過去
「なら変な事考えないでください」
とりあえず命が助かった事に大和は安堵した。今、復活魔法を止められたら間違いなく死ぬ。
「それに二人きりの時は普通に華で言いって何回言わせるの?」
「だから何故お前はいつも俺の側にいようとする。それになんで親しくなろうとする? お前は戦闘員の男とは誰とも仲良くしていないだろう」
「女の子とは仲良くしても害はないけど男はすぐに交際やら身体の関係やらを求めてくるから距離を置いているだけ。でも大和はそうゆう心配いらないからよって何回言わせるのよ」
「俺だって男だ。好意を持つ可能性だってある」
「大和ならいいよ。そもそも大和は私の告白を二度も断ってる時点で私の好意に気付いてるでしょ」
華の顔が赤くなる。
ファントムは昔、軍の命令で銀幕隊長を魔人から逃す為の時間稼ぎの殿に選ばれた。魔人は三人だが三人共隊長クラスの魔法と魔術が使え魔獣を数十匹連れており逃げるしかなかった。戦いが連戦じゃなければ銀幕一人でもそこそこいけただろうが連戦が続き、魔力がほとんど残っていなかった。逃走の為の時間稼ぎの殿は一番下っ端の役目だと言われたファントムは作戦に従うしかなかった。ファントムはそのまま魔人と魔獣と交戦したが魔力切れですぐにやられてしまう。命令通りとは行かなかったが時間は稼げたと自負して死を覚悟する。時は残酷でファントムは瀕死の状態で敵のアジトに連れて行かれて拷問を受け、軍の機密情報を吐けと言われる。軍の機密情報はファントムみたいな下っ端でも国からの推薦で強制的に軍人になった人間ならそこそこに知っている。要は精鋭魔術師と名乗っている以上普通の軍人とは立場が違う。魔人も当然そのことを知っている。
自白剤を打たれ生爪をはがされ、指を折られてもファントムは吐きたくても吐けなかった。殿がこのような状況になりやすいのは過去の情報から分かっていた。だからファントムは銀幕のS+魔法によって情報漏洩できないようにされていた。魔人も直接魔法で頭の中を覗いてきたがプロテクターが堅く見る事が出来なかった。ファントムは生き地獄を耐えるしかなかった。この時、ファントムの魔法と魔術は魔人によって魔力回路を禁忌魔法の一つによってボロボロにされ使えなくなっていた。
捕まってから一週間程経過した頃、死なない程度に食事と水を与えられていたファントムを助けに家族が来た。
両親が命を懸けて大和と姉が逃げる時間を作ってくれた。
拷問で心を失い屍状態の大和を姉が抱えて走る。姉との最後の会話をする。
「大和は生きて」
「ねえ……さん?」
「禁忌組成魔法。媒体は私の生命全て。全てを懸け我願う。禁忌魔力回路を破壊せし術式の呪いの解除と組成」
その刹那、姉が光の粒子となり大和の身体を優しく包む。大和は魔力回路の復活とボロボロの身体の回復をする。いや自らの命の犠牲とする禁忌魔法は回復ではなく蘇生。記憶さえあればその時まで遡り蘇生させることが可能な人の道を外れた魔法だ。もっと言えば形すらない心すら蘇生可能だ。ただし大量の生命エネルギーを媒体とするので十代もしくは二十代前半までしか使えないが。大和は魔力感知が出来るようになり両親を探してみるとすでに死んでいて魔人がこちらに来ているのが分かった。大和は空間魔法を使いながら最速でその場を逃げる。必死の覚悟で逃げて敵を振り切った時に気付く。両親が死んで姉が蘇生魔法まで使い犠牲になった、でも涙一つでないことに。それどころか心もそんなに痛まない。更に魔力感知をして周囲を警戒しながら国に戻る途中事件は起きる。
銀幕と数名の部下の気配。大和が殿をしっかりできなかったせいなのか洞窟で消耗戦を強いられている事に気付く。自分を見捨てた上官を助ける気には正直なれないが、見捨てる理由もないので国家戦闘員のファントムとして仲間を助ける事にする。
「魔装の力よ。闇の力を開放し目の前の敵を貫き殺せ。暗殺魔術ダークスピア」
