決勝戦 2
数秒後観客席の障壁が復活したので第二ラウンドの開始となる。再び槍と剣が高速で何度も音を立ててぶつかる。さっきので魔法陣は全て消えたのでお互いに高速移動がしやすい。しかし大和はそれもすぐに終わる事を知っている。若干だが力負けをしている。華は細く女の子だが魔力の身体能力向上で大和以上に力強くなっている。大和は全力で魔力のオーラを使っても華の純粋な魔力強化には勝てない。それほど才能の壁は大きい。それでも諦めて手を抜くわけにはいかない。
槍だとやはり小回りがきかないので大和は華に向かって放つと同時に空間魔法で華の後ろに行く。
さっきは顔で交わされたので大和は魔力を込めた全力の突きを華の背中を目掛けて放つ。華が剣で大和に切り付けながら振り向いてきたので大和はしゃがむことで躱す。背中から予定変更でお腹に突きをする。触れる瞬間に華の左手が大和の手首に手とうを決め、そのまま先ほどまで剣を持っていた右手の剣を捨て、右手を力強く握り大和の心臓を目掛けて本気の突きをしてくる。これは一発でもくらうとヤバいと大和の身体が反応する。身体を少し右に重心移動させ躱しそのまま二人の格闘勝負が始まる。一発でもくらうとヤバい大和に対しては終始、華は一発ならと言った表情をしている。
だからと言って華が大和に手加減等してくれるはずもないしくらってもくれない。
大和の中に存在する昔の赤城大和が笑う。楽しいと。だからもっと楽しませてくれと。魔力のオーラを外部からの攻撃に対してから内部からの攻撃と身体的能力に切り替える。その瞬間華が戸惑う。それは僅かな瞬間だった。大和は見逃さなかった。右のストレートを華の心臓に魔力と一緒に叩き込む。心臓の鼓動さえ乱してしまえば勝負は決まる。手ごたえがあまりない。あるのは女の子の胸の柔らかな感覚とあばらが数本折れた感覚だけだ。一番大事な心臓に対する感覚がない。大和は更に追撃をする。華は何事もなかったかのように大和の追撃に対応する。華は試合開始時に詠唱した自動回復魔法で骨はもう完治し、痛みもなくなっていた。大和が感じた通りやはり心臓には魔力が届いていなかったのかと思わされる。千載一遇のチャンスをなくしてしまった。いやあの圧倒的魔力防御さえなければ今頃勝負はついていたはずだ。
大和は考える。概算にして大和の倍以上の魔力を保有する華にとってはさっきのを四、五発連続で決めないとやはり通用しない。今もだがずっと無酸素運動をしてパンチや蹴りで戦っているので、息が苦しい。しかも空中なので正に縦横無尽に動く事が出来る。追い込むにも中々追い込めないし、逆に攻め込まれても逃げ道がなくなることもない。一旦両者が息を整える為に距離を置く。
「流石赤城君ですね。私に一撃を叩きこんでくるとは」
「その一撃もあまり意味がなかったみたいですが」
「ご謙遜しないでください。私に純粋な格闘戦でダメージを与えたのはこの学園では赤城君が初めてですよ」
「そうですか」
大和の悪い予感は華の言葉によって確信となる。もしかしたら我慢しているのかもと思ったがそんな事はなかった。魔法、魔術、格闘戦、槍術の全てがこれで防がれた事になる。ブランクがあっても華の方が一枚上手となるとますますどうしたものかな。
後は複合魔法でAランクを合成して、練度、威力を落としA+ランクにした攻撃しかないがただの単発では意味がないだろう。そもそも下手したら又同じような魔法で相殺される。
残りの魔力残量から計算してそんなに長くは戦えない。やはり姉さんの複合魔法は華に対抗できる程強力だが、まだ粗が多く無駄な魔力を使ってしまう。
「もしかしてもう終わりですか?」
「生徒会長行きます」
「いつでもどうぞ」
大和は空間魔法を使い華の上空に移動すると同時に詠唱する。
「複写展開《雷撃》」
