詠唱
「いいよ!」
「おてつだい!」
2人は暇だったのだろう、お手伝いという言葉に嬉しそうに反応する。
「ありがとう!じゃあ、透君、水撒きーーー…あー、お花にお水あげるみたく、ジャーってしてくれる?」
「うん!」
「薫ちゃんは、私と一緒に怪我してる人の手当てしようね」
「あい!」
薫は元気よく、手をピシッとあげて返事をした。
よくよく考えたら、苦労してアルベルトさん達と運ばなくても、薫が運べばすぐに終わったんじゃ...?
「俺たちも何か手伝うぞ」
「俺の祝福は“水”なので、水をひとかたまりにして浮かせたりできますよ。ただ、あんまり大きくすると重くて動かせないんですが…」
おずおずとアルベルトさんが名乗り出る。
控えめな性格の人だな。どこかの脳筋さんと違って。
それはそうと、アルベルトさんの祝福は水なのか。
役に立たないと思いますが、と顔を伏せるアルベルトさんに、とんでもない、と返す。
「じゃあ、透君のお水を一口分くらいに固めて、怪我人の人達と、あとついでにまだ起きないあの人達に飲ませてください。それから、傷口にもお水を。そしたら、私が回復します。多分、大丈夫です。できます。」
「は、はい。」
アルベルトさんは、心なしかどこか嬉しそうにはにかみながら水を固めていく。
なんだか、不思議な光景だ。
水がすいすいと一点に集まり、プルンプルンと揺れながらも怪我人の口許に運ばれていく。
「なあ、俺は?」
とラインさんがそわそわしながら聞いてくる。
「うーん、じゃあ、私は怪我人の方に向かうので、透を宜しくお願いします。」
「わかった!」
ラインさんは嬉々としながら透のほうに向かっていった。
「よし、薫ちゃん、頑張ろうね」
「うん!」
私は、意を決して怪我人達を見た。
(うっ、やっぱりグロい。)
対して薫はなんでもない、というようにケロッとしている。やっぱり。
一度、夫がスプラッタホラーものの映画を借りてきたことがあり、家にはテレビが1つしかないため、リビングでその映画を見ていたのだが、透は泣き喚いて大変だった。それに比べて、薫はケロッとしており、この子は大物だ、と感心したことがある。
男の子よりも女の子の方がたくましいとは...。
「アルベルトさん、ありがとうございます。」
「いえ!俺みたいな平凡な祝福持ちでも役に立っているのなら、凄く嬉しいです。」
(謙虚な人だなあ)
そう思いながら、さてと、と怪我人を見る。
アルベルトさんと透君の共同作業のおかげで、傷口は綺麗になったはず。
(よ、よし。)
「じゃあ、薫ちゃん、そこの人、運べる?丁寧に、優しく。」
「うん。」
薫は、背中に手を回し、ふんぬと持ち上げ私の手前に運んできてくれた。
(ま、まずは、実験。何もないのに使うのはもったいない気もするし、本当に使えるのか確かめないと...。)
「え、えいや」
何も起こらない。
「そ、そいや」
何も起こらない。
「ふ、ふんっ」
何も、起こらない。
「な、なんでぇ?」
ショックで立ちすくんでいると、アルベルトさんが気まずそうに口を開いた。
「あ、あの、多分、詠唱を言わないといけないのでは...?俺は魔法は使えませんが、そう聞いたことがあります。」
「そうなんですか?」
なるほど、たしかに魔法が出てくる有名な海外の小説でも、呪文のようなものを唱えていた。
あと、杖もあったような気がするけど...。まあ、杖は関係ないのかな。
でも、詠唱って…、なんていえばいいの。
「あ、あの、ちなみになんて言ったら良いのか、とか分かりませんか…?」
「え、すみません、分かりません…」
お役に立てず申し訳ない、と縮こまるアルベルトさんにそんなことないです!と返しつつ、どうしたものかと頭をひねらせる。
「ど、ドーム型…. ドーム型の、防壁…い、いでよ、防壁!」
スノードームのようなドーム型をイメージして、中に入っている雪だるまは人、降りかかる粉雪は回復すふための粒子のイメージで、いでよと唱えてみる。
ーーーあれ。
不思議と、その言葉がよく口に馴染んでいるような気がした。
詠唱を唱えると、私の手の平の上に、円状の光る何かが現れ、そこからガチャガチャのカプセルのようなものが出てくる。
そして、倒れている人のところへコロコロと転がっていき、ドーム型へと変形した。
(う、うそっ、できた…!なにこれ、ちょっと楽しいかも…!?)
「わあ、俺、魔法陣も防御魔法も始めて見ます。けど、防御魔法は術者以外には見えないってほんとうなんですね。」
何も見えません、とケタケタ笑うアルベルトさんに和みつつ、私は再び怪我人達と向き合った。