「魔装生成後複製、汝の敵を自動追尾しその命を貫け」
「更に魔装生成後複製、汝の敵を自動追尾しその命を貫け」
四十本の槍がそれぞれの魔獣の脳天に突き刺さった。流石の魔獣も背後から猛スピードで槍が飛んでくるとは思わなかったのか結構あっけなかった。助かった上官達は大和にお礼も言わずに横を通り抜けていく。きっともう仲間とは思ってないのだろう。元々ファントムの殿が上手く行かなかったせいでこうなったのだ。ファントムに帰る場所はなく家族もいない。ファントムいや大和の居場所が何処にもない事を知る。国に帰ると言う予定を変更して人は勿論、魔人や魔獣がいない所に住むことを決意した。
銀幕は本当に怖かったのか身体が震えてはいたが動けるようなのでファントムは無視して走り出す。二十分程、空間魔法を使い移動しているとある山の山脈に着いた。川もあり魚もいる。魔法で簡易的なテントを作成してそこを拠点として住む。水は川の水、食料は川の中の魚。特に生活に苦労することはなかった。魚を焼く際の火は魔法で簡単に出せる。水は無限にあるので洗濯すら困らなかった。一ヵ月ぐらいしただろうか当時中学生のファントムの前に、銀幕を中心とした小隊が現れる。国の脱走者は殺す仕組みだ。探知結界を全て潜り抜けて来られた時点でファントムより数倍強い事が分かる。
「お前を処刑しに来た。国を放棄したものが生きていられるはずがないのは貴様もしっておるな?」
小隊の一人の男が大和に剣を向けて問う。
「あぁ」
すると一人の女がそれを制する。
「隊長命令だ。お前達下がれ」
ファントムは何故ここで部下を制するのかが分からなかった。ファントムが知っている銀幕は脱走者を何も言わずに殺して迅速に仕事する事を知っていたからだ。
「銀幕か。何の真似だ?」
「貴様。隊長に向かってその口の聞き方はなんだ?」
一人の兵士が殺意を向けてこちらを睨んできた。
「下がれと言ったのが聞こえなかったのか?」
それを銀幕が片腕で制する。
「あの時は殿を頼み命まで助けてもらっておきながら、お礼も言えずすまなかった」
銀幕は本当に申し訳ないと言った感じで頭を下げる。周りの男達はビックリした表情をしていた。ファントムが知る限り銀幕が女王陛下以外に頭を下げる事はめったにない。ましてや部下に頭を下げる所は見た事がなかった。きっとそれだけ真剣なのだろう。
「別に構わない。あれは俺の作戦違反が招いた結果であってそれ以上もそれ以下でもない」
「そうか。話しを戻そう。我々は女王陛下より貴様を殺せと命令されている」
「だろうな」
「えらい素直だな。私の知るお前はもっと命に執着があったが?」
「家族が死んだ時に心も死んだ」
「まさか心が疲弊しきっておきながらあの時私達を助けたのか?」
銀幕が少し動揺したのが表情から分かった。
「だとしたらお前達に何の関係がある。さっさと殺せ。あの時上官であったお前も殿を失敗した俺を恨んでいるのだろう?」
「本当に私が恨んでいると思うか? あの洞窟で私は部下に私を見捨てて逃げろと命じた。魔力が枯渇した私を庇ってジリ貧になっていたからだ。だが誰一人逃げようとしなかった。だが結局逃げ道がなくなって皆が諦めた時、お前が私達を助けてくれた。そして国に戻り事情を説明すると今度は女が最前線にでるなと隊長会議で言われた。そしてそれを機に次は皆が結婚してくれと言ってきた。私に良くしてくれる男の部下や男隊長達は私に好意があるからそうしてくれていたのだと気づかされたよ。だからとりあえず最後の任務として貴様にお礼を言う為だけにここに来た。この任が終われば恐らく私は隊長各の誰かと結婚する事になるだろう。でも何より悔しいのが部下であるお前に命を捨てろと命じておきながら、命を救ってくれたお礼を言えなかった自分が悔しかった」
「そうか。ならば俺を殺せ。まだ齢十五にして辛い思いをさせたな。すまなかった。俺を殺せばそれで全てが終わる。そして最後の願いだ。俺の事は忘れてくれ」
