離婚
生まれつき、平凡だが幸福で、恵まれた類の人間だった、と自覚している。
暖かな家庭に生まれ、ぶっきらぼうで少し厳しい父に、気が強く、芯の通った母に大切に育ててもらった。容姿も人並み程度には整っていたと思う。ご当地アイドルになれるよ、ともてはやされ、一時期慢心し、調子に乗った恥ずかしい記憶があるが。
娘と息子を連れて実家に行った時なんて、お母さんは感涙していて、大袈裟だと笑いつつも、夫と共に幸福感をかみしめていたーーーと、思っていた。
ーーー最近の、夫の様子がおかしくなるまでは。
前から食や掃除に関してとても口煩い人で、私も苦労していた。
だが、家族のためだと育児と両立させ、頑張ってきた。夫もそこまで育児、家事に協力的でなく、眠れない日もあったが、子供の笑顔と元気に育った姿を見ると感慨深いものだ。
だが、もともと育児に協力的でないとはいえ、家にいるときは、たまにだが遊んでくれたり、一緒に昼寝をしたりしてくれていた。それなのに、最近は私も子供も、鬱陶しそうに、邪険そうに扱うのだ。
おかしいと、違和感を覚え首を傾げつつも、思い当たる節がなかったため、放置してしまっていた、がーーー。
ーーー「仕事もせず、家でダラダラするだけのお前とは違って、彼女はお前と同じ子持ちなのに、仕事をしている。」
「それに比べて、お前はなんだ?仕事もしてなければ、子供だって保育園に預けてるし、家事をするのは当たり前だし」
「離婚しよう。俺は彼女と再婚する。」
6年間共に連れ添ってきた夫は、鋭い目つきで私を睨みながらそう言う。
(ーーー浮気、していたの。)
突然の告白と結婚破棄に、私はショックで目眩がした。
なによりも、夫の言った言葉がショックで堪らなかった。
仕事もせず、家でダラダラだなんて...。朝は早く起きて、子供達と貴方のお弁当作り。手を抜いたり、冷凍食品を使うと不摂生な食事を俺にさせるつもりか、と怒るから、一から頑張って作ってきたのに。その後も、子供を保育園に送って、貴方を駅まで送って、洗濯をして、掃除をして、洗濯物を干して、お皿を洗って....。
そりゃ、一刻も休む時間がなかったとは言わないけれど、時間を持て余してダラダラしていた覚えはない。
家事をするのが当たり前ですって?貴方がどんな料理を作っても文句ばかり言ってくるから、たくさん練習して、色んな料理を作ってきたのに。
まるで、家政婦のようだと思うこともあった。けれど、それが妻の役目だろうと、俺は仕事をして家庭を支えているんだと言われてしまうと、強く出られなかった。
なにより、貴方が怖くて、けれど貴方も子供も愛していてーーー。
全て、家族のためだったのに。
ーーー「...分かったわ。そのかわり、子供は私の方に連れて行く」
「ハッ。勝手にしろ。あんなもの、俺と彼女の間ではお荷物でしかない。」
ーーーあんな、もの?
この人は、子供をなんだと思っているの?
体がグワングワンと揺れているような、不快な気持ちになる。
「ーーー貴方と結婚したのが、間違いだった。」
そう言って、私は荷物をまとめ始めた。
離婚届にこれからサインして、子供を起こして、早く家を出よう。
しばらく、お母さんとお父さんのところにお世話になるかもしれない。けれど、すぐに職を見つけて、子供達を養わなければ。
まあ、慰謝料や生活費も、あちらから貰えるだろうけど....。
「透。薫。」
私、明石志保の子供2人、透と薫は双子の男女で、現在5歳である。
こんな小さな子供を、父親なしで育てるなんて...。
一番可哀想なのは子供達だ。
(ごめんね。)
「んー?んぶぅ」
「ごめんね。眠いよね。あのね、実はお父さんとお母さん、バイバイすることになっちゃって....」
だめだ。子供を見ると、涙が溢れそうになってくる。
ぐっと涙をこらえ、下唇を噛んで、子供達を抱きしめる。
「ばっばーい?」
「そう、バイバイ。」
「ママー、だいじょうぶ?」
頬を伝う、暖かいものは悲しみからか、子供への罪悪感からなのか、はたまた子供の優しさが嬉しいからか、いや、その全部がごちゃ混ぜになった涙なのだろう。
ーーー「ありがとう。大丈夫だよ。」
お母さんと一緒に、来てくれる?と言うと、2人は同じ顔で、コクリと頷いた。