戦地転移
「ーーーえ?」
27年間生きてきたが、私はこんなにも奇怪な状況に陥ったことはない。
目の前に広がるのは、炎のついた芝生と、逃げ惑う人々。
(どういうこと...!?)
離婚届にサインをするのは後日、と言って、お母さんの家に一泊させてもらおうと足を運んでいる途中、突然、本当に何もなく、あたりの景色がフッと変わったのだ。
私はしばらく停止した後、国を傾げ、そして盛大に驚いた。驚きすぎて、1人ならパニックになっただろうが、子供の存在が私を冷静にしてくれた。
辺りは一面炎で、周りにはもう人はいない。それなのに、私の周りには、ドーム型の薄いガラスのようなものがあって、私達を守ってくれている...ような?
ここはどこ?この足元の男は誰?
目をパチクリさせる透と薫を抱きしめて、周りの状況を再度確認する。
薄いガラスのようなものは、触れようとすると、まるで手を避けるように、いや、手を守るように、手の動きに沿って大きさや形を変えている。
足元を見ると、うめき声をあげる、銀の鎧を纏った男がいた。
(!?)
鎧は、鎧というには貧相で、鉄の板を背中と胸にぶら下げているようにしか見えない。
(あら、でも凄く整った顔....)
いや、そんなことよりも、目の前で呻きながら苦しむこの人を、なんとかしよう。
なんとかする、と言っても、進むしかないため、この男の人を運ばなければならないのだが…。
「うんっ、しょ、」
(お、重っ!?)
この貧相な鎧はこんなにも重いのか。
こんなんじゃ、運べない。
「ママー。てちゅ、てつだう」
「まあ...。」
そう言ってくれた薫に、私は笑顔を向ける。
って、ほっこりしてる場合じゃない...!
私達は何故か大丈夫だけど、なんか、辺り一面燃えてるし。
「ありがとう。けど、大丈夫よ。」
(薫じゃ、無理だろうし。)
「むー!!てつだうの!」
そう言って、薫はずんずんとこちらに進んできて、男の首根っこをひょいと掴んでーーー持ち上げた。
(...は?)
目の前の光景に、目眩がしそうになる。
ああ、家の娘はこんなにも強かだったのね...。
「どうっ!?どうっ!?かおる、すごい!?」
得意げに胸を張り、目をキラキラと輝かせてそう言う薫の頭を撫でて、凄い凄いと褒めた後、私は立ち上がった。
「よ、よし。薫ちゃん、その人、重い?」
「ぜーんぜん!」
「じゃあ、その人お願いできる?」
「まかしぇて!」
その言葉に笑顔でありがとう、というと、私は透と薫の手を取り、歩き出した。
(なんだろう、このドーム...。)
それに、この場所や、薫の怪力。なんなんだ、一体。
「あ、またいるー。」
そう言って、薫は四人目の男をいともたやすく引きずる。ついでに、私の頰も引きつる。
「あそこに、なんかあるよー。」
そう言って、透はテントのようなものを指差した。
だいぶ遠いが、いけないことはない。
「ねえ、透くん、薫ちゃん、大丈夫?少しやすむ?」
そう言うと、薫は大きな声で、水が欲しいと言った。
「のどかわいた!」
困った。非常に困った。あいにく、水は持ち合わせていない。私のバックは何故かどこにもなく、ポケットに入っているのはせいぜい飴玉である。
ぐずり始める薫にごめんね、と謝る。
そもそも、5歳になったばかりの、子供であるある薫に4人もの男をこの距離引きずらせるなんて、母親としてどうなのか。
「ごめんね、ごめんね。」
そう言って、薫をあやす。
そもそも、この場所はなんなのか。なにもわからない。けれど、なんとしてもこの子達を守らなければならない。
(母親だもの)
「かおるー、おみず!」
透が、薫に手のひらを向ける。
「?」
薫が小動物のように首を傾げると、たちまち透の手が光り、円型の光りの中心から水が溢れてきた。
「わあっ!おみずー!」
薫は喜びながら水をたらふく飲むが、私の頭は混乱でそれどころではなかった。
先程からの、非現実的な出来事。
にわかには信じがたいが、まるで、そう、まるで、お伽話に出てくる魔法のような...。
いや、そんなものはないと分かっている。けど...。
それくらい、不可思議なものだ。
「よーし、しゅっぱつ、しんこ!」
「しんこ!」
そう言って、薫と透は手を繋いで先に進もうとする。薫は相変わらず4人の男を片手に元気いっぱいで。
とりあえず、私は考えるのを放置した。
「よし、行こっか」