六個の雷撃が華を凄い勢いで華を自動追尾する。華は大和の雷撃をギリギリまで引き付け空間魔法で大和の背後に回る。そのまま大和の顔を狙い右のストレートで殴るが躱されてしまうも格闘戦に持ち込む。大和は雷撃と自身の攻撃で、最大手数で応戦するが華は全身に魔力を纏い雷撃の一撃すら打撃で弾き、大和の攻撃の合間を見つけては反撃してくる。
「その雷撃邪魔ですね」
大和と華の拳と蹴りが混じり合う中、華の声が聞こえる。その一言が聞こえたと同時に雷撃が全て弾ける。大和は華が一瞬何をしたのかと思ったが弾けた雷撃に目を向けると水の痕跡が見える。高速移動する雷撃の中心地を計算して水爆を使ったのか。確かに水は雷を通電させるが、華の水爆の練度はとても高く水の純度を無詠唱発動でも百パーセントで放つことができる。水の純度が百パーセントと言う事は一切の不純物がないと言う事だ。よって水は雷すら通さない絶縁体となる。大和が状況分析に頭を使っている瞬間を華が見逃すはずがなく華の回し蹴りをまともにくらってしまう。しかし痛いなんて言っている暇はなく。すぐに魔力のオーラに命令して肉体回復と華の連続攻撃の対処を同時に行う。蹴られたお腹がとても痛いので、とりあえず魔力操作で神経に刺激を与え痛覚を麻痺させる。
「全て爆ぜよ、我が願い聞き届けろ<<竜巻よ。全てを吹き飛ばせ>>」
大和は華のペース崩す為、火花と竜巻の詠唱をする。火花の爆心地は大和と華の間で竜巻により火花の火力をあげる。「障壁展開」二人のその言葉と同時に火花が二人を襲う。これで一旦華の攻撃が止む。しかしここで距離を置いてはすぐに対応されるだけだ。大和は火花のダメージを気にせずにそのまま高速移動で槍を生成しながら華に突っ込む。魔力完治で爆炎の煙の中でも華の場所は分かる。華も大和が近づいてきている事を察知して光の剣を生成する。槍で華を刺す瞬間に空間魔法で華の後方に移動する。槍を裁こうとした華の剣が空を切る。そのまま槍に魔力を注入して大和は全力で投げる。
「雷鳴の名の元に全てを貫け」
雷を纏った闇の槍が華の障壁を貫通する。その槍を華が左手に集中した魔力だけで受け止めるが槍はそれを貫通するかのように勢いを失わない。この瞬間華の自動回復魔法が切れる。恐らく火花で受けたダメージ量とその前からのダメージ量の総和が回復量を上回ったからだろう。槍の勢いが少し落ちてきたがそれでも邪魔する魔力を貫通しようとしている。大和はここで一気に勝負をかけることにする。
「魔装の力よ。闇の力を解放し雷撃を纏いて目の前の敵を貫き殺せ。暗殺魔術ダークスピア」
大和は残りの魔力全て使い雷を纏った闇の槍が大和の後方上空に五本生成され、華に向かって一直線に飛んでいく。更に大和は初めて華と学園内で戦った時の教訓から保険として魔力のオーラを解除して溜めていた魔力を自分に全て還元する。正直これで決めなければかなり厳しい。今一本でも苦戦している雷装ダークスピアが六本になれば理論上は華に勝てるはずだ。
この瞬間華の口角が上がる。大和にはまるでこの状況を華が待っていたかのように見える。
「全く。女の子相手に容赦ないですね」
「…………」
その一言に大和は違和感を覚える。何故この状況で笑っている。あの笑顔は華が戦闘を楽しんでいるときの笑顔だ。大和は言葉が出なかった。
「魔方陣展開。<<障壁展開、高速回復魔法、ダメージコントロール、攻撃誘導を媒体に我を守る盾を生成しなさい >>アイギスの盾」
大和は驚愕する。媒体なる魔法がそこまで強くないがここに来て魔法ランクを無理やり落とし、A+ランクにしたとは言え神話に登場する伝説の盾を華が召喚するとは思いにもよらなかったからだ。
神話の武器と防具は簡単には攻略できない。六本の雷を纏った槍はアイギスの盾の力で全て石化し一瞬で砕け散る。役目を終えたアイギスの盾も消滅したが戦力差が半端ない。いや最初から分かっていたことだがこれほどとは正直思っていなかった。大和は内心、心の何処かでもしかしたらと思っていたが儚い希望は消え、ここまで来ると圧倒的過ぎて最早笑えてくる。
