヤニヤとからかうような表情になる。


「ディーゼルさんだってぇ……準備万端でリゾートする気満々じゃないですか!」


「サングラスなんぞ持ち歩くものか。俺には眼球がないからな」


「そんなまた――」


「それはつい先ほど、作り出したものだ」


「――?」


 俺のひと言に、ショコラがきょとんと首を倒した。


 俺は、闇黒(くらやみ)から様々な道具を取り出すことができる。


 もちろん、全て呪われたアイテムだが――。


 〈不浄な獣の眼光アンホーリー・マグニスコープ〉。そのサングラスはそう呼ばれている。


「わーっ! なんかディーゼルさんが白く光って見えるー! だっははははッ!」


 サングラスをかけ、俺を指差して爆笑のショコラ。


 あれはサングラスとしての機能の他に、この世のものでない存在が白く映って見える特性を有している。


 そんなことから、通常の手段では見えない上位の怨霊系モンスターの潜伏を看破するときに役に立つ。他にも幻惑系の呪詛(ヘックス)を無効化する、などといった効果も合わせ持つ便利アイテムなのだ。


 ただし、あんまり長時間つけ続けると眼球が真っ黒に染まる。


 さらには、見えてはいけないモノが常時見えたり、あるいは聞こえてはいけないモノが常に聞こえたりし、肌の下を何かモノが這い回っている気がする、何かを電波的なモノを受信してしまう、などなど、寝ても起きてもヤバいモノが五感に流入し続けるという苦痛に見舞われる。


 そんな、いわゆる重度の統合失調症状態になった装着者は、やがて現実と妄想の境界が崩壊し、発狂した末に自分の眼球をくり抜いて自害してしまうのだ。


 装備し続けると、そんな呪いがかかる代物。


 だが、まぁ、一時間程度なら平気だろう。


「はぁ、はぁ……」とひと通り笑い尽くしたショコラが、ぽつり。


「――それにしてもここ、まるでリゾート地ですよね。ちゃんとキャンプの準備してくれば、最高のロケーションなのに」


「まぁ、その通りだ……実際、ここでよくバーベキューしてるからな。俺は食えないし、あまり海水にも入りたくないから、好きではないが」


「その鎧、すっごく高そうですもんね。錆びたら大変そうです」


「いや、錆びたりはしないんだ……ただ海水って、ほら、乾くとべと付くだろう? それが嫌なんだ」


「そんな、都会っ子みたいなことを……」


 ショコラが嘆息混じりの呆れ顔となった。心外だ。


「お前、知らないのか? 一度海水をすくって顕微(けんび)魔法で覗いて見ろ。あぁ、そうだった。そのサングラスにも顕微機能があるから使ってみろ。とにかく肉眼では見えない生物がうじゃうじゃだぞ。どんだけ意味不明な生物がひしめいたヤバい水なのか実感するから。あの微生物どもに、無防備にも身体の穴を全部晒すと考えただけで虫唾(むしず)が走る」


「ディーゼルさんって、まさか潔癖症……? でも潔癖症の人は、人間の頭が潰れるまで拳で殴ったりはしない……ただのキレやすい神経質な人って事……? それってやっぱりサイコなのでは……?」


 ひと通り考えを巡らせたショコラが、すぐにケロッと表情を明るくした。


「ま、いっか! 今度来た時は必ずバーベキューセット持ってきて、N級ダンジョンを満喫しましょうね、ディーゼルさん! 私も水着持ってこよ~っと。うふふのふ〜っ」


 こいつ、またここまで来るつもりなのか……?


 あの寄生虫ゾーンをもう一回通ることになるんだぞ? 俺とデンハム以外、誰も近寄ることすらできなくなりつつある、あの寄生虫戦国ゾーンを。


 バーベキュー用の食材なんて虫卵まみれになるのに……?


 焼けば食えるだろうって?


 この女の精神タフネスすごいな……。


 俺の目は間違っていなかったのかも知れない。そんな敬意を込めてヤシの木を蹴り、落ちてきたココナッツをキャッチして指で穴を開ける。ブスリ。それをショコラにポーンと放ってやった。


