プロローグ
ーーー目の前に広がるのは、おそらく火の曜術師が巨大化させたのであろう火の玉。枯れ果てた芝生に燃え移る炎に当たるまいと、阿鼻叫喚、いや、声も出さず必死に逃げる自分らは、さぞ哀れであろう。
この戦争に駆り出されてから、6回日が昇った。
自分は与えられた祝福も“葉”と平凡で、曜術師としても能力が低く、捨て駒ーーいや、ここにいるほとんどの兵は、祝福も平凡で能力が低く使い物にならないため、敵国の足止めに使われている。
人影が、見えたような気がした。
最早それが味方か、敵か区別はつかない。
いや、つける程の余裕はない。
逃げなければ。
ーーー熱気で肺がおかしくなりそうだ。
逃げなければ。
ーーー汗が、唾液が、鼻水が絶え間なく垂れてくるのに、悪寒が止まらない。
逃げなければ。
ーーー足が、もう痛くて痛くて、千切れてしまいそうだ。
逃げなけれ、ば。
(ーーああ、妻の顔が見たい。)
まるで、世界の輝きを全て詰め込んだように明るく燃え上がる炎は、なんとも美しくなんとも恐ろしい。
もう、ここで終わりだ。
足に力が入らない。
鼻を刺激する不快な汗の匂いと、芝生を燃やす焦げた匂い。感じたことのない程の熱気と、溢れてくる鼻水と涙。もう、肌を伝うのが汗なのか、はたまた涙なのかわからない。
ついに、感覚のなくなった足から力が抜けた。崩れ落ちたという表現が正しいかもしれない。
肌が熱い。顔が熱い。体が熱い。それなのに、死ぬという恐怖からの悪寒は止まらず、口の端から唾液がダラダラと流れ落ちてくる。
ああ、この肌を焼くような熱気は、今自分が燃えているからなのか?それとも、炎が近いから?
ーーー疲れた。
喉が乾く。体中の水分が抜けていく。意識が、遠のくーーー、
「....え?」
女性らしい、か細い声が聞こえた気がした。
きっと、幻覚を見ているのだ。
せめて最後は、うら若き女性に見送ってほしいという願望からか...。
「ーーーー。」
なにか、言っている...?
ああ、もうだめだ。
もう、意識、がーーー。