アイギスの盾の諸説として大和の記憶が間違っていなければ、全知全能のゼウスすら傷をつけることすら出来なかった。アイギスの盾はペルセウスがメデューサを倒し、盾に封印することでその力すらも得た。正に神話の盾と言える。槍が石化したのはメデューサの力が盾に封印されていたからだ。大和は全身に汗をかきながらもこれからどうするかを考える。
一方、華はと言うと流石に警戒してか大和の方を見て動こうとしなかった。多分動けば何か来ると警戒しているのだろう。実際は何もないので、そんなに警戒しなくてもいいのだがこれはこれで考える時間が出来て好都合だ。
「さっきの魔装攻撃は流石に肝が冷えました」
「それよりさっきの盾、あれは反則ではないのですか?」
「赤城君が使う魔法と同じAランクの盾なので問題ないかと思いますよ」
Aランクと言っても正確にはA+ランクだ。同じランク帯でも一番下と一番上ではかなりの差があるのにA+ランクの最高位となれば殆ど対抗ができない。いつも笑顔が素敵な生徒会長を皆が『化物』と噂する理由が分かった気がした。今も笑っているが逆にそれが不気味で怖い。
きっと入学した頃の大和だったらここで降参していただろう。ここまで実力差を見せつけられたら誰だって普通諦める。しかし今はここで引けない理由がある。大和はクラスの皆が今日まで頑張ってきた事を知っている。春奈は大和がいない間も皆をまとめてくれた。明日香や千尋はここまで文句一つ言わずに大和と春奈を信じてついてきてくれた。今も下を見れば三人が不死鳥を相手に諦めずにボロボロになりながらも戦っている。それに生徒会メンバーが華の援護を出来ないように自分の身体すら囮にして戦っている。試合前に約束した足止めをしっかりとしてくれている。なら赤城大和のやるべき事はこんな大将を信じて戦ってくれている三人が最後に笑って終われるようにすることだ。華に勝てなかったのは昨日までの赤城大和だ。今日の赤城大和はまだ負けてない。覚悟を決める。
「さっきので魔力は殆ど使いました。流石は生徒会長です」
「ありがとうございます。でも魔力のオーラに蓄えていた魔力を自身に還元したと言う事はまだ何かありそうですね」
大和の考えは間違っていなかった。華はこれだけ自分が優位な状況なのに大和の事を最大限警戒している。戦場においてそれは自身の命を守る為に必要な事だが警戒するタイミングを間違えばそれが原因となり負ける事もある。大和は全身に残った魔力を計算し、黒雷嵐の効果範囲、威力、発動時間までの計算全てをする。これが正真正銘今回の模擬戦での大和の切り札。
「そんなに警戒しても何もありませんよ」
「そうなんですか? なら何で赤城君はこの状況でも落ち着いているのですか?」
「生徒会長の前で男として無様な姿を見せるわけにはいかないからですかね」
「では頑張ってください。私も女として期待しておきます」
どうも華のペースで試合だけじゃなくて会話すら進められている気がする。
「それで赤城君は私の期待に応えてくれるだけの作戦でもあるのですか?」
華の表情は相変わらずいつもの作り笑顔のままだが声のトーンから期待している事が分かる。
「ない事もないですかね」
「では期待していいのですね」
「ご期待に応えられるかは分かりませんが行きます」
「あら、って動くの早いですね」
華との会話の時間を使い必要な事は全て頭の中で計算してシミュレーションまで終わらせた。
空間魔法で華の正面まで移動し槍の生成と同時に攻撃をする。華も剣を生成し近接戦闘になる。今回は残りの魔力的にもそんなに戦えないので誘導が目的だ。華に悟られないように剣と槍が何度もぶつかり合いながらも目的の場所まで誘導する。誘導した場所は会場上の上空三百メートルにして中心地だ。流石に観客を巻き込むわけにはいかないのでここまで誘導したが、やはり一苦労した。