「お前は何を言っている。部下である貴様が何故そんな事を言う」
「早く殺せ」
その時、聞いたことある声が通信機を介して聞こえる。
「銀幕そうゆう事か。お前が何故女王の勅命で脱走者の始末をさせてくれと言ったのかようやくわかったよ」
「何故女王陛下が」
「お前の様子が可笑しかったから通信機に細工をしておいたのさ」
「私の通信機に?」
「そうさ。ファントム聞こえているか?」
「あぁ」
「お前、国に戻る気はないのかい? もしあるなら国家元首である私が貴様の身の安全を保障しよう」
「ない。俺は国に家族を殺された。俺自身が弱かったのが原因の一部だとは分かっている。それでも俺は家族のいない国に戻る気はない。あの日の国家戦闘員である俺の上官は俺を恨んでいる。いつまた命を捨てろと言われるかも分からないからな」
「ファントムお前の頭は若いのに優秀だね。一人の女の子を救う為に戻って来てほしいと言うのが私の本音だ。昔国家戦闘員だったお前の両親や姉に命を救われた事もあったしどうしても恩返しがしたい」
「自分の事を一人の女の子と言うか。それに何か理由がある事は気付いていた。恐らくここに来て一週間以内には殺しの小隊がくると予想していたのに一向に来る気配がなかった。となると国で何かトラブルが起きていると考えるのが普通だ」
「ふふ。そうさ私がお前の脱走の件については異例だから待てと命令していたからだ。そして一つ言っておこう。一人の女の子と言うのは私ではなくお前の隣にいる女の子だ」
「それはどういうことだ?」
「銀幕はファントムに恋していると言えば分かるかね? あの時命を助けてくれたあんたに恋したんだよ。でも国の逃亡者は必ず殺すのが国のルールだ。そこで銀幕は私の所に来て、土下座していきなりファントムは必ず戻ってくるから猶予をくれと言いだしたんだ。理由を聞いてみると私の判断で強制的にこうなったのだから多めに見て欲しいと言う内容だった。しかし国のルールに特例がないことは銀幕の立場なら百も承知だ。だからもしファントムが戻らない場合は、ファントムを処断した後その責を負い自害するって言い出してね。国としても隊長各を失うのは避けたい。だから私が時間稼ぎをしたがお前は戻ってこなかった。そう銀幕にとってお前が国に戻ってこないという事は、自害もしくは好きでもない男と子供を作って生涯を終える道しかないんだよ。だから戻って来てくれないだろうかね?」
「全て俺には関係のない話だ。殺せ」
突然銀幕がファントムに抱き着いてくる。そのままキスをする。華の行動が予想外過ぎてファントムは抵抗すら出来なかった。周りにいた男達も突然の出来事に戸惑っていた。
「ファントム。ううん。大和の事が私好きなの。だから私とずっと一緒にいて。私が必ず貴方を守るから」
大和が見ると、少女の目には初めて見る涙があった。
「悪いな。さっきも言ったが国に戻る気はない」
「なら私も一緒にこのまま死ぬ。大和となら何があってもいい」
女王陛下がここで初めて慌てる。
「銀幕何を言っている。隊長各であるお前がファントムと心中したらこの国はどうなる? 国の戦力はがた落ちだぞ。言い方はあれだがお前は美人だ。齢十六にしてその美貌に惑わされた男達は少なくない。そしてお前と近しい男どもの大半がお前に好意を持っている。もしお前がここで死ねば国家が国家として機能しなくなる可能性だってある」
