母親
「じゃあ、食いもん取りにに行くか。」
明るいうちにさっさと済ませるぞ、と笑ってラインさんは立ち上がった。
(し、食料調達…)
そ、そうだ、ここは私が元いた場所とは違う上に、戦地だ。
けど、そんなサバイバルをすることになるとは...。
ああ、今日ジーパン履いてて良かった。
動きやすいものね。
「あ、あの、どこへ調達しに行くんですか?」
そう聞くと、アルベルトさんははあ?と言って、指をさした。
指の方向を見ると、その先には何もない。あるのは地面に生える花だの草だのだ。
「え、ま、まさか、食べ物ってーーー」
「ミモミ草にきまってんだろ。これに塩かけて食うんだよ。」
「え、し、塩以外の調味料は...」
「ない。ああ、でも干し肉はあるぞ。」
私はくらりと、目眩がした。
草に、塩をふりかけて食べるですって...。干し肉って、どんな味がするの…。
「あ、でもあのキキニ草っつうのは少し甘味がある。んで、あのポペリ花は辛い。」
待ってろよ、今たくさん成長させてやる!と言って、ラインさんは草、もとい食料の元へ駆けて行った。
ああ、元の場所に帰りたい。
認めたくないが、ここは違う地、いや、違う世界だ。
私のいた所じゃ魔法なんてなかったし、祝福もなかった。手のひらに痣もなかったし、戦争なんて無縁だった。
戦争、という単語を心の中で繰り返し唱える。
戦争、という言葉は、学生の時教科書で何度も見た。
それはフィクションに近くて、残酷で、なくなれば良いとも思うけど、それだけ。
私にとっては、縁もゆかりもないものだった。
急激に、体温の下がる感覚がする。
どうしようもない不安が、背に汗となって伝った。
元の場所に早く帰りたいと、嬉々として草を刈り取るラインさんを見て感じる。
金色の髪が沈み始めた日に照らされ、キラキラと輝いていた。
怖い。
こんなんで、私は透と薫を守れるのだろうかーーー。
「まーま」
「どしたの?」
陽だまりのような笑顔で無邪気に問いかける子供を、強く抱きしめた。
怖い。
この暖かい体温が、いつか冷たくなってしまったら、この陽だまりのような笑顔が、冷たい涙に変わってしまったら、もし、赤い頰が青くなってしまったら、柔らかい体が、細く硬くなってしまったらーーー。
私は、この子達を本当に守れるの?
「ママ、だいじょぶ?」
「また、いじわるされたの?」
ーーー暖かい。
「ママ、かおるがまもってあげる!」
「とおるもー」
ーーー暖かい。
この子達は、生きている。
そして、これからも生きていく。
だって、私が守るから。
私は、母親。
この子達を守るのが、私の義務であり、権利だ。
子供に心配されていてはいけない。
「ごめんね、なんでもないよ!2人とも大好き!」
ぎゅーっと、薫と透を抱きしめる。
どこに行っても、変わらない。
(私は、母親なんだから!)
「おーい、お前らも手伝えー。食いっぱぐれてもいいのかー。おら、早く来い!」
「はーい!」
「うわっ、それは勘弁っす」
「い、今行きます!」
「かおるも!」
「とおるもー」
ーーーとりあえず、今考えるべきは塩と草をどうやって美味しくするか、だ。