剣と槍の鍔迫り合いを利用して距離置く。槍を右手で持ち、左手を広げて華に向ける。
姉さんの得意魔法の一つでこの試合決める。本来なら広範囲攻撃を一人の相手に向けて展開するのは魔力の無駄だし威力が落ちる為向いていない。華がアイギスの盾を使ってくるとしたら一方向から攻撃するより他方向から攻撃した方がいいと考えた。いや元々アイギスの盾があろうがなかろうがそうするつもりだった。全ての魔力を使い、魔方陣を素早く高速詠唱して展開して発動できる形にしていく。今まで冷静沈着だった大和が不敵に笑い、大声で叫び詠唱を始める。その姿は見る者によっては正真正銘最後の悪あがきのように見えた。
「これで決める! 魔方陣展開! <<嵐の刃と雷撃、影纏いを媒体に進化しろ」
「……これは!」
「我が敵に絶望をもたらせ>>黒雷嵐!」
華が大和の狙いに気付く。目を瞑り集中する。
「魔方陣展開。<<障壁展開、高速回復魔法、ダメージコントロール、を媒体に我を守れ>>多重自動回復障壁、高速自動回復、複写展開」
華を中心とした薄い球体の障壁が何個も素早く生成されると同時に再び会場の観客席の障壁を破壊する竜巻が姿を現す。竜巻は暴風ならではの大きな雄たけびをあげ、複数の黒い雷が竜巻の中をおとぎ話に出てくる竜の如く自由自在に動く。標的は勿論華一人。華を守る障壁を竜巻の風が容赦なく襲い、追撃するように黒い雷が華を襲う。会場の手すりや看板、機材、障壁を作る重機すらも巻き込んで強くなっていく。職員が協力して、生徒が飛ばされないように障壁や魔法を展開し、観客の生徒すらも周りと協力して飛ばされないように障壁を展開していた。予定では竜巻の影響を観客席には出す予定ではなかったが複合魔法に慣れていないせいか計算とは違い少しばかり範囲が広がってしまったみたいだ。広がったと言っても数センチだ。これが更に一センチ程効果範囲の計算を間違っていたら色々とヤバかったと思う。自身に影響がないように計算したとは言え時折自分まで傷付きそうになる。二十秒程した所で黒雷嵐が効力を失い消滅する。
「はぁ……はぁ……流石にこれで無傷だったらチートだな」
「誰がチートですか。これで無傷なわけないじゃないですか」
土煙で視界が悪い中聞こえた声に大和は笑うことしか出来なかった。
もう大和に勝つための手段もなければ魔力すらない。
「まさか多重自動回復障壁を展開して高速回復魔法を三回連続使用と魔力防御も最大出力になるとは思いませんでした。この学園生活で初めて恐怖を感じましたよ。とても痛かったですし、おまけにせっかく新調した綺麗な戦闘着がボロボロになって魔力もかなり使わされました。流石学年代表なだけはありますね。私の想像以上です」
土煙で見えにくいが僅かに見える人影を華と認識して見ていたがそれが罠だと気づく。
あれは魔法によって作られた分身体だ。昨日の試合で華の対戦相手の西野先輩が使ったやつだ。慌てて本物の華を探す。その刹那大和の心臓を光の剣が貫く。姿を消していた華の姿が見える。魔法を使い、姿をくらまし、大和が慌てた瞬間を狙った。大和の口と剣が刺さっている箇所から大量の血が出る。大和は剣にも華の魔力が込められていたと理解する。体内に華の魔力が凄い勢いで侵食してくる。それに対抗するだけの魔力が大和にはもうない。大和が薄れていく意識の中でよく見ると先ほど華が言っていた通り着ていた服がボロボロで魔力もかなり少なくなっている。
さっきの言葉から「約束守ってくれてありがとう」とでも遠回しに言って褒めてくれているのだろうがどうやら大和の負けみたいだ。ここまでやってやっぱり勝てないとなるとなんか悔しい。
意識が薄れゆく中、声が聞こえた。
「ありがとう。よく頑張ったね」
大和はそのまま華の剣に刺されたまま意識を失う。