「女王陛下申し訳ありません。私は好きな人と一緒に生きる道を選びます。その為なら全てを捨てても構いません。私は大和に人生全てを懸けてでも償わないといけません。彼の家族と心を殺したのは私ですから。大和が私に好意を抱かなくても私は残りの人生、大和の為だけに生きて愛します。だから大和が死ねば私は私の中での存在意義を失います。それに女王陛下は勘違いされております。ずっと皆にも黙っていましたが私が大和を好きになったのは、国家戦闘員として初めて会った時からです。当初私が一般兵だった頃、姉といつも一生懸命訓練に挑む彼に私は一目惚れしてしまいました。年も近かった事もあり好きと言う気持ちに抵抗はありませんでした。だから私情を挟んではいけないあの時、殿を本当は他の部下に頼もうと思ったのに私の好きな人を殿に任命した部下や私の好きな人を馬鹿にした隊長達と私は結婚する気はありません」
「そうか。それがお前の答えか。ならば仕方あるまい。銀幕とファントムを殺せ」
「待て。女王陛下取引だ」
「ファントムか? いいだろう聞いてやる」
「俺は国に戻る。その代わり今回の銀幕の件は全て無かった事にして欲しいのと結婚は彼女が高校を卒業するまでなしとしてあげて欲しい。どうせ半ば強制であんたが今回の任が終われば誰かと結婚する事を条件に色々と動いたんだろう。国際結婚って所か。高校を卒業する時までこいつが俺に好意を抱いているかは分からない。その時に誰と結婚するかはこいつ次第で銀幕が決める。それと俺の日常に対する身柄の保護だ。俺も国に戻り国家戦闘員として働く。別に作戦で死ぬ分にはどうでもいいが日常を生きていて暗殺で死ぬのは勘弁だ。どうだ? 国の生命線になるかもしれない銀幕が生き残ると考えれば安いと思うが」
「面白い。いいだろう。銀幕よく聞け。これは女王としての命令だ。しっかりと愛する者が二度目の逃亡をしないように連れて帰ってきな。じゃあね国で待っているよ」
「最初からこうなる事分かっていたな」
「私は勘のいいガキは嫌いだ」
通信が切れファントムは銀幕の部下達と一緒に国に戻った。
それから約二ヵ月後に魔獣が街を襲ってきた時に大和は華に命を救われ、今回もある意味救われている。
「銀幕の狙いは俺の保護が目的か?」
「だから二人の時は銀幕じゃなくて華って呼んで! でないと回復魔法切るけどいいの?」
「分かった。それで華の目的は?」
「そうよ。何があっても私が大和を守れるようにする為に仕組んだことよ」
「もういい。お前も俺の命を救ってくれた。だからこれでチャラって事で気にしなくていい」
「大和の心は? 失ったままだよね?」
「実はもう治っている。だからもう自由に生きろ」
「なんで嘘をつくの?」
「嘘じゃない。だからそんな顔をするな」
「なら私が大和に思っている気持ちを当ててみて?」
「…………」
大和は嘘をついた。だから華の質問に対する答えとなる言葉がでなかった。
「嘘つき」
「正解は?」
華がキスをする。身体の自由が効かない大和はそのまま身を預けることしかできなかった。
「これが答え。大和と一緒にいれて幸せって気持ちだよ。それにこうやって普通にキスしてるけど大和以外とはした事ないのよ。だから少しは私の思いに答えてって気持ち」
「そうか。頑張ってみる」
「本当? なら私と付き合ってみない?」
「遠慮しておくよ。華なら俺以上に幸せにしてくれる人と出会えるはずだ。その時にその人と付き合うといいさ」
「私は大和がいいの!」
「分かった。絶対楽しくないと思うけどそれでもいいならいいぞ。それと二人きりの時以外、今まで通りで、周りには他言しないならいい」
「ありがとう。いいよ。国家戦闘員にバレたら皆の嫉妬で大和が殺されてしまうかもだもんね」
すると又キスされる。本当に華は大和の事が好きみたいだ。
「だからそんなにキスするなって」
「嫌?」
華の顔は心配そうに涙を浮かべていた。
「嫌じゃないけど。華ってこんなに分かりやすかったか?」
「う~ん。でも大和以外には素の私見せた事ないよ?」
「ギャップが凄いな」
「まぁね。取り繕うのは昔から上手だからね。そろそろ身体動くでしょ? 帰ろうか」
大和はある事を思い出す。しかし具体的に何なのかまでは思い出せず、忘れるって事はそう大した事でもないだろうと自己解決をしてとりあえず納得する。
「そうだな」