「わっ……ありがとうございます!」


「それを飲んだら、ここのショートカットを開通させるからな」


 ゴキュゴキュと目を細めて喉を鳴らしていたショコラがゲフーッと息をつき、顔を上げる。


「――ぐえぇぇぇ……生ココナッツジュースって、まっず……なんなんですかこの飲めなくはないけど決して美味しくはない、生臭い果汁感……」


「取ってもらっておいて、その言い草。やっぱりお前のメンタル凄いな」


「そういえば、ここから先はどうするんですか? 見渡す限り海ですけど?」


 俺のジトッとした突っ込みを無視して、ショコラがキョロキョロと首を回した。


「〈海坊主(うみぼうず)〉を呼び出して殺す」


「海坊主……ですか?」


「そうだ。もともと、海の奥まで侵入してきた好奇心旺盛な冒険者を殺すための確殺トラップなのだが……実はな……」


 声をひそめてショコラに顔を寄せると、彼女は「ふむふむ」と興味深そうに猫耳をピクピクと近づけてきた。


「――あいつは斃せる」


 満を期して教えてあげたマル秘お得情報に、ショコラが「ほぅ……」と目を細めた。頭の上にはてなマークを浮かべながら。


「すると海が割れて、海底の(ほこら)まで歩いて行けるようになるから、そこから五階層スキップできるというわけだ」


 悪名高いクラーケンを超える真性の闇黒(くらやみ)の怪物だがな。


「ほぇ~。そんなことまで知ってるなんて、本当にディーゼルさんはダンジョン・オタクなんですねぇ。絆の深淵をどこまで潜ったことがあるんですかぁ?」


「だから、俺は最奥に居座る統べる幽鬼(レイン・アブザード)だと言っているだろう……」


「はいはい。それでぇ、どこまで到達したことあるんですかぁ? 教えてくださいよぉ~。まさか一〇〇階層も見たことあるとか?」


 今度はショコラの頭の上に電球がピコーンと灯った。


「――あっ! 私、今すごいこと思いついちゃいました‼ ディーゼルさんの知識を書にまとめて売ったら大儲けできますよ! その名も『絆の深淵パーフェクトガイド』。私、知り合いに出版関係の方がいるんでぇ、連名で本出しましょうよ! ねぇねぇ、ディーゼルさぁん‼」


 俺の腕を引っ張って前後に揺するショコラ。そんな彼女の提案に、俺の空っぽの喉が鳴った。


「なぜ連名……それな、前に一度やったことがあるんだ」


 記憶を巡らせつつ、空を見る。カンカン照り。


「あまりにも挑戦者がいなくなった時期があってな、仕方なく途中までのガイドを記した書をばらまいた。まぁ、随分と昔の話なんだが」


「ええ⁉ でもそんなガイド、聞いたことないですよ?」


「そりゃな、お前の爺さん婆さんが生まれるよりも、遙かに昔の話だ」


 肩をすくめて続ける。


「だがな、それなりに効果があってな、それ以降また冒険者が来るようになったんだ。だから外界ではそこそこ流行ったんじゃないかと思っているんだが……」


「またまたぁ~。私にアイディアの先を越されたからってぇ、見栄張らないでくださいよぉ~。けちんぼだなぁ。外出たら絶対一緒にやりましょうね! これで二人で大金持ち間違いなしなんですからッ‼」


 目をお金にしたショコラを見て、シュコーッと嘆息をついた。


 気を取り直して海に向き直る。


「――そろそろやるぞ。準備しろ」


「はーい……で、私は何を?」


 ショコラがカチャリとサングラスを外して腰の道具袋にしまった。


「海坊主が出てくると、この場を含めて浜辺全体が戦場になる。ここは万謝の燭による排敵(はいてき)効果が無効なんだ。逃げ場はないから、捕まらないように逃げ回ってろ」


「了解――ですッ!」


 ココナッツを放り出し、口元をぬぐってアイス・ファルシオンを抜いたショコラ。


 打ち寄せる波を見下ろし、うんざり肩を落とす俺。


「はぁ……海水嫌いなのにな……」


 ザブザブと水を掻き分け、海に向かって歩いて行く。


 どんどんと身体が沈んでいく。


 腰、胸、首――。


 そしてついに、兜も海面に沈んだ。


「――えっ? ディーゼルさん……?」


 完全に入水自殺の(てい)だった俺の行動に、ショコラが遅れて当惑の声を上げた。


 直後――。


 シュビッ!


「――うひょう⁉」


 ショコラの足に巻き付いた、黒くて太い触手。


 そのまま彼女は宙に逆さ釣りにされ、持ち上げられてしまう。


「ちょ! ディーゼルさあああああああぁん‼」


「――ふぅー……あー、海藻が……」


 肩についた海藻を取り除きながら、浜に上がってきた俺が見たのは、うにょうにょと(うごめ)く触手に捕らえられた、教科書通りのショコラのあられもない姿だった。


「早く~~~~~! 触手に汚されちゃいますぅ~~~~~ッ‼」


「ベタなことを……」


 海を振り返ると、遠くの水平線から姿を現した海坊主の姿があった。


 言うなれば巨大な黒いタコだ。ただし足が無数にあり、とてつもなく大きい。


「ディーゼルさん! これエロいやつですか? エロいやつなんですね⁉」


 逆さまに吊られたまま、ショコラが叫んだ。


「いや逆だ。グロいやつ……いい加減学んだらどうだ、ショコラ。ここ絆の深淵にエロいやつなんていないって。そのままだとお前、股を引き裂かれて割り箸みたいに真っ二つにされるぞ」


「ひいぃぃぃ! エロい方がマシですぅぅ! たぁぁすけてええええええッ‼」


 意味もないのに股ぐらを押さえて泣き叫ぶショコラ。吊り上げられているからか、羞恥からか、顔も真っ赤に充血しつつある。


「すぐそこに万謝の燭があるから、死んでもいいんだぞ?」


「やだっ! やだやだやだぁ! 股裂き死は乙女的にNGなんですッ‼ 早く助けてくださいって! あとで私のきわどいグラビア撮影会させてあげますからぁ‼」


 ショコラの全力の懇願にシュコーッという嘆息が漏れたのと、俺が〈闇黒に絶る大瀑布アカシック・クリーバー〉を抜いたのは同時だった。


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