あり合わせスープを作ろう前
「ほら、鍋あるぞー。草茹でるぞー」
私はラインさんの言った言葉に、ギョッとしながら聞き返した。
「え?鍋あるんですか?」
「おう。んで、草茹でて塩振って食うわけ。」
鍋があるなら、なんとか調理できるかもしれない。なんでも、火はないが、先程目を覚ました人が水の曜術師らしく、水を熱くしてくれるらしい。
「ひえっ、おれ、何度食べてもこの草と塩きらいなんすよ。」
どうやら、私と同じく草を食べることに抵抗があるらしいこの人が、先程起きた人だ。
名前は確か、コルドフさんだ。
なんだかあまりにも戦うのには向いてなさそうな人で、ラインさんやアルベルトさんと比べると、随分と細い。
「まあ、いいんすけど...。前は水がなくて生で塩振って食べたし。」
その時のことを思い出しているのか、うげぇっと大袈裟なまでに舌を出し、気持ち悪そうに顔を歪めている。
「あの、一応私、衛生兵ですし、なんとかして調理しますよ。」
「え?でも調理って...」
「とりあえず、簡単にスープでも作ります。鍋と塩水があれば、あとは、うん、まあ、きっとできますよ。」
「ええ...」
コルドフさんは、不安げに顔を青くしている。
これでも、何年間か専業主婦やってたし、大丈夫。あり合わせで何か作るのは得意だ。
まあ、草と水と塩に干し肉は論外かもだけど…。
そういえば、後日また離婚届を用意するって言われて、まだ離婚しないうちにこの世界にきちゃったんだよね。
だから、実質まだ既婚者で主婦なのかな…?
ああ、夫のことなんて考えたくもない。
「じゃあ、透君、お水入れてくれる?」
「あーい」
ニコニコしながら水をドバドバと鍋に入れていく。
うーん、何もないところから水が出るなんて不思議。
「へえ、ライン先輩からは聞いてたけど、すごいっすね。こんだけ水だしても魔力切れないなんて」
「魔力?」
「はは、とぼけちゃって!あんたもすごいんでしょ?防御魔法持ちなんて、俺初めて会うっす!」
「は、はあ…」
そんなことを会話しながら、私は透にもういいよ、と声をかけ、草を試しに口に含んでみる。
ミモミ草という、葉がギザギザとした草は、なんというか...ザ・草だった。青臭くて、ヨモギに近いものを感じる。キキニ草は、思ったよりも甘く、とくに茎はシャキシャキとしていて美味しかった。
ポペリ花は、聞いていた通り辛味が強いが、少ししょっぱい。ちょっとだけ、胡椒っぽい...?
そして、干し肉。端っこを少し味見していたが、すごく硬い。だが、噛めば噛むほど味が滲み出てくる。というか、かなり味が薄い。ほとんど塩味なんてない。しかも筋があって口にいつまでも残る感じ。はっきり言って、すごく不味い。けど、食べれなくはなかった。
この分なら、なんとか作れるかもしれない。
まあ、塩分多めになるけど。
まず、干し肉を細かくして、出来るだけ干し肉の味がわかるよう、適度に(薫が)ちぎって鍋に放り込んでいく。
この干し肉で、出汁的なのを取れないかな…。
「コルドフさん、一旦このお鍋の水を熱くしてください。」
「ういっす」
コルドフさんはそう返事をすると、何かを囁いたあと、ほんのりと光る指でくるくると鍋の水をかき混ぜる。くるくる、くるくるとしばらくかき混ぜていくと、やがて水がぷくり、ぷくりと静かに泡を立て始める。
「こ、コルドフさん。そこらへんで。というより、熱くないんですか!?」
「全然。こんなのお安い御用っす!」
私は再度コルドフさんに礼を言って、塩をふりかけて、胡椒っぽい花、もといポペリ花を細かくちぎり入れたあと、鍋はしばらく放置することにした。
食材は加熱すると膨張して、自分が持っている水分を外に出そうとするらしい。火を止めて、加熱をやめて冷ましていくと、今度は収縮が始まり、外の水分を吸収しようとする。
煮物で『煮しめ』とか『佃煮』とか『含め煮』という料理はこの作用を利用したもので、収縮する際に味を含んだ煮汁を吸収させるために、いったん加熱をやめて冷ますらしい。
おでんなんかは二日目がおいしいとよく言わてるけど、午後から作り出してその日の晩に食べたい場合も、一度冷まして再加熱することでよく味のしみたおでんが作れるんだって。
味を濃くしたい場合や味をしっかりと食材になじませたいときには、『冷ます』。
これがコツだって、料理本で読んだことがある。
だから、一旦鍋の水を冷まして、お肉に塩味や胡椒っぽい味を染み込ませられないかとおもったのだ。
コルドフさんに頼んで冷ましてもらってももいいんだけど、そうするとなんだかあんまり味が染み込まない気がして。
よし、その間にどうやって他の草を使えるか考えよう。
草に塩をふりかけて食べるなんて、絶対嫌